学校の成績が急上昇した50人にどんな勉強のやり方が効果があったか聞いてみた。

目次

34歳女性 過去問の暗記でどの教科も成績が上がりました

わたしは中学生までは、真面目だったので授業にきちんと参加していて普通の子くらいの成績はありましたが、高校進学後、一気に成績が低下して下から数えてすぐくらいに落ちぶれてしまいました。

その結果、他の子が行くようなレベルの大学には行けず、私立の偏差値がとても低い大学でさえギリギリ合格といった形で大学へ進学することになりました。

大学進学当初は、自分の能力は中学生レベルで、きっと底辺な成績でしか卒業できないと思っていました。

そして、大学入学後の試験の時も一生懸命勉強してもギリギリな成績で単位を取っていました。

ところが3年生くらいになって、周りのみんなが教科書の復習からではなく、真っ先に過去問から試験勉強に取り組んでいるのを見て、自分も真似してみたのがきっかけで、成績がぐんぐん伸びて、しかも試験勉強の時間もだいぶ減らすことが出来ました。

それまでも過去問は活用していたのですが、教科書を復習して試験前日に確認として解いてみるといった感じで活用していました。

わたしがどのように過去問から試験勉強を始めて成績が上がったかを説明します。

まず、過去問を出来るだけたくさんの年数分集めます。

最低5年分くらいはあった方がいいし、大事な試験の場合は10年分プラス有識者が作った予想問題もあった方がいいです。

それをまず近年の分から解きます。

そして答え合わせをします。

もちろん、勉強していないのでそんなに良い点数にはならないと思います。

最初はそれでいいのです。

そこから、答えあわせをしつつ、その問題に赤い文字で解答を書き込みます。

なぜ赤い文字かというと、赤い文字は赤い下敷きで消えるので、その問題用紙を使って答えを暗記できるからです。

よく暗記用に赤い下敷きと赤いペンのセットが売っていると思います。

そして、1年分覚えたらまた違う年度の過去問を解いて、終わったら同じように暗記します。

そしたら、だんだんと解ける問題が増えてきて、最終的には結構いい点数が取れるようになります。

要は、試験に出るようなところがどこかをまず過去問を解いてある程度分かった上で勉強した方が効率的に勉強ができるということなのです。

暗記だけだと臨機応変に対応できないとかよく言うけど、それは暗記するときに単語としてしか暗記せず、意味を理解しながら読んでいないからです。

意味を理解しながら暗記したら、効率的に成績が上がるので、この方法を高校の時から知っておきたかったです。

30歳女 洋画を契機に猛復習

30歳女性です。

地元の公立高校に入学した頃の話です。

私は中学生のとき英語が1番苦手で、受験のときも足を引っ張っていたのは英語でした。

塾に通わせてもらっていましたが、単語もよく覚えられず、文法もあやふやなところが多く、英語が苦手なまま高校に入学することになりました。

高校に入ってから、英語の授業はますます難しくなっていきました。

通信教育で勉強していましたが、それもなかなか間に合わず、最初の中間テストは散々な結果に終わりました。

そんな私が英語を好きになったのは、ある先生と出会ったからです。

その先生は、英語の授業のプリントに1日1つ、おすすめの洋画を書いてくれました。

ジャンルはSFから恋愛ものまで様々。

映画はまぁまぁ好きだったので、私はそこに書かれている映画を少しずつ観ることにしました。

洋画を観るようになって、すぐに単語やセンテンスを覚えたわけではないですが、興味を持つようになっていきました。

この台詞は何と言ってるんだろうとか、この台詞はこんな風に訳されているんだな、と思いつつ、洋画を原語でみることができたらもっと作品のことを理解できるし、もっと面白いだろうなと考えるようになりました。

そこから、重点的に英語の勉強を始めるようになりました。

先生に相談すると中学英語から始めたほうがいいと言われたので、中学3年間の復習から手をつけました。

あのときちんぷんかんぷんだったところが高校に入ってからすんなり理解できるようになっていて驚きました。

それからしばらくは復習についやしたので授業には追い付けず高校1年生のときのテストでは結果が出ませんでした。

ところが、2年生にあがると、不思議とテストで解ける問題が多くなってきました。

相変わらず単語は苦手でしたが、文法が分かってくるとなんとなく英語が得意になった気分になり、よりモチベーションが高まりました。

このように、私は、興味→勉強→自信→勉強→…というサイクルがうまくでき、大学入試では英語が1番の武器になるまでになりました。

38歳男 ○×の音を聞いて数学の成績を上げる

私は兄が一人いますが兄は優等生タイプで勉強ができるのに対して、私は小さいころからなかなか記憶が難しく感じていて勉強は集中力も続かずに難しく感じていました。

しかし母はどちらかというと勉学を重視していたため毎日勉強させられていました。

しかし勉強時間の長さに比例して勉強ができるようになるわけではありません。

とにかく勉強ができて成績がよくなるためになにをすればいいのかずっと考えていました。

そこで負けず嫌いになればいいと気が付き、とりあえず目標を数学にしぼって親に丸付けをお願いしてみました。

そして勉強をしているその前で○×をはっきり大きな音で付けてもらいました。

当然〇が多ければいい音がして気分もよくなりますが、×があると気分が悪くなり気が散るため次の勉強も身が入らなくなります。

最初やり始めた時は中学1年生くらいだったと思います。

親にはとにかく○×のみ頼んであとは何が間違えているのかはわからなくてもかまわないと伝えておきました。

そうするととにかく×の音が聞きたくないため×の音が聞こえるたびにすぐに何が間違っていたのかを確認したくなります。

この焦りが負けず嫌いになってその場で間違いを覚えて修正していく助けになりました。

この勉強方法で後悔していることはイライラがとまらなくなり1つの×も許せなくなってしまったことです。

とにかく集中して勉強するというよりも間違いを徹底してつぶすという時間がかかるようになりました。

ただこの方法はとにかく×の音を聞きたくないという感覚から来るので慎重に問題を考えてミスを減らし同時にすぐに直すので記憶の助けにもなってきました。

もしあなたが勉強ができなくて困っているのであればまずは負けず嫌いになってみるといいと思います。

勉強は楽しいものではないので×の音を聞いてイライラしてすぐ直して覚えて同じ音を聞きたくない感覚を忘れないで勉強することです。

そうすると〇の音が聞こえてくるときの心地よさばかりになってさらに勉強したい気持ちになると思います。

33歳男 資格取得のため専門学校に通い勉強ができるようになりました

 私は、 33歳男で、数年前、ある国家資格取得のため専門学校に通い勉強ができるようになり、国家資格に合格しました。

 その専門学校はある国家試験取得のための夜間一年制の学校で、午後6時くらいから午後9時くらいまで様々な講義を受講し、その専門学校でのそれぞれの講座を八割以上出席し、そのそれぞれの講座の中間テストと定期テストで6割以上の点数をとることが必要であり、二月の国家試験を受験した後は、一か月間ある施設に朝8時から夕方の17時まで実習をすることが必要でした。

在学中の一年間の間に、休みが10くらいしかなく、過密なスケジュールなので大変でした。

 その専門学校では、だいたい2か月ごとに国家試験の模擬試験が全部で5回あり、その結果が全国の同じ国家試験取得を目指す人々と順位を競い合う形式になっていました。

その国家試験は、だいたい6割以上の点数を取れれば合格になります。

しかし、私は、一番初めの6月の模擬試験では、五割の点数も取れませんでした。

次の2回目の模擬試験でも、私は五割の点数も取れませんでした。

さらに、3回目の模擬試験でも、私は五割の点数も取れませんでした。

この時点で、もう10月になっていました。

国家試験は2月なので、もう残り4か月しかありません。

ここらへんから、私の中に危機感が発生しました。

私は高い学費を払って、この専門学校に入ったのに、今年たくさん講義で勉強して受からなかったら来年からはもっと合格の確率が減るだろうと思いました。

そして、私は同じクラスの模試の点数の高い同級生に勉強法を教わりました。

その人から教わった勉強法は、たくさんのテキストを読むのではなく、一つのテキストを繰り返して7回読むというものでした。

私は、それを参考にし、一つのテキストを繰り返して8回読みました。

そうしたら、次からの
全ての模試で6割以上を取れるようになり、本番の国家試験も無事合格できました。

 もっと早くから同じクラスの模試の点数の高い同級生に勉強法を教わっていれば一つのテキストを買うだけで良かったので、余計な出費をせずに済んだので後悔しています。

 もし学校に通っている方でしたら、同じクラスの模試の点数の高い同級生に勉強法を教わることは効果があると思います。

42歳男 自主的に勉強するようになって成績が上がった

こんにちは。

42歳会社員をしています。

中学生の頃に出来なかった勉強が急にできるようになりました。

小学生の頃は、ほとんどの成績がもう少しだったのですが、中学に入ってからほとんど5になりました。

それは、徹底的に復習をすることでした。

そして、自分で教科書を読んで、問題を作ることでした。

教科書やノートを見返して、一問一答の問題を自分で作るのです。

そして、髪に問題と答えを書いて、ひたすら毎日、その問題を解くことをしました。

まず、問題を作ることで、その内容に対する理解力が湧いてきました。

さらには、解くことで、解答する力が付いてきました。

中学生になってからは自然と自主的になってきました。

自分で学校の勉強の復習をするようになりました。

数学の問題では、ひたすら問題を解いて、できたら〇、少し考えたら△、できなかったら×と問題に書いていきました。

そして、何度も、△と×を解いて、全ての問題が〇になるまで勉強し続けました。

こうやって勉強をしていくと自然とテストの結果が良くなっていきました。

そして、ますますやる気が出てきました。

その時の心情は、本当にやる気に満ちていました。

テストで100点を取りたいという気持ちが湧いてきました。

部活も一生懸命やっていたのですが、同じくらい勉強にも一生懸命になりました。

後悔していることと言えば、勉強中にいらいらして、家族にあたってしまったことがあることでした。

自分の勉強を邪魔されていると思ってしまい、家族に怒ってしまうことがあったことです。

それは、今でも反省していますし、後悔していることです。

みている人にアドバイスするとすれば、それは、何事も自主的になれているかどうかが大事だと思います。

自分でやる気があるのであれば、どんどんやった方がいいと思います。

しかし、嫌々な場合には、やっても成果が少ないと思います。

そんな時は、無理してやるのではなく、他に合っているものを探すべきだと思います。

40歳男 参考書をボロボロにしよう

私は40歳の男性で会社員をしています。

子供の頃から親に勉強を強要されないまま育ってしまった結果、高校受験の頃には「お前の成績じゃ行く所ないよ。

」と言われる始末。

さすがにその時ばかりは焦り、問題集を買い込み毎日徹夜で勉強しましたが、掛けた時間の割に成果は上がらず、ギリギリ下のランクの高校に滑り込める程度でした。

高校時代も相変わらず勉強をせずに過ごし、迎えた高校3年生の春に自分の人生を変える事になる経験をしました。

体育の時間に足を捻挫し、近くの整形外科を受診した際、そこで働く理学療法士の先生に大変お世話になりました。

それと同時に「人の傷を癒す素晴らしい仕事だ。

」と感動し、自分も理学療法士になりたいと思いましたが、養成校に入るには大学受験レベルの勉強が必要な事が分かりました。

今の学力じゃ到底無理だし、そもそもどうやって勉強したらいいのか全く分からなかったので、何かのヒントを得る為に親に頼み込んで近くの学習塾に行く事になりました。

しかしながら塾の授業を受けた所で成果は同じ。

途方に暮れていた所、塾のクラス内でのある会話が耳に入って来ました。

それは「お前、何冊参考書持ってるんだよ。

参考書ってのは1冊を極める事が大切なんだよ。

何度も何度も繰り返し繰り返し勉強し、ボロボロになる事にはお前の成績は信じられないくらいにアップしているだろうぜ。

」という内容で、それを聴いた瞬間、恥を忍んで話をしていた見ず知らずの男の子に色々と質問してみました。

その彼から勧められた参考書を早速購入し、教えられた通り同じ本を何度も何度も読み返しました。

最初は「しっかり読んだのにまた最初から始めるなんて時間の無駄じゃないか。

」とも思いましたが、いざ最初から読み返してみると、全然理解していない事に気付き、「こんなんだから俺は勉強出来ないんだなぁ。

」と自分の愚かさを痛感しました。

その後何ヶ月もかけて繰り返し本を読み続けて理解力が高まるにつれ、彼が言うように成績もうなぎ登り。

そして秋の受験も競争率3倍の難関を乗り越え、見事養成校の受験に合格する事が出来ました。

入学後も勉強は厳しかったですが、繰り返しの勉強法を学んだおかげでまったく困る事はなく、無事卒業&国家試験を勝ち取る事が出来ました。

23歳女性、目標を見つけることで勉強ができるようになった

食べることとゲームが大好きな23歳女です。

現在は看護師をしながら手話奉仕員という耳が聞こえない人達の生活を助ける支援などをしています。

手に職を持ち充実した生活送る私ですが
小学、中学、高校と勉強ができず、いつもクラスで下から1~2番目を争うようほどテストの点が悪い生徒でした。

高校進学時には担任の先生から「行く高校ありませんよ」と言われたほどです。

勉強ができないだけで、授業態度や身だしなみ、日頃の生活態度は至って真面目な生徒だっため、そこを評価され何とか高校に進学することはできました。

勉強をするようになったのは高校3年生の時、初めて将来の夢という目標を持った時です。

それまでは今が楽しければ良いや…なんて考えで将来のことなど考えず日々を過ごして来ましたが、周りの友人達が就職活動や受験勉強を初め出して危機感を持ち始めました。

それから私にできることは何だろう、自分の好きなこと、やりたいことは何だろう…と考える日々が続いたある日、私には90歳になる料理に洗濯何でもこなす元気な祖母がいるのですが、そんな祖母が、山に芝刈り行った後、腕の痛みを訴えて寝込んでしまいました。

家族は皆、そのうち元気になるだろう…何て考えて気にもしてなかったのですが私は祖母の様子が気になり腕を見てみるとビックリ。

痛みのある腕が腫れ上がり見ていて痛々しいほどの状態に。

直ぐに病院に駆け込み骨折していることが判明しました。

祖母は治療のため暫く腕を動かすよことができないため、体を洗ったり包帯を交換したりなど私は献身的に介護を行いました。

無事骨折が完治した後、祖母から泣くほど感謝され、私の中で「人の助けをする仕事がしたい」と思うようになりました。

この出来事が切っ掛けで私は看護師になる夢を持ちました。

勉強をまったくして来なかったので、看護学校に受かる為に寝る間も惜しんで必死に勉強を行い無事に看護学校に入学することができました。

入学後も実習に勉強に休む暇などなく大変でしたが、夢のために頑張れる日々がとても楽しく充実した毎日でした。

今、昔の勉強のできなかった自分を思い出すと、勉強ができないのではなく勉強をする理由が見い出せなかっただけなんだと思います。

同じように勉強ができずに悩んでいる皆さん、自分と向き合い目標を見つけて見てください。

きっと自分の勉強という形でやるべきことが見えてくると思います。

38歳男 社会人になってから勉強の大切さを知る

 こんにちわ。

私は38歳男性で、現時点で無職の独身で未婚状態の者です。

 僕の学歴は、小・中・高・大学までとなります。

学生時代は、概ねオール3というのが僕の成績でした。

取り立てて良くも悪くもなく思われるかと思いますが、どちらかというと頭は悪いという自覚を持っていました。

特に中学後半から高校にかけては、数学や物理、英語など、ほとんど理解不能になっていたからです。

当時は、勉強などできなくても生きていくことが出来るし、勉強をするより社会生活で学ぶことの方が大事という風潮もあったので、勉強が出来なくても何とかなると考えていました。

 そんな僕が、30歳を過ぎてから勉強の大切さを知るようになりました。

勉強をしようと思い至ったきっかけは、社会人になって働き始めたころからでした。

社会人生活に入ってから、何かしら自分の強みとなるモノが欲しいという思いが芽生えるようになりました。

僕の場合、大人という年齢になってから、只漫然と日々を過ごすのではなく、日々の努力や取り組みで長期間にわたって培う対象が欲しくなったのです。

そしてもう一つのきっかけがあり、それは就職後に非常に不利な扱いを受けることが多くなり、そうした不当行為から身を守る為にも勉強をする必要があると思っていました。

 始めの頃は、資格取得用の参考書を買い、定期的に勉強するようにしました。

お金やライフプランについて興味があったので、ファイナンシャルプランナーの3級から本格的に勉強しだしました。

その後、就職が有利にならないかと思い、宅地建物取引士という資格取得で法律に係ることを学びました。

学生の頃は、勉強をしても続かないことが多かったのですが、今回は、かなり集中力が続き学ぶことの楽しさを感じるようになりました。

学生時代は色々な誘惑に加えて、煩悩がどうしても抑えきれなかったということがあると思います。

社会人になってからは、そうしたものが減り、目的意識がはっきりしたことで勉強への持続力が出たと考えます。

 勉強が出来なくても確かに生きていける時代だとは思いますが、やはり勉強はしておいて損はない行動になると思います。

知っているのと知らないのとでは大違い、そんな局面が人生には結構あったりすると思うからです。

僕は今、学生時代に英語だけでももう少しやっておけばよかったという後悔があります。

33才女 家庭教師のおかげで成績アップ

私は33才、二児の母です。

私は子供の頃、本当に勉強が嫌いでした。

でも真面目な性格のため人一倍勉強していました。

塾は小学2年生から行っていたし英語塾にも小学4年生から行き始めました。

宿題もきちんとしていたし授業もちゃんと聞いていました。

それなのにどうも回りの生徒よりテストの成績が悪く、0点をとったことも何度かありました。

それでも小学生の間はそんなに気にしていませんでした。

中学受験をするつもりもなかったので、成績が悪くても特に問題がなかったからです。

それが中学に入って一変しました。

全く授業についていけないのです。

テスト勉強は2ヶ月前から毎日3時間していました。

ある時、テスト勉強をした合計時間を発表する機会がありました。

私は学年で一番長く勉強をしていたので、友達からは「絶対成績いいよね」と言われましたが、その時のテスト結果がとても悪く、順位は学年で下から3番目でした。

さすがにこの時はかなり落ち込み、もう勉強もいやだ、学校もいやだ、何なら人生に希望を見いだせず引きこもってしまおうかと考えた程です。

さすがに心配した母からの提案で、塾を止めて家庭教師をつけてもらうことにしました。

これが私の人生において大きな転機となったのです。

私についてくれた家庭教師の先生は大学3年生のお姉さんでした。

いつもニコニコしていて話も面白く、すぐに意気投合しました。

私はお姉さんに合うのが楽しみで、勉強時間より話をしている時間の方が長かったくらいでした。

それでもわからない所や試験前は真剣に勉強しました。

一つずつ丁寧に優しく教えてくれたお姉さんのおかげで、私の成績はみるみるうちに上がっていきました。

それまで下から数えた方が早かった順位も上位に入るようになりました。

そして内申点が良かったため、私は指定校推薦で高校へ進学しました。

お姉さんは就職してしまったため、別の家庭教師を雇って勉強しました。

私には家庭教師という勉強法が合っていたようで、高校でも内申点はオール5でしたので大学も指定校推薦で入学することができました。

私が勉強できなかった理由、それはやり方がわからなかったからだと思います。

勉強のコツをつかんだらみるみる成績は伸びていきました。

それと勉強が好きになるキッカケも大切でした。

私の場合はお姉さんと話ながら勉強することが楽しくて仕方なかった、あの記憶があるから勉強を嫌いにならず続けることができました。

自分に合った勉強法を見つけることが大事だと思います。

45歳 女性 私がアメリカの高校を卒業できた理由

外遊びが大好きでじっと座っているのが苦手な子供でした。

学校の授業中は上の空、休み時間になると張り切って校庭に飛び出していって体を動かす、
そんな子供だった私。

小学校時代はテストはもちろんチンプンカンプン。

中学にあがり、転機がやってきました。

親の仕事の都合でアメリカに引っ越すことになったのです。

普通に勉強ができない上に、言葉もわからない。

友達と遊ぶことだけが楽しみだったのに、言葉がわからないから遊ぶこともできない、まさに
ピンチでした。

友達が欲しい、その一心で、和英・英和の分厚い辞書をカバンに入れて、毎日学校に通うようになりました。

クラスメイトとの会話はもっぱら辞書頼み、授業の内容もかみ砕いて教えてもらって、なんとか少しだけノートに書いて、家に帰ったら親と一緒に辞書をめくりながらの復習をしました。

あれほど勉強嫌いでじっと座っていることすら苦手だった子が、毎日辞書をめくって勉強をする生活になったのです。

そうして頑張り始めたのには理由がありました。

日本の中学校と違って、アメリカの中学校には自分と同じ学年なのに自分よりも年上の子がいました。

中学1年生のクラスなのに、私のクラスには16歳の男の子がいました。

きくと、その子は学力が低いため、実際の学年よりも遅れて進級しているとのことでした。

「このままだと、私も永遠に中学1年生のままだ!やばいかも!」、そう思って、泣きながらでしたが勉強に取り組むことにしました。

友達が欲しい気持ちよりも、進級したい気持ちが上回ったのです。

だって、永遠の中学1年生だったらずっと苦手な勉強を続けないといけないですからね!

幸いにも、私の周りには勉強を助けてくれる人がいました。

授業中ついていけないのは当たり前のこと。

だから学校から帰ったら、家庭教師の先生と一緒に、
今日の復習と宿題をやりました。

それでもわからないところは、翌日にどうやって授業の先生に質問するかを
教えてもらったりして、とにかく毎日毎日、地道な積み重ねを繰り返していきました。

気が付いたら勉強することが当たり前になっていて、苦手意識もなくなっていっていました。

無事に進級もできて、中学どころか高校も卒業できたのです!

勉強が苦手で困っている人がいたら、大丈夫だよ、と言ってあげたいです。

どんな人でも苦手なことはあるのです。

そして、どんな人でもその気があれば、少しずつ変わっていくことができると思います。

毎日の積み重ねを大切に、一歩一歩やってゆけば大丈夫です。

27歳、男性、紙に書いて覚える!

私は、現在長崎県に住むフリーランスの者です。

私は、18歳から27歳まで東京消防庁で勤務し、現在は長崎県の実家に住んでいます。

9年間、東京消防庁で勤務することができたのは、中学生時代、そして高校時代に勉学に励んだおかげだと思っています。

私が受験した東京消防庁採用試験は、倍率が13倍のとても厳しい試験でした。

しかし、試験1年前から公務員試験の対策を自分なりに行い、無事合格に至ったのです。

私は、中学生までは私見勉強というものをやったことがありませんでした。

やらなくても90点以上を取ることが、当たり前だったからです。

しかし、中学1年の後半から、次第に勉強についていけなくなり、歴史のテストで、40点台を取ってしまったのです。

私は、今までにそのような低い点数を取ったことがなかったので、とてもショックを受け、反省しました。

そして、自分の弱点に気づくことができたのです。

私は、数学のような一つの数式で様々な答えを導き出すことは得意だったのですが、地理や歴史、世界史のような、たくさんの固有名詞を暗記することが苦手だったのです。

弱点に気づいた私は、すぐに行動に移しました。

それは紙に書いて暗記する方法の実践です。

紙に書きながら覚えた単語等は、記憶に残りやすく、テスト前にこの作業を行うようにしたところ、次の歴史のテストでは80点台を取ることができました。

このように、私は勉強方法を中学1年生で改め、高校3年生になっても、そして社会人になっても、この書いて覚える方法を実践してきました。

この方法で、後悔したことはありません。

運転免許、危険物乙4類、救命士選抜試験等、社会人になっても様々な試験に合格しました。

 これをご覧になられている方はどのような方法で勉強しますでしょうか。

もし、自分なりの勉強スタイルが確立されていない方は、この書いて覚える方法をお勧めいたします。

しかし、書く作業は膨大は時間を費やすことになるので、初めは、音読することから始めてみてはいかがでしょうか。

ご参考になれば、幸いです。

26歳男 研究者になったつもりで勉強すると赤点を回避できた

現在、北海道でフリーランスをしている26歳男です。

私は学生の頃、周囲より努力しないといけない人間であることに嫌気をさしていました。

言い換えれば、誰よりも勉強しないと追いつけない人間でした。

徹夜しても赤点、試験の1カ月前から復習しても赤点といったことは当たり前、人より努力してやっと平均にたどり着くことで一杯一杯でした。

何より、義務教育とは異なり進級や留年に関わることから、勉強できない現状を解決していく必要がありました。

その過程で生まれた新たな勉強方法で勉強することによって、飛躍的に勉強できるようになり、今では仕事に生かすこともできています。

まず、以前の私は書いて覚える勉強しかやっていませんでした。

書いて覚えるといっても、本当に覚えなければ意味がありません。

よく考えると、試験の時に「勉強したのに思い出せない」といったことが連発して起きていたのは、ただ書いてるだけで大事な中身を何も覚えていないのが原因だと気付きました。

すなわち、書くことが勉強であると思い込んでいたのが原因です。

試験の時に思い出せないのであれば、書いたところで労力と時間の無駄になります。

そこで私は書いて覚えることをやめ、見て覚えることに専念しました。

といっても、書いて覚えることをただやめた訳ではなく、余計なことを一切書かないのが重要です。

要点やポイントのみ書いて覚え、関連する文章や問題文を見て覚えることで、労力や時間が省けるようになりました。

労力や時間が省けることから要領改善に繋がり、スムーズに勉強できるようになりました。

そして、分からないことは誰かに聞くだけではなく、理解して覚えることが重要です。

「何でこういう答えになるのか」というように、答えを導くまでの過程や成り立ちを理解しておく必要があります。

早い話、研究者や専門家になったつもりで勉強すると良いです。

答えの裏付けができるようになると、要点やポイントも書いて覚える必要がなくなっていきます。

すなわち、その答えになる仕組みや構造も理解することで納得のいく勉強が可能になります。

私はこの勉強方法によって苦手だった証明問題も解けるようになり、試験の点数も全体的に改善できました。

勉強できるようにする為には、限られた時間を有効活用する為に要領を改善していくことが重要です。

要点やポイントを押さえ、仕組みや構造を理解する勉強を心掛けることが改善の糸口になります。

29歳 男 マンガの本を一掃して、勉強が集中できる環境に

私は、今まで勉強が全くできませんでした。

理由としましては、私は趣味でマンガの本を買い集めており、そのマンガの本が積み重なる形で勉強机周辺にもマンガの本が溢れかえっていると言う形でした。

よく勉強できる子につきましては、リビングでみんながテレビを付けたりガヤガヤしている状況で率先して勉強できる子が勉強でけいる子になると言うのを書籍で見たことがありました。

きっと私もこの方法で、できると思い、実践してみましたが、全くできない形となりまして、この方法は自分には合わないと判断しました。

そして、また、自分自身の部屋で勉強しようと思うのですが、教科書のページを開けてから数分後には、足元にあるマンガの本を読んでしまっていると言う状況でありました。

そこで私が決意しましたのは、電子書籍化にも大半のコミックスがなっておりますことから、ブックオフに回収しにきてもらうと言う形で、本を綺麗に買い取ってもらってマンガの本で埋もれておりました自分自身の部屋を綺麗にすることができ、その上で勉強に集中することができると思いました。

そして、その日がやってくるような形でブックオフに出張買取を依頼するような形で、取りに来て頂きました。

ブックオフの軽トラックに全てのコミックスを回収して頂き
、売りに出し、金額的にはあまりな感じでありましたが、あれ程、部屋の中に山積みされておりましたコミックスが一掃される形となりまして、自分自身の中で最高の形で終わることができました。

ここから、本腰を入れて何も無い部屋で邪念が無い部屋で勉強にも集中して取り組むことができましたので、やはり決意して行動を起こす際に中々足が踏み出せなかった始めの一歩を踏み出すことができて大変良かったと思いました。

今後もなにか有ります場合は自分自身の思い切りを大切にして行動して行きたいなと思いました。

成績もこれがキッカケで上がる形となりました。

28歳男 強迫観念で短絡的に成績を上げた話

私は現在28歳になっている男のコンビニアルバイトです。

大学卒業後、就職せずにフリーターを続けています。

私は小学生の時に理科の授業が大嫌いで、3年生の2学期には1回も理科の授業に出席しませんでした。

そのため、3段階評価で「評価しません」と評定外の評価を付けられました。

そんな私も中学生になった頃には「勉強しないとホームレスになる」と教師から授業中にふと言われて恐怖に襲われ、必死に勉強しました。

その時は本当に怖くなり、眠くても将来への不安・恐怖から眠気を我慢して勉強に取り組みました。

国語、数学、理科、社会、英語。

1教科につき1日1時間の暗記を行い、その結果として理科の評定で”5″を取りました。

中学3年間で合計9学期を過ごしましたが、1年生の2学期以外、理科はすべて”5″でした。

1回”4″を取った時には悔しさから本棚を破壊しました。

そんな私の将来に対する不安・恐怖は高校入学になるとさらに増し、1日に10時間勉強しないと逆に不安になりました。

勉強のし過ぎでついに精神疾患になり、高校2年の4月に高校を中退して精神科の閉鎖病棟に入院しました。

医師には「統合失調症」と告げられ、服薬して恐怖、不安、妄想、興奮を抑えながら地元の大学に進学することにしました。

その時後悔したのは「なぜ病的な不安に動かされて勉強することが異常であることに気が付かなかったのか」ということです。

強迫観念に動かされて強くなれても、それは人生における一時期のことに過ぎません。

自分を恐怖や不安によって奮い立たせることは必ずや破滅に繋がります。

もし受験生などがこの記事を読んでいる場合にアドバイスがあるとすれば、私は「自分を不安にさせることでは強くはなれない。

それによって得た強さは偽の強さだ」と言いたいです。

物事を楽しみ、人生を豊かにすることができなければ、人間として生きる意味がないのです。

負の感情に動かされて生きることは、生存競争のみを目的とした動物のような生き方でさえあります。

30歳 男 模試などの活用によるアウトプットの継続

勉強はやらなければできるようにはなりません。

これが分かるかどうかで、そこそこのレベルの成績が取れ、学校への進学もできるようになります。

全ては勉強への向き合い方を変えることです。

最初に、私は特に小学校などで塾などにも行かず、高等教育を受けたわけではありません。

田舎の公立の学校でしたが、小中学校では学年トップでした。

また、高校は特待生として学費全額免除でした。

塾も大して行かず、そこそこな学校に行けたのは負けず嫌いな気持ちの面が大きかったかもしれません。

しかしながら、そんなことできないよ!という方、大丈夫です。

実は気持ちはそこまで重要ではなく、頑張れば成績が上がる!などと根性論で成績は上がりません。

そう、何をするのか。

単純に”アウトプットの練習”をすればよいのです。

例えば、箸の持ち方を、口で説明されただけで、使えるようになりますか?
いきなり学校の水泳でプールが泳げますか?
無理ですよね。

それはやってみて修正をしていくことが大切です。

テストや模試をまずやってみると、必ず失敗しますが、そこで自分なりに修正して次につなげるかどうかです。

失敗したからわからないとき、分かる人に聞くんです。

聞かれて嫌な顔をする人はほとんどいないでしょう。

簡単です。

特にテスト問題というのはある程度、昔からのパターンがありますので、模試などでどんな問題が出るのかアウトプットすれば、次の本番に同じ問題が出てきます。

それを書くだけでテストの点が上がります。

よく、年次が上がると同じような問題はでない、などと聞きますが確かに出ません。

ただし、同じパターンなんです。

数学で言えば、この公式とこの公式を使って解く、といったものが決まっています。

よく考えてみてください。

新しい公式など、今の有識者と呼ばれる方たちが作れると思いますか?ほとんどが昔にできた公式であったりしますよね。

もしそれを覆したり新しい発見があれば、それこそテレビで取り上げられるレベルですし。

大学の研究機関で見出すようなレベルであり、学校や塾で見つかるというのはほとんど無いといってよいレベルではないでしょうか。

以上から、テストの成績を上げるということが、いかに単純なこと行えばよいのかということが分かると思います。

是非頑張ってください!

30歳 男 勉強自体のやり方を変えたら勉強が出来るようになった

私は、昔勉強が出来ない方の人間でした。

数学の記述式の問題は何を言っているのかわからなかったし、英語も単語自体わからないし、何を言おうとしているのか想像するのもイヤでした。

じゃあ今はと聞かれたら、東大や京大に入れる程頭が良いとかすごい勉強が出来るかと言われたら、違います。

しかし、勉強の仕方を学んだことで勉強に対する抵抗感がなくなっていきました。

なぜ、勉強出来なかった私が勉強の仕方を学ぼうと思ったのか。

それは、兄弟と比較されるのがイヤだったからです。

そして見返してやろうと思ったからです。

親、親戚の集まりがあれば何かしらで比較され、あれがダメだ、これがダメだと批判をもらい、私は笑いながらもハイハイと返事をする。

これが何十年も続けば誰でもイヤになると思います。

ただ、私が今から勉強の面で兄弟以上の結果を出そうと思ってもなかなか難しいと思いました。

しかし、見返してやろうという気持ちが勝り少しずつですが、自分なりにやりました。

まだ出来そうな分野から苦手な分野まで幅広くやるようにしました。

勉強をしてすぐ結果が出るものだと思っていた私は、とあるテストで愕然としました。

精一杯やってもこれか。

やっぱり俺には無理だったと深い絶望が襲ってきました。

その日は、モチベーションが下がり何のやる気も出てきませんでした。

しかし、そんな私を変えるキッカケがきました。

その時の番組は、今の現代人は勉強の仕方自体が間違っているという番組でした。

そこでは、勉強をする上でやってはいけない事が紹介されていました。

見事にそのダメな事をやっていた私。

それを見てから、勉強に対してやり方をいろいろ調べて勉強方法を変えてみました。

今思うといろんな勉強方法があるのだと感心しながら勉強していましたが、きっと勉強自体が楽しかったのだと思います。

勉強のやり方を少しでも早く知っていれば効率よく勉強出来たのかと思ったら、少し後悔しています。

しかし、知れた事に感謝をしています。

今現在、勉強ができないと悩んでいる人は、今のやり方を変えてみてはいかがでしょうか。

25歳女 毎日コツコツ型は報われる

私は家族全員が中卒の勉強に疎い家系に生まれました。

三姉妹の長女で両親の経験上
「勉強なんてしなくてもいい。


と教えられ続けてきた特殊な人種です。

しかし私は特技は絵を描くことのみで、運動神経が悪く、人見知りのためコミュニケーション能力も並以下と勉強ができなければ何も取り柄のないことに小さい頃からうすうす気づいていました。

小学生時代は絵を描いたり母の趣味のダンスを一緒に習いにいったりで、勉強は学校の授業と宿題程度でした。

自主的に勉強をすることをしていなかったので暗記ものが特に弱かったです。

運の良いことに算数は得意でした。

中学生の時に転機が訪れました。

祖父祖母・父母が通ってこなかった「受験」というルートが出現しました。

祖父と父は大工だったので、職人へ弟子入りすればその道の職業へつけます。

祖母と母は専業主婦です。

私自身は幼い頃から結婚に興味がなく、
一人で絵を描いて食っていくんだと思っていました。

絵で食っていくにはどうすればいいか考えた時、
このまま両親と同じルートではいけないと感じ勉強しようと決心しました。

この頃私は中学二年生で、担任の先生から県内にあるデザインを勉強できる工業高校の存在を教えてもらったのも自分の進路に向き合うきっかけになったと思います。

この時もし私自身に夢や目標がなければ一歩踏み出すことすらしていなかったと思います。

心に決めてからはただひたすら勉強しました。

得意な数学は基礎ができていたので問題集をひたすらこなすやり方がよかったです。

得意な分野は一番集中力の切れている夕方に勉強していました。

苦手分野である国語や英語・社会の暗記系は朝少し早く起きて、
朝食を取る前の1~2時間を目安に決めた範囲を暗記するようにしていました。

見て読んで覚えるのは苦手だったので、
声に出して読んで、書いて覚えるようにしていました。

テスト前だけの単発で行うのはあまり効果がなかったので、
できる限り毎日行っていました。

おかげで学年トップレベルまではいかなかったのですが、クラスの上位5名以内の成績を取り続けることに成功しました。

後悔したことは、上位の成績を取り続けており、普通科の上位の高校へ行けるレベルだったので
高校で後3年勉強してから大学でデザインか絵画の勉強をする道もあったのですが
すぐにでも絵の勉強がしたいと早まってしまい工業高校へ進んだことでした。

もちろん自分の才能を伸ばすことができたので結果的にはよかったのですが、
その後高卒よりも大卒の方が就きたい仕事につけたり
大学でもっと幅広くデザインについて勉強したいと感じたからです。

ないものねだりなんですけどね。

とにかく私の経験で言えることは
目標があると嫌な勉強だってかんばれます。

ただがむしゃらに頑張るのではどうすれば良いか迷子になってしまうので、
100点を取りたいなど、不明確な目標を立てるのではなく
1日の勉強プログラムを決めてしまい、
毎日コツコツこなすのが良いと思います。

この勉強方法は大人になってからも変わらずで、
国家資格を取るための勉強を仕事が始まる1時間前に出社し毎日1時間勉強するようにしていました。

3ヶ月ほどしか勉強していなかったのですが1発合格でした。

単純で根気があればできる方法だと思うので是非やってみてください!

57歳男 受験勉強において過去問題集をとにかく問くこと

高校受験時期の中学三年生の時です。

中学2年生までは、通知表は5段階評価で、受験科目大体が、3の下程度評価でしたが、中学3年生の秋頃には、4評価ぐらいに成績が上がりました。

受験との事で、何をどのように勉強するべきかをまず考え、とりあえず、県立高校受験を目指しおりましたから、県立高校の過去問題集を購入。

とにかく問くことを毎日、3時間やってました。

解らない問題に直面した場合は、その過去問題集は、解答と解答の解説付きでしたので、頭に入るまで、何回も繰り返し、同じ問題を解きました。

科目毎の勉強の特徴として、文系の社会は、ひたすら幅広く覚えることを念頭に学習。

国語、英語は、覚える+文章によるパターンを覚えること。

数学、理科は、覚える+公式覚える+質の異なる問題集の学習をしたことを覚えています。

数学の場合は、何がポイントなのか?
特に文章問題は、それが重要視しました。

今更ですが、その時に思ったことは、もう1年前から、受験勉強しておけば良かったのではないかと、言う事です。

なぜなら、学習すれば、するほど先にも述べました通り、成績は上がり、上がるともっと勉強したいという感情にかられたからです。

そのような年代だったのかは、判りませんが、なぜだか、学習したことが、頭の中に良く入りましたし、集中力がありました。

よって、それならば、中学生2年生から、受験対策をしておけば、成績はさらに上がったのかな?と思った感情は、その当時ありました。

また、私立高校も受験しまして、成績は良かったのですが、受験した学科が工業科で、色覚検査があり、色は判るのですが、色覚検査のように水玉の画像の中に数字などが、描かれていると、その数字などが見えない事が、画像によりあり、色弱と判定され、その高校受験は落ちてしまった事です。

受験して、こんな事、社会に出て仕事に必要なのか?と、その当時から、大学卒業まで、思っていましたが、

その考えは間違っていました。

社会に出て、歴史は必要ないかもしれませんが、その勉強を通して、何をどうすべきか?とい疑問、問題意識が大変重要で、それに対しどのような対策をし、効果はどうか。

これがないと社会に出て、仕事になりません。

現在では、コミュニケーション力も重要視される時代です。

それには、全てのまずは学問を通して、何をどうすべきか!
この習慣を身につけて、勉強に取り組んでください。

32歳女性とにかく基礎をしつこく繰り返した

30代女性で、元々勉強はできるというよりも中の上くらいといったところでしょうか。

このような頭なので、正直勉強ができるというわけではありませんでした。

全くできないという人ではないのですがこういう中途半端さがなんとなくパッとしないというか勉強できないねという気持ちに本人はなってしまうんですよね。

そんな私でしたが、ある日とにかくどうしても韓国語を習得したい!という気持ちになりました。

出来ることならペラペラしゃべりたい、そして読めるようになりたい、ドラマくらいは聞き取れるように・・・といったところでしょうか。

このように書くと結構ハードルが高いのがわかりますし、このような中の上といった勉強のできなさではなかなか難しいものがあります。

それでもやっぱり韓国語を習得したいという気持ちが強かったので、今年の春暗いからついに勉強を始めました(継続中)
最初は、はっきりいって基本中の基本、子音と母音を覚えるところから即挫折。

もう駄目だよねという状況で、もう面倒だからやめてしまおうかという気持ちが出てしまいました。

この中途半端な気持ちが、やっぱり勉強ができないという状況を作り出してしまうのです。

面倒くさい、できない、ならやめてしまえ・・・この負のループがだめなんですよね。

でもそんな私でも、実は勉強ができないながらも1度だけ勉強が凄くできたと実感できた時があったんです。

この時は基礎を徹底的にとにかくみにつけることに集中したのですが、これがまさによかったようで、1度だけ凄くできたことがありました。

しかしその後は、結局基礎を徹底的にやることをやらず、また勉強ができない状況になってしまいましたが・・・。

そんな状況で、また韓国語を諦めようとしたとき、このことを思い出し、やっぱり基礎だけをとにかくしつこくしつこく繰り返して頑張ろうと思い立ち、また基礎をどうにか頑張ることにしたのです。

基礎を本当にうんざりするほど繰り返す、繰り返す・・・。

このおかげで、今ではまだ目標は達成していませんが、韓国語習得への道が途切れることなくすすんでいます。

一時期勉強が出来ない時も、このように基礎を諦めずにしつこくやればよかったなと今では後悔しています。

とにかく勉強が出来ないと悩んでいる人は、まずは基礎を諦めずにしつこくやるようにすることをおすすめします。

30歳女 小中赤点から高校で成績学年トップに激変!

30歳女性独身です。

わたしは小学校の頃から成績が低く、0点を取ることも度々ありました。

自宅で勉強すると言っても30分程度なので、軽い予習・復習をする位でした。

中学校に上がっても成績は伸びず、むしろ学年の中で下から数える範疇にいました。

しかも中学生になると一層勉強をしなくなり、遊びほうけていました。

しかし高校受験の時期になって、初めて勉強の必然性を自覚するようになりました。

とは言え一朝一夕で学力が向上する訳が無く、あまり学力が上がることのないまま高校受験の本番を迎えました。

内申書の内容が評価された結果、ギリギリで合格したのですがその時わたしは初めて大きな不安感を覚えました。

「危なかった」「あと一問でもミスしていたら不合格だった」そんな強烈な不安感と焦燥感を身をもって知ったのです。

それまで勉学において焦りを感じたことがなかったのですが、この焦燥感が重要なターニングポイントとなりました。

高校入学後、わたしは今までの学業姿勢を見直して「確実に成績を上げる方法」を模索し始めました。

大きな目的は大学受験を余裕で通過することであり、一般試験でも推薦入試でも余裕で合格できるだけの学力を身に付けようと自ら思い立ったのです。

そこで今までの勉強法や自分の「勉学に対する癖」を洗い出しました。

すると苦手な教科に対する関心が著しく低く、自宅学習が嫌いだと分かり、同時に集中力と記憶力だけは群を抜いているという長所も分析できました。

つまり好きな教科だけは集中できて、嫌いな教科は頭に入らないという典型的なパターンだったのです。

しかし全教科において高得点を取るには、好き嫌いは通用しません。

非常に怠惰的な性格であることも自覚していましたから、色々模索した結果「努力しないで楽に高得点を取る方法」を探すことに努力し始めました。

努力しないで、という点は冷静に考えれば意外と誰もが出来ることでした。

学生である限り毎日学校に通い、何時間も机に向かいますから、その時間だけ勉強すると決めて授業内容を徹底的に集中して聞くようにしました。

つまり何かプラスアルファで勉強するのではなく、テスト内容のベースになる授業内容を全て頭に叩き入れることだけに注力したのです。

しかも授業中は楽な姿勢で居ても良い、時には眠気に襲われても構わないとルールを決めたのです。

それだけ自分に甘いルールを課す代わりに「確実に授業内容を頭に入れること」だけは驚異的な集中力を発揮しました。

あえてノートを全く取らなかったことも成績アップのテクニックでしょう。

ノートに書く作業で人は勉強した気分になってしまい肝心な内容を覚えようとしません。

ならば思い出せるもの(=ノートなど)を無くしてしまえ、という考え方です。

もちろん小テストなども前もって勉強はしません。

小テストの内容も授業内容から出題されるのですから、授業内容さえ頭に入れておけば勉強する時間が要らないのです。

ですから通学時間もテスト勉強をしたことは一度もありませんでした。

こういった方法で高校最初の定期テストでクラス一位、600名程いる全学年の中で2位を取ることが出来ました。

ちなみに小テストは全教科において100点満点です。

0点ばかりだった小中とは比較にならない程に成績を格上げしたのです。

こういった方法は所謂飴と鞭の方式で、先に飴を自分に与えてやる気をつけてから確実に成績を叩き出すというものであり、もし結果を出せなければ鞭が待っているという恐怖に追われることでもあります。

わたしの場合、一度学年トップになってから成績が落ちること自体が一番の痛手であり鞭と言えたので、学力をキープしようとする意欲も自然と生まれました。

その結果、高校3年間でテストは全てクラス1位・学年では2位をキープし続けました。

もちろん自宅学習は一切していませんし、テスト勉強もノートも取らずただ授業を受けただけです。

この授業の受け方が成績を大きく左右したのだと思います。

勉強が出来るようになると自尊心が高まりましたし、傲慢や優越感は芽生えず、自分の長所を伸ばすことが出来たと嬉しくなりました。

何より自力で高得点を取ったという達成感は大きかったです。

後悔と言えばなぜ小中の頃から自分なりの方法で良いから勉学に勤しまなかったのかという事です。

当時から勉強が出来るようになっていれば、高校受験もスムーズに合格できたと思います。

また高校の授業内容のベースは基本的に中学の授業内容なので、早期に基本内容を理解できていれば学力アップも効率的に出来たと後悔しています。

この方法はかなり極端で、よく他人から「だらしない」「不真面目」と文句を言われましたから人によっては向き不向きがあると思います。

先生から厳しく指導を受けることもあるでしょう。

しかし確実に高い成績を残せば周囲の目も必ず変わります。

事実、わたしは高校時代金髪で派手な服装でしたが勉学において十分な結果を残すことで先生方も納得し、外見ではなく中身を見て評価をして下さりました。

時には自分を追い込み、本当に重要な授業内容を長期記憶として頭にしっかりと記憶することが本当の勉学だと思います。

あまり躍起になり過ぎず、自由な時間を十分に作って自分らしさを謳歌しながら肩の力を抜いて柔軟に勉強をして欲しいと思っています。

18歳男 失敗した体験談

私は現在私立理系大学に在学中の大学一回生です。

大学では建築学科に所属しております。

ここでは私が受験生だった時の体験談を書きたいと思います。

結果から言わしてもらうと、私は大学受験で失敗しました。

大学受験に向けて勉強している時期、私は模試で良い判定を取ったり、同じ学科の志望者の中で一桁台の順位を取ったりしていて、自分で言うのもなんですが、結構上位に食い込めていました。

この成績を落とした一番の原因は「調子に乗った」ことであると思います。

模試のいい成績を見て、「自分はきっと大丈夫だな」と思い込んでしまい必死になれなかった時がいくつもありました。

そしてあろうことか、塾で出会った女の子と交際を始め、どんどん悪い方向へ進んでいきました。

女の子と塾が終わった後喋ったりして時間がとられ、それが自分を悪化させていっているのに気付かなかったことは今になっても恥ずかしいと思っています。

そしてもう一つ後悔していることは、自分を追い詰めれなかったことです。

疲れた時はいったん休もう、という先輩の言葉を免罪符にして休憩を結構とってしまったり、すぐに塾のチュータに話しかけたりして、悪気なく時間を浪費していました。

私の失敗談からアドバイスしたいことは二つ、「調子に乗らない」ことと「近くの目標を設ける」ということです。

前者において、あくまでも模試の判定は目安であって保証ではありません。

A判定を取ってみんなから絶対志望校に受かるな、と思われていた友達も落ちたし、実際私もA判定から不合格になりました。

そして人間、自分にとって悪いことより良いことに目が行きがちです。

三回のD判定より一回のA判定を信用しようとします。

ぜひ自分に厳しく、決して悪いことから目をそらさず、むしろ向き合って必ず答えを出してから対策につなげてください。

後者は、勉強の到達度を厳しめに設けて自分に焦りを持たすことが目的です。

明確な目標を作ることで自分の計画も向上していきます。

自分なりの方法でいいので一日の計画、または一週間の計画などを具体的に決めてよい勉強習慣を築いていってください。

40歳男、勉強にもコツがあるものだ!

私は41歳、関西に住む会社員です。

私は子供の頃、本当に勉強が苦手でなかなか思うように点数が取れませんでした。

どちらかと言うとスポーツが得意でしたので体育の成績はいつも良かったです。

しかし、歳が上がるにつれ勉強が出来ないと色々と厄介でしたので、とりあえずは頑張ろうと思ったのですが、それでも上手く行きませんでした。

そんな時、私は両親の進めもあり近くの有名な塾へと通うことにしたのです。

そこでは全科目ではなく数学と英語のみのちょっと珍しい塾でした。

しかし、最も苦手な数学と言うことだけあって習うに越したことはありませんでした。

そして、いざ塾に通い勉強を始めたのです。

すると、有名なだけあって私にでも数学がすらすら解けるようになったのです。

勿論、先生の教え方が良かったのか私にも物凄く解りやすくドンドン理解していくのが解ったのです。

そして、塾に通い初めてから最初の試験があったのです。

何と普段は60点も採れば上出来な私が85点も採れたのでした。

自分でも驚きましたが何か手応えみたいなものは感じていました。

そしてそれからは数学のみならず勉強そのものがコツがつかめた為に、全科目が成績がアップしたのです。

また、学期末には貰える通知簿には何とほとんどが5か4へと変わって行ったのです。

私はお恥ずかしながら体育以外はそれまで4以上など取ったことがなかったのですが、これを機に一気に成績が上がりました。

おかげさまで中学生から高校へと進学する時にもそれほど苦労せずに志望校へと進学することも出来ました。

本当に今、思えばあの塾に通ったことによって一気に人生が変わったような気がしています。

また、その時に教えてくれた塾の先生にも大変感謝しています。

それからは勉強を通して、後に資格などもたくさん取得することができ、今現在社会人になっても役にたっています。

やはり改めて勉強にもコツがあり、そしてそんな出来ない私でも変わることが出来ました。

本当にきっかけとは改めて大事だとも思いました。

13歳男 暗記を徹底的に行い、国立大に合格

私が中学2年生になった頃の話です。

当時、私は全く勉強できませんでした。

学年130人中、100番代から抜け出すことができないレベルです。

ちなみに私の通っていた中学校は、その地区でも有数のヤンキー在籍数を誇り、私は真面目な学生でしたが、その程度の学力でした。

しかし、私の両親は私が大学に進学することを切望していました。

私は子どもながらに、自分はそんなスペックじゃないから無理だと思っていました。

そんな私に両親は家庭教師を付けることにしました。

普通の家庭教師ではありません。

週5日、平日3時間、土曜は5時間、日曜は8時間という強豪校の部活並みのスケジュールです。

しかし、先生は怖いわけではなく、むしろ優しい人でした。

決して怒ることなく、ただ驚異的な忍耐力を持つ人でした。

どんなに私が間違ったり覚えられなくても、できるようになるまで、辛抱強く待ってくれました。

先生の授業は、教科書を使って、基礎を教え、単語や公式の暗記、その後、練習問題を完璧にできるまで繰り返すというものでした。

これを私は小学生3年生からやり直しました。

初めはなかなか進みませんでしたが、暗記に慣れてくると、学ぶペースは早くなりました。

暗記も慣れが必要でした。

先生は、難関大学の受験以外は暗記さえできれば解けると言い切るくらい暗記を重要視していました。

数学も受験レベルでは、閃きではなく、公式や解き方を暗記をしなければいけないということでした。

授業のほとんどを暗記に費やし、半年ほど経ったあたりから、私の成績は一気に上がっていきました。

5教科の中間テストでは、全体で20番代に食い込むことができるようになりました。

ただ9教科の期末テストは、先生に教えてもらってない教科が加わることもあり、順位は50番代まで下がっていました。

そんな風に勉強を続け、高校受験では住んでいた地区の進学校に入学することができました。

高校に入ってからは、さすがに家庭教師の頻度を減らしましたが、継続して勉強を教えてもらい、無事国立大に入学することができました。

私は暗記を徹底的に行うことで、ヤンキー以下から国立大に合格できるレベルまで、学力を向上させることができました。

先生の言う通り、勉強の根元は知識を身に付けること、つまり暗記だと思います。

解き方や単語などを暗記することが、学力向上の近道です。

25歳女性 計算機科学を勉強したことで数学的思考力が身についた

私は数学が苦手だったのにエンジニアとして働いていたことがあります。

エンジニアは文系でもなれる職業だとはいえ、基礎理論として数学の知識が必要なため、数学ができないとなかなか厳しい職業でもあります。

進路を決める際に面白そうという理由でこの道に進んだ私は専門学校に入学して早々勉強についていけず愕然としました。

進学校から来たり元々プログラミングをしていた同級生はスラスラと理解できているようで悔しかったのを覚えています。

しかし、そんな私でも唯一理解でき興味を覚えたのがオートマトンの理論でした。

そこで、まずは興味のある分野の理解を深めていこうと思い図書館で本を借り読んでいくことにしたのです。

当初は知りませんでしたが後にその分野が計算機科学とよばれるものであることを知りました。

借りてきた本は難解で、数学的記号も多用されており決して読みやすいものではありませんでしたが、私は興味のあるものを理解したいあまり必死に数式を自分なりに解読して読み進め、理論の説明としてある証明も理解できるまで読み込みました。

結局その本は返却期限までに読むことができず購入しましたが、読み終える頃には数学的思考力が身についたようで他の理論も以前より理解できるようになり、時間はかかりましたが無事エンジニアとして働くことができるようになりました。

一つの分野を切り口に他の分野の理解も深めていくことができたのです。

その後も数学は趣味の一つとして勉強を続けています。

理解できるようになった後、もっと早くに知っていればそれまでの数学の授業が理解でき、成績で数学が足を引っ張ることもなかっただろうことを考えると、興味を持ったのが遅かったことを後悔しています。

もし私と同じように数学が苦手、あるいはなりたい職業で数学的知識が必要だけど苦手意識があるといった方は、私と同じように何か一つ興味のある分野を見つけて、それに対する理解を深めていってはいかがでしょうか。

32歳男 恥を捨てて教えを乞うことの大切さ

こんにちは。

32歳男、baaaashiiiiといいます。

大学で勉強し直したいと思い、27歳の時に入学をしました。

入試自体は難しくなく、簡単に入ることが出来たのですが、入ってからが大変でした。

単位に厳しい理系の大学で、得意でない分野も多々ありました。

1年次の前期も半分ぐらい過ぎた時点で、内容がほとんどわからず、困ってしまったのです。

しかも必修の単位で、落としたら進級出来ないという大事な大事な授業も…。

そんな時に、学生用のスペースで勉強をしている時に、同級生であろう数人の学生たちが、熱心に授業の内容について議論をしていたのです。

同学年といっても、おそらく年齢は高校を卒業したばかりであろう年下の子達。

私は、うらやましく感じました。

あんな風に、わからない所を教えあい理解する環境と光景がとても良く見えたからです。

しかし、社会人を経験してから入学した私にとっては、周りには集まって勉強しあうような同年代はいませんでした。

でも、学習内容もわからないし、どうしよう…と追い詰められていた私。

意を決して、そのグループに声をかけました。

「あのー、○○の授業の話してますか?俺、全然わからなくて…。

少し質問してもいいですか?」
そう言うと、グループの子達は快く教えてくれました。

それどころか、定期的に集まっているので一緒に勉強しませんか?と誘ってくれたのです。

私は神に救われた様な気分でした。

さらに、そのグループの子達ともその日の授業が全て終わった後も、居残りで勉強会をしたりと継続的に学習をしました。

ただ、一緒に学習している中で私は負い目を感じることが多くありました。

一緒に学習している子たちがよく勉強が出来て、話に付いていけない時があったからです。

そんな時私はつい、「あーそこね、わかるよ。

」と知った風をしたり、わからないことをそのままにしていたりなどとしてしまいました。

結果、少しばかり単位を落としてしまったのです。

私はここで改めました。

「相手が年下だろうが、聞くのが恥だろうが、わからない所はどんどん追い求めて聞こう。

」と。

そう決意してからは、わからない所は周囲に教えてもらい、徹底的に自分で突き詰めて学習していったのです。

そのスタイルを貫いた結果、周囲の同級生に支えられながら卒業することが出来ました。

もちろん周囲の環境などもありますし、ずっと独学で勉強しなければいけない人もいると思います。

ですが、勉強できる環境ならば是非恥を捨てて、わからない所は誰かに教えを問うてみてください。

誰しもプライドはあり、難しいことでしょう。

でも、そうすることで開けてくる未来があるからです。

46歳女 辞書に出会って苦労せずに勉強ができるようになりました

40代の主婦です。

私は、小さい頃からおっとりしていて、絵や地球儀が大好きでした。

親も勉強しなさい、と言わない家庭だったのもあり、小学校に入っても勉強に興味はありませんでした。

しかし、絵本が好きで、小さい頃から絵本は眺めていました。

それから、本が好きになり、勉強は学校でしかしない程度でしたが、本は図書館の本がなくなるのではないか、と思う程に読みました。

それから、辞書というものに興味が湧き、小学校高学年になると、辞書ばかり読むようになりました。

今でいう、ネットサーフィンのような辞書の使い方をしました。

辞書は、たくさんの新しい事を教えてくれ、知りたい事を明確とは言わないものの、きっかけを作ってくれました。

そんなあたりから、授業を聞くと聞き流す部分がなく、すっと頭に入るようになりました。

そして、それは、頭から抜ける事がなくなりました。

自分で、吸収している感じを実感するようになり、テストも一問一答では物足りなくなり、自分なりの見解を考えながら、テストも受けるようになりました。

テストの点数もほぼ満点ばかりとるようになりましたが、両親は褒めますが、褒めすぎる事もありませんでした。

勉強につながった辞書漁りは、あくまでも遊びの延長戦だと考えていたようで、自分のしたい事を常に探す事を両親は勧めました。

その距離感も良かったように思います。

慢心にはつながりませんでした。

中学生になると、公立中学校でしたが、ほぼ5番以内に入る成績になりました。

周囲の両親以外の大人は難関の高校を進めましたが、両親は自分の行きたい高校を探したらいい、という感じで、それはわが家の日常でもあったので、私は、学校を自分で調べて自分に合っていると思った学校を選びました。

当時は、英語や外国語の勉強ができると画期的な謳い文句の学校を選びました。

英語を特に得意と思った事はありませんでしたが、好きだったので決めました。

高校でも、塾に行くことはなく、勉強もせずにアトリエやアルバイトに明け暮れましたが、大学に進学できました。

私の、勉強のインプットは辞書であり、アウトプットが学校の授業やテストだったと思います。

31歳女性、自分に合う参考書と出会い英語能力が向上する

わたしはこどもの頃から勉強に苦手意識を持っていた日本の西側に住んでいる三十代の独身の女性です。

こどもの頃、勉強への苦手意識をもつ自分になやんでいました。

生きていくことは生涯勉強とも言われていますし、勉強はやはり生涯つれそう伴侶のような存在です。

かならずやらなければいけない、かならず向き合っていかなければいけない人生の大きな課題ともいえる勉強と向き合うために、わたしはまず教科書をはじめの一ページからもくもくとこなそうと思いました。

やはり教科書がすべてです。

教科書に出ることは必ずやるだろう、それさえこなしていればなんとかなるだろうと思っていました。

ですが、途中からわからない問題が出てきました。

説明を読めばできるだろうその問題は、応用で理解していきましょうと書いてありました。

その通りに解いていこうとするのですが、どうにも途中からひっかけ問題でつまずくようになります。

理解力がどうにも足りていなかったのです。

それからも、どう考えてもいじわるすぎだろう、と思ってしまうようなひっかけ問題につまずき続け、いじのわるい問題に嫌気がさして問題集を書店に探しに行きました。

するとどうでしょう、さまざまな分かりやすい問題集がたくさんありました。

いままで何を無駄なことをしていたのだろうとあたまを抱えました。

どこがつまずきやすいのか、どうすれば応用問題にもすんなりとこたえられるようになるのか、考えかたのコツ、ひっかけ問題のあとも、どこをどう考えたからひっかかってしまったのかという、説明やいろとりどりの飽きさせない簡単なイラスト、うっくつしたこころ、マンネリ化した脳を楽しませるような、勉強とはたのしませる、楽しんでやるものだという事を再び再確認させてくれるような色鮮やかなデザイン。

教科書にこだわっていた時間がまるで無駄だったかのように思えました。

問題集や参考書にもっと早くからとりかかっていれば、こんなに苦労することはなかったです。

もし勉強を楽しくやろうともうなら、複数の参考書や問題集を見て自分にあった、自分が理解できるものを見つけ出すことが大切だと思いました。

20歳女 読書と問題回答の際の感覚の違いを覚える

学生の皆さん、これから勉強を始めようと思っている皆さん、受験を控えている皆さん、こんにちは。

現在国立大学2年生の者です。

私は、高校生のときは勉強ができないというよりは、うまく勉強のコツがつかめずにいました。

特に、中学校までは得意であった国語(高校にあがると現代文や古典ですね)が苦手になってしまいました。

どうやって読んでも作者の伝えたいこと、登場人物の心情などが当てられず、学校の先生に細かく教えてもらっても腑に落ちず、すっかり気持ちが落ち込んでしまいました。

私は数学が大の苦手で、文系の科目で点数を稼がなくてはならないと考えていたので、その要である現代文が取れないのは当時の私にしては非常に苦痛でした。

そこで、冬休みに集中して勉強できる場所を確保するために利用した予備校の冬期講習の講義で、現代文小説の解き方を教わりました。

とても当たり前でシンプルで、しかし私にとっては衝撃的でした。

センター試験の現代文小説は4択から答えを1つ選びますが、その選択肢の文章は、文章を構成するいくつかのキーワードがあります。

それを1つずつ本文と照らしあわせて誤りがないものが正解なのです。

これは、無意識的にできている人や、すでにそうやって選択肢を絞ることを知っている人からすれば余りにも当たり前のことなのかもしれません。

ですがこのやり方で問題演習を重ねてからというものの、点数が飛躍的にあがり、また安定して40点台を取れるようになりました。

私がそうだったのですが、本を読むのが大好きなのに、現代文の問題を解くのは苦手である人はいると思います。

そういう人たちにとって、自分で本を読み進める感覚と問題を解くために文章を読むときの感覚は全く異なります。

後者のほうがより多くの神経をすり減らしてしまいます。

そのため、この2つの行為は全く別物であると割り切ることが大事です。

ここ、この2つを割り切ることは、容易なことではありません。

特に私たちのように、読書が大好きなのに点数には反映されないひとにとっては、脳みそを切り替えることが難しいです。

ですが、これを早いうちから練習することで、点数が安定して、心にも余裕が生まれると思います。

私がその感覚を手に入れたのが冬休み明け、センター試験の直前だったので、夏休み中や、秋のうちにぜひこの感覚をつかんでほしいです。

拙い文章でしたが、この体験が、少しでも多くの人の役にたてますように。

ご精読ありがとうございました。

これからも一緒に勉強に励んでいきましょう。

40歳男 得意科目を伸ばして全科目が伸びる

現在独身の40代で教育関係の仕事をしています。

小学生の頃は勉強が苦手でもあり、社会の時間や国語の時間は特に退屈でした。

小学3年生の時に「くろう」「くふう」の区別が理解出来なかったのです。

もちろん成績は酷いもので、父親に通知表を見せるのが恐怖でした。

国語力はやはり簡単な活字を読む必要があるのでしょうか。

高校の頃にはこれでも9割以上は取れるまでに成長しました。

ただ伸びたきっかけは得意科目を伸ばす→他の教科も相乗効果で成績が上がる→苦手科目を克服するという順序でした。

私の場合は得意科目から数学、社会、英語、理科、国語の(中学)だったので、勉強すれば確実に点が取りやすい暗記科目の社会や英語(理解力も必要だが、やはり勉強しないと伸びない)など勉強して、自信をつけるということを目的としました。

塾の先生や教育関係の先生によっては苦手科目から勉強するという意見もあると思います。

ただここでの目的は自信を持つことと、勉強が楽しいと思えることなので、得意科目から伸ばすという作戦が有効に活用できると思います。

成績が中学1年の頃は平均点だったのが、卒業する頃には学年で20番以内までに入れるまで伸びました(在籍約300名)。

大学はMARCHレベルです。

これがハイレベルかどうかは別として、上位15%なので過去の私の学力からすればかなり伸びたように思います。

後悔している点として、姉に一度プライドを傷つける発言をしてしまいました。

僕の方が勉強できるよね…と。

嫌な人間だったなと思います。

学力と人間性は必ずしも比例しない。

つまりなんのための勉強かと問われれば成績が全てではないと思います。

勉強を教える仕事に従事する人間として、主要3科目が出来る人間で極端に他の科目が苦手という生徒はほとんど見たことがありません。

唯一伸ばすのが難しい科目は国語だと思います。

塾へ行く必要性があるとすれば現代文、古文だけかなと思いますが、好きこそものの上手なれ。

得意科目から勉強してみてはいかがでしょうか。

33歳男 ホワイトボード学習で苦手科目克服!

初めまして。

現在某大手通信会社に勤めている者です。

私は学生時代理数系が苦手で、よく友人から方程式や数式・公式を授業後に教わっていたのですが、それでも私は覚える事が出来ず、万年通信簿で2~3を行ったり来たりしていました…。

中学から高校に上がるときはまだそれでも他の教科でリカバリー出来ていたのですが、大学に進学しようと決意した時に、【志望大学に入学するためにそれでは駄目だ】と決意し、今回私が紹介する勉強法を実施しました。

万年2~3を行き来していた私が、成績を4!調子が良いと5!!に出来た私の勉強法をご紹介いたします。

社会人になるとよく、「アウトプットが出来て初めてインプット出来たと言える」と言われるかと思いますが、正しくその通りで、当時の私は友人に教わった事をただノートに記入して『暗記』のみに集中していました。

文系であればそれで対応出来る部分は多々あると思いますが、これでは理数系によくある『応用』に全然対応できません。

そこで私が思いついたのが、【ホワイトボードに問題を書き、それを誰かに説明出来るように解答する】という方法です。

今思い返しても、これは非常に理にかなった勉強法で、自分への復習になる以外にも、自分が分かっていなかったのですから自然と相手が理解出来るように【分かり易く伝える】という、社会に出て非常に重宝されるスキルの一つ、【伝える力】も同時に身に着けられる、画期的な勉強法だと思います。

この勉強法のさらに良いところが、これを実施して自分で理解出来、相手にも伝えられるようになると、それが自信になって新しいことをドンドン覚えようという【意欲】に繋がり、それがまた自身の成績アップになり、今度は友人たちから「教えて欲しい」という事に繋がり…という、【プラスのスパイラル】になります。

こうなると人間不思議なもので、苦手科目は気付いたら『得意科目』になり、文系は元から得意だった私は全科目で平均4.5の通信簿となり、志望大学に入学することが出来ました。

勉強方法で悩んでいる方は、是非一度、【教わったら、相手にアウトプットする】を習慣化してみて下さい。

20歳女励ましの言葉で成績上がった

私は中学生の時、全然勉強が出来ませんでした。

宿題は出来たのですが、受験勉強が全然はかどらなかったのです。

特に夢もなく、ただぼんやりと過ごしていました。

不真面目ではなく、クラスの中間ぐらいの成績を取っていたのです。

そんな私が勉強に励むきっかけとなった事があります。

それは、褒められた事です。

これはとても単純に思えるかもしれませんが、面と向かって褒められると、気分や今までの感情が一気に上がったのを覚えています。

ある日、私は国語の成績がぐんと上がりました。

その理由が、「あなたの書く文章はとても面白いね」と言われた事でした。

丁度小論文を書いている時で、ただ単純に作文の練習をしている時のことでした。

そこから私は文章、つまりは創作をする事に没頭しました。

褒められて伸びる、と言いますが、そこから国語の成績がぐんぐんと上がっていきました。

文章を書く癖をつけ、同時に本も良く読むようになりました。

成績が上がると周りも褒めてくれます。

自分が頑張れば、これだけ褒めてくれるのだ、自分を見てくれるのだと思うようになりました。

そうして私は国語以外の勉強にもやる気が出るようになり、勉強に励むようになりました。

私はとても単純だったのだと思います。

その一言だけで成績は上がったのですから。

ですが、単純だからこそ、今まで誰にも言われたことがなかったので、成績のあがるきっかけとなりました。

後悔している事としては、人からの言葉でこれほど上がるなら、最初から人の言葉に耳かすべきだったなと思います。

褒め言葉は本当に言霊の力があるのでは無いかと思います。

誰かのその一言で、全てが変わりました。

私にその言葉をくれたのは友達の中の一人でした。

そのともだちにとても感謝しています。

もしも今成績が上がらずに困っている人がいるならば、まずは誰かの言葉に耳を傾けて欲しいです。

そうすれば、勉強に励むためのヒントになるのではないでしょうか。

是非頑張ってください。

48歳女 成績上位者は発表する 担任の一言で成績アップ

 現在、そろばん教室の講師をしている主婦です。

小学生の頃の私は、スポーツだけが得意な女の子でした。

 ただ、両親がいろんな経験をして欲しいという考えがあったようで習い事だけはたくさんしていました。

 勉強ができるようになったのは、中学2年生のときでした。

きっかけは、担任が自己紹介の際に、成績上位者は教室に貼りだすので、みんな頑張って下さいの一言でした。

 負けん気が人一倍強い私は、その一言で頑張って勉強してみようという気持ちになりました。

中学1年生のときまでは、1度もそんな気持ちになったことがなかったのに。

 中学1年生のときまで、成績が平均あるかないかだったうえ、塾に通っていなかったので、私は必死に勉強しました。

 すると、中学2年最初のテストでは、クラスで7位でした。

そのときの光景は、とてもうれしくて、からだがしびれたのをいまでもはっきりと覚えています。

 それ以来、勉強に取り組むようになり、毎回テスト結果が発表されるのが楽しみになりました。

上位10位までが発表されていたため、5位のときは素直に喜べたのですが、11位のときは自分に腹が立ち、涙ぐむこともしばしばありました。

 中学3年生になっても勉強に対する姿勢は変わらず必死になって頑張りました。

ただ、3年生になると実力テストがしばしば実施され、自分の予想をはるかに下回る成績でした。

その状況にショックをうけ、嫌いだった塾に通うこととなりました。

 いまおもえば、成績の良し悪しに関わらず中学からは塾に通った方がいいと思います。

自分で考えて勉強することも大事ですが、塾に通うと応用問題を解かせくれるだけでなく、生徒同士の競争もあるのでやる気スイッチが入ります。

 あと、幼稚園、保育園のとき、遅くとも小学生になってからは、頑張ればよい結果が得られるという経験をさせたほうがよいと思います。

例えば水泳なら、テストで合格すれば賞状がもらえ、上のクラスになれる。

そろばんならば、検定試験に合格すれば賞状がもらえ、上のレベルにあがれる等、努力すればいい結果がまっている。

という経験が大事なのです。

その際、子どもが少しでも努力している姿勢がみられれば必ず褒めてあげてください。

子どもがは保護者に褒められるとさらに頑張りますから。

45歳 男 英文法を徹底的に勉強し、偏差値65になりました

中学生になると、授業科目に新しく英語が加わります。

入学当初は英語が習える、ということでワクワクしていました。

最初はアルファベットから始まり、短文ばかりですごく簡単に感じ、テストでもほぼ満点取れていました。

しかし、学年が上がるにつれて急に難しくなりあっという間に成績が下がりました。

通信簿も英語は4から2になり、完全に苦手意識を持つようになってしまいました。

高校受験の時も結局成績は上がらないまま受けましたが、公立高校だったのでなんとか合格はできました。

高校に入学しても英語は苦手で嫌いなままほったらかしの状態で、ついに通信簿は1に。

さすがに親にも怒られましたが友達と遊んでばかりでほとんど勉強せず、3年生の時、塾に通いましたが時すでに遅し、模試では偏差値35で、当然受けた大学ことごとく失敗に終わってしまいました。

私立の文系が志望だったので、英語の配点は一番高くなります。

予備校に通うことになった私は、英語を克服しないことには合格はありえない、と英語の猛勉強を始めました。

やはり最初のうちはなかなか理解ができず、予備校の先生に「辞書の単語の横に書いてある?はどういう意味?」と聞かれて「補語」と答え笑われて恥ずかしい思いもしました。

それでも、単語、熟語を毎日手で書いて声に出しながら覚えました。

また文法を基本から理解しようと、5つの文型と品詞を意識して読むようにしました。

すると段々英語の文の構造が分かるようになりました。

特に第5文型のOとCがイコールの関係になっているということが理解でき、それから成績がグングン伸びていきました。

全国模試の偏差値も毎回65くらいに安定し、予備校のクラスの成績優秀者として紙に貼りだされ、自信がつきました。

ついに念願の第一志望の大学に合格できました。

ものすごくうれしかったけど、やはりもっと早くから英語の勉強をしておくべきだった、と後悔している部分もあります。

英語に限らず、苦手な科目がある人は、ある程度まとまった時間で集中してその科目だけをひたすら勉強してみるのがおすすめです。

そうすると、徐々に理解ができて楽しくなり、また勉強するという好循環を生み出すことができると思います。

22歳男 「半年でクラスワースト10位からトップ1位になった話」

只今大学4年生の者です。

私の高校受験の時の体験をお話ししたいと思います。

結果から言うと、最終的に私は県内トップ3に入る高校に合格することができました。

では私は学校で優等生であったかというと実はそうでもありませんでした。

特に、苦手科目の社会と理科は中三の前期中間テストの時点でクラスでワースト10位の点数でした。

私はとうとう危機感を抱きました。

「このままでは確実に志望校に落ちてしまう」「第二志望以下の高校に3年間も通うなんて絶対に嫌だ!」私は勉強に対する苦痛よりも、高校生活が気持ちよくスタートできないことに対する恐怖が大きくなり気持ちを一転させて勉強に励みました。

まず、苦手な社会と理科。

この二つの科目だけで100点分上げる余地がありました。

元々暗記が大嫌いな私は、逆に暗記を克服すれば点数がぐんと上がるという事実に目を背けてきましたが、もうつべこべ言っている暇などありません。

朝起きて身支度を済ませ、学校に行くまでの時間。

模試を受けに行く間の電車の中。

いわゆる「スキマ時間」を全て暗記の勉強をすることに費やしました。

また、模試で出た問題の内容は全て復習し「もう一度同じ模試をやれば確実に100点を取れる」ように勉強しました。

この二つがとても効果絶大で、模試を重ねるたびに私の成績はどんどん上がっていきました。

少し説明すると、暗記は長時間一気に詰め込むのではなく、同じ1時間でも「一日10分を6回」のように分けて一度に集中する時間を短く区切っていくことが大事です。

なので「スキマ時間に暗記をする」とちょうどよい具合に頭に内容が入ってくると思います。

そして、受験で最も重要ともいえるのが「模試の復習」です。

さきほど、私は一度出た模試は必ず次は100点を取れるようになるまで復習すると言いました。

中学3年間で挑んだ模試の全てを保管して度々復習するようにもしていました。

受験の中でこれが一番効果的な勉強方法でした。

考え方の問題なのですが、本番の入試の時に、今までやってきた模試全ての問題が解ける状態で挑めば怖いものなしなのでは?と思ったからです。

そして実際にやってみれば非常に効果てきめん。

最終的にクラスでの順位はまさかのトップ1位。

第一志望行にも合格できました。

最後にもう一度言いますが、「スキマ時間に暗記」と「一度出た模試は必ず次は100点を取れるように復習」この二つをやれば絶対に成長できます。

まずは行動することが大事です。

38歳 女性 目標を見つけたら頑張ることができました

 今は専業主婦をしている女性です。

 勉強というのは、結局のところ、本人のやる気の問題なのだろうと思います。

私の場合、それは30歳代半ば以降に訪れました。

 私は中学受験をして国立中学に進学、その後、県内有数の進学校の高校に進学しました。

ですが、中学進学以降、勉強をする、ということに意味や価値を見出せなくなりました。

それでも、高校はそれなりの高校に進学をすることができましたが、高校入学後は学習をすることがいやでたまりませんでした。

そのため、400人いる生徒のうち、大学以外の進学の道を選択する5%の中に入ってしまいました。

 専門学校に進学して、資格を取得したのですが、その後、結婚、出産をしてしばらく職業生活から離れました。

ただ、そのようななかで、私自身のアイデンティティって何だろう、と思い始めました。

再就職をしたあと、仕事のうえでの学習をすることがとても楽しいと思うようになりました。

 そこで、一念発起して、大学院への進学を考えました。

そこからは、英語と論文を記載する学習に毎日取り組みました。

それまで、英語は中学1年のときに落ちこぼれて以来、大嫌い、苦手だったところ、自分の目標とするものが明確になると、もうがんばるしかありません。

恥ずかしながら、中学1年の英語から学習しなおし、なんとか、英語が入試に合格できる程度のレベルにすることができました。

ただ、このレベルになるまでには、相当たる時間とお金がかかりました。

自学自習では限界があるので、英語の塾に、いい年をして通ったわけです。

それでも、目標があると、学習をすることを頑張ることができ、中学の頃、わからなかったことが、すっと理解できるようになっていきました。

 最終的に大学院に進学し、その後、その学位を活かして、大学の教員になる道を開いていきました。

 この経験から思うことは、いくつになったら、勉強ができない、というのではないということ、そして、勉強はやる気の問題、モチベーションを高めるようなことがあればできること、と考えています。

それが人によって、大学受験の頃なのか、私のように社会人になってからか、それは異なるのでしょうけど、その時期がきたときに、やる気を出せばできるようになるのではないかと考えています。

66歳男 分からないことは納得出来るまで調べて独力で努力した

現在66歳の年金生活者の男性です。

息子は三人いますがみんな独立し、今は八王子の郊外に購入した一戸建ての家で、家内と二人でのんびりと暮らしています。

現役時代には、一部上場の製薬会社の研究開発部門で医薬品の開発に携わっててました。

私は小さい時から運動神経は抜群で、小学生時代は運動会では何時もリレーの選手に選ばれていました。

しかし、体育以外の成績はからっきしでした。

特に理論的に考える能力が必要な算数は全くダメな上、努力するタイプでもなかったので国語や社会も結局その成績は振るいませんでした。

これは、私が大きくなったときに母親から聞かされた話ですが、父兄参観の時に担任の先生から「お宅の息子さんは上の学校に進学させることは考えずに、水商売の道に進めた方がいいです」とまで言われていたそうです。

中学生時代は軟式テニス部に入部し勉強はそっちのけでしたし、高校時代もその延長線上でした。

そのため高校2年の時の学力試験では、学年で後ろから三番でした。

この時は流石に母親が激怒し、テニス部は暫く休部させられてしまいました。

当然、現役で大学に入れるはずもなく一年浪人をして、翌年なんとか大学には入ることが出来ました。

私は小学校から高校を卒業するまで、腰を落ち着けて勉強をするという習慣が全くありませんでした。

私は浪人した頃から、きちんと机に向かうということを経験し、勉強に時間を取るという習慣が身に付いたのだと思っています。

もっとも、浪人の時はそれしかやることがなかったので、一日中机に噛り付いていました。

一つはそういう習慣が大切だということに気が付いたのです。

もう一つは、自分が納得出来るまで、分からないことは調べて納得するということです。

私は浪人の時、予備校に通いましたが、行ったのは最初だけで、後は全て自分で調べて自分で納得して勉強を進めて行きました。

また、英語などの記憶がメインとなる学科は、何回も何回も繰り返し反復するという努力を惜しみませんでした。

それはみんな分かっていると言うのですが、これが勉強が出来ない者が出来るようになるための一番の近道だと思います。

そうすることで、私は大学を首席で卒業し、大学院に進みその後就職しました。

ただ一つ残念だったと感じていることは、勉強することに対する目的を持っていなかったことです。

何となく薬学を専攻し、何となく製薬会社に就職し、何となく人生をここまで過ごしてしまったことに何か虚しさ感じます。

自分が本当にしたかったのはこれだったのかと言う後悔の念を感じます。

今の信条をもって若い頃に戻れるのなら、きっとどんな大学でも入れるし、どんな人生でも選択出来たんじゃないかと。

小さい時からそのことを理解し、努力することの大切さに気が付けるかが、後悔しない人生を獲得するための一つの方法かもしれません。

60歳代の男性で漫画で歴史が好きになってきました

横浜に住んでいる60歳代の男性です。

もともと理系が好きでしたので、文系の勉強が苦手でした。

特に歴史の授業が嫌いで、早く終わらないかなといつも思っていました。

歴史が嫌いな理由は年号を覚えることに原因があります。

物理が好きな理由は覚えることが少なくて済むからです。

法則さえ覚えれば、あとは応用することができるので、細かいことまで知らなくても引き出すことができます。

 ところが年号は知らなければテストでは間違いになります。

語呂合わせで覚えればよいという方法もありますが、そこまで勉強する気は起きませんでした。

ある日、中国の歴史の授業ありましたが全く興味がなく、うわの空でした。

当時漫画は読んでいたので、丁度連載が始まった漫画三国志を読んでいました。

その中で劉備玄徳と諸葛亮孔明が主人公で描かれていましたが、歴史を感じることなく雄大な世界観を楽しんでいました。

 少しずつ興味がわき、原作は吉川英治であることがわかりました。

漫画は連載なのでなかなか先に進まないので、図書館にある文庫本を借りることにしました。

 実際に読み始めると、中国の歴史の変動や時代ごとのいきさつが面白く、辞められなくなっていました。

特に人物像が面白く、歴史は人物で動いているのかと実感しました。

年号や出来事からではなく、人物の行動やつながりを知れば、自然と年号が浮かび上がってくることに気づきました。

 だんだんコツがわかると、少しずつ歴史への苦手意識が薄れ、ときどきテストでも良い点が取れるようになってきました。

 日本の歴史も源頼朝や徳川家康を漫画から読み始め、人物像がわかってくると楽しくなってきました。

単純に年号と出来事を覚えるのではなく、重要人物の生い立ちから調べると、関連することがうながってきます。

理系とは異なり、文系の科目はこのように勉強すれば、いいと思います。

 今は歴史だけではなく、美術系の勉強もしていますが、漫画ややさしい雑誌から開始しています。

44歳女性 最初はとにかく地図を見るだけ

はじめまして、私は40代女性です。

小学校から高校まで公立の学校に通いました。

なので高校に通う前には入学試験を受けなければなりませんでした。

私は公立の学校に行くことは早めに決めていたのですが、困ったことにできる科目とできない科目の成績の差が大きかったので、5科目の試験がある公立高校の受験には向いてませんでした。

できる科目といっても、トップレベルになれるほどできるわけではなく、できない科目はかなり悲惨な成績でした。

志望校を目指すためには全体的に成績を上げないといけなかったのですが、できない科目はどこから手をつけたらいいのかわからなかったのです。

とくに苦手な科目は地理でした。

国内外のどこに何が発展していて、どこが何の産地で・・などという知識が全然頭に入りません。

とにかく苦手科目の克服から始めようと、中学3年生のとき夏期講習に通いました。

しかしその夏期講習では、地理はあまりしっかりやってもらえませんでした。

講習に通う前に調べるべきだったのですが、私立に行く人向けの講座だったようで、国語・数学・英語の3科目以外はかなりおざなりにされました。

地理ももちろん、その他の科目のひとつなので夏期講習で少しでもましにするということは期待できません。

なので自分なりにできることから始めることにしました。

まずはとにかく地図を見ることを日課にしました。

どんなに意味がわからなくても、地理の教科書や資料集に載っている地図に目を通し続けました。

ただそれだけを続けました。

最初はこんなことしていても意味がないのではと思ったのですが、毎日見ているとだんだんどこの国がどういう気候で、どういうものを生産したりどういうものが発掘されているのかなど、なんとなくですが頭に入ってくるようになりました。

そこで地図を見るのをやめるのではなく、今度は見ながら教科書を読むのです。

それまでは意味がわからなかったことが、少しずつ理解できるようになります。

夏休みの間中、こういうことを続けていたら地理の成績も上がっていき、それで自信がついたことが他の科目にもいい相乗効果がありました。

 

29歳男 読書をするようになり自ずと勉強が楽しくなりました

 こんにちは。

僕は29歳の男性です。

職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕は中学生までは、「勉強が大嫌い」でした。

もう数字やら英語なんて見たくもないという感じだったのです。

 当然の事ながら、期末考査やらテスト等になると、中々良い点数とは言えない点数ばかり取っていたのです。

 恥ずかしながら数学なんて1桁という点数がありました。

この時に「あれ?俺マズイよな。

1桁は流石にないだろう」と思いましたが、さほど気にしませんでした。

(笑)

 その日は普通に家に帰り、戦艦「大和」に関する本を読みました。

何故かその本にどハマりしてしまい、3時間くらいずっと読んでおりました。

 読めば読むほど「大和」の事が、頭に入ってきて楽しくなり、読書が楽しくなったのです。

もちろん、本を買う機会もかなり増えました。

 土日なんてずっと図書館にいる始末でした。

 趣味が読書と戦史研究となり、自ずと学校の勉強にも反映されていきました。

 特に英語と数学が苦手だったのですが、積極的に勉強に取り組むようになったのです。

 これも読書と一緒で、勉強に取り組めば取り組むほど問題が解けていけるので、楽しくなったのです!

 もちろんテストでも、点数が劇的に上がったので先生は、「おい?何かいけないものでも食べたか?(笑)」なんて冗談を言っておられました。

 この時の心情としては、読書に取り組むと本を読むという事を覚える。

その延長線上に、勉強というものがあり問題を解こうとする。

 これが楽しくてやめられない。

「僕は読書も勉強も好きだ」という心情となりました。

 後悔していることは、もう少し早く「読書の楽しさ」を身につけたかったですし、戦艦「大和」の本に出合いたかったです。

 最後になりますが、アドバイスとしては「読書」をする事だと思います。

 読書をすると本を読みますよね?その本を理解しようとします。

そして、理解した時に何ともいえない達成感と、楽しさを覚えると思います。

 これを身に着けてしまえば、百人力です。

 ここからは読書が楽しい、本が好きだ。

勉強も楽しい、教科書も好きだ。

という風に脳にインプットされます。

 自ずと無意識に勉強をするようになっているのです。

 少なくとも自分はそうでした。

 皆さんにも読書の大切さと、楽しさを身に着けてほしいと思っております。

19歳男 数学に暗記を取り入れたら得意科目に

都内の大学に通う男子大学生です。

私の苦手科目を克服した体験について話したいと思います。

私は生まれてから中学校までは地方に住んでおり、高校進学を機に首都圏に出てきました。

中学校までの私は比較的勉強はできていた方で、自分でもまあまあ自信を持っていました。

高校受験では地方の安泰な受験では物足りないと思い、思い切って首都圏のレベルの高いところを受け見事合格を掴み進学することとなりました。

しかし、それが自分を苦しめる決断になるとは思いもよりませんでした。

入学して早々のテストで下位10%に入ってしまったのです。

正直、結果には愕然とし目を背けたくなるようなものでした。

地方にいた時に持っていた自信はズタズタにされました。

中学校までの私は勉強に対して偏った考えを持っており、才能やセンスによるものが大きいと思っていました。

自分自身はひたすら覚えるという忍耐力があったので、英語や社会、理科は自然とできるものだと認識していました。

その一方、国語や数学はできる時とできない時の差があり、その原因をひらめきによるセンスだと考えていたので仕方ないものだと開き直っていました。

しかし、中学時代はそれで太刀打ちできていたからいいものの、高校ではそれでは通用しませんでした。

あのテスト以降、一度はまってしまった沼からは出ることができず非常に苦しい時期が続きました。

極め付けは期末テストでの赤点でした。

その後の再テストでなんとか単位を落とすことは避けられましたが、自分は数学ができない人間なんだと半ば諦めすら感じていました。

転機となったのは夏休みの部活中での友達との会話でした。

中学時代の勉強の話を聞かされていた時に、ある友人が「数学って解法暗記だよな」とボソッと囁いたのです。

私にはその言葉が気になり、詳しく話を聞くと彼らは中学時代に塾で入試に頻出な数学の解き方を暗記して勉強していたらしいのです。

私にはそれが非常に新鮮で驚きなものでした。

私の数学の勉強は、教科書で習った公式や定理の理解に留まっておりそれ以後の実践的な問題は全て理解した公式や定理からのひらめきに頼っていたのです。

しかし彼らは異なり、実践的な問題にまで暗記の対象を広げていたのです。

その出来事をきっかけに私は数学の勉強に解法の暗記を取り入れました。

夏休みの残された時間を使い、慣れない新しい勉強法に順応しようと苦心しながら継続的な努力していきました。

その結果として、中間テストでは数学の成績がクラスの3番目に入ることができ、先生からも非常に驚かれました。

あんなに苦手で苦しんだ数学というものにこんなにも新しい世界がやってくるなんて想像すらしておらず、当初は自分の成績が信じられず嘘みたいでした。

このように、勉強というものは何か些細なことをきっかけにガラッと変貌を遂げるものだと思います。

自分が正しいんだという思い込みを捨てて、いろんな人の話や体験を参考にし、柔軟に取り入れていけば自ずと苦手な科目への解決策が見えてくるはずです。

私の話も少しでも受験生のためになれば幸いです。

47歳男 チンギスカンのゲームのおかげで世界史の成績アップ

私の高校は歴史の授業を日本史か世界史かで選択出来ました。

日本史は小学校高学年と高校受験とで散々やりましたし、多少の流れは理解しています。

しかし世界史を習ったことはありませんし、ならば未知のものである世界史を習うべきだと思って世界史を選択。

しかし残念ながら世界史の成績は悪くサッパリでした。

もちろん世界史の勉強はしました。

世界史って早い話、記憶系のものです。

しっかり暗記すればそこそこの点数を取れるのはわかっています。

しかし興味のない物を暗記する程、退屈かつ苦痛なものはありません。

勉強しようと思っても長時間続かず、テストの成績も上がらずという状態が続いていたんですよね。

これを変える転機になってくれたのが、歴史戦略シミュレーションゲームの「蒼き狼と白き牝鹿・元朝秘史」というチンギスハーンをテーマにしたゲームシリーズの3作目でした。

チンギスハーンをモデルにするだけあり、普通の歴史シミュレーションゲームとは規模が違いました。

というのも、大体こういうのって国内を統一して終わりなものが殆どなんです。

例えば日本の戦国大名・織田信長をテーマにした「信長の野望」や豊臣秀吉をモデルにした「太閤立志伝」等は日本国内の統一を目指したもの。

ですので日本以外はまったく関係ありません。

しかし「蒼き狼と白き牝鹿・元朝秘史」は世界統一を目指すものでした。

これも当然です。

元王朝は歴史上最も広大な領土を持っていましたし、その勢力はヨーロッパやロシアまでも伸びていましたから。

当然ゲーム内にも色々な敵国が出てきます。

その敵国の中には有能な武将が多くおり、中にはプレイヤーの国に選べたり。

例えば神聖ローマ帝国のフリードリヒ1世となり、東から迫り来るモンゴルと戦うなんて出来るわけです。

日本史しか学んでいなかった私でも、チンギスハーンぐらいは知ってます。

しかしチンギスハーンと同格として扱われているフリードリヒ1世やリチャード1世(アンジュー朝)って一体何者だ?
ムガール帝國って?
東南アジア方面にも国があるけど、東南アジアにも国がったんだ?
吐蕃ってチベットの事か!

というように「蒼き狼と白き牝鹿・元朝秘史」をプレイしてから世界史への興味が凄く湧き出しました。

同じ時間勉強するのでもツマラナイと感じながら勉強するのと興味を持って目をキラキラさせながら勉強するのでは、その効果は雲泥の差です。

、あた一度興味を持つと芋づる式に興味を持ってしまうんですよね。

ムガール帝國の建国はいつだ?誰が国を興した?どこに滅ぼされた?なんてことも興味を持ちます。

結果、世界史は興味のあることばかりとなり、そういった事がどんどん頭の中に入っていって世界史の成績はみるみる上がりました。

人間興味を持つと凄い成果が出るんだなって思い知らされました。

24歳女性 短期記憶から長期記憶で勉強ができるようになった

現在20代の日本人女性です。

受験勉強の時にやっていて、個人的に点数が上がったやり方が勉強する範囲を決めて、その範囲内の重要なところを重点的に覚えるやり方です。

そして、頭に入ったなと思ったらそこで勉強はおしまいです。

強化はなるべく1教科絞ります。

1日に何教科も勉強することはしません。

暗記系の歴史などと数学などの数式だけ覚えたら問題別に解いていくものとでは覚え方が違うと思いますが、1日に1教科だけやって、長い時間勉強しないやり方はどの教科も同じです。

そして、数日して忘れかけた頃に復習します。

よくあるやり方なのですが、このやり方で回数を増やしていくと、短期記憶から長期記憶へと変換されます。

やっぱり、どんなに勉強しても忘れていってしまうものですので、なるべく長期で覚えていられるように、数日開けてから復習するのが効果的だと思います。

長時間の詰め込み勉強は疲れますし、嫌になってしまうので、私はやりませんでした。

大事だと思う要点だけを絞り出して、何かと関連づけて覚えたりするのもいいです。

とにかく理解して、記憶することでテストなら点数も取れるようになりますし、記憶に定着すると尚いいと思います。

英語でいうとTOEICなどもやりましたが、名刺の次に来るのは何か、などの文法の形を覚えればその単語の後ろに何が来るのか答えを絞ることができますし、覚えておくべきことはそんなに多くありません。

とにかく無駄なことは省いて、覚えておくべきことをしっかり覚えれば、点数は取れるようになりました。

英語に関しては、あとはリスニングが難しいと思いますが、英語は日本語とは違って、単語と単語が繋がっていて滑らかな発音になっています。

日本語は、一音一音しっかりと発音するので、その感覚でいくと英語のリスニングはなかなか聞き取れません。

まずは、フレーズごとにどことどこが繋がった発音なのかを知っていくと次第にわかるようになってきます。

40歳女 小説を毎日読んで集中力・記憶力・学力アップ

現在、40代の主婦です。

私の【勉強できなかったができるようになった体験談】は、中学生の時の事ですが・・・

普段から成績の良い友達の家に遊びに行ったのですが、友達のおばあちゃんがとても優しく私に接してくれ、おばあちゃんが「部屋に入っていいよ」と言うのでおばあちゃんのお部屋にお邪魔しました。

友達のおばあちゃんの部屋は、四方八方小説に囲まれていました・・・
小説の数は千冊くらい??!数えきれないくらいの小説の多さに驚きました。

ビックリしている私におばあちゃんは「好きなのがあったら借りていっていいよ」と声をかけてくれ、私は全く小説などの本は興味がなかったのですが、せっかくなので数冊借りて帰りました。

小説は推理小説でした。

犯人は誰なのだろう?!・・・とどんどんはまっていってしまい、友達の家へ行ってはおばあちゃんに小説を何冊も借りてと過ごすようになりました。

すると、小学生の時は普通の成績だったのですが、小説をいつも読むようになると暗記力が上がり、当時1クラス40名6クラスあったのですが、学年でのテストの順位は1番良かった時で5番になった事がありました。

テスト勉強期間中、学校から家へ戻ると食事とお風呂の時間以外、集中して勉強ができ、毎日数時間していました。

ただ、毎日のように小説を読んでいただけで、記憶力・集中力が格段にあがり好成績をとる事ができました。

中学2年生になり、クラスがえをしていつも小説を借りに行っていたお友達とクラスが離れてしまい、良く遊ぶ子が変わってしまいました。

そして、小説を読む事もなくなりました・・・

勉強への集中力はなくなる一方で成績はどんどん下がっていき、学年で順位は30番、50番、70番とどんどん落ちていってしまいました。

入りたい高校へは入る事ができましたが、小説を読まなくなってからは高校へ入っても成績はあがる事はありませんでした。

小説などの本を読む事を日々続けていたら・・・

もっと学力がついていたと後悔しています。

たくさん本を読むと賢くなり記憶力・集中力がついて学力があがりますのでおすすめです。

44歳、女 きっかけは「学校ごっこ」

44歳の女性、会社員です。

私は小学生の頃、勉強がとても嫌いでした。

読書も嫌いでしたし、保育園に通っていたので同じクラスの幼稚園から来た子たちに比べると、その学力の差は歴然でした。

出来ないので、ますますやりたくなくて、とりあえず怒られるのが嫌なので宿題だけはきちんとしていた、というだけでした。

ある日、友達と遊んでいて、「ごっこ遊びをしよう」という事になりました。

学校ごっこです。

そこで、交替で先生役をやりながらみんなでワイワイ楽しんでいたのですが、私にとって、思っている以上に先生役が楽しかったのです。

私はその頃、剣道を習っており、素振りの仕方などを友達に教えたりして先生役をやったのですが、私にとっては知っていて当然、出来て当然のことを、何も知らない友達に「教える」という行為で、逆に自分がどれだけそれについての知識や経験があるか、ということを認識する機会になっていたのだと思います。

いわゆる「インプット」と「アウトプット」です。

もちろん、その当時、インプットとアウトプットなどと理解してやっていたわけではありませんが、「人に教える」という行為のためには自分が「覚えている」だけではなく、人に説明できるほどには「理解」していないといけない、ということはなんとなく感じました。

それ以降、あんなに嫌いだった勉強も、疑問を解決したり興味や好奇心を満足させてくれるものに変わっていったように思います。

「暗記しなければいけない」勉強から、理屈を理解する手段としての勉強になったのかもしれません。

ただ、大学受験までの勉強は「暗記」さえ出来ればそこそこなんとかなる、ということもその後わかっていくのですが。

人に教えるという「アウトプット」の行為を前提に授業に臨むようになってから、いや、当然、当時はそこまできちんと意識していませんでした。

いつかまたやるであろう「学校ごっこのため」でしかなかった気もします。

でも、それから授業が楽しいものになり、それに比例して成績も挙がっていきました。

きっかけは「学校ごっこで先生役をやりたい」です。

まるで高尚な理由でもなんでもないのが恥ずかしいくらいですが、これで勉強癖もつけることが出来ました。

勉強が、点数や順位だけでなく、自分の中の何かを満たすための手段だと思えれば、もしかしたらそれが「出来る」ようになる近道の一つなのかもしれません。

22歳女 集中しやすい部屋作りで成績UP

22歳、女性、フリーターです。

私は小学生の時から勉強が苦手で、というより勉強の仕方がわからず、教えるのが得意な父がいる休日に時間をかけて解説をしてもらっていました。

ただ、やっぱり仕事で忙しい父との時間は中々取れず、勉強ができないと宿題へのやる気も出ないし、当然テストの成績は下から2番目3番目、酷いときは0点で一番下の時もあったくらいです。

そして中学1年、受験の話が増えてきて、両親も私も危機感を覚えるようになりました。

話し合って塾に行くことになったのですが、マンツーマン指導の塾は人気で予約が取りにくく、結局集団授業の塾に入るも、先生を他の子に独占されて聞きたいことを聞けないまま、意味がないのですぐに辞めてしまったんです…。

「受験まであっという間なのに…。


「周りの子はもう塾に通って成績が上がってるのに…。


「勉強ができない…どうしよ…。

両親とリビングに集まって話し合った結果、たまたま数日前にテレビで見かけた、「集中しやすい部屋作り」を実践してみよう!と、なったのです。

その時の私は「そもそも勉強の仕方がわからないのに、部屋が変わったところで成績は上がらないでしょ!」と思ってたのですが、とりあえずやる気満々の両親と部屋作りを始めました。

まずは白い電球からオレンジの電球に変え、間接照明も買って暖かい光の空間を作りました。

ちょっとくらい部屋が暗くても、教科書を見るだけで、スマホのブルーライトを浴びるわけではないので、目が悪くなることはありません。

そしてできるだけ無駄な物は置かず、部屋の中に空間ができるように家具を配置します。

部屋をシンプルにするだけの作業なのですが、なんと1週間かかりました。

そして出来上がった部屋で勉強を始めてみたのですが、すぐに効果が現れました。

相変わらず勉強の仕方がわからないままですが、今までよりも集中力が明らかにUPして、やる気が出てきたんです!

集中力が長く続いてやる気が出ると、教科書や黒板をただ丸写ししただけのノートをひたすら理解しようとして、少しづつ解説がわかるようになってきました。

今まで自分で解けなかった問題に正解できた時は、「なんでこんなに詳しく書いてるのに理解できなかったんだろ…。

」と、自分のやる気次第でこんなに見方が変わることに驚きました。

それから問題を解けたときの達成感や、記憶力がUPして「あ!これ教科書に書いてた!」と思い出したときの嬉しさは、モチベーションに繋がっていったんですね。

誰にでも効果があるとは言えませんが、落ち着いたシンプルな空間で勉強するだけで、やっぱり集中力はかなり変わってきます。

部屋を変えただけで、無事に希望していた高校に入学することができたので、私が親になったときには、絶対に集中しやすい部屋作りを実践しようと決めています!

31歳男 教科書を隅から隅まで何度も読むようにした

私は中学生までは勉強が苦手でした。

苦手というか、勉強が嫌いだからほとんどやらずに、放置していたので苦手なままだったということも言えますが。

中学生の3年間はオール3に近いような成績で、友達との成績と比べると劣っており、そのことを気にしていました。

そして、高校に入ったものの、成績がよくなかったので満足のいくレベルの高校ではありませんでした。

しかし、高校のレベルに納得いかなかった私は大学受験に関しては、ちゃんと勉強をしようと思ったのです。

私は高校受験の結果に納得がいっておらず、ある種の学歴コンプレックスのようなものを当時抱えており、それがきっかけで勉強を頑張ろうと思うようになったのです。

私の場合にはそもそも勉強をしていなかったのが原因でできなかったのだと思っていましたから、やればできるはずだと考えていました。

ただ、勉強の習慣がついていなかったので、勉強の習慣をつけるのにまず苦労しました。

結果的に勉強の習慣がついたのは高校3年生で、その頃になってようやく毎日勉強をすることができるようになり、受験勉強にも身が入るようになったのです。

確かに、それまでと比べたら見違えるように勉強量は増えたと思いますし、中学生のときのオール3と比べたら明らかに学校の成績も上がり、オール4くらいにはなってました。

そして、学校で受ける模試の成績も中学生のときの実力では考えられないような結果になっていました。

ただ、伸びたのは得意科目であり、苦手科目はそこまで伸びていなかったのです。

それは得意科目に時間を使って、苦手科目を疎かにしてしまったことが原因だと思っています。

したがって、全体的には成績は上がりましたが、苦手科目を疎かにしてしまったことは後悔しているのです。

勉強が苦手な人はやっていないだけという可能性が高く、やれば成績は少なからず上がると思うので、まずは勉強をやるということからスタートしてみましょう。

少しでも長く勉強をする時間を作り、勉強をする習慣を作ることで、少しずつ成績は上がっていくと思います。

33歳女性 出題者の気持ちになって問題傾向を把握し成績アップ

私は中学時代に英語が最初苦手でした。

小学生時代にしていた勉強の延長である、国語、数学、理科、社会といった科目はトップクラスの成績だったのですが、英語は中学生になってから初めて学習したので最初どう勉強していいのかさっぱり分からなかったのです。

なんと最初の簡単な内容の定期テストだったにも関わらず60点という点数を取ってしまいました。

他の科目はほとんど100点に近い点数をとっていた私にとっては衝撃的であり、人生初めての勉強での挫折でした。

また、高校はどうしてもある進学校にいってその高校でやりたいことがあったので、その夢が叶わなくなるのではないかという絶望感を感じました。

そこから母親とともに猛特訓が始まりました。

結局のところ、英語では何を勉強すれば点数につながるということが全く分かっていなかったので、そこを母親から教わりながら、毎日夜にマンツーマンで勉強することになりました。

その結果、二回目の定期テストでは、96点をとることができました。

結局のところ、新たな学習に対応できていなかったという感じでした。

母親との特訓では、問題集を購入してそれのコピーをとって繰り返し行うという勉強も行いました。

それを延々と繰り返していくことで、英語分野でどういった意図でどういったところが問題として出題されるのかが把握できました。

きっと勉強ができるようになるためには自分が出題者になれるぐらい問題傾向を把握する必要があることが分かりました。

それからというものの、友人や家族を相手に、新たに勉強した分野の問題を自分が出題するという習慣を継続するようにしました。

出題することによって自分の頭に定着して、なおかつ出題者の気持ちになって効率的に必要なところを勉強できるようになるためです。

また、このような勉強方法をするためにはともに勉強をがんばる友人、家族が必要です。

そういった意味では私は友人、家族に恵まれていて、そのおかげで成績を伸ばすことができたのだと思います。

つまり勉強だけしていればいいという問題ではなく、日常の友人や家族との関わり方も成績に影響してくると私は思っています。

勉強で伸び悩んでいる方は、もちろん勉強を頑張ることも大切ですが、それ以外のところで人と関わっていい人間関係を構築していく努力もしていくことをおすすめします。

51歳 女性 好きな分野を調べていくうちに勉強ができるようになった

私は51歳の女性で、職業はフリーライターです。

かなり前の話になりますが、私は学生時代、歴史が大の苦手でした。

暗記が苦手だったので、暗記教科は不得意だったのですが、中でも歴史は覚えることばかりだったので、いつも成績が良くありませんでした。

学生時代は歴史に時間を割いて勉強をしても、他の教科に比べると、かなり点数が悪く、そのために総合評価での平均点が下がってしまいました。

受験の時も歴史が苦手な分、他の教科で挽回しなければいけないと思いました。

しかし、歴史も何とかしなければいけないと思い、過去問で特に良く出そうな問題だけに絞り、それだけは何とか覚えようと思いました。

その結果、その読みが当たり、その部分だけは答えることができました。

社会人になってからも、歴史はずっと苦手だったのですが、あることをきっかけに徐々に好きになっていきました。

歴史は全て繋がっているので、一か所でも自分の好きな時代なり人物がいることで、そこから広げていくことができます。

関連性を調べていくうちに、歴史の面白さがようやく理解できるようになりました。

私はもともとテレビドラマが好きでよく観ていました。

その流れで、歴史ドラマを観るようになり、そこから歴史にも興味を持てるようになりました。

また、歴史ドラマではないのですが、歴史を調べるようなドラマがあり、そのドラマの面白さにすっかりハマってしまいました。

それをきっかけに、歴史に関係する仕事に就くことになりました。

私は長年、歴史が苦手だったこともあり、歴史に関してはまだまだ覚えることが多くありました。

しかし、興味のあることに関連して調べていくうちに、無理なく歴史に興味を持てるようになりました。

私はデザインや美術が好きで、その歴史を調べていくうちに、他の歴史上の出来事や人物などとも関連があり、徐々に歴史が好きになっていきました。

苦手な勉強も自分の好きなことから入っていくことで、どんどん吸収できるようになると思います。

35歳女性 憧れの人に近づくために、勉強を頑張った

35歳女性です。

私は学生時代、とても勉強が嫌いで、鉛筆を持ったり、椅子に座るのだけでも嫌だと思うのがほとんどでした。

勉強が嫌いだからもちろん、しなかったし、予習も復習もしないので、学校での成績はもちろんだめで、進路なども、たくさんの人々に心配されていました。

そんなある時、好きな人ができました。

その彼は、スポーツ万能で、頭も良く、性格も良く、全てにおいてトップクラスで、周囲からもとても人気のある人でした。

私とは大違いな頭の良さで、とても魅力でした。

私は彼のことを一方的に好きになっていたので、もしかしたら、彼に近づけるかもしれない、どの一心で、勉強を始めてみることにしました。

何から始めていいのか全然わからない感じでしたが、学校で習うことを予習復習をしたら、絶対に大丈夫。

試験の時は、先生が、試験に出てくるところを教えてくれるから、そこだけを覚えていれば大丈夫、とのアドバイスを聞いて、それだけを必死に頑張ってみました。

確かに、周りが言うように、まずは暗記をしたらいいのです。

全ての基礎を頭にしっかり入れ込んだら、次からは応用編で、どんな問題でもスイスイと解けるようになっていました。

ある時気付いたら、その彼がいるような、トップクラスまで上がっている私がいることに気づきました。

なんだか、自分に自信までしっかりとついてきて、ただ憧れで、話せない相手だと思っていた彼とも親しくなることができ、そうなればなるほど、また勉強を頑張ろうと、勉強にも精が入りました。

私は勉強に大切なことは、自分のやる気や根気だと感じていますが、そのやる気や根気を作るのは、恋心がとても多く手伝ってくれる、と確信しています。

もしも勉強のことでお悩みの方は、いくつになろうとも、恋をしてみると、成功できるかもしれませんし、実際周りにも、そんな人を多くみてきました。

憧れの人に近づこうと言う思いで、必死に勉強できるようになりました。

22歳女 勉強のスイッチを入れて毎日猛勉強

アメリカの四年制大学に通うものです。

今年、早いもので四年生になります。

GPAは四段階評価で3.8をキープしています。

残りの一年はオールAを目指したいと思っているところです。

とはいっても、実は私は昔、勉強が得意ではありませんでした。

昔からそんなに外交的ではなく、大人しく本をたくさん読んでいた私は、周りから頭が良いとみられがちでしたが、実際勉強は全然できませんでした。

中学二年生の時には、5段階評価で「2」を取ったことがあります。

(笑)4が一つでもあると喜んでしまうレベルでした。

こんな私でしたが、ある出来事が勉強に対する意欲のスイッチを入れてくれました。

それは、高校受験です。

いくつかの志望校の中でも、すごく行きたいと思う高校がありました。

この高校は家から自転車で10分程度で、文化祭や部活動などの学校行事にすごく力を入れている高校でした。

見学で何度か文化祭に行ったときに、どの生徒も心から楽しそうで、キラキラ輝いている感じがしたのです。

また、制服がなくメイクやネイルもきちんとした行事の時以外は自由にできるという点にも、魅力を感じました。

せっかくの人生に一度しかない高校生活をこの学校で過ごしたい!と心から思ったことを覚えています。

それからというもの、私は猛勉強しました。

過去問題を集めた問題集を買い、何度も何度もくりかえりして勉強しました。

それまでは、ほぼゼロか数時間だった勉強時間は、1日10時間になる日もありました。

そうして私は志望校に合格することができ、また、勉強する癖を続け、テストでは常に上位5人に入る成績をキープしていました。

二年生の時には、学年で一人だけ選ばれると行くことのできる一年間のオーストラリアへの留学プログラムにも選ばれました。

そして、高校を卒業し、英語力をもっと磨きたいという一心でアメリカへの大学の入学を決めました。

後悔していることは、もっと早く勉強の大切さに気付けばよかったということです。

私のスイッチが入ったのは、中学三年生の秋頃でした。

正直これは、かなり遅かったと思います。

もしもっと早く勉強する癖をつけていたら、きっともっと上のレベルの学校に入れていたかもしれないからです。

でも、自分が今までやってきていることに関しては後悔はありません。

すべて自分の糧になっているからです。

これを読んでいる方には、勉強の重要さになるべく早く気付いてほしいなと思います。

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