『ブラック企業の辞め方』経験者52人に体験談を聞いてみた!

体験談を募集していると、引き止め工作にあってなかなか退職させてもらえないというかたも多いと聞きます。

引き止め工作を回避し、スムーズに退職するために、じゃっかん費用はかかりますが、退職代行をつかうと楽に退職しやすいです。

目次

退職代行を使ってやめた人の体験談

29歳男 退職してから自由になり日々が充実するようになりました

 こんにちは。

僕は29歳の男性です。

現在の職業としては、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕は過去にブラック企業なるものに勤務しておりました。

 系統としては夜の世界の事務所での勤務でした。(自分は事務員でした。)

 サービス残業は当たり前、ただ働きの時もある、休みも中々取れない、福利厚生は最低限しかない、交通費や手当も最低限であり、無い時もある。

 これはブラック業としかいいようがありませんよね。

 しかしながら「いつまでもこんなところで働いていられるか!」と思い、退職に向けて行動をすることになりました。

 ちょうど3年前の夏の日でした。

とても暑かったのを覚えております。

 少しお金はかかりましたが、「退職代行業者」を使い、所定の手続き等はしてもらいました。

 その後に、会社から離職票等の必要書類が郵送で届きました。

 この時の心情としては、「これでやっとあんな会社から解放される!自由になれる!」と思いました。

 
 本当に解放された感覚がありました。

それは何故か?というと、本当に休みが取れなくて嫌になっていた時期でした。

 たった1日でいいから休みが欲しかったのです。

ストレスは溜まりっぱなしだし、リフレッシュも出来ずじまいであり、メンタル面がとてもしんどかったのです。

 しかしながら、退職代行業者のお陰で、無事に退職できたので、心身ともに楽になり、自由になれました。

 特にメンタル面がポジティブ思考になっていくのが、自分で分かりました。

 後悔していることといえば、同僚やら先輩とは仲良しだったので一言いってから、退職すればよかったと思っております。

 本当にいい人ばかりだったので、ここだけは後悔しております。

 でもこの後悔よりも、「自由」と「解放」を選びました。

 そして、最後になりますが、アドバイスとしては「自分を大切に労わる」ことだと思います。

 それは心身ともにです。

特にメンタル面で労わる事が重要だと思います。

 ストレスによって自律神経失調症になり、吐き気やらめまいが1~2週間ほど続いてしまうのも辛いですよね?

 そのような事になる前に、自分を労わってあげて、「自分がどうするべきか?」考えてみて、退職するかしないか答えを出してみる事が、とても大切だと思います。

30代女性 正社員だったけれど代行利用で一発退職!

私は兵庫県在住の30代女性です。

長く続けてきた正社員の仕事を辞めるにあたって、退職代行サービスを利用することにしました。

というのも、私は生真面目なタイプだとの自覚があり、無理をしすぎてはいけないと頭ではわかっていたものの、気がついたときには時既に遅しで、身体の不調だけでなく、心も荒んでいきました。

心療内科で抑うつ状態との診断がされても、有給休暇さえ取らず、自分に与えられたノルマを必死になってこなしていました。

そんなあるとき、プツリと糸が切れるように、もう何もできなくなってしまいました。

とはいえ、仕事を休むとも辞めるとも言い出せず、誰もそんな私の変化に気付いてはくれませんでした。

仕事ができる、休まない私のことを、上司を含め同僚らも良いように使っていたのだと思います。

もう、このままでは自分では対処しきれないと思っていた矢先、テレビで退職代行サービスなるものが紹介されていてその存在を知りました。

その後、いろいろと自分で調べてみると、料金設定が各会社によってかなりバラツキがあることがわかります。

そこで、私は自分にでも無理なく支払える金額であったスイッチという退職代行サービス会社を利用することにしました。

実際に正社員を退職するための費用は税込みで19800円でした。

違う会社だと5万円もかかるところもあったので、リーズナブルで良心的だと感じました。

実際、会社に対して自分が関わらなくともすべての手続を代行してもらうことができました。

その時の心情は、依頼して本当によかったと思いました。

後悔していることとしては、仲が良かった同期入社組にも何も言わず、会社を辞めたことです。

きっと、引き継ぎ業務や負担が増えて、困ってしまったに違いないので、それだけが心残りです。

みている人にアドバイスできることとしては、一人で悩んでいても何も解決しないだけでなく、精神衛生上良いことは一つもありません。

だからこそ、利用できるものは正々堂々と利用して、自分の生きる道を切り開いていくことが大切だということです。

28歳、男性、退職ボタン、スムーズに解決しました

28歳になる他人からは、「面白いけど優しすぎ」と言われる平凡なサラリーマンです。

毎日楽しくSNSなどをしていますが、最近ようやっと今まで苦労していた会社を退職することができました。

3カ月ほど前に私は、この会社を辞めようと決断して、退職願を出しました。

この時の会社側の対応は、「君がやる気だから、他の人にしないで、君に今の役職をしてもらったんだ。

今さら辞めると言われても、かわりがいないんだよ」と言われて、「退職願は、出さなかったことにしてね」と言われました。

いかにも私がいけないだけの様な対応に「これはおかしい」と私は思ったのです。

これが、「どうにかしてこの会社を辞めよう」と思ったきっかけです。

当分辞め方がわからずに悩んでいました。

このことをSNSで知り合いに相談しました。

そこで見つかったのが、「退職代行」です。

どこに依頼したかというと「退職ボタン エージェンシー合同会社」です。

インターネットサイトを見て、「この会社さんがよい」とすぐに決まりました。

なぜかという理由は、「自分で退職しようと思い何度も交渉したが、退職届を目の前で破かれてしまった」という退職希望者の悩みを代行してくれるということだったからです。

私は、辞めたいストレスから、「ビシッと辞められる方が気持ちがいい」と思いました。

あまり金持ちでないので、少し依頼料が高い感じに思いましたが、それよりも、はるかにストレスが上回ってしまっていたのです。

結論的には、「きれいに正しくビシッと辞められた方が良い」ということで決めました。

依頼料は、29800円です。

しっかりと気分よく正しく退職することができました。

とてもよかったと思っています。

会社側とは、間違っていることをしているようです。

会社側は、低姿勢のままで、退職まで穏便に進みました。

「なんとひどい会社なんだろう」と思いましたが、辞められたことで、とにかくストレスがなくなり、すっきり気分よくなりました。

後悔していることは、ありません。

何と言っても「私の正当な権利をけがしている」という感じのことだからです。

はっきり言って「私を人として扱っていない」という側面があるとは、思います。

「許せない」感じです。

アドバイスするとしますと私は、「段階的な方策による安い価格での戦略」をご提案します。

私の場合には、貯金が多かったので困りませんでしたが、場合によっては、各地域の「法テラス」で弁護士さんに相談してもよいかもしれません。

これだけで退職できれば、かなり格安です。

「法テラス」で「退職の時の正しい言い方」を知ればよいと思います。

1時間5000円くらいだったと思います。

これで、自力脱出も考えられるかもしれません。

それでも辞められないなら、退職代行でしかないと思います。

27歳男性 退職代行EXITに依頼して無事に退職できました

私は現在27歳の会社員で普段は営業の仕事をしているのですが、実は少し前に退職代行サービスを利用したことがあります。

以前の私は配送関係の仕事をしていたのですが、職場には色々と不満を抱いていていました。

例えば前の職場には3年ほど勤めていたのですが、その間に給料はあんまり上がっていなくて給料自体も安かったので、その点には不満を感じると同時に将来への不安がありました。

また前の職場は同僚が立て続けに2人ほど辞めてしまってから人手不足になってしまい、休みたくてもなかなか休めない状態がずっと続いていました。

そういった状況だったのですが一向に新しい人が入ってくる様子がなくて、職場から改善しようとしている姿勢が全く感じられなかったのでその点についても強い不満を感じていました。

そんな中で今後もずっとここで働くのは無理だと思ったので辞めようと思ったのですが、退職するにあたっていくつか不安に感じたことがありました。

職場は完全に人手不足な状況で私はもちろん同僚が困っているのも知っていたので、その上で辞めたいと伝えるのは気が重かったですし、確実に引き止められる状況だったのでちゃんと断れるか不安でした。

また職場の上司は結構厳しい人で何度も怒られていて苦手意識が持っていたので、上司に退職したいと伝えるのは正直怖かったです。

そのため他に方法は無いかと調べてみたところ、その際に退職代行サービスというものがあることを知りました。

興味があったのでより詳しく調べてみたところ、私にピッタリのサービスだと感じたので、特に評判が良さそうだと感じた退職代行EXITという退職代行業者を利用することにしました。

退職代行サービスは思っていたよりも便利で利用しやすい印象で、コチラから必要な情報を伝えたら後は退職代行業者に任せるだけなので、初めてでも問題ありませんでした。

対応も早かったと感じていて申し込んだ翌日には対応してくれて、その日のうちに退職できることになりました。

連絡が来ても出なくていいと言われたのでその通りにしたら特に問題は無かったので、無事に退職することに成功しました。

退職代行に掛かった費用は5万円ほどで正直ちょっと高いなと感じたのですが、しっかりと退職することができたので大きな不満は無いです。

退職代行を利用する前は職場に不満を感じていながらも辞められないという状況にストレスや不安を感じていましたが、退職代行サービスを利用して仕事を辞めたことでそれらから解放されました。

スッキリした気持ちになってポジティブに物事を考えられるようになったので、退職代行サービスを利用してみて大正解でした。

退職代行サービスを利用するべきか迷っている方も多いと思いますが、自分自身の経験を踏まえてアドバイスするとするなら、もし自力で退職するのが難しい感じているなら積極的に利用した方がいいと思います。

仕事を辞めたくても辞められない状態が続くのは辛くて大変ですし、そういった状態を長く続けるのは自分自身のためにならないと思います。

それなら早く辞めて次に向かっていった方が様々な面で本人のためになるので、どうしても辞めたいと思っているなら退職代行サービスの力を借りてでも自分の気持ちに正直に行動した方がいいです。

29歳男 罵声を浴びせられていた上司に 痛快な退職代行

私は20代後半の男性でありますが、私が退職代行と言う言葉を知るまでは、私は、いつ退職を会社に切り出して良いのか?もしくは会社に退職を切り出すタイミングと言うのが全く分からず、上司に対していつも怯えている自分自身がおりました。

上司には、いつも怒声や罵声を浴びせられる形でいつも業務にやり甲斐を見いだせることができなく、途方にくれる形でありました。

そんな絶望に打ちひしがれておりました時に私がふと様々なサイト訪問をしておりました時に、偶然にも、退職代行!と言う形で衝撃的な単語を見つけることができました。

これまで私が抱えておりました悩みを払拭させてくれるかのような力強いネーミングでありました。

ここから私は退職代行を知りまして、いつも怒声や罵声をあびせられ、恐怖している私に非常に強力なサポートをしてくださると言う内容でありました。

また、一切会社と連絡を取らずに退職できる方向に導いてくださると言うことで、自宅で塞ぎこみがちな私にとっては最高の瞬間であると思いました。

やはりいつも怒声や罵声を上司から浴びせられることで、私自身が非常に弱っていると言う形でありました。

精神を擦り減らし、家では会社でのストレスを持ち帰って声を殺して泣くようなこともありました。

そんな悩みを解消してくれる頼り甲斐ある存在になってくれたのが退職代行でありました。

退職代行を知って非常に勇気付けられた部分もあったと思います。

実際に退職代行を使用させて頂きますと、嫌いな上司と一切会話せずに退職が成立されると言うような形でありました。

やはり、もし私の口から退職の言葉を切り出していたらどうなっていたか正直想像がつかないと言う形でいつもイライラさせる相手よりも、全然関係ない第3者が介入することで、非常に円満に退職できると言うのを知った瞬間でもありました。

いつも怒っている相手からそのような挑発的なことを切り出されると、やはり冷静な会話と言うのは難しくなると思いますので、そう言った意味でも退職代行を使用させて頂いて本当に良かったです。

22歳男EXITもう怖いものはない

福岡でベンチャー企業のサラリーマンをしていました。

年齢は22歳の新卒でした、大学は大阪の大学に行っておりました、大学はいい大学ではなく、あまりいい就職先はなかったように感じています、実際内定した企業少なく選ぶ選択肢もない中、この会社を選びました。

行動しようと思った経緯は、やっぱりきついと感じたからです。

毎日、出社したら大声での朝礼が30分続きました、その30分は勤務開始時間よりも早く来ないといけないので、もちろん給料は出ません。

そして声が小さいと皆の前でやり直しをさせられるので私はかなりビクビクしていました。

また仕事内容はかなりきつかったように感じています、毎日新規開業のテレアポを600件をこなさないといけなく、またこなしてもアポにならなければ大声で怒鳴られる環境でした、私は幸いにhも1日1件はアポがあったので怒鳴られることはありませんでしたが、周りの同期はかなり怒鳴られていることも多くありました。

この環境が嫌になったのも原因です。

やっぱり自分が何かをされていなくても、周りがそんな環境というのはかなり不快なものでいつも精神的にきつい日々を送っていました。

しかしアポになると、それはそれでまた仕事が増えるだけで、実際怒鳴られるのを回避することにしかなりません。

テレアポは毎日600件するので、アポの資料の作成や準備は必然的にそのあとになりますから、やっぱり仕事だけが多くなってしまいます。

そもそもアポがなくても退社時間は11より遅かったのでその点かなりきついのに、さらに仕事が乗っかってくるというのはかなりきついですよね。

そして追い討ちをかけるように同期がどんどんやめていきました。

それがまたしんどく、やめにくい環境を生み出していました。

そのためEXITに依頼しました、金額は5万円です。

その時の心境はこれは逃げることになるのかなとかなり不安になりました、しかしここで脱出しないのならこのまま自分がおかしくなってしまうと思い決意しました。

後悔は自分が強くなれなかったことです。

やめる時ぐらい強い自分であってもいいのかなって思ったりはしましたが直接いうことに恐怖を感じていたためできませんでした。

アドバイスはこれを見ている人は少しながら悩むことも多いと思います。

しかし逃げることは悪いことではありません。

それで自分の人生がおかしくなるぐらいなら、そんな仕事どんな手段を使っても辞めるべきです。

33歳男性 会社員 退職代行を利用してイジメから決別

私が退職代行を利用させて頂きました体験談としまして、私はこれまで退職代行と言うサービスそのものを知らない形で、転職がもし決まった際の辞職を申し入れるタイミングについて非常に悩んでおりました。

以前に私の職場では、依願退職を上司に告げる時に退職を切り出したことで上司から嫌がらせを受けたり、また、退職について再度考え直すように何度も突きつけられていることがありましたので、私としましては、非常に悩む形になりました。

特に私の弱気な性格では付入られる形で、絶対に嫌がらせを受けることが確実でありましたので、退職について非常に悩む形となっておりました。

丁度そんな悩んでいた最中に知ることができたサービスが退職代行サービスでありました。

退職代行サービスでは、上司に言うのが怖い、また退職すると切り出すことで、猛烈な嫌がらせ等が発生する件について、それを回避できるような理想的なシステムでありました。

私としましては、願ってもないようなサービス内容で、退職代行サービスを利用させて頂くことによるメリットとしましては、まず、退職代行サービスに切り出すことをすれば、その日から一切自分自身が所属会社に関わることなく退職できると言う形でありましたので、恐れていた、上司との対面も回避できると言うものでありました。

また、極力自分の携帯に会社から電話がかかってくるようなことも回避できるような形に円滑に円満に持って行ってくださると言う形で、そのような点につきましても、退職代行を利用させて頂いて良かったと言う内容でありました。

また退職代行サービスを利用することで私であれば、上司がすぐに怒って対応することを全く関係のない第3者から言われることにより、納得できる部分が非常に大きいと思います。

当事者同士であれば、顔を見るだけで怒りたくなるような内容を、関係の無い第3者であります代行業者が述べることによりまして、非常に説得力がある形で話を円滑に進めていけることができるものであるのだと思いました。

29歳男 「辞めるんですに依頼して円満退職」

 こんにちは。

僕は今現在29歳です。

現在の職業としては自営業(フリーランス)をしております。

 このフリーランスという仕事をして1年くらいになりますが、このフリーランスの仕事をする前は、夜のお店の系列の事務所でパソコン作業に従事しておりました。

 所謂事務員ですね。

ところが、事務職の他にも人手不足になると系列店へ行って、お酒を作ったり皿洗いをしたりということもありました。

 しかもこの分の時給やら日当は0円。

「おいおいタダ働きかよ!」と内心思っておりましたが、首にされるのが一番困るので、じっと堪えて働いておりました。

 しかしストレスが最高潮に達してしまい、ぶち切れる寸前。

「これではいかん!自分の為にも良くないし、お世話になった会社にも良くない。

辞める時くらい円満退社したい」と思いました。

 そこで退職代行の「辞めるんです」を利用してみる事にしました。

 先ず相談も無料だというのも有難かったですし、とても親切・丁寧に対応してくださって、こちらに寄り添ってくださいました。

 内心「あぁ。

これで辞められる!」と思える内容でした。

 料金の方ですが、「辞めるんです」は一律40,000円という説明を受けました。

 時にはキャンペーン中で、30,000円という時もあるらしいです。

ただ忙しい時期(12月)等は、50,000円になる場合もあるらしいです。

 ですが追加料金も一切ないし、秘密厳守で業務をしてくれるというものでした。

 万が一効果不十分の場合は、全額返金保証までついている業者さんです。

 この時の心情としては、「やっとあのストレス会社から解放される!ただ働きをする必要もなくなる!」という思いでいっぱいでした。

 他の事などどうでもいい!と思っていた事を覚えております。

 後悔していることといえば、会社の体質がダメなだけであり、同僚やら先輩の事は好きだったので、人間関係に対しては後悔はあります。

 でもいい人ばかりなので、年に3回くらいは会って食事をしたり、飲んだりします。

 
 最後になりますが、アドバイスとしては、「辞めよう!」と思ったら行動してみる事です。

 
 今の時代なんかパソコン・スマホで検索すれば色々と情報が出てくる時代です。

 自分に合いそうな退職代行の業者さんを探しあて、相談してみる事から始めてみるといいと思います。

 相談のみならば無料の業者さんが多いと思います。

 それで条件が整えば、後は退職代行の業者さんに任せておけば上手くやってくれます。

 至って普通に円満退社が可能です。

 悩んでいる人は恥ずかしがることもありません。

悩む必要なんかありません。

 退職代行の業者さんに相談してみてくださいね。

そのほかの方法でやめた人の体験談

 

24歳男退職してとても人生が楽しくなった

24歳で既婚子供一人の3人暮らしの男性です。

僕は、以前4年ほどとある建設業に勤務していました。

そこの会社に就職したばかりのころは、必死に働きやりがいも少しずつ感じ頑張っていました。

しかし、徐々に職場での私自身に対する扱いがひどくなり、仕事を終えてからの3時間程の説教時間などが日常茶飯事でした。

3年ほどたつと、給料が1か月遅れるのもざらで、ただ働きの残業、早出出勤も当たり前になりました。

他の人たちが、休みの日にも私だけ仕事を押し付けられ半年ほど1日も休みがない事もありました。

それでも続けていればよくなっていくと思っていましたが、4年目に限界が来ました。

その当時僕は、昼は現場でそれが終わると違う現場に行き、夜間作業が朝までという生活をしていました。

1日の平均睡眠時間は2時間ほどです。

そこに、給料の支払いも遅れて待っている中やっと受け取ったと思ったら、日勤も夜勤も給料の値段が変わらなかったのです。

それどころか(最近怠けている)と言われ減給されていました。

休みもなく、寝る間もなく、働いているのに怠けているといわれたのが我慢できませんでした。

今のやっている仕事がひと段落したらやめさせてもらいます。

そう伝えました。

(わかった)と言われ1ヶ月辛抱しました。

その1ヶ月は、地獄のように私はいじめられましたが耐えました。

そして1ヶ月経とうとしてた時にびっくりすることを言われました。

(給料を今より30%昇給してやるから会社に残れ)そういわれました。

その時に、決心が固まりました。

やめる間際に言われたので今までは、いいように使われていたんだなと。

絶対やめようと。

そして約4年間務めた会社を辞めました。

やめるときは、腹立たしさとこの苦痛からやっと解放されると言う心境でした。

今思えば、4年も辛抱せずとももっと早くやめればよかったと思っています。

辞めてから1年ぐらいで風のうわさで、勤めていた会社が倒産したと聞きました。

やはり、そういう経営者は会社を潰してしまうのかもしれません。

38歳 女性 保険ショップを退職してスッキリしました!

ショッピングモール内に入店している保険ショップへパート勤務していました。

パート勤務ですがフルタイムで週5日勤務していたのでしっかりと働き、保育園へ通っている子供もいたので、お迎えに間に合うように残業なしという条件で働くことにしました。

実際に勤務してみると、来店されたお客様が長居されるケースも多く、そうした場合は残業になり、土日祝日もオープンしているので勤務することもあり、ご来店数も週末になると増えるので対応する機会がジワジワと増えてきました。

残業しても残業代もあまりプラスされませんし、有給もないので子供の病気や行事で仕事を休む時は有給が使用されず、休みといった形になるのでお給料は入らないので損したような感じがします。

有給もなく、時間に都合もつかない仕事ですし、保険の見直し相談の需要は多く、そして仕事はハードでお金が関係する仕事やご相談に来られた方は持病をお持ちの方もおり、そういったデリケートな部分も色々と話すことが多いので、仕事はピライベートなこともお聞きするような繊細な仕事になるなぁと実感することがあり、日常的にストレスを感じることがかなり多かったです。

保険の種類や保証内容など度々更新されることが多いため、そうした場合は常に状況を把握していくことが必要になり、ハードな仕事なぁ~と感じていたので、子育てとの両立は難しいと感じる部分も大きくなってきました。

子供の行事など参加する際に仕事の休みを取る時には有給もないので使えないですし、福利厚生もなく仕事内容はハードだし、不満が募ってきて、仕事を辞める方も多いのでブラック企業だなぁと感じる部分が大きくなってきました。

保険ショップへ勤務する時は、やはり詳細とは大きく違う部分が多く、ストレスがたまるし仕事を辞める人も多いので、働きにくい環境だなぁと感じて仕事を辞めることにしました。

保険の仕事はプライベートな内容・お金のことなど細かい部分が多く、色々と検討した上で仕事探しを行うべきです。

33歳女性 退職して時間とお金に余裕ができました

わたしは30代女性、薬剤師の資格を持っています。

わたしは以前これはブラック企業ではないかと思われる調剤薬局で働いていました。

その薬局は残業が土曜日以外毎日4時間ほどあって、その残業代は0.7掛け、しかも2時間過ぎないと残業代は付かないシステムでした。

そして福利厚生の方も厚生年金や雇用保険、社会保険に入れてくれるのは良いですが、社会保険に入っているのに健康保険は自腹、社長の言い分はそういうのは自主的に行くものだから、だそうです。

そして、そのぶんのお金はわたしたちには支給されず社長のポケットマネーです。

それから有給もあるにはあるのですが、休みは冠婚葬祭以外取れません。

でも取れるだけましなのは分かりますが、取れなかった休みは買い取ってはくれず自動的に消滅です。

当時はまだ若かったので、残業の多さだけに不満を持っていました。

しかしある日他の同世代の給料を聞いて唖然としました。

残業はほぼなかったりあっても1時間程度なのに、わたしよりも給料が高いのです。

しかも残業代は1.25掛けなど本来の時給より高くなるとのこと。

そして、健康診断は会社負担で年に1回必ず受けさせてくれるとのこと。

それを聞いて、その時その薬局には1年ちょっと働いていたのですが、年間にしたらかなり損したと思って速攻やめてやると思いました。

その時はすごく仕事にストレスを感じていて疲れていたし、通常仕事をやめる時は1ヶ月前に言うのでしょうが、親戚が入院するのでとか適当な理由で2週間後に辞めました。

あれから数年経ちますし、いくつか仕事も転々としましたが、どの会社も福利厚生はしっかりしていたので、当時も今も全く後悔していません。

見ている人へのアドバスイスですが、自分がブラック企業で働いていると言う自覚がある人は早く次の仕事に乗り換えた方がいいです。

特に残業代はなどお金に関することの場合は、どれだけ損してきたか考えたら、今後もそれだけ損していくということになるので、とてももったいないです。

27歳女ブラック企業を退職して心からほっとした

27歳の時、大学時代の先生の紹介で、家族経営の老舗の菓子店に事務員として就職しました。

土日休みの週休2日、残業は滅多に無い上に、事務も同世代の女性スタッフばかりとのことだったので、前職が残業が多く疲れ果てていたこともあり、期待していました。

ところがいざ就職してみると、確かに週休二日ですが、土曜日は交代で出勤することが多く、残業は無いものの社長の奥さんの気分で、叱られることの多い職場でした。

しかも、事務の女性スタッフは私を含めて4人いましたが、同世代と言っても5歳から10歳年上の方で、高校を卒業してから10年以上勤務しているベテランの方ばかりでした。

前にいた事務員さんは22歳で大卒の新卒だったみたいですが、僅か2か月で退職してしまったことから、私は最初から「大学出」というだけで、招かれざる新人といった雰囲気でした。

仕事を聞いても教えてもらえず、失敗すれば奥さんに叱られるだけでなく、3人がしたミスは私のせいにされました。

電話も誰も出ずほぼ私一人で応対させられていました。

昼休みも基本的には事務所で食べることが決まりでしたが、よく3人でランチに出かけ、私だけ留守番して一人おにぎりをかじりながら電話応対に追われる日々を過ごしていました。

ある日、大手取引先の方が来られ、私がお茶を入れていると奥さんの怒鳴り声が聞こえました。

「早くお茶をお出しして!」
「すみません」
慌ててお茶を入れ、応接室へ持って行くと、奥さんは私の顔をチラッとみて取引先の方に
「最近の女の子は大学行っても全く役に立たず、何やってるんでしょうね。

高校出てみっちり仕込んだ子のほうが何倍も優秀ですよ」
これを聞いて、とても悔しい思いをしました。

と同時に、私は何をやっているんだろう。

無理してここにいる意味なんて無いんじゃないか?と初めて気が付きました。

そして翌日、ちょうど月末も近かった事から、社長に直接退職届を提出しました。

理由は一身上の都合で詳しい理由は何も言いませんでしたが、あっさり受理されました。

前の会社は5年も働いたのに、僅か半年で退職することになり、美味しい条件だけ見ないで、しっかり職場を見てから就職を決めるべきだったと、心から後悔しました。

職場は紙面や誰かの言葉だけでは、本当に自分に合っているか、勤めやすい職場か分からないものです。

決める前にしっかりリサーチして、ブラック企業に就職しないようにすることは大切だと身に沁みました。

30代女性、ブラック企業を退職して体調がずいぶん良くなりました

私は40代の女性ですが、30代で働いていたのは個人経営の専門学校でした。

仕事の内容は専門学校に通ってきている学生たちに資格を取らせるための講師でした。

最初はあまり自身がありませんでしたが、それまでに経験してきたことや、勉強して来たことを活かすことが出来ると思って、最初はやる気満々でした。

実際、学生たちと接するのは楽しいことも多くありましたし、その学生たちが資格を取る手助けをするのはやりがいもありましたので、一生懸命に頑張りました。

ですが、その会社(専門学校)の待遇は最悪でした。

給料はとても安かったですし、それに加えて頻繁にサービス残業をしていました。

定時の時間(夕方6時)になると、一旦、タイムカードを押さなければなりませんでした。

なぜならそうしないと、残業代が発生してしまうからです。

でも実際にはタイムカードを押した後に何時間も仕事をすることも頻繁にありました。

また仕事の内容も講師の仕事だけではなく、事務作業、受付、新しい学生を集めるためのイベントへの参加、そしておまけに学校の設備のメンテナンスもさせられていました。

特に学校が夏休みなどで学生が来ない期間には、毎日、学校の床のワックス掛けや、壁のペンキ塗りなどもしました。

それは体力的にも辛かったですし、精神的にもきつかったです。

一番、精神的に辛いと思ったのは、学校の説明会などに参加して、新しい学生を獲得するために、その学校の良さをアピールしなければいけないのですが、それが真実ではないこともあったことです。

まったくのウソとまでは言えなくても、都合の悪い事実は話さずに、少し着色して魅力のある専門学校だとアピールをしなければいけなかったので、精神的に辛かったです。

また授業を受け持っていますので、体調が悪くても、プライベートで用事があっても、仕事を休むことがなかなか出来ませんでした。

一応、有給休暇はあるはずなのですが、ほとんど取ったことはありません。

取りづらい職場の環境だったからです。

学生たちとの交流は楽しいこともあった半面、その会社(専門学校)はブラック企業でしたので、働き始めてすぐに辞めたいと思いました。

でも学生のことを考えると、すぐに辞めるわけにはいかないと思って、数年は我慢しました。

でも働き続けたら、体のあちこちに支障が出てきました。

ストレスが原因だと思います。

数年後、その体調の異変がどんどん酷くなってしまいましたので、学生たちが卒業する3月に辞めることを決意して退職しました。

退職したら、精神的にスッキリしましたし、体調もずいぶんと良くなりました。

ですから辞めて良かったと思いました。

ブラック企業で働いて体調が悪くなっている方は、無理せずに早めに退職された方が良いと思います。

32歳女性 退職してストレスがなくなり充実した生活を送れるように

 私は現在32歳で、未就園児を自宅で育児しながら在宅ワークをしている主婦です。

今回はまだ子どもが生まれる前に働いていたパート先での体験を書かせていただきます。

 26歳で結婚し、最初に見つけたパートは人間関係、労働環境がとてもよく働きやすかったのです。

しかし夫の転勤でほどなくして退職し、引越先で新しいパート先を見つけたのですがその職場がブラック企業と呼ばれるものでした。

そのパート先は食品製造の会社です。

企業内の社員食堂で、社食を提供したり、売店を運営したりする仕事ですが、労働環境や人間関係がとても悪かったです。

 労働環境の面で不満だったのは、残業代が支払われないという規則があったことです。

そのくせに平気で1時間以上残業しなければならないような仕事を押し付けてきます。

月に1回社員とパートで勉強会と呼ばれる会合のようなものが行われていて、その会合は2時間以上かかります。

しかし当然ながら残業代は支払われません。

またこのような会合は労働時間外に行われるので、事前に連絡をするべきなのですが、2~3日前に突然言われます。

会社の都合で突然行うことになったのであれば、出席を強要したり文句を言ったりするのは非常識だと思うのですが、用事があり参加できないと伝えると文句を言われます。

私は一度だけ参加できないことがあったのですが、文句を言われ店長と呼ばれる現場の責任者とそのうえのマネージャー(2人とも男性)から数日無視をされました。

 人間関係の面では、職場で上司を含めたLINEグループがあったのですが、よくトラブルがあったことです。

休みの日でもプライベートでランチや飲み会に行く人がいたのですが、それをわざわざそのグループトークで話題にするので誘われなかった人が怒ってしまい喧嘩になることがありました。

その喧嘩でお客様に迷惑をかけていることもありますが、現場の店長もマネージャーも自分の好きなパートさんの味方をして、嫌いなパートさんを居心地悪くするように仕向けるので見ていてとても不快でした。

私は幸いこのような喧嘩に巻き込まれませんでしたが、いつもビクビクしながら仕事をしていました。

 このような仕事でしたので、短時間しか仕事しないわりには非常に疲れて、ストレスも多くいつも何か不満を抱えながら生活していたように思います。

半年間仕事を続けたときに引っ越すことが決まり(転勤ではなく、マンションから一軒家)、距離的に通いにくくなったのでそれを理由にして退職しました。

しかしこんな状態ならもっと早くやめて違う仕事を探せばよかったと後悔しています。

 ブラック企業で悩んでいる人には、とにかく自分のストレスが大きく四六時中仕事のことを考えてしまうような状態なら、周りの目を気にせずすぐに退職することを勧めたいです。

29歳男 長時間労働から解放され目が覚めた

私は全国展開するファミリーレストランチェーンに就職したのですが、いわゆるブラック企業でした。

当時、まだブラック企業という言葉もなく、とにかく馬車馬のように働かされていました。

既存店の売上減を新規出店することで、売上を上げていましたので、社員数が足りず、売上的には3人の社員で運営するべき店舗を2人で運営するなど、無理な運営を余儀なくされていました。

また、本来なら10年ほどのキャリアを積んで店長になるのですが、新規出店が続き、店長の数も足りなくなり、3年から5年で店長になっていました。

若い店長にありがちなのですが、自分の身体を張ることで人手不足を解消しようとしてしまいます。

それが慢性化して、超過勤務が月間100時間が当たり前になってしまいます。

私はトラブルがあり、2年半で店長となりました。

異例の早さで、会社からの期待は大きかったのですが、私は嫌で仕方がありませんでした。

仕事は好きでしたが、全く準備ができてない状況で店長に昇格することに、抵抗がありました。

直属のエリアマネージャーに何度も考え直してもらうよう頼みましたが、業務命令の一点張りで、全く聞いてもらえませんでした。

仕方がないので、辞表を提出しましたが、それも握り潰されてしまい、店長になることになってしまいました。

それから約3年間、店長として働きましたが、腰を痛めてしまいました。

騙し騙し働いていましたが、病院で、
「このまま悪くなれば、最悪車椅子で生活しないといけなくなるので、腰をしっかり治すべき」
と言われ、退社を決意しました。

しかし店長昇格時のこともあり、無策で挑めば、また上手くいかないと思い、準備を整えました。

まず、労働監督基準署で当時の労働環境の相談をし、担当者の名刺を貰いました。

そして相談の様子をICレコーダーに録音しておきました。

そしてエリアマネージャーに退社を告げました。

当然、慰留されましたし、聞き方によっては恫喝に近い発言もありました。

かなり長い間慰留され、退社を保留するような発言が出始めた頃に、労基署の担当者の名刺を見せ、ICレコーダーの録音データを聞かせました。

同時にその時のエリアマネージャーとの会話も録音していたので、その録音データも聞かせ、
「問題を大きくしたくないので、大人しく退社をさせて下さい」
と伝えました。

卑怯な手でしたが、このくらいしないと退社はできなかったと思います。

それから2ヶ月後、無事退社することができました。

辞めるにあたり、ネットなどで色々調べましたが、最悪、裁判などになった時には、客観的な証拠が必要になるようです。

今はスマホで会話を録音できますので、上司などと話すときは、念のため会話を録音するべきだと思います。

そのようなデータがあると、有利に話を進めることができましたので、是非オススメします。

会社を辞めて、私はいかにおかしな環境で働いていたのか分かりました。

会社内の常識やモラルが社会から遥かにかけ離れたもので、まともな人間が働くところではありませんでした。

まさにブラックという名に相応しい環境でした。

45歳男、理不尽な異動から抜け出した話

現在、45歳で肉体労働の仕事をしている中年男性です。

私は転職をして5年ほどになります。

経済的には厳しいものは
ありますが以前勤務していた会社の事を考えると気楽に楽しく
生活できています。

以前、勤務していた会社には20年ぐらいアルバイト時代を含めて
勤務をしていました。

人生の半分です。

県内で数店舗抱えてるパチンコ店に勤務していました。

自分は定年までその会社で勤め上げるつもりでいました。

それの気持ちがガラガラと崩れ落ちて退職に至った経験を
お話してみようと思います。

ちょうど本社勤務になって10年ぐらいでした。

それ以前はホール
で6年ほど、希望を出して本社勤務、企画の仕事をしていました。

辛い事や嫌な事もありましたが好きな仕事だったしやりがいを
感じて毎日奮闘していました。

時期的に人事異動や昇格の辞令が出る時期の事です。

自分の居る部署に一人補充がある話を聞いてちょっと楽になるなーとか
後輩と話をしていて上司には何を最初させますかとか先の事を
考えていました。

辞令交付式が終わって部長が私の所に来られました。

お前に辞令が出た。

〇〇店に異動。

正直、ショックで固まりました。

頭真っ白になるという事を
よく言いますが初めて体感した瞬間と思います。

合わせて引越しをする事も重なりました。

街中から離れた全く
環境が変わる場所。

悩みに悩みました。

その時点で退職をする事も考えました。

しかし母の「やってみて考えなさい」という言葉で辞令を受ける
事にしました。

約2年間、自分なりに奮闘しました。

ストレスで鬱病とも診断されました。

本部に帰って企画に仕事をまたやりたいと思って
上司にも何度も嘆願をしました。

結局、パワハラまがいの事を
され、繋ぎとめていた気持ちが切れでしまいました。

人生の半分を過ごした会社を辞める事を決めました。

そもそも異動になった時も10年ぶりにホールに戻るのに
辞令の話も当日にしかなく、違和感を感じる事ばかりでした。

何故異動ですかと部長に言っても「黙って受けろ」と言われ取り合ってもらえず。

再異動の希望を出しても取り合ってもらえず。

数年前に私が居た会社はオーナーが変わる事がありました。

それ以降、元社長派、新社長派に分かれて辞めていく人が多く
私は今でもそれに巻き込まれたと思っています。

それの出来事に耐えて会社の言う事を聞いていたのが今でも後悔をしています。

家族経営で人事にはかなり感情的になっていらっしゃった事もありました。

これを読んでいる人に対しては色々もがいても変えれない事あります。

権力には叶わないと思います。

一番は環境を変える事。

仕事とは食べていく生活していく術であって選ばないなら
何でも仕事はあります。

逃げる事も一つの方法と考えるのも
ありと思います。

アラフォー女子、ブラック企業を辞めて転職成功♪

こんにちは、Ayumintです。

アラフォー。

おととし辞めたブラック企業についての体験談を書きます。

ぶっちゃけ、変な会社はさっさと辞めたほうが身のためですよ。

みなさんも、我こそはブラック企業に勤めているって方がいたら、さっさを足を洗いましょう。

気が楽ですよ!
そもそも、今思えば最初からブラック企業だったと思います。

面接に行った時に提示されたお給料と、採用になった時に提示された給料が違いましたし、(もちろんこっちの方が低い)、希望する職種の部署とは違うところに配属になるし。

まあ、当時は若かったですし、新しいことが経験出来たらそれでいいかな、って思っていたのですが。

しばらく働いてみて、周りの職歴の長いおじ様たちは、ほとんどポンコツで役に立たないことが分かりましたし、そのおかげで私を含め、比較的新しく入社してきた人が、めちゃくちゃ働かされることになりました。

なんの役にも立たない人間よりも、少ないお給料で、日々萎えそうでしたし、尊敬できる人も全然現れなかったので、5年経って退職することにしました。

ま、ポンコツのおかげで、勝手にスキルアップできたことは、今もとても感謝しているのですが。

それに、その年の新卒のお給料の方が、当時私のもらっていたお給料よりもよかったんですね。

頭にきて会社を辞めるいい理由になりました。


その時の心情は、ものすごく晴れ晴れしていました。

決断したので。

ただ、決断に至るまでは、モヤッとしていました。

果たして、今、私が会社を辞めてしまって、大丈夫なんだろうか、という変な責任感がありました。

でも、辞めた後のことなんて、知ったこっちゃないですもんね。

ま、上司には考え直すように言われましたが、あんな給料じゃやってられない、と言ってやったら黙ってました。

ざまあ見ろ!笑。

後悔していることは、特にないです。

会社を辞めて、しばらくのんびりしてましたし、その会社でスキルアップできたことは、今の仕事を見つけるのにすごく役立ったので。

ただ、その会社では、何人か素敵な仲間もできたので、その人たちとお別れするのは、最初はちょっと悲しかったですが。

この記事を読んでいる、ということは、みなさん多かれ少なかれ退職したいか、ブラック企業に勤めている、という方なんだと思います。

わざわざブラック企業に勤めなくても、世の中にはたくさん仕事があります。

さっさと見切りをつけて、次の新しいステージに立ちましょう。

ブラック企業は、あなたのために何もしてくれませんよ!

31歳男、ブラック企業退社後に転職して正常な生活を取り戻した

私は今年50歳になる技術系会社員です。

22歳の時、大学の電気工学を卒業し、地元が兼業農家の長男だったので、地元の自動車部品製造会社に教授のコネで入社しました。

しかし、この会社がかなりのブラックでした。

それでも実家の農業や実家の鉄工場や不動産もあり、そのへっぽこ会社だけに依存していたわけでなかったので、とりあえず我慢してそこで約10年勤務しました。

新卒後に入った会社は、大企業の子会社の自動車部品製造會社でした。

この会社は、社長以下、部長や課長まで、親会社からの天下りが占拠していました。

生え抜きはどんなに頑張っても課長止まりでした。

入社して数年でそのことがわかり、暗い将来が見えていたので、モチベーションは上がりませんでした。

よって、入社後、約3年周期で辞表を提出したくなることが度々ありましたが、生え抜きの方々は良い方ばかりだったうえに、教授のコネもあったので、なかなか辞めにくく、なんとか我慢して9年が経った頃に、教授が亡くなったとの情報が入り、人事に同期で仲の良い人もいたので相談して、10年で退職金も上がるから、10年勤務後が良いと言われ、10年勤務後の32歳時に辞表を提出しました。

辞表提出時の心構えは、環境の良い転職先を確実に見つけた後、なるべく早めに提出することです。

大抵、会社は引き止めます。

しかし、そこまで何もしてこなかった会社に対して、期待は出来ませんし、仮に、思いとどまったとしても、また同じことを繰り返すだけで、時間の無駄です。

あと、出来れば、職務内容は、一貫している方が良いと思います。

私の場合、電気電子工学の制御設計と言う分野で一貫していましたし、現状でも、この道で既に30年弱の技術系会社員として、生計を立てています。

人生はなるべくブレない職務を身に着けて生きるべきです。

後悔しているのは、辞め方が突然だったことです。

実は、退社した週末に後輩の結婚式に出席しました。

何も知らない会社の同僚たちと出席までした日曜日の翌日に転職した会社に初出勤しました。

つまり、最後の最後まで、辞めると言えずに、本当にごく一部の方だけに話して、何もなかったかのように、静かに退社したので、やっぱりちゃんと挨拶すべきだったと、少し後悔しています。

いまさらですが。

辞表を提出した時は、正直言えばかなり悲しかったです。

会社の生え抜きの方々は良い人ばかりでしたので、また、そのブラック企業の経営陣は大嫌いでしたが、その会社の仕事は大好きでした。

車載や事務機器等のアクチュエータやその制御設計だったので、自分の大学で学んだ電気電子工学の専門を活かせて、やればやるほど楽しく、好きになる仕事でした。

しかし、我慢ならなかったのは、H製作所から来る無能な天下りの管理職たちが、嫌な仕事ばかり押し付けてくるのと、入社5年目あたりから不景気で、残業代が払われなくなったのが、最悪でした。

毎月100時間程度は残業しても、つくのは10時間程度でした。

近隣の会社でも同じような状況の時代でしたので、労働基準監督署の監査で指摘された会社も出て来て、その会社でも問題になりつつありました。

仕事は好きだったので、競合企業でしたが、同じような仕事で、もっと大きな会社が自宅の近くにあったので、そこを面接し合格し、転職することにしました。

この決意で、今は良好な生活を送っています。

当然、皆さん真面目に生きていて、就職も一生懸命に対応していると思います。

ただ、先の事は誰にもわからないし、自分に合っている仕事がなんなのかなんて、殆どの人はわかりません。

そんな分からないことだらけの中で、みんな就職していきます。

なので、上手く行くことよりも、失敗することの方が多いと思います。

その失敗したとわかった時に、貴方はどう動くのかが重要になります。

人生は一度しかありません。

我慢するだけなら、誰にでも出来ますし、全然、面白くもありません。

一度しかない人生です。

勇気と知恵を振り絞って、常にアンテナ全開で、我々の人生を良い方向に変えていきましょう。

人生なんて、色々あった方が面白いし、その後の人生もまた個性的な人生を生み出せるのです。

人生は個性的で最高です。

25歳女 退職して思わず笑顔に!

私は20代の女性で、今はただの会社員です。

当時の私は元々1つのバイトをしておりましたが、あと少し稼ぎたいと考え、もう1つバイトしようと考え、Wワークを始める事にしました。

そのWワーク先として選んだ会社こそ、まさにブラック企業だったのです。

正社員ではなかったにしろ、もう二度とごめんだなという体験をしました。

そのブラック企業では初めはとても短い時間と日数で働かせてもらっていました。

3ヵ月が過ぎた頃には、「もっと時間を増やして働きなよ」と同じ部署の人達から何度も言われるようになりました。

私自身、稼ぎも足りていなかった為、その時はチャンスだと考えていました。

そこで、働く時間と日数を少しだけ増やして勤務する事になりました。

そこから更に3ヵ月、同じ部署の人達からの当たりが強くなってゆき、気付いた時には精神的に疲弊していました。

まず同じ部署の上司が、気に入らない事が起こると物に当たって壁に穴を開けたりするような人だったのです。

本当に怖かったです。

その上司は突然怒り出したりとにかくご機嫌がコロコロと変わる人だったので、同じ部署の人達もそれに影響されて「何も言えない雰囲気」が作り出されていました。

わからない事を聞けずに上司の機嫌に脅える日々は壮絶でした。

まさにパワハラですね。

問題は上司だけでなく、年配のお局パートさん方にもありました。

このお局は3人もいて、私が時間と日数を増やして働き出した頃から当たりが強くなってきました。

非常に強いストレスを受けました。

作業動作や礼儀作法など、お局が作り上げた独自ルールに則っていないとヒステリックに怒鳴られたりしました。

入職から半年過ぎた頃には、私の身内に不幸があって仕事を休まなければならない時がありました。

その後仕事に復帰しても、私がその身内のことを皆の前で知らせないからという理由で怒鳴られました。

ちなみに、事前にしばらく休むかもしれません、とは部署の方々に伝えていました。

正直、人が亡くなったというのになぜこんな理不尽な人達に怒鳴られるのかと私は怒りが強くなっていき、ストレスから家で飲酒する日が続きました。

(※普段一滴も飲みません)

そこから2ヵ月は怒りを原動力に出勤していましたが長く続かず、「ここに居ても何も得られない」と確信し、辞める事に決めました。

辞める時もお局への報告と、「辞職の半年前に申告が必要」という独自ルールがあったため、部署内ではもう相談せず、更に上の位の上司へ相談し、半ば強引に辞めました。

辞職届も部署の人が全員帰宅した後の夜に書きに行って、逃げるように辞めました…

もう二度とこんな所に入らない!と決めました。

辞めた時の帰り道は本当に幸せで思わず笑顔になってしまいましたが笑

後悔している事はもっと早く辞めれば良かったという事です。

アドバイスにはならないかもしれませんが、時には逃げてでも辞めるのは大事だなと学びました。

辞められないのではなく、辞める。

本当にダメなら思い切って、そして笑顔で働ける場所を探しましょう!

30歳男 退職して気持ちが軽くなった

自分は兵庫県に住んでる30歳の男です。

自分が働いていましたのは介護職でして、そこの利用者様達はすごくいい方々で文句はなかったのですが、働いてるスタッフにかなり問題がありました。

自分がなぜ、そこの職員になったかと言いますと、自分はヘルパー2級の資格を持っていましてその資格を生かして綺麗ごとになるかもしれませんが、今まで頑張ってこられました年配の方々の力に少しでも役に立ちたいと思い、職業安定所で探していましたら、そこの職場が見つかりまして、体制も給料も悪くはないのでそこで働こうと思いそこに決めました。

いざ、そこで働き始めますと、職員の方々のある職員への冷たい態度、陰口、利用者への陰口や悪口、イエスマンの多さ、給料の安さ、口は出して行動しない人たち、それを見てましたら辞めていく方々の気持ちや利用者の家族様の「やめた方がいいよ」と言う声の意味がなんとなく分かってきました。

職場関係など縁を切りたい方は『縁切りお守りの効果がありすぎた件』が参考になります。

この様な意味かなと思いあまり重く考えてませんでしたが、いざ仕事をしようとしましたら先輩の誰かが自分のことを事務長にチクりまして自分は介護をさしてもらえず利用者が寝るシーツ交換、風呂掃除、新聞取り、この繰り返しでした。

自分は事務長に「介護をさしてください」と何回も言いましたが「そのうちな」と軽く聞き流され、時間だけが立っていきいつになっても介護をさしてくれませんでした。

そして給料も夜勤を入れて13万5000円で割に合わんと感じまして、ほんまに自分はこの職場を選んでよかったのだろうかと思い始めてきました。

そして、月日はたちまして自分の母が癌でなくなりました、1週間ほど、お休みをいただきまして休み後に出勤しまして、施設長と話をしていまして、施設長は「大変やったな~気持ちは大丈夫か?」と心配してくれましてそこは良かったのですが、施設長の次に話し合いをした事務長の「大変やったな~お母さんのこともあるから面倒を見てあげた」と言われ、カチンときてその日限りで辞めました。

そこで自分が思ったのは、職業安定所は会社の内部のことは知らずに適当に言うてる、イエスマンにろくな奴はいないというのを学びました。

36歳女 退職してようやく普通の暮らしを手に入れた

大手企業の非正規雇用で働いていましたが、そのめま働いていても正社員になる見込みがないために、関連する中小企業へ転職しました。

経験者ということで給与面でも優遇される話でしたが、実際は前職よりも年収が低く、なおかつ残業を40時間ほどしてやっと前職の給与と同等くらいでした。

その残業も、不景気のために残業をするなと言われ給与は激減。

それなのに仕事は減らず。

むしろ人員削減で他の仕事まで回ってくる状態です。

課長は天下りしてきた人物で、周りのことを考えずに自分勝手に無茶振りをするので、当然課員は誰も信頼していません。

経験者の私にはあれもやれこれもやれと指示を出し、仕事が山積みでも残業はさせない。

定時で帰らす。

定時で帰ることは家庭にとってはいいことですが、何分給与が低すぎて生活が苦しくなりました。

共働きでなんとか頑張っていたものの、仕事のストレスがたたってか、次第にお腹を下すようになりました。

それだけならちょっとお腹の調子が悪いのかな?と思うだけかもしれませんが、休日になると治り、平日にお腹を下す日々。

どう考えても仕事のストレスに他なりません。

そのうちに、気分的にも仕事に行きたくない、仕事が嫌だと愚痴が多くなり、毎日配偶者へ愚痴っていた気がします。

意を決して精神科で診て貰うと、適応障害と診断され、内科では過敏性腸症候群と言われました。

悩んだ末に仕事を長期で休むことにし、その後復帰をするか転職をするか迷いました。

その間、会社側は、申請をしたにもかかわらず傷病手当ての書類を書いてくれなくて、半年以上無給で家族にはとても迷惑をかけました。

何度もフォローをかけるのにも精神がやられるし、本当に悲惨でした。

家族と話し合って、転職をしようということになりましたが、その時には年齢でひっかかる求人が多く、なかなか書類選考が通りませんでした。

もっと早く行動すればという後悔と焦りと苛立ちで、またまた家族にも当たってしまって自己嫌悪の毎日でした。

それでも私を見捨てず、親身になって応援してくれた家族のおかげで、無事転職を果たすことができました。

結果として、大手企業の非正規雇用のときよりは年収は落ちますが、中小企業のときよりは普通の給与がもらえるようになったので、今はそこで頑張って働いています。

28歳女 退職して再進学

こんにちは、私は28歳の女で現在OLをしています。

今の職場は100点満点までとはいきませんが、前に比べたらずっと快適です。

前職は旅館で仲居をしておりました。

住み込みなので寮は格安で住むことができました。

ご飯は白米だけは自由でしたが特にまかないはなかったです。

月に2回だけ温泉に入浴することができました。

と、いい部分はこのぐらいであとは最悪でした。

まず、入社して研修があったのですが、そのたった2週間のうちに4人いた同期のうち2人が辞めることになりました。

不安なスタートを切りました。

旅館は、お客様の到着からお帰りまでを全て担当するという仕事なので、いくら早く仕事をしても、残業になる時はなります。

特に新入社員ということもあって、早く終わったら手伝わなければならない風潮があって忙しなかったです。

昼から働いて次の日の朝までで1日勤務のカウントでしたので、1日休みでも実質半日+半日で寝て終わることがほとんどでした。

田舎の中の田舎という場所でしたので、近くのコンビニまで車で30分。

この暮らしをして、私には田舎暮らしが向いてないなとつくづく思いました。

20代のうちにそれに気づけたことは良かったと思います。

なので、遊ぶ暇というかお金を使うことが少ないので、口座にお金は溜まっていくのですが、給料的には拘束時間の割に少ないと思います。

そんな毎日を送っていて、ここで3年働くのは無理だと思い、2年目の秋頃に退職を決意しました。

結構、退職・転職の激しい会社だったので、特に抵抗はありませんでした。

ただ、誰にもバレたくないので静かに次にやりたいことを探しました。

同じ業界はどこも一緒だろうから転職に乗り気じゃなっかったので、転職するとしたら全く違う仕事がいいなと思いました。

それで、全く新しいことを学びたいと思いデザインの専門学校に再進学することにしました。

仕事を辞めるのには勇気がいることかもしれませんが、一度就いた仕事が違うなと考えたりするのも今の時代普通だと思います。

自分が本当にしたいと思える仕事に出会えることを願って。

36才 女 退職して目が覚めた

私は某人材派遣会社にて日雇い新規開拓営業、管理営業を担っておりました。

倒産した日雇い派遣会社ではありませんが、超有名アイドルがCMで起用されていました。

私は当時新卒、社会人としてスーツ生活にも慣れていなければ、お金をもらってバイトとは違った責任感、環境での生活に追いつく事がやっとでした。

日雇い取引専門の営業、どちらかというと雑居ビル、トイレが汚い工場、駅からものすごく離れた工場地帯がほとんどです。

男子10人の中にただ1人選ばれた女1人。

「なんで私1人だけ?」と正直驚きましたけど、全然内定をもらえなかったので仕事にありつけただけでもありがたいと思い前向きにとらえてました。

しかし、仕事がはじまると、朝7時開始の終電まで働く生活。

仕事が慣れていないからしょうがない。

失敗したら、罵倒される、殴られる、男子の現場だししょうがない。

と必死で自分に言い聞かせてました。

これが社会人、父に学費がかかる学校へ通わせてもらった事を感謝しっぱなしでした。

土日も返上で電話が止まらず仕事をしていた日々、たまたま大学の同級生とつかの間の食事会の時。

私とは全く異なった生活をしている友人、残業はあるにせよ、罵倒、暴力などはない。

よくよく考えてみたら、学生時代、数年お世話になったバイト先の社員さんの事を思い出してみたら、厳しい昭和の体育会系のような扱いは見た事はなかった事に気がつき、ようやく私の勤めている会社は異常なんだという事に気がつきました。

退職。

という言葉が頭をよぎった時、正直不安もありました。

次の仕事が今の経歴で見つかるのか。

転職活動中の資金は?
本当に退職していいのか。

悩みに悩みました。

そこで私は、自分自身に問いました。

「今の仕事、年収1千万ならやるか?」
答えはNOでした。

数年我慢して貯蓄できると我慢した所で精神的に追い込まれ結局、入院費に消えるだろう。

仕事は1つじゃないと。

退職すると告げた時も胸ぐらを捕まれ、鬼のように睨まれながら止められましたが、「この人たちと同じような人生は歩みたくない」という正直な気持ちがよぎり、闇金の取り立てのような恐怖の数分間を耐えました。

後悔はありません。

むしろ若い時にこのような経験をしていてよかったと思います。

就職してから月数万の自動積立貯金が、
無職になった私の生活をなんとか支えてくれていました。

転職する時、どんな事なら耐えられて、平穏にいられるか、の指針にもなります。

今、ブラック企業を辞める、辞めないで迷っている人たちへ

100%理想の会社はありません。

どうしても妥協できない、我慢できないことは何でしょう?あなたにとって本当にブラック企業なのでしょうか?
会社は1つではありません。

あなたは会社の為にいきているのはありません。

あなたには職業選択の自由があります。

1年なんとか耐え抜けば失業保険が出ますし、税金の請求にも耐えられます。

すきな事を仕事にをスローガンにするのではなく、このくらいなら自分を保てるくらいの気持ちで、仕事に対し、人生を見てみてください。

26歳男 退職してからは何事も楽しいと感じれるようになった

現在26歳で、北海道でフリーランスとして仕事をしています。

以前は新卒で某ガス会社の営業マンとして仕事していました。

給与は人並に貰っていたと思いますが、精神的な負担と体力的にも限界があったので退職しました。

某ガス会社に入社する前は、ガスを販売したり関連機器を販売するのだろうと思っていました。

ですが、実際に入社してみるとガスというより物販メインの会社で、ガスに携わる仕事というのは殆どありませんでした。

入社してすぐに退職するのも良くないと思い、1~2カ月は様子を見ようと与えられた仕事をやり続けました。

私が配属した営業所は残業が多く、飲み会が多い等と古い会社習慣が残っていました。

私は新入社員だったということもあり、所属長の指示で定時上がりしていましたが、そんな中、定時上がりしている私を快く思っていない上司(後の上司A)がいました。

入社してから1~2カ月の月日が経つと、ある日突然、上司Aから「何で残業しないの?」と言われたのを覚えています。

何か手伝えることがあれば手伝うべきかもしれませんが、残業するほどの仕事が無い上に、「所属長から定時で上がるよう指示されているので」としか言いようがありません。

私がこう言うと、上司Aは「じゃあ、帰れ」と不満そうにしていました。

これが切っ掛けでモノハラやパワハラを受けるようになりました。

私が営業所にいない間に私物を隠したり、他の従業員にはお土産を配布するのに私だけには配布しないといった陰湿な嫌がらせが毎日続いていました。

当初は気にせず我慢していましたが、私の趣味や出身を侮辱したり因縁つけて怒鳴ってくる等とエスカレートしていきました。

これには他の上司も流石に気付いていましたが、「気にするな」と言うだけで常に見て見ぬふりです。

所属長に相談しましたが、具体的な解決策を提示してくれず話を濁されるだけでした。

そして、私も営業先が増えたり開拓営業等と仕事が増え、残業することが多くなりました。

残業代の件でも所属長に相談しましたが、気づくと違う話をしているといったところです。

我慢も限界に達し、一度暴れてやろうかなとも思いイライラしながら仕事していました。

他の上司もこれには驚いたようで、上司Bが「黙って見ていたけど正直キツいだろ」「見てて我慢できなくなってきたから叱っておくよ」と私に言いました。

上司Bが上司Aに叱ってからはモノハラやパワハラも少なくなっていきました。

そして上司Bと営業に行ったり、一緒に食事するようにもなりました。

私は上司Bに守られながら仕事していましたが、残業代も出ない上にモノハラやパワハラは無くならず、所属長が私の恩師である上司Bに仕事を押し付けているのを見て「この会社はヤバイ」と思い退職を決意しました。

退職届を出そうと思いましたが、部署異動の話があったので「上司Aともおさらばできるし、少しは改善されるかも」と思い、退職はせず転勤することになりました。

異動してからは技術関係の仕事がメインでしたが、予想以上に忙しい部署でした。

従業員によって仕事量がバラバラです。

早く退社できる人もいれば私のように夜9~10時に退社する人もいました。

私の場合は現場の立ち合いがあったので、朝5時~夜10時が1カ月続くこともありました。

こんな仕事しても残業代は出ません。

流石に「ミスすると取り返しがつかない」といった精神的な負担も増え、体力的にも限界があったので過労死を避けるべく退職しました。

退職した後は違う会社に転職し、今ではフリーランスとして仕事しています。

某ガス会社を退職してからは精神的な負担も無くなり、心に余裕ができたので何しても楽しいと感じれるようになりました。

「退職したら先は無い」ということはあり得ないので、我慢して身を滅ぼしてしまうくらいであれば、退職したほうが良いと思います。

37歳男 プライベートが無いブラック設備会社から退職して心身充実

以前に某上場企業の建設設備の会社を退職しました。

入社してから分かりましたが、かなりのブラック企業でした。

私の所属した会社は設備の専門業者だったのですが、とにかく長時間残業や休日出勤が多かったです。

まず土曜日は必ず出勤です。

これはどこの現場にも言えることですが、建設現場は土曜日も稼働します。

その為、作業員の安全管理と工程管理のために現場に行かなければいけません。

私たちの会社の場合、1人の担当者が複数の現場を持たされるので、各現場に呼ばれててんやわんやになるのが特徴で、各現場ごとに図面や打ち合わせ書類を作らなければいけないので、深夜残業も日常茶飯事です。

また、夜間工事や工場等の土日に行う改修工事も併せて担当させられるので、全く休みが取れませんでした。

ここの会社で働いている人は、みなプライベートな時間を確保することができず、仕事漬けの生活を送っています。

子供の学校行事も行けない先輩も多く、そんな姿を見ていて、その会社に絶望感を抱くようになりました。

また、もう1つ不満だったのが残業申請です。

現場経費というのが、各現場ごとに決められていて、そこから自分の経費が出されます。

当然、残業代もそこから捻出されるのですが、どう考えても経費の予算が足らないのです。

その為、深夜残業や休日出勤をしても、結局経費が赤になるのを防ぐため、サービス残業にするしかないのです。

仮に予算が潤沢で残業を沢山付けたとしても、上司からは「効率が悪い」とか、「他の社員が残業を付けずに頑張っているのに、お前は付けるのか?」という話をされるので、事実上残業は一定時間以上(20時間前後)は付けることができませんでした。

月に2~3日しか休日がなく、深夜残業はしょっちゅう、しかも残業が抑制されるということで、入社3年目に退社を決意しました。

当然そんな会社なので、若手の退職はあとを絶たず、私もかなり強引な引き留めにあいましたが、そこは強引に退職の意思を押し通しました。

今は別の建設系の会社に就職しましたが、こちらは残業や休日に対する考えは社員寄りで非常に仕事をしやすい環境です。

土日出勤もありますが、代休は必ず取得できますし、残業も仕事をした分は付けれます。

結果的に退職して良かったと思います。

自分を犠牲にしてまで会社に尽くす必要は無いと感じます。

この会社は自分の未来を描けないと思ったら、思い切って転職する事をオススメします。

27歳 男、退職して違う道に進んだ

始めまして、私は過去にブラック企業と呼ばれる部類に当たるIT系のお仕事をしている会社に勤めていました。

会社を退職した経緯ですが2010年ごろを境にどうあがいても会社の業績を回復させる方法が無いということで退職を願い出たと言う話です。

私は当時事務とプログラミング両方の仕事を担っていたため、会社の売り上げですとか経営状態を知り尽くしており、業績をあげていた際の方法についても知っており度重なるプログラマーに対しての残業や暴言の他、給料を支払わないなどと言う手法も知っており、給料の支払いをストップしろと言うような命令を受けたこともあります。

私自身このような命令に従わないといけないような会社で下がいく当てもなかったので会社にしたがっていたと言うわけです。

私が退職を決心したのは会社がなくなることを知っていた点と、転職先が見つかったので会社に義理立てする必要性がなくなったため、退社したまでです。

退社をして後悔した点としては、周囲の人間に対して会社が潰れることを黙っていたことでしょう。

潰れると分っていたら他の人も私のように退社して違う場所で働くことも出来た可能性がありますが私は潰れることを黙ってました。

理由は、会社の社員同士の仲が悪く係わりたくなかったため黙っていたと言うわけです。

この一点に置いて後悔をしていますがそれ以外に置いては公開はしてないです。

と言うか、ブラック企業は従わないと首になったり、余計条件の悪い環境で働かされますので従わないことに漉した事は無く、言い換えればしたがっているフリでもいいわけです。

最後にこれを見てくれた人にアドバイスをするとなると、ブラック企業の場合まず業績を見ることです。

業績が良いのに給料とか待遇が悪い場合は訴えると社内環境が改善することがあり、訴える際首を覚悟で訴えるか匿名で訴えることです。

とにかく社内の状況を第3者に知ってもらうことが重要です。

業績が悪い場合は耐えて違う働き先を見つけるしか問題解決する方法は無いです。

33歳男 退職して疲労回復

私がブラック企業を退職したのは二年前になります。

営業と配送の会社で、私が入社したときにはまだできて四年ほどの若い会社でした。

求人には入社して1年目の例、5年目の例などで、良い待遇・給与や特典が記載されておりました。

しかしいざ張り切って入社してみると嘘ばかりでした。

入社当初は手取り22万、3年経っても22万。

一年で3000円しかあがりません。

もちろんボーナスもあがらず。

まあ僕の実力不足もあるのは重々承知ですが。

でも聞いてください。

同期入社の割と成績のいい奴らもそのような感じなんです。

おまけに残業代もつかない。

この給料の中に残業代も含まれています、そんな言い方。

つまり残業代なしだろ!怒

朝8時~提示は17時だけどそんな時間に帰れたころなどなく
帰宅時間は21時をいつもまわっていました。

そんなんだから、同期入社の奴もどんどん辞めていき・・・
自分も辞めることを考えながら日々の試練の繰り返しでした。

ただひとつ良かったのは、取引先の人達が親切で
いつも他愛もない話のついでにいい肉をくれたことかな。

社長は思いつきでどんどん忙しい社員に
新しい仕事を要求。

社員全員毎日ブログを書けといってみたり。

そのためどんどん残業時間は伸びるばかり。

有給はあるものの、皆とっていないのでとれない空気。

これって一番最悪なパターンなんですよね。

子供の運動会や発表会などでは、休んでいるひとも
ちらほらいましたが、皆申し訳なさそうに。

しかも半休ですしね。

私も小さい子がいたので、
年に1回くらいは有給使いましたが
もちろん半休です。

妻にも申し訳なかったと思っているし
自分も無理なノルマでぼろぼろだし。

週6で働いていたので、日曜しか休めないし
育児にも参加があまりできていませんでした。

妻は不機嫌ながらも文句いいながらも私を支えてくれました。

そしてとうとう転職を決意。

現在は前職より待遇の良い会社で
余裕をもって働いています。

やっぱり働く環境を選ぶことは大事ですね。

32歳女 悩むことなく在宅で楽しく仕事が出来るように

主婦をしながら、パート感覚で在宅ライターとして仕事をしている32歳女性です。

私がブラック企業を退職したのは26歳の時。

大学卒業後にそのまま結婚をして、2年専業主婦をしてからこのブラック企業に就職しました。

そのため、在籍していたのは約2年ほどになります。

とにかくパワハラとセクハラのひどい職場でした。

それでいて無能な上司が多く、仕事をしろと言う割にまともに仕事をすると怒られます。

彼らよりも仕事をすると怒られてしまうんです。

それでいて仕事量を減らすとまた怒られる。

何をしても怒られますし、おまけにいやらしい嫌味付き。

最初は我慢していましたが、元々気の強い性格ということもあって我慢できなくなってしまったんです。

退職するという旨を上司に伝えても嫌がらせで話にならないので、まずは証拠を集めました。

それを労働基準監督署に相談し、平行してパワハラやセクハラに関しては労働局へ。

弁護士の知人がいたので、そこにも相談をしました。

身近なところに弁護士がいたのが一番大きかったと思います。

後は、証拠をしっかり収集していたことも良かったと褒められました。

動き始めてからはもう一言で言うとブチギレ状態でした。

リミッターが解除されたような感じですね。

電話が苦手なのですが毎日あちこちに電話をかけて相談したりと、ある意味充実していたと思います。

特に後悔することはありませんが、今だったら退職代行サービスがあるのですよね。

私の時もそういうサービスを利用していればもっと早く退職出来たのではと思います。

ブラック企業は働くことはもちろんですが、辞めることも大変です。

そのため、これから退職を考えている方はしっかり相談して周りと連携していくことをおすすめします。

特に証拠が無いと労働基準監督署などでは動いてもらえませんので、証拠を集めながら相談をしていくというのが大切ですね。

その際にサービス残業など労働基準法関係は労働基準監督署、ハラスメント関係は労働局など各所に得意分野があるので、事前にしっかり確認しておくと無駄がありません。

37歳女 クリーンな企業に転職し、忙しくも安定して働けています

30代後半女性、現在は小売業で販売の仕事をしております。

現在の会社に入社する前、兄弟と分担しながらではありましたが実家の親の介護をしていたので、限られた時間ででき、なおかつ時給の高い仕事を探しておりました。

医薬品販売関係の資格を持っており、それを活かした仕事であれば時給も平均よりは高いので、その資格所持者向けの専門の求人サイトで仕事を探しました。

店舗での販売の仕事が大半な中、医薬品・健康食品のネット販売をしているという小さな企業の求人があり、パートタイムでの勤務が可能で、業務は大半がネット販売に関する内勤と書かれていたので、介護で体力的にも疲れていた時期だったので助かると思い応募し、就業することになりました。

内勤とのことだったのでデータ入力や顧客管理などを想像していたのですが、入ってみて分かったのは任されるのはいわゆる「コールセンター」的な業務で、顧客からかかってきた電話の応対をしたり、ウェブから問い合わせをしてきた新規の方にセールストークをして購入を促すような仕事でした。

想像していた内容とは違ったとはいえ、資格や知識を活かして仕事ができるならいいかと前向きに考えていましたが、先輩の仕事のサポートをするだけだった3ヶ月の研修期間が終わったあと、徐々に会社のブラックさが見えてくるようになりました。

まず、ウェブから問い合わせをしてきた新規のお客さんに対し、こうこうこのように丸めこみ、定期購入にこぎつけさせ、一度契約をさせた後は途中で辞退したいと言われた際もこのように説得しやめさせない、などのマニュアルを叩き込まれました。

長期的なしばりをつけての薬の販売や、合っていないと考えられる薬を続けさせたりなどは明らかに薬事法違反であり、資格を剥奪されてもおかしくないことなので、すぐに上司にこれはいけないのではと意見しましたが、もっともらしい言い訳をされるだけで改善するつもりは一切なさそうでした。

私が素直に従わない為上司と話をさせられましたが、「固いことではなく、リラックスしてここだけの話をしよう」などと口では言いながら、会議室に上司と二人きりではありましたが不自然にノートパソコンを持ち込み、なにやら操作した後で話をさせられたため、後から思えば別の部屋の幹部たちに聞かれていたのだろうと思います。

その後社長との面談になり、会社のオフィスではない謎のマンションの一室に呼び出され(ポストにも玄関にも会社名は一切書かれておらず、下手したらマンションの管理者には個人として借りているのではないかと思いました)「国の法律よりも会社の方針に従ってもらえないのなら辞めてもらって構わない」、のようなことを言われたので、私もそんな会社の為にせっかく取った資格を剥奪されるようなことになってはたまらないので、その日で退職を決めました。

後から知った話ですが、その企業は保健所の抜き打ち検査に何度か引っかかっており、何度も営業停止の処分を受けたことがあったようです。

退職した後も、意味の分からない都合のいい誓約書のようなものが送られて来ましたが、全て無視しました。

就業中、悩みを聞いてくれるお姉さんのようなポジションの人事の女性がいたのですが、今思うと彼女に話した疑問点はすべて上に報告されていたのだと思います。

どんな小さな会社でも、社員のクレーム担当というか、「うまいこと言って丸め込む」みたいな人事担当がいることを学習しました。

もし自分の会社はブラックじゃないのか、と悩んでいる人がいたら、会社内の人間ではなく、外部の会社のある程度経験を積んだ大人に相談するのがいいと思います。

会社内の人間はお互い妥協してやっていたとしても、社会的にタブーはタブーなので、我慢してまで変な会社に時間と労力を捧げるのはもったいないです。

39歳 男性 安定企業で安心生活

私は39歳で現在食品の卸売業に勤めています。

前職は特許事務所に勤めていました。

特許事務所というと華やかな雰囲気で高収入の見込める勝ち組な仕事というイメージを持たれがちですが、私の勤めていた事務所はそうではありませんでした。

私は外国事務に所属していましたが、男性の事務は基本的に所長が帰るまで自分から帰ることはできません。

残業代は規定の3時間分しか支給されず、それを超えた分はサービス残業になります。

23:00を過ぎても帰れないことなど頻繁にありました。

また事務長兼副所長の女性は男性事務をホストと勘違いしており、仕事中に自分の買い物に連れ出され、荷物持ちをさせられることがあります。

自分のキャリアアップのためにとにかく耐えましたが、大手のクライアントから契約を打ち切られたとき、人員整理が始まりました。

高収入の技術者は希望退職を募り、事務職は減給というとひどい有り様でした。

そのとき私は転職を決意しました。

しかし2年という短い経験ではなかなか他の事務所で採用してもらえず、何十社と面接を受けましたがことごとく落ちました。

そしてまだ30代であることから畑違いの新しい分野に挑戦しても遅くはないと信じ、別の業界の仕事も視野に入れて就活を続けました。

ハローワークや転職サイトを活用して仕事を探していましたが、ビビっとくるような会社はなかなか見つかりませんでした。

ところが就活の帰り道、とある会社の張り紙を見つけました。

それは学校給食の食品会社でした。

私は特許事務所のようにひとつの大きなクライアントから契約を切られただけで経営が揺らぐような不安定な会社はこりごりだったので、とにかく安定している会社を希望していました。

そしてこの会社は学校相手の取引なので安定してるのではないかと大きく期待を膨らませました。

幸い私はトラックの運転、営業の経験があったため優遇され、またその会社が張り紙だけの応募しかしていなかったため若くて経験のある私を採用してくれました。

前より年収は大きく落ちてしまいましたが、安定して働くことができています。

別業界に転職したことに後悔はありませんが、焦らず根強く特許事務所にこだわって就活をしていればもっと良い年収だったのではないかなと思うことはあります。

前職の業界に強いこだわりがなければ新しい業界に挑戦することも視野に入れた方がよいと思います。

広く見渡せば可能性は無限にあると感じました。

31歳男 退職して、ワークライフバランスが格段に改善された!

現在、31歳で一児の父親です。

過去にブラック企業体質な所で働いていましたが、転職をして、現在充実した生活を過ごしております。

経緯としては、結婚したからです。

子供が出来たことを想定した時に、現状の職場では、様々な困難が生まれると感じました。

①就業時間が長い
通常、朝7時から夜9時まで勤務
繁忙期になると夜11時になる。

残業時間が80時間越える事が常。

②休みが少ない
日曜日は休みだが、土曜日は、隔週で仕事。

土曜日は、休みの時でも現場は動いているので、頻繁に連絡が来る。

長期休暇は取れない。

最大で3連休。

③給料が少ない事と昇給も希望がない。

この事から、子供と触れ合う時間が少なく、些細な変化とかに気づいてあげられないと感じ、生活もまともに支えてあげられないと思いました。

行動した時期としては、12月から4月ごろにかけて。

辞めたいと思っており、仕事に熱意が無かった。

私の場合は、外食産業に携わっており、業界自体が落ち目であった。

一方で、時代の流れに合わせて、ITに携わりたくなっていた。

特にないですが、時間がある時に、自分のスキル(交渉力、プログラミング技術、教養とか)をもっと磨いておきたかったと思っています。

自分の仕事に点数を付けて、50点以下であるなら、直ぐに辞めた方が良いです。

仕事は沢山あるし、社内で引き留めてくる人も居るかと思いますが、その人の意見を全て間に受けない方が良いです。

全て自分の内なる声に耳を傾けるべきだと思います。

(自分の価値観で、行動するべき)

退職するだけだと、収入が無くなって、不安になると思いますので、同時並行で転職活動ないしは、起業活動すべきだと思います。

ブラック企業だとそんな時間も無いかも知れませんが、焦って、退職しても、また次に同じ様な状況になってしまう可能性が高くなると思うので、余裕あるうちに、自分の本当にやりたい事を見つけるべきです。

44歳女性 退職後の方が幸せです

44歳、女性、10年程前にいわゆる「ブラック企業」に7年ほど勤めていました。

知人に請われ、地元の超零細企業(自動車修理・整備工場)に「お手伝い」として顔を出したのが始まりです。

当初、その会社に業務に関わる事務をお願いしたいという事だったのですが、お手伝いに入ってからわかったのが、膨大な借金の末、3店舗あった店舗を1店舗に縮小し、その後始末をさせようという魂胆だったという事実。

一度引受けた以上はしょうがない、と私が頑張ってしまったのが悪かったんだと思います。

それ以降7年、正社員登用して賞与も出すからと言われ続けて、結局社会保険にも加入させて貰えないまま時間だけが過ぎてしまいました。

2代目経営者の性格にも多少問題があったのですが、そこで勤務している人全員からまるでやる気の感じられない覇気のない雰囲気の中、彼らがやりたくない仕事が私に回ってくる、という仕組みになってしまいました。

サービス残業は当たり前でしたし、給与も賞与も、社長がその人を個人的感情でどう思っているかが強く反映される査定で、2人集まれば会社や経営者に対する愚痴しか話題に上らないような雰囲気に精神的に参ってしまいました。

だからといって、改善するために動こうとすると「面倒事は嫌だ」と、愚痴しか言わないような社員から止められるし、私はこういう駄目な環境には慣れてしまいたくないと思っていたので、不動産の売却が決定し、借金返済の計画が立ったところで(これにも結局7年かかったわけですが)、退職する決意をしました。

当初の「お手伝い」としての私の責任は果たしたと思いましたので。

更にその頃、表向きは「かわいそうだ」という理由で、乳飲み子を抱えた20代そこそこの離婚前の女の子を契約社員として雇い入れ、社会保険もかけ、私より破格の条件で入社させたというのも退職の大きな理由の一つになりました。

接客するテーブルの上でおむつ替えを平気でするような子よりも、私の評価は低いのか、と、愕然としてのを今でも思い出します。

自分自身にとっての「働き甲斐」を見つけ、ひたすら頑張る努力も時として必要かもしれませんが、やはり、自分にとって何が大切か、譲れないものだけは譲らない方が賢明だと思います。

7年もいたので、仕事にも同僚にも愛着を感じなかったわけではありませんが、今ではその会社を思い切って退職し、本当に良かったと思っています。

今は、きちんと私の仕事を評価してくれる上司に恵まれ、本当にやりがいをもって仕事が出来ています。

27歳女、退職後はのびのびと働いています

4年前、私は某外資系ワインメーカーで営業職に就きました。

元々そこで取り扱っているワインがとても好きで憧れていたので入社できてとても嬉しかったのを覚えています。

しかし、入社して半年後に直属の上司からセクハラ行為を受けました。

とてもショックで動揺し、様子がおかしいことに気がついた先輩が話を聞いてくれました。

とても信頼できる人だったので正直にされた内容などを相談したところ上司に筒抜けで、その日の晩に脅迫めいた内容の電話がかかってきました。

最終的にこの件は私に虚言癖があるからこのような作り話をしたというような形で収められてしまいました。

とてもショックで傷つきました。

このような形になり居心地も悪いので辞めてしまおうかと思いましたが、入社歴が浅くこのまま辞めてしまうと経歴に傷がつき次の仕事が見つからなくなるかもしれないと考えなかなか決心がつきませんでした。

セクハラだけでなく、この会社は営業のノルマがとても厳しく売り上げを作れない限りは定時になっても帰ることができません。

営業という職種なので売り上げを求められるのは当然だと思いますが、調子が良く売り上げが良かった場合も「今日は調子が良いからまだまだ売れるだろう」と言われ結局帰ることが出来ませんでした。

残業はいくらしても残業代が出ません。

売れようと売れまいと残業することに変わりはなく給料に反映されないのは働いていて馬鹿らしいと感じていました。

入社して1年半が経過し、ずっとこのまま働き続けていると自分のプライベートな時間も作れず歳だけとっていくのでとても勿体無いと感じ、今すぐとまでは行かなくてもいずれ転職できるようにと動き始めました。

前述のセクハラの件以降上司からの当たりはとても厳しく時折「お前みたいな人間は他の会社では雇ってもらえないしまともに働けるはずがない」などと言われ続けていました。

ずっと言われ続けていくと途中で心が折れてしまい半ば諦め状態になってしまいました。

それから数ヶ月後、突如仲良くしていた同僚たちが立て続けに退職し始めました。

辞める間際に皆「ここより自分に合った会社は探せばいくらでも見つかる筈だよ」と言ってくれました。

自分もずっと今の職場でくすぶっているわけにはいかないと思い転職活動をしました。

幸い少し前にも転職を検討していたので自分が次に何をしたいのかなど絞り込みやすく次の仕事はあっさり見つかりました。

今になって思う事は、入社してから何度か機会はあったはずなのに無理に我慢をし続けてしまい時間がもったいなかったかなと感じています。

次に入社した会社はとても働きやすくのびのびと働けているので尚の事です。

他に雇ってくれるところなんてない、なんて事は無いと思います。

少しでもおかしいなと感じたら次を探した方が良いと思います。

60歳男性、転職して仕事場での悪口、お金の心配から解放されました

横浜市に在住している60歳の男性です。

大学卒業後に就職した会社は当時東証2部に属していた準大手の時計会社でした。

一流ではなかったですが、特徴ある製品を販売していたので成長は望めると思っていました。

ところが当時はバブルの時代にもかかわらず、入社して半年後に業績が悪化し、赤字に転落しました。

入手時の面接ではそのような雰囲気はいっさい感じませんでした。

赤字が判明してからリストラが始まり、新入社員も候補になっていたのは驚きました。

半年後に同期が辞めてから雪だるま式に続き、2年後には半数以下になっていました。

もともと15人ぐらいしか同期がいなかったのですが、毎月どんどんやめていくのでつらい気持ちになっていました。

職場の人も退職が続き、毎月のように慰労会が開催されていました。

日中も会社の悪口が飛び交い、仕事をしている雰囲気を感じることはなかったです。

入社した直後は希望に燃えていましたが、毎日退職していく人を見ていることや仕事をできる状況ではなかったのでわたくしも転職を決意しました。

正直なところ就職活動をかなり苦労してやっと入社できた会社なので、また転職活動するかと思うと気が重かったことは今でも覚えています。

会社はその後親会社に吸収されて、ヒット商品のブランド名だけ残っている状態です。

同期とは転職してから一度も会っていません。

転職した会社は中途入社ですが、会社は情報を常にオープンしているので安心しています。

今まで何度もリストラを行っていますが、前の会社で嫌な思いをしたので応募することはなかったです。

世間でいうブラック会社とは縁遠いと思っていましたが、最初に入社した会社は本当にひどかったです。

最終的に実質つぶれてしまったので、淘汰されるのは当然のことです。

早めに見切りをつけて行動していたので、今日まで転職した会社で定年を迎えることができました。

アドバイスすることは、ブラック企業とわかったら会社と戦うことはやめてさっさと転身することをお勧めします。

ブラック企業はどうなるのか歴史が物語っています。

40 男性 反社会勢力をやめた感じ

虫暑苦しい中年の過去に起きた出来事です。

移動販売式の商売をしていました。

ブラックといっても様々なんですが、すべてにおいてブラックというのは珍しいケースでした。

商品に対しても完全に違法でしたし、労働環境も違法。

もっと言えば、人間どうしでも荒れていて、自分のところはまだよかったんですが、他では乱闘騒ぎもありました。

会社自体は入るときは本当に期待していました。

ブラック企業というと独特の雰囲気がありますが、面接の時に社長が語った将来に対する熱意。

あるいは商売に対する熱意。

私は仕事はもちろん、こうした所から何か学ぶものがあるだろうと、年齢的に若かったのでこの社長に期待をしていましたが、入って一日目で言っている事とやっている事に乖離がある事がわかり、日に日にテンションが下がって、全部で4か月経験しましたが、最後はほぼ反社会勢力の足抜けみたいな感じになっていました。

正直、なんだこりゃという感じは入って二週間も経過すると、やる気も全くなくなるという会社でした。

新人へのいじめも普通に行われ、なら辞めるの一言はマネージャーの引き留めがすごかった。

家に押し入ってくるとかとんでもない脅しもありました。

実は車で移動する販売なので、車は一人一台なので抜けると営業そのものができなくなるのです。

会社にとっては場所代や信用にかかわるので、それは絶対に避けなければならないのですが、それなら従業員をもっと大事にするのかな?と思いきや、残業代も払わないし広告とは全く時間で働かせるしやりたい放題でした。

入って二か月目でやめる旨を言っても、実際辞めるところにいたたのはその倍はかかりました。

マネージャーは探している、探しているの連呼で、その間無駄に時間が過ぎていく。

もちろん、サービス残業は毎日。

若かったので、逆らうという発想も抵抗する方法も知らなかったので、どうしてもこうした事になりました。

今は色々法律も勉強していたので、正直今なら一日で辞めています。

30歳男性 あなたは絶対に悪くない

私は上司のパワハラに苦しみました。

ここを見てらっしゃるあなたは私と同じように悩み苦しんでいる・いた方々だと思います。

私は2017年頃まで機械設計の仕事をしていました。

30過ぎてようやく社員として働けることと以前からやりたかった仕事であった為、毎日熱意を持って取り組んでいました。

大きな仕事が終わり次の業務へ組み込まれたとき、あの上司に出会いました。

その方は仕事をやらない人でした。

仕事上の関係で私と上司が組んで業務を行っていたので、本来上司がやるべき仕事を何故か私がしなくていけない状態でした。

その上、どんなに仕事が残っていようが納期が間に合わなくても必ず定時で帰ってしまいます。

毎日、2人分の仕事を残業をやってこなしていくうちに、全てを投げ出したい。

どっか遠くの無人島に行きたい。

と思う気持ちが強まるのを感じていました。

ですが、ローンを抱えていたので辞めるに辞められない状態です。

それに、年齢的に転職は厳しいだろうなという考えもあった為、ここの会社で頑張っていました。

もちろんそんな状態が続くわけがなく、私の心は折れてしまいます。

あの時こうしていればと思うことはたくさんあるし、周りを頼ればよかったのかな?
とか思ったり、会社の責任者に相談すればよかったのかななどと、たらればを上げたらきりがありません。

現在は通院しながら治療を続けています。

見ている人伝えたいことは、よく自分ひとりで抱えないとかいうやつは無責任なやつです。

それが出来れば誰も苦しんではいません。

絶対に負い目を感じたり、自分を責めたりしてはいけません。

基本的に全て会社が悪いのです。

そんなやつを責任者にして放置しているのですから。

人生はまだ長いし、私は仕事をリタイア出来るほど資産があるわけでもありません。

ですので、今後の為にしっかり心身ともに直してちゃんと社会復帰出来るように治療をしています。

最後に、繰り返しになりますが「全部会社が悪い」あと「上司が悪い」のです。

あなたが心と身体を壊される前に何かしらアクションを起こしてください。

そうなってからだと復帰に時間がかかってしまします。

36歳 男 退職して心が落ち着いてきました

私はK.N.(36)男です。

情報系の大学を卒業後、地元のIT企業に新卒で入社しました。

札幌では、インターンシップで1人だけ11月に参加したプロジェクトは、先輩が上司からパワハラを受けているダムを制御する難解なシステム開発でした。

学生時代に有給で働けていい経験になるかと思いきや、いつも先輩がひどい声で怒鳴られているのを見ていると、私は、とても将来が不安になりました。

私は、定時の18:00までいるのが凄くストレスになり、今思えば、その時点で多分うつ状態を発症していたと考えられます。

先輩と上司の帰る時間は、いつも24:00近くになると聞きました。

しかも始業時間は、9:00で、1日時計一回り以上の15時間労働で、インターンシップが終わって、正社員になるのがとても怖くなりました。

案の定、4月には、10人ほど採用となり、私1人だけが東京へ転勤させられることとなってしまいました。

私が関わったプロジェクトも、C言語とUNIXを使うかなり大規模なもので、毎日が残業残業で、ソースコードも100万行以上あるものを解読しながら作業を行う毎日は、過酷なものでした。

障害が発生すると、日曜日でも休日関わらず呼び出され、月平均の残業時間は100時間を超えることもありました。

上司から怒鳴られることや、難解で時間の掛かる仕事を押し付けられるなどのパワハラも日常茶飯事でした。

社会人とはこういうものかと思いながら、インターンシップ期間を含めて3年間努めて、病気で退職することとなりました。

日本の企業の70%はブラック企業で締めていると思われますが、地方の下請けソフトウェア業界は、90%を超えている可能性があると思いますので、大学のときに成績が良くても、本当にソフトウェア業界に入るべきがどうか真剣に考えたほうが良いと思います。

また、実際に働いてみて、これは自分の力がどう考えても活かせないと思ったら、違う業界・会社を選択肢に入れるべきだと思っています。

36歳 男 退職を決めて時間にゆとりができた

新卒で地方の某団体職員となり、広報の仕事をしていました。

地域のニュースを取材し写真を撮り、社内・社外報を毎月発刊するというもの。

最初は前任者と2人でやっていましたが、2か月ほど経過してからは一人で全てを担当するようになり、苦労しながらこなしていると、なかなかやりがいを見出せるようになりました。

しかしながら、休みの日はイベントの取材に行き、振替休日はもちろん消化できずに待ってくれない締切に追われる毎日。

一か月なんてアッという間に過ぎていくもの。

それでも、腐ることなく記事を書き、写真を撮り続けていたらある時、広報の賞を頂きました。

しかし、広報を担当して4年目に、突然支店勤務を言い渡されました。

支店では、主に金融・保険の営業を担当する時かされました。

勝手もわかり、これからもっともっといいものを作るぞ!という気持ちになっていた矢先に、ほぼ転職させられたようなものでした。

いままで培った技術や努力は目に見える形で役には立たず、完全にやる気はそがれました。

しかし、そうも言ってはいられず目の前にある目標の数字を達成しないといけないのと、周りの先輩方の支えもあり、腐らず日々ノルマをこなしていました。

自分の数字を達成することもなかなか難しいことでしたが、支店全体の数字を達成することがなかなか難しいものでした。

やってもやっても達成できないので、最終的には全員で達成できない部分を自腹を切って数字を計上するという事になります。

僕が働いていた団体では「自爆」と言っていました。

特に保険は、入らなくていい必要ないと思うものにまで入っていました。

その時に、自分はこういうう仕事がしたくて働きだしたのか?仕事がやっと慣れてきたころに別の仕事を与えられ、プロが誕生しない職場だと感じるようになりました。

そこで、せっかくなら広報の仕事を極めたいという気持ちになり転職を決意しました。

若かったので割と早く次の職は見つかりました。

今の職場も全く問題がないわけではないですが、望んで入った職場なので後悔はしていません。

むしろ天職だと思っているくらいです。

28才女(FTX)退職でプレッシャーから解放された

初めまして、蘭といいます。

私は大学在学中から対人面などに関して情緒不安定なところがあり、スクールカウンセラーがいる相談室へ通っていました。

しかし、周りが就職活動に精を出し始め、私も就職すればどうにかなるだろうと考えていた節がありました。

面接で上手く受け答えができなくて何度もお祈りメールを送られた中、私が合格したのは零細の編集プロダクションでした。

文章を書くのが少し優れていたからということで、一芸合格のようなもので、とても嬉しかったです。

会社にこもってたくさん記事を書けるなら頑張ろうと思っていたのですが、北海道などへの出張やインタビューなど環境変化や対人仕事が多く、上司にも会う人にも毎回気を張りつめてしまっていました。

その後に納期がある原稿を仕上げないといけないので、夜に会社に帰ってから心臓を張りつめたままの恐怖感を抱えていたままでした。

運悪く隣のデスクにいたのが社長だったため、萎縮してしまい、機嫌が悪い時は舌打ちもされて、閉塞感をおぼえていました。

上司は体力的にもとても疲弊しているように見えたので、勤務記録を見たところ、一ヵ月に300~400時間という労働量であったことを知り、この会社でずっとやっていくのは厳しそうだ、やめるなら早い内がいいと考えるようになりました。

毎週末友達を呼び出しては、泣き言や愚痴につき合わせるようなことを言ってしまったため、呼び出された知人たちも困惑していたような気がします。

心療内科のお医者さんにも激しく訴えたことで、辞めた方が良い、との言葉を無理矢理引き出させてしまった気がしています。

完全に気が動転してしまっていました。

そして、退職の運びとなりました。

今は複数の派遣会社に登録してアルバイトをしています。

働ける時に働いたり、仕事がない時はクラウドソーシングサイトでライターなどとして内職しています。

正社員という立派な肩書きは手放してしまいましたが、これからはこのような働き方もメジャーになり、少しでも認められればと思います。

30代女 ブラック企業を退職して楽になりました!

40代の主婦です。

30代のときに、ブラック企業で働いていて退職した経験があります。

そのときの体験談を紹介したいと思います。

もともと、ファッション販売の仕事をしていたのですが、ブランドショップに憧れて、好きなブランドショップに転職しました。

そこのブランドショップは、人手不足で、残業するのが当たり前な感じでした。

勤務時間が終わっても、商品出しが終わらなくて、毎日残業していました。

残業するのは、よいのですが、残業手当てが1ヶ月でたったの1時間分しかついていなくてびっくりしました。

毎日2時間は残業していたので、ブラック企業だなーと思いました。

残業が多くて、ほとんど仕事しかできない状態になり、辛くなりました。

最初は、好きなブランドショップだから頑張ろうと思いましたが、そのうち心も体も疲れきってしまいました。

やっぱり、自由な時間が少ないのは嫌だなーと思い、仕事を辞めることにしました。

アパレル業界は、人員不足で大変なんだなーと実感しました。

人員不足を補うために、残業しなくてはいけないのが本当に辛かったです。

以前の会社は、同じアパレル販売でしたが、残業がほとんどなかったので、転職しないで、以前の会社にいればよかったなーと後悔しました。

売れているブランドショップは、やっぱり忙しさが半端ないし、残業も多いなーと実感しました。

人員不足だから仕方ないのかもしれませんが、残業手当がきちんとつかないのは納得できませんでした。

好きなブランドショップのお店でしたが、やっぱり毎日の残業は、疲れました。

続けていくことができませんでした。

私の気力がもちませんでした。

 
私のブラック企業を退職した体験談について紹介しました。

忙しい職場は、ブラック企業になりやすいと思いました。

みなさんもブラック企業には気をつけましょう。

 

31歳女性 退職したら人生が楽しくなった

30代・都内在住の女性です。

新卒でソフトウェアの開発・販売企業に入社し、営業部で約2年、本社の企画部で6年ほど勤務しました。

退職の理由はワンマンな経営者のやりかたに疑問を感じたからです。

また私は残業時間が短い方でしたが、営業をはじめとする一部の社員は長時間の残業が常態化していました。

営業の頃は、客先でシステムの導入サポートをしておりましたが、ユーザーの問合せが夜遅くや土日にかかってくることも多く、休日も気が休まりませんでした。

またお客様ごとにシステムのマニュアルを作成したり、ソフトの設定を変更したりするのですが、毎日終電間際まで働くことも多く、体力勝負の日々でした。

一部の営業所では、夜中10時以降に営業会議をセッティングされるところもあると聞きましたし、システム導入のために徹夜で作業が必要なことも多々あったそうです。

現在は残業制限の傾向があり、悪習慣は改善しつつあるようですが、一部の社員は2時、3時まで働く毎日で体調不良や休職する社員もいました。

一番疑問を感じたのは社長の経営方針です。

企画部では方針にそって新サービスをリリースするものの、販促費や販促の戦略が不十分で販売不振の商品も多くありました。

高価な新サービスが初年度から爆発的に売れることは、まず困難なため、数年ごとの長期的戦略が必要ですが、経営者として具体的な方針や対策を打ち出さすことはなかったと記憶します。

また社長のパワハラは私が入社当初から有名で、20年以上勤務するベテラン社員から「社長に4時間説教されて、部屋から出られなかった」とか「今日は機嫌が悪くて突然怒り出した」というような話を頻繁にきくことがありました。

さらには人事部の課長を呼び出し、長時間にわたって責任追及したあげく、課長が自分から降給を申し出るまで攻め立てた、という話を聞きました。

その課長は1ヶ月休職した後、退職されました。

その他にも、開発部の部長や課長などの管理職や営業企画部の管理職等が、激務により休職することが多々あり、噂をきいても「またか」という印象がありました。

そのような状況が慢性的で、何より社長に指図やアドバイスできる側近や役員がいないため、ワンマン社長の独りよがりの経営が今も続いてるのではないでしょうか。

人格的に問題があり、幹部を陥れるようなパワハラを繰り返す経営者に嫌気がさし、退職を決意した次第です。

転職後もいろいろありましたが、後悔したことはありません。

今はやりがいある好きなことを仕事にできて、とても満足しています。

もし、ブラック企業に就職したと感じたら、次の就職先を探すなどして新しい道を探すべきでしょう。

社会人は1日の大半を職場で過ごすのですから、気持ちよく精神的に落ち着ける環境で働くのが最善と思います。

20代女 接客業から事務職になり毎日安定

現在事務職をしている者です。

私は以前、接客業で働いていました。

大手チェーン店でしたが慢性的な人員不足で多店舗から応援を呼んで店を回さないと成り立たない有様で、でも多店舗も人員不足になり応援を呼ぶ人がいないという事態になり、丸一日店舗に立っている日も少なくありませんでした。

私が転職を考えたキッカケはひとつは年齢の事。

精神的にも体力的にもこのまま30代以降になっても今の仕事を続けるイメージが持てず、少しでも若いうちに辞めておこうと思いました。

 そして他店舗が閉店するという情報が入り、業務を縮小していくという噂を聞いてこの店もそう長くはないと思った事もキッカケの一つです。

店が潰れたり印象が悪くなる前に辞めた方が賢明だと考えました。

 自分が抜ける事で更に人手不足になる事が心配でしたが、私が抜けた事でいよいよ本部が「本当に店が回らない」と判断し、ちゃんと対応してくれたようです。

逆を言うと私のような自分を犠牲にして働く人がいるからどうにかなっていると思われていたみたいです。

 接客業をしているとよく「自分が抜けても店は回る」と聞きますが、やはりそうは言っても人間関係が良いと他の人の負担が気になりますが、私は辞めて良かったと思います。

退職の意思を伝えたら他の方は素直に喜んでくれました。

もしこういう時に嫌味を言う人が多い職場であれば、そんな所はさっさと辞めて良いと思います。

 自分が今後10年後、20年後もこの仕事をしていたいと思う場合は別ですが、もしそうでないのなら今一度自分は今度どうしたいのか、また今の自分に足りていない事、もし勉強したいなら何を勉強したいか、などを考えると良いと思います。

 私は接客以外の事をしたいと思い、事務をやっています。

定時で帰れるしイレギュラーな事も少ないし、とても環境が良く非常に満足しています。

また接客業に加えて事務経験があるという事が自分の中での安心材料になっています。

25歳男 退職してよかったと何度も感じました

当時私は20代で大学卒業後、東京の音響効果の会社に縁があり就職しました。

大学ではパソコンを使った音楽の製作など音に関する勉強をして、その会社で活かせると思い志望しました。

私以外に新入社員が他にも何人かいたのですが最終的に2人しかおらず、その時点で少し疑問に思っていました。

入社して仕事をこなしていくうちに一人で仕事を任されることも増えていき、残業も多くなりました。

しかし、残業代は一銭も出ず必ず週に1日は会社で泊まって作業をしなければいけませんでした。

テレビ業界に就職したのでそれは覚悟していきましたが、残業代も出ないし、泊まることが多い職場なのに、休憩スペースやシャワー室なども一切なく、作業場の床に寝袋を敷いて寝ていました。

そんな環境の中でも上司達は早々に帰宅していて、手伝って欲しいとは思わないですが憤りを感じる時もありました。

私が仕事を早く終わらせたのでいつもより早い時間に帰ろうとすると、上司から「もっと勉強していけよ。

新人だろが」と帰宅するのを拒否されます。

「俺が新人の頃はもっと会社に残って勉強してた」とかなんとか言われ、結局、早く終わったのに8時間以上会社で勉強をして帰宅しました。

こっちは残業代も出ない残業をしているのだから早く終わった時くらい帰らせて欲しいと何度も思いました。

大きな仕事が終わると飲み会が開かれるのですが、そこでも上司の新人イジりが半端なかったです。

関西の人に「なんか面白いこと話して」「ボケたんだからつっこめよ!」など、関西人を馬鹿にしてるかのような発言を毎回して、行きたくもないのに二次会に無理やり連れて行かれ、オールで次の日仕事をして、そのくせ休憩中に仮眠を取ってると、昼頃に出社した上司に「何寝てんだよ」と言われ理不尽にも程があると思い、流石にこの会社で一生を捧ごうとはなりませんでした。

1年ちょっと働き、その会社は辞職しました。

後から聞いた話ですが、昇給もあるらしいのですが、その会社では10年経たないと昇給はないらしいです。

途中から上司のヤバさと社内環境の悪さに疑問を持ったのですが、その時点で辞めるべきでした。

稼ぐ方法なんてそこら中にいくらでもあります。

身を滅ぼす前に会社をやめるか悩んでる人は今すぐやめるべきだと思います。

34歳男 先輩の異動事実やパワハラに限界を感じ退職して元気に

私は現在30代前半の男性でありますが、私が新卒で入社した会社につきましては、お世辞と言えない程労働環境の悪い職場でありました。

また福利厚生も充実していないことにより、年休もロクに取らせてもらえずに、年休と言う言葉を出すこと自体が非常にマズイ状況でありましたので、その言葉すらも恐ろしくて口に出せない程でありました。

また実際に新卒で入社した会社につきましては、かなり零細企業でありまして、一つの細かいミスでも帰らされるような会社でありました。

そこで私は耐えかねるような形で、「なぜ帰らないと行けないのですか!?」と言う形で居直ったことがあったのですが、身長が非常に高い上司達に囲まれる形で「あぁ!?お前は黙って言うこと聞いてたらいいんだよ!お前干すぞ!!!」みたいな形で脅されたのが原因でそこから突発性難聴に悩まされる形になりました。

毎日が威圧と作業が遅いことに対しての脅しで非常に縮こまる毎日でやがてそれが耳にくるような形で、右耳が突発性難聴になり、それが原因で耳が聞こえなくなることで、作業指示を聞き漏らすことで、更に、追い打ちをかけられる形になってしまいました。

このことから、私の中でもうこの会社に居ることは非常に困難であると判断しました。

一番ショッキングで衝撃的な内容だったのは、私の仲の良い仕事ができない先輩が居られたのですが、その先輩につきましては、なんと信じられないことに、朝礼の時に社長の口から「○○くんがこの度異動します!!離れてしまう形になりますので、一言○○くんの方からお願いします。

」と言う形で、突然の異動に対しまして、先輩が感謝の言葉を述べる形で、その日の内に所属先の工場を出たのですが、なんとそっから出向した先輩から電話が夜にかかってきまして、「○○君!会社にはめられた!騙された!!」と言う形で「一体何があったんですか!?」と先輩に聞きますと、「会社がない!!異動先の会社がないんだよ!!」と言う形でイコールその事実は、事実上のクビであることに気づきました。

私はこのことから、その会社をすぐに辞職する形になりました。

辞めて良かったと非常に安心する形となりました。

28歳 女 退職して肌ツヤよくなりました

私はとある在宅医療の診療所で院長秘書として働いていました。

中にいたのは10人ちょっとのメンバーで、Dr.を除くと全て女性でした。

院長が変わり者で、秘書を雇ってもすぐに辞めてしまうから、続きそうな人が来てくれてよかった!と最初は言われ、その期待に応えるために頑張ろうと思っていました。

(その面接の段階でおや?とは思いました。

思った時に思いとどまるべきだったと後悔しています。

)しかし、しばらくしてから医療事務のある女性からの陰湿な嫌がらせが始まります。

自分の仕事であるはずの電話に出ない、帰る前の掃除をしない、お昼の時間を強要させるなどイレギュラーが起こる場合がある職種にも関わらずそれを強要されました。

この仕事は人の命に関わるので、電話の鳴りっぱなしはほんとうにありえません。

頭おかしいと思います。

私のポジションは患者様と話すことではなく、社労士や税理士などと連絡を取る様な役割でしたのに、その仕事をするよりも電話や受付、挙げ句の果てにはカルテの整理などもさせられました。

私が院長に苦言を呈すと、その方は泣きながら忙しくて手伝ってもらってただけなんです…。

と言っていましたが、日中Dr.達がいない時はもっぱらお菓子を食べる、うろうろする、携帯をいじる、トイレにこもるなどおよそ仕事とは思えない行動しかしませんでした。

そのうち自分の思い通りに動いていない私を見つけては就業中にも関わらず呼び出し説教?をするという意味のわからない行動。

その人に嫌気をさしていた頃、同時にスタッフの中に何人か院長の愛人がいることが判明しました。

その医療事務もおそらく愛人だったのでしょう…。

院長と話しているところを見られると、仕事の話しをしても無視するなど平気でしてくるし、愛人同士で院長からのプレゼントのバッグやアクセサリーをこれ見よがしに身につけるなど愛人同士のやりとりも隠さず行われていました。

おそらく3人はいました…医療事務は20代、他の2人は40代の愛人です。

40代の愛人は愛人同士で常日頃からドラマの様にお互いに嫌がらせをする様なすごく幼稚な方々でした。

(自分の失敗をお互いになすりつけあったり)医療事務の方は何回も妊娠と堕胎を繰り替えす元地下アイドル(自称)で、妊娠、堕胎手術をしては私可哀想でしょ…?となんの関係もない私に話してくる様ななかなかにぶっ飛んだ人でした。

望んでないのに妊娠するな、と毎回思ってました。

ついには妹まで自分の部下として院長に誑し込み入社させ、ついていけないと思った私は、まともな神経を持っていた私の後に入った受付の女の子を連れて一緒に退職しました。

今思うと、面接時におかしいと思った勘は本当に正しいんだな、と思い、次の職場につくときはそこに気をつけようと思いました。

ぶっちゃけ毎日心の中で顔面を殴ってましたし、そうしたいと思っていました。

今は転職に成功し、給与はあまり良くはないですが、中の人たちがいい人たちなので続いています。

くそみたいな職場はどことなく面接時におや?っと思います。

少しでも自分の勘が警鐘を鳴らしたのなら絶対に辞めた方がいいです。

こんなイカれた医療関係者に自分の家族を見て欲しくないと心から思います。

本当にやめてスッキリしました。

30歳男 給与未払いの会社を退職して安定した収入を得ました

私は埼玉県在住の30歳の男です。

20代後半の頃にテレアポ営業の業務に約2年間従事していました。

当時勤務していた会社は起業後数年であったため、就業に関する規則は緩く、簡単に言えばだらしない会社でした。

売上が思わしくなければ「早く来い」「遅くまで残れ」といった事が当たり前で毎日の就業時間はどんどん長くなっていき、入社当初は土曜隔週休みだったはずが、それさえも無くなっていきました。

また、毎日夜に会議を行っていましたが、特に有意義な意見が出ることもなく心身ともに疲れていく日々でした。

定時後に関しては「自主的な勉強会という認識をしろ」と言われ、残業代は一切出ず、ボーナスの支給も全くありませんでした。

その頃私は結婚を考えている相手がいたため、このような仕事漬けの業務がある中で幸せな結婚生活が過ごせるのか、という不安がとても大きくなっていきました。

その思いを婚約者へ正直に伝えたところ、二人で頑張っていこうと言ってくれたため不安を飲み込み、婚姻することになりました。

その後新婚らしい生活をあまり出来ないまま2~3か月結婚生活を過ごした頃、会社が業績不振の為に給料が未払いという事態に陥りました。

その時は妻に対する申し訳無さと将来への不安が募り、絶望しました。

今まで自分の気持ちを誤魔化しながら働いてきましたが、こうなったことで自分の事だけでなく妻の幸せも考え、すぐに行動に移すことが出来ました。

働いていた会社へはすぐに退職の意思を伝え、学生自体の友人に恥を忍んで仕事を紹介してもらいました。

結局は最後の数か月間の給料は未払いのままとなってしまいましたが、就業規則を遵守する東証一部上場企業への転職をスムーズに行うことが出来ました。

今では心身ともに健康と胸を張って言うことが出来ます。

悔やまれることは会社に対しての不満や不安な思いがあるのに世間体などを気にして中々行動に移せなかったことです。

私の場合は幸いにも周囲の人に助けられましたが、ブラック企業によって離婚や、病気、金銭トラブル等を抱えてしまう事など本当に馬鹿らしいことです。

転職は恥ずかしい事ではありません。

自分が何のために働くのか、働く意味を考えて後悔のない行動をしましょう。

30代女 今は心身自由にすごしています

私は某運輸業に勤めていました。

入社したときから、ここは辞めるべきだと思っていたのに気づけば10年近く経っていました。

それは多くの人に助けられたからというのは大きいですが、ずっとここに居れないと思ったらもういつ辞めるか計画を立てて退職してほしいです。

誰かが助けてくれても、他の上司がパワハラを行う。

男ばかりなのに陰口多い。

不倫、セクハラが横行している。

頭のおかしいノルマの数。

プライベートも潰されます。

時間だけでなく、家族や友人に気を使わせてしまい人間関係も芳しくありませんでした。

どうしてこのようなところに耐えてきたのでしょうか。

仕事中倒れたこともあります。

まずは新入社員のとき。

2週間休みなし、毎日残業で外回りをさせられていました。

この時期はこれが当たり前だからと言われ、倒れるまで耐えるしかありませんでした。

人前でパワハラを受け、誰も助けてくれず心が折れて休職、復職したものの同じ上司に嫌がらせを受け私の方が引っ越しを伴う異動。

休職の影響で5年間昇給なし。

今思えばひどい仕打ちですが、まともに説明もありませんし、心が弱っており現状を考える能力がほぼありませんでした。

10年働き、手取りが20万を超えることはありませんでした。

異動後もこれらが蓄積し、また新しい職場にも無茶を言う年寄りが何人もいれば抱えきれなくなりました。

パニック障害にまでなり、休憩室の端で発作を起こす日々でした。

最終的には、お客さんのお金を横領した他部署の課長が私に責任を擦り付けようとしたところです。

以前からやっかみを持たれていました。

さすがに周りの協力を経て鎮静化しましたが、それでも私のことを見る目が変わった人もいたようです。

退職の願いを出したところで、これが受理されるまで周りに言うなとのことでろくにあいさつまわりもできませんでした。

なので、私が見捨てた、逃げたと思っている人もいるかもしれません。

でももう関わりのない場所なので、後悔はありません。

職場は人間関係です。

腐ってるなと思ったらすぐに逃げてください。

20代女性、退職してから気分がスッキリしました

私は20代の前半に小さな旅行会社で働いていました。

その会社で働き始める前は、どうしても旅行会社で働いてみたくて、旅行業界の仕事に必要な知識などを学ぶ専門学校にも通いました。

そしていくつかの旅行会社の面接を受けて、やっと採用して貰えたのが、その小さな旅行会社でした。

ですから合格の通知を受け取った時にはとても嬉しかったですし、働き始める前にはやる気満々でした。

ですが、実際に働き始めると、ビックリすることばかりでした。

まずは仕事の内容についてですが、採用された職種の仕事だけでなく、様々な仕事をさせられました。

そして毎日のようにサービス残業がありました。

元々の給料も安いのに、頻繁にサービス残業をして、その残業代は付かなかったので不満でした。

しかも上司はとても厳しいと言うか、ちょっとヒステリックな人で、毎日、怒られてばかりで、ビクビクしながら仕事をしていました。

またその他の職員の人たちも、意地が悪い人が多くて、会社の雰囲気が悪かったです。

ですから、やる気満々で入った会社なのに、入ったらすぐに辞めたいと思いました。

毎日、仕事に行くのがすごく辛かったです。

だからいつ、どうやって辞めようかとばかり考えていました。

でもせっかく入った会社ですし、ずっと旅行会社で働きたかったので、すぐに辞めるのは良くないと思って、我慢しながら働き続けました。

でも精神的にどんどん辛くなって行って、もうこれ以上、その会社で働いたら、自分の体がおかしくなると思って、退職することを決意しました。

そして思い切って、上司に辞めることを報告しました。

でも辞める理由を正直に言う勇気はありませんでしたので、実家の母親の体調が悪いので看病しなければならなくなった、とウソの理由を言って辞めることにしました。

上司に辞める相談をしてからも2か月くらいは働いて、上司と同僚たちの迷惑にならないように努めました。

でも「辞めれる」と思うと、精神的に楽になって、仕事を頑張ることが出来ました。

そして実際にその仕事を辞めると、本当にスッキリした気持ちになりました。

もっと早く辞めても良かったのかなと思いますが、その会社で学んだことも多かったので、それで良かったと思っています。

ブラック企業で働いて辛い思いをしている人は、ある程度の区切りをつけて、それまでは働いて、その後はキッパリと辞めた方が自分の体のためだと思います。

36歳 女性 退職してやっと本来の自分に戻れた

30代エステティシャンのミキと申します。

私が某大手エステサロンに勤めていた時の話です。

今でこそブラック企業というワードも浸透してきて、上司によるパワハラが問題になり社員の労働環境も見直されるようになりましたが、私が某大手エステサロンに勤めていた10年ほど前は、エステ=ブラックというほど過酷な労働環境が当たり前でした。

お客様に技術を売るので技術練習は必須で、営業前と営業後は殆どスタッフ同士で練習する日々でした。

当時働いていたサロンは百貨店に入っていたので、10時から20時が営業時間。

朝練があるときは8時にはサロンへ到着して練習会をし、当日のお客様のカルテチェックやら掃除やらを済ませてオープンします。

忙しい時は殆ど休憩も取れず、営業が終わったら1日分のカルテを書き、その後また練習会。

終電で帰宅。

サロンに12時間以上はいる状態が常でした。

好きな仕事でしたが体力的にきつかったです。

体力的な辛さはなんとか若さで乗り切っていましたが、それよりも辛かったのが上司からのパワハラでした。

ただ施術だけをしていれば良いわけではなく、化粧品を売ったりコースを契約してもらわないと激しく罵倒されます。

お客様に必要ではないものも売らなければいけない状況に徐々に心が病んでいき、意を決して上司に辞めたいと申し出ました。

ただでさえヒステリックでパワハラ上司なので、なるべく穏便に済ませようと話し始めましたが、私が言い終わる前に鼓膜が破れるほどの大声で「何言ってんだよ!」とブチギレられました。

結果、あと1年はやりなさいと良く分からない条件を出され私はそれを受け入れました。

1年頑張れば辞められると自分を励まし、なんとか1年頑張りました。

そして上司にもう一度辞めたいと申し出たところ、やはり却下。

体調に異変が出ていたので、診断書を提出しても却下。

追い詰められて廃人のように出勤していた私を見て、同僚が「もう明日から来なくて大丈夫だよ。

あとの事は私が何とかしとくから。

」と。

この言葉で私は救われました。

その同僚とだけ決めた私の退職。

次の日私は出勤しませんでした。

サロンがどうなっているのか手に取るようにわかっていたので気が気じゃなかったですが、もうこうするしかありませんでした。

その後、鬼のように連絡は来るし、上司が家にも来ました。

私は対応しませんでしたが、上司は号泣していたようです。

あれだけ不当な態度を取り続けて、最終的になぜ泣くのか私には理解できませんでした。

その後は本社とのやり取りで正式に退職という形になりました。

こんな辞め方はしたくなかったし、なによりお客様にご迷惑をかけてしまった事がいまだに悔やまれます。

どうしたら良かったのかと何年も自問自答する日々で、私の中ではトラウマ級の退職劇でした。

ただ、あのまま続けていたら間違いなく健康を害していたと思うので辞めてよかったと思います。

そして、救ってくれた同僚に、一番感謝しています。

今、辛い環境で働いている人がいたら、自分の精神や体を守ることを優先してほしいと思います。

辞められない環境の人もいるかもしれません。

でも、多くの人に迷惑をかけてしまったとしても、自分を優先してほしいです。

「私が辞めたらこの仕事どうなっちゃうんだろう」と思いますが、辞めたら絶対に他の誰かがやってくれるんです。

地球が終わるわけでもないし、自分が死ぬわけでもないです。

辞めて良いです。

47歳男 異動の話を機にブラックな職場を退職した

私は47歳の男性です。

過去に3回の転職歴があります。

先日に4年勤めた、某製薬会社を退職し、現在の会社に転職しました。

まだ転職して一ヶ月ですが、以前の会社と比較してみると良くも悪くも違いが激しく感じており、今回はそれについて書いてみたいと思います。

まず退職した理由から言ってしまいますが、ズバリ言って
「社内失業したから」です。

そもそも私がその会社に入社したきっかけは、問題のある部門のテコ入れを請われたからでした。

当時の責任者に「この現場を変えてくれ」との話を受けた私は単純にやる気と熱意で奮い立ったままの入社でした。

その部所での役職をいただき担当の責務に就きました。

かなり問題がある部所であることは入社してすぐに判りました。

私は自分なりの経験や知識を活かし、それらの改善を図りました。

入社して1年くらいが経ち、担当の部所でも少しずつですが目に見える改善が分かるようになりました。

私にも自信がつき始めました。

しかし、その頃から新しい問題が生まれていました。

同じ部所に長く勤めていたEさん(女性)が、しだいに私に対して疎ましく感じるようになってしまったようです。

Eさんは元々、周囲のパートさんなど新しく入ってきた人には警戒心や敵意を持つタイプでした。

本人には決してそれを見せませんが、自分の職歴が長いのをいいことに社内での複数の知り合いに陰で相手の愚痴や悪口を言ったりするような陰湿な人でした。

私もそんなEさんの態度を間近で見ていたため、いざ自分がそのターゲットになってしまった事に気づくのには時間が掛かりませんでした。

相手は勤続年数が長いお局です。

しかも事務職で有り余る時間とコネをすべてターゲットの誹謗中傷に費やすわけですから、そもそも勝てるわけがありません。

入社して1年半くらいから、私に対する部所の責任者からの苦言が目立つようになりました。

主な内容は「勝手な事ばかりやっている」というものでした。

私には全く思い当たる事がないため、具体的にどういう内容なのか問いただすと、責任者は無言。

後で他の人の証言で判ったのですが、裏でEさんがその責任者に苦情という形で私の陰口を叩いていたそうです。

その人から聞いたEさんの言い分というものは、私には全く思い当たる事がないものばかりでした。

会社自体が古い体質でした。

私は入社以来さまざまな形で提案や改善を図って来ましたが、古くからこの会社にいて昔からの社風に馴染んでいる人たちからすれば、私のような人間は邪魔でしかなかったようです。

自分の立場を利用して陰口や誹謗中傷を繰り返すEさんにも問題があるのは確かですが、そんなEさんをその場所に置いている会社にも問題があると今では思っています。

その後、私は明らかに社内で敬遠されるようになり、役職はそのままなものの裁量は部下に移り、「なにかを決める度に部下に確認する」という屈辱的な生活をその後も2年ほど続けましたが、人手不足による人事異動の打診があった時、とうとう我慢出来なくなりました。

もうこれ以上利用されてたまるか。

私は即座に転職を決断、異動の打診からきっかり二ヶ月後にその会社を退職しました。

現在は業界大手である某食品系物流会社に勤めています。

業界の特徴であるため、休みは不定期ですし勤務時間は長めです。

しかし、前の会社と比べると驚くほど精神的には気楽に働けています。

今後もいまの会社に長く勤めるかはわかりませんが、苦い経験から得た教訓に照らし合わせ、常に自分の頭で考えながら、これからの社会人生活を過ごして行きたいと思っています。

28歳女 退社後も鬱病ですが結婚しフリーで働ける程度にはなった

少し前に会社を退職し、今はフリーランスで活動している20代女性です。

辞めたブラック企業は法人向けの倉庫業で、私は事務所のスタッフとして働いていました。

職場の何がブラックかというと、必死に仕事をしているのに世間話に加わらないという理由でクビをちらつかされたり、応接室に呼び出されて恫喝をされたりしました。

職場環境は最悪で、若手社員は私しかおらず他の社員は皆中年~高齢者という古参メンバーで寄ってたかって私を叩く、誰もフォローをしないといういじめの図式が出来上がっていました。

女性の社員はもうひとりいましたがかなりヒステリックな人で、私のことを若いからという理由で爪弾きにしたり、愚痴に付き合わないことを上司に告げ口して別室指導のキッカケを作ったことは一生忘れません。

お局というだけで仕事中の無駄話やLINEが許容されたり、大きなミスをしても全く責められなかったり、一言ごめんなさいと言えば許されるような扱いが本当に気に入りませんでした。

ミスの回数も重大さも私の方が遥かにマシでしたが、こちらはというとそれ以上ミスするとクビが飛ぶぞとか給料引くぞなどの脅しをかけられていたので酷い差です。

通勤時間が2時間以上ということもあり働き続ける頃にはボロボロになっていました。

こうした原因が積み重なったことで、免疫力が低下して膣カンジダ症になったりインフルエンザに連続でかかったり、精神的に不調も来たしうつ病にもなりました。

ある日退社をする少し前の時間から耳の聞こえが著しく悪くなり、意識も朦朧としたことがありました。

そして帰りのぎゅう詰めの電車の中で意識を失い、運ばれた病院でまたしてもインフルエンザだと診断されました。

このまま働き続けたら間違いなく自殺する、と思った私はインフルエンザが治った後で辞表を提出しました。

どうして私ばかりこんな目に合わなきゃいけないのだろうと思うと理不尽さに怒りと憎しみが沸き起こってきましたが、感情的になったところでどうにかなる問題でもありません。

人が少ないからもう少しいてくれと頼まれましたが、いて欲しい人をぞんざいに扱ったのはどこの誰ですかと反論し意地でも辞職しました。

辞めた当時は鬱病になってまともに動けなかったので気を配る余裕がありませんでしたが、パワハラの証拠を集めて告発したりメディア上で暴露したり、特に突っかかってきて職場いじめの原因を作ったお局には個人的に制裁を加えておけばよかったと思いました。

鬱の治療は続けていますがフルタイムで社会復帰するのは現時点では難しいです。

仕方がないのでフリーランスを始めてそこそこ稼げるようにはなっていますし、結婚したので焦る必要がなくなったのが幸いです。

辞めてからの方が収入は減りましたが生きることに楽しみを少しは見いだせるようになったので、死ぬかどうか迷うくらいなら退社して別のことをした方が絶対にいいです。

30歳女 ホワイトな職場に転職できた

東京都在住の30代女性です。

新卒で入った会社(大手の学習塾)がブラックでした。

学習塾というのは昼~夜中の勤務時間を理由にブラックだと言われることがありますが、それ以前にそもそもビジネスモデルとして崩壊しています。

1つの教室に社員が1人のところもあるのに、土日はイベントなどが入ることから休みなしの教室がほとんどになっています。

つまり、社員は毎日出社するか、自分が休んでアルバイトに任せるかの二択を迫られるのです。

責任感の強い社員ほど、10日、20日、ひどいときには1カ月と連勤が続いていました。

私のいた部署は幸い働き方を見直そうという動きがあり週休1日は確保していましたが、それでも先述のような状況は避けられず、有給休暇をとったことなど勤務8年間で1度もありませんでした。

入社当初は仕事が楽しいと話していた同期は、その楽しさを理由に連日長時間働いていましたが、最後には働かなければいけないというように自分を縛り付けるようになり、心を病んで退職していきました。

“やりがい搾取”とはこんなにもひどいものかと絶望しました。

そんなふうに辞めていく社員を間近で見ていて、私は、「自分にはこの仕事しかない」と思ったときは危険なのではないかと思うようになりました。

そのときから転職エージェントに登録して、貴重な休日を使い少しずつ面接を受けました。

(学習塾で唯一よかったのは、平日に休めるところです。


とにかく、ここは長い間働ける環境ではないし、何かをしっかり学べる場所ではないという思いで、転職活動を続けました。

心を病んでやめていった人たちにまだ他の可能性があることを伝えられたらよかったという後悔もありましたが、そのときは自分がそこから抜け出したいという思いで一杯でした。

ご縁のある会社が見つかってホワイトな環境で働かせてもらっている今、当時の勤務環境は悪かったんだなと実感します。

今もそこで働いている人たちは本当にいい人ばかりで、いい人たちだからこそ責任感がつよく抜け出せないのだと思います。

でも、そういう人たちにはきっと、もっといい環境があるはずです。

手遅れになる前に、動いておくことをおすすめします。

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