住み込みで仕事をしたことのある49人に感想を聞いてみた。

目次

20代女性 生活のために温泉旅館で寮暮らし

今は、結婚をして自営業を営んでいます女性です。

私が、温泉旅館の寮暮らしをしていたのは、私が10代後半~20代前半の頃です。

そこの、温泉旅館で働き始めたのは、早く実家から出たかったからとゆう理由が一つ。

あと、旅館やホテルで働いてみたかったから、です。

別に、家族と仲が悪かったわけではありません。

しかし、私の実家は、とんでもなく田舎にありますので、どこか会社へ就職するにしても通勤するにしても時間も掛かりすぎるし、
ガソリン代も掛かりすぎるからです。

実家は、はっきり言って貧乏でしたので、私は、高校を出たらすぐ就職しなくてはいけませんでした。

そこで、前から憧れていた旅館やホテルで働ける!しかも、寮があり、わざわざ自分で
アパートを借りなくってもいい!とゆうことで、寮つきの温泉旅館で、住み込みで働き始めました。

寮は、1人1部屋で、キッチン・トイレ・お風呂のついた6畳のワンルームでした。

洗濯機もおけるスペースもついていて、初めての一人暮らしには充分なお部屋でした。

部屋についての不満は特になかったかもしれません。

寮は、2階建てアパートのような形で、ひとつの寮に10部屋ほどありました。

寮は、全部で4棟あったと思います。

ほぼ、満室状態でした。

寮には、私のような、若い女性もたくさん住んでいましたし、逆に、年配の人も住んでいました。

老若男女問わずたくさんのひとがいました。

ですから、寮暮らしは、とても楽しかった思い出しかありません。

同じ仕事をしている仲間達ですから、生活サイクルも同じでしたし、同じ会社ですから、仕事の愚痴も同じです。

私は、仲居として働いていましたから、朝は6時前に出勤して、お客様の朝ご飯の準備と片付け。

いったん、お昼前に中抜けして休憩。

午後3時位にまた、出勤し10時位に仕事が終わる。

みたいな生活でした。

逆に、寮生活でなければ出来ない仕事なのかもしれません。

夜、仕事が終わると仲間達とファミレスでおいしい物を食べに行くのが楽しみでした。

寮費は、給料から天引きでしたが、1万ちょい位でしたから、とても良心的だったと思います。

食事も社員食堂があり困る事はありませんでした。

私は、結婚がきっかけやめてしまいましたが、いい経験をさせてもらったと、感謝しています。

24歳 男 地元故郷離れて自衛隊に入隊した集団寮での過酷な経験談

■私の特別職国家公務員時代であります自衛官の宿舎での生活内容につきまして

皆様も男性の方であれば、ガタイの良い方等につきましては、一度は、地方協力連絡支部のスーツ組の広報官の方に声を掛けられたことがあるかもわかりませんが、私は、書店で自衛官の過去問と出会う形でそこから戦闘服で戦闘訓練を実施している自衛官に惚れ込む形となりまして、自ら地方協力本部の扉を叩く形となりました。

当然広報官としましては、ウェルカムで私に対して、様々な試験制度を用意して頂く形になりました。

当初は技術海曹や、技術幹部と言う形で様々な試験制度をご用意して頂き、紹介して頂いのですが、現状での自分自身の学力を天秤にかけますと、やはり、高卒程度の曹候補士か中卒程度の任期制自衛官のどちらかしか選択肢がないと言う状況でありました。

私が一番なりたかった試験制度としましては、当時残存していた試験制度で曹候補学生と言う、この試験制度に合格すれば、必ず曹になれると言う試験制度であったのですが、その社員となる階級に曹になるまでの過程としましては、もっともイージーで通常選抜試験か選考試験を受験して、陸曹教育課程に選抜か選考されなければならないのですが、その選抜試験及び選考試験を免除してもらえると言う形で、実質0選抜で陸曹教育課程に入校することができる形で私としましては、願ってもない試験制度であると思っておりました。

しかし、激戦区で全国で500名程度しか採用しないことから、当時の倍率も計り知れない程の倍率で、30倍程度は有ったと思います。

そのような状況では無理だと思い、絶対に合格することのできる試験制度であります、中卒程度の任期制自衛官で陸曹を目指す形になりました。

一度入隊が決まれば集団生活の始まりであり、教育部隊としての部屋は8人部屋のタコ部屋でありまして、二弾ベッドでバディーを組んで生活しなければならないと言う状況でありました。

そのような状況で一人、また一人と辞めていく中で、集団生活の厳しさを思い知る形となりました。

21歳女子 一夏の島生活

私が21歳の時に、沖縄県の西表島で住み込みバイトをしました。

もう、20年前の事です。

当時は島には信号機が1つしかなく、島の住民が住んでいるだけで、島の外の人には出会いませんでした。

今の様に大型のホテル等は無かった時代です。

スーパーもありませんでした。

車もそんなに多くなく散歩をしても1台も見ない日もありました。

働いたのはモーテルで客室は5部屋ありました。

オーナーは40代のご夫婦でした。

客室の1部屋が私専用の部屋として使わせてくれました。

1週間に1部屋お客さんが来るくらいのモーテルでした。

私の仕事はオーナーが飼ってる犬の朝夕の散歩。

朝昼晩の食後の食器洗いと、料理の準備。

客室の掃除が基本です。

それ以外はほぼやる事がないのでのんびり仕事をしていました。

犬の散歩も好きなところにフラフラ犬と歩き大自然を満喫出来ました。

いつも1時間くらい歩いていました。

部屋の掃除は始めはきっちりしたつもりでも、沢山ダメ出しがありやり直し多かったです。

いつも1人で仕事していてとても自由に働けました。

ただ失恋して現実から逃げ出したくて行ったのでとても悲しい気持ちばかりが込み上げて来てよく泣いていました。

困った事と言えば、蚊によく噛まれました。

かいたら腫れ上がってめちゃくちゃ痒みかったです。

オーナーにアドバイスをもたってそれからは、蚊に噛まれたら水で洗う事を覚えました。

これ凄く効きます。

日給は1000円で、休みの日はスキューバダイビングが無料で出来る所でした。

近くにマングローブの森もあり歩いて少し見に行った事もあります。

公衆電話がある所まで歩いて30分かかりました。

そのお店までは全く周りに何もない道を歩きます。

周りの島にも船で出かける事が出来ました。

心がゆっくり出来るそんな場所でした。

夏だけの求人だったので6月末から9月まで働いて契約終了しました。

今思えばその時に自分もそう言うビジネスをやれば良かったな。

と思います。

心が優しくなれる仕事でした。

31歳男 元○9○の会社に住み込み転職

現在31歳、工場勤務から除染現場作業から転職して今の会社に住み込みして働いています。

約7年前に工場を辞めて次に叔父の紹介で入った除染作業している会社に入ったのですが入社して2年目くらいになったら給料の支払いが遅れたり払ったと思ったらそこから金を貸してくれ等のトラブルが頻発していたところに同じ現場で働いていた今勤めている会社の社長が代わりに給料を払ってくれることと、約5年前当時一緒に働いていた人全員を引き取ってくれることになりました。

当時勤めている会社は住んでいた家から片道2時間の場所でしたが作業現場の方が近くそちらに直接通勤していましたが、今の会社に移ってからは事務所での作業や燃料代を心配してくれたこともあり住み込みをすることになりました。

その時は給料が貰えない時点ですぐ辞めるべきだったと今は思いますが当時は叔父の紹介で入ったこともありそのままズルズルといたところ今の社長に助けてもらいとても感謝しています。

後悔していることは自分のプライベートな時間がとてつもなく減ったことです。

仕事が月曜日から土曜日、祝日は基本的に仕事で休みは日曜日と年末年始や大型連休のみでした、自分は日曜日などの休みの日には実家に帰っているのですが休みと言っても例えば土曜日の8時に会社を出たら日曜日の午後7時までに戻ってこなくてはいけないという丸一日の休みもない状態で出来ることも限られている休みでした
さらに一番後悔していることは、社長が元○93ということで、そっち絡みの連絡が深夜であろうと来るので突然午前2時に出かけると起こされ運転手で一緒に出掛けるなんてことも結構ありますし、寮にそっち関係の人が来て血みどろ騒ぎが起きたら別部屋で静かにしてるしかなかったです。

普段は優しく面倒見もいい社員から慕われてるのですが住み込みでそっち関係に巻き込まれて遅くまで起きていることになっても朝は普通通りに起きなくてはいけなくて寝不足気味になりました。

アドバイスがあるとしたら当たり前ですが会社の事は入念に調べておくべきだと思います

34歳 男性 親に負担をかけたくなくて中卒で入隊

千葉県に住んでいる34歳男性です。

自分が体験したのは仕事かどうかはわかりませんが自衛隊です。

中学校卒業と同時に入隊しました。

そこは高校の一般教育を受けながら自衛隊としての教育も受けれるといった部隊でした。

一応、お給料も貰えるので仕事かな?(^_^;)
こどもの頃から親に家にはお金がないと言われ続けて育ったので、早くに家を出て親の負担にならないようにしようと思って試験、面接を経て無事に入隊することができました。

中学校の教頭先生にはこどもがそんな自己犠牲精神を持ってはいけない等とは言われましたけどね。

大人になった今はその言葉、よく理解できます。

入隊する前に貰ったパンフレットでは勤務は17時まで、そのあとは自由等々パンフレットにありがちないいことずくめのことが書いてありましたが、やはり現実はそれとは遠く離れていて、やりたいことが多い15.6歳には窮屈に感じられました。

寮生活自体も洗濯機が生徒の数と比較して少なく、洗濯物がまともに洗えない、洗いたいものを入れておくバケツもそんなに大きくないので洗いたいものがはみ出る、班長がそれを見て班員全員ベッドをひっくり返す(連帯責任なので)。

どうしてもお昼ご飯に行く時間がなくて区隊(クラス)メンバー27人のうち3人行かなかったことがバレて27人全員でジャンプスクワット、腕立て伏せ300回(連帯責任なので)。

など何かにつけて連帯責任が多かったです。

何でもかんでも人に気を使わなければならないし、逆に全く気を使わないやつもいる。

それを指摘すれば争いが生まれ、それが拡散して連帯責任となって、さらに大きくなって自分に返ってくる。

自衛隊という特殊な組織だったからかもしれませんが、自分にとっての寮生活は嫌なことや面倒なことの連続でした。

中には快適そうに過ごしている生徒もいましたがもともと集団行動に向いているのでしょうね。

ただ今でも心残りなのがたった一年で辞めてしまい、入隊時に祝ってくれたり喜んでくれたりした親戚の方々を裏切ってしまったこと、親に負担をかけまいと意気込んで出て行ったにも関わらず短期間で出戻ってしまったことや、今も続けていたら安定していたななど考えたりすることがあります。

逆に有事の際は自衛という名目で殺人を犯さなければならないのか?それなら辞めてよかったな。

俺にはそんな度胸ないや。

と胸を撫で下ろすような気持ちになることもあります。

話が脱線しましたが寮生活はこりごりです。

20代女子学生 リゾートバイトのお話し

Mari、アラフォー女性です。

今日は、学生時代にした住み込みのアルバイトについて書きたいと思います。

夏休みにお金も欲しいし、でも何か面白いことがしてみたくて、リゾートバイトに挑戦してみました。

最近でも、リゾートバイトで住み込みのバイトをすると、すごい稼げる、みたいな広告をみますが、全然そんなことはないことを先に言っておきたいと思います。

住み込みのバイト先として選んだのは、軽井沢でした。

どこでもよかったのですが、涼しい所の方がよかったんだと思います。

同じような学生の仲間が寮で4人一部屋で、3食付き、週に2回くらいはお休みがあったかなと思います。

私と同じ部屋だったのは、みんな同じ職種を選んだ子たちで、ウエイトレスでした。

全国の学生で、みんなユニークな人ばかりでしたよ。

毎晩ごはんの後は、好きにおしゃべりしたり、職場の噂話をしたり、酒盛りをしたりして楽しみました。

お金を稼ぐというよりは、思い出づくりでしたね。

お給料は当時の最低賃金だったように思います。

職場の周辺は、特に遊ぶところもなかったはずですが全然お金なんかたまらなかったです。

なので、お金を稼ぐためにリゾートバイトをしようとしている人がいたら、お勧めしませんね。

あと、恋愛のハプニングを期待している人もいるかもしれませんが、甘い思いを出来るのはごく一握りの人だけだと思います。

私と寮で同じ部屋になった関西のKちゃんは、ウエイトレスをしていたレストランで、仲のいい男の子が出来ました。

私たちはその噂話を聞いてだいぶ盛り上がったのですが、Kちゃんとその男の子は結局うまくいかなかったみたいです
その男の子は、Kちゃんの体目的だったようで、ある晩二人でデートに出かけたんですが、急に暗闇に連れていかれて、散々な目に遭ったって言っていました。

たぶん、寮生活で、男の子は女の子に飢えているんでしょうね。

なので、恋愛目的で住み込みバイトをするのはやめましょう。

住み込みのバイトをするには、色々な理由があると思います。

学生時代の思い出作りのためならお勧めできますが、お金を稼ぐなら普通にお仕事する方が儲かると思います。

特に、期間限定のリゾートバイトは、お金にはなりませんよ。

昔から憧れていたペンション住み込みからの意外な展開

現在、仕事、家事、育児に奮闘中の6児の母になりました私のエピソードをご紹介したいと思います。

高校を卒業し、就職しましたがOLは合わず、退職金の貰える2年頑張って働きました。

それからフリーになり、失業保険をいただきながら仕事を探していましたが、なかなか次の仕事が見つからず、昔からやりたいと思っていた生まれ故郷でのペンション住み込みで働く仕事を見つけることにしました。

募集の記事はよりどりみどりと沢山ある中、湖畔のこじんまりとしたペンション住み込みを選び応募し採用されました。

人里離れた山奥のペンションで、冬はスキー場夏は学生テニスサークルなどの合宿場になるペンションで夏の涼しいシーズンを選び胸膨らませ訪ねました。

私以外に3人おり、仕事は食事3食作りの手伝い部屋施設の掃除と肉体労働の日々でした。

思ったよりハードでOFFは客がいない時なのですが、ペンション周辺は、観光施設が数か所、お店スーパーなどは全くない、山のふもとに車で40分くらい行かなければなりませんでした。

孤立した場所遊んだりショッピングなど全くできません。

そんな中に、契約3か月なので期間限定という思いも考え、結構きつくつらい日々を乗り越えました。

学生は、飲み会も半端なくそこら中にゲロの水たまり自分で片づけません。

トイレもきたくしてそのままとゲロ処理までやれされました。

思い描いていた綺麗な上品で、閑静な中働けると思っていなのは大きな間違え、選択ミスしたのは間違えないです。

能率よくはたらいてはいたみたいで、オーナーには3か月経った後も延長してほしいと言われましたが断り、そこで知り合った友達と次に働く場所を探しました。

毎日販売機から買うビールを飲み、毎日の疲れをいやしていました。

食事もつついているので蓄えることはできました。

唯一空気は綺麗で美味しかったし、ご近所さんからいただく野菜は新鮮でおいしかったです。

次は、沖縄に行きたく友達と決めて離島の民宿に行きました。

民宿ヘルパーの仕事は前回の経験もあり普通にこなし、ここも3か月と決め働き始め毎日海を眺め楽しみながら働きました。

すると、自然といい人に巡り合い結局現在に至り、ここにとどまってしまいました。

友達は、沖縄本島に行きましたが、結婚して家庭を持ってしまいました。

2人とも永遠の就職先を思いもよらないところで見つけてしまいました。

23歳女性 職場の人と一緒に生活するということ

 2013年の秋から冬にかけて3か月ほど、国内の某有名観光地の老舗旅館で仲居として住み込みで働いていました。

私は東京生まれの東京育ち、大学は海外と、日本国内の地方の暮らしを知らず、大学院進学までのギャップイヤーを使って東京以外で生活をしてみたいと思い、外国人にも人気の地方の島の観光地で働くことを決めました。

1年の期限付きで引っ越しとなると大事になってしまうので、住居や食事の提供がある住み込みの仕事を希望しました。

 部屋は一緒に働く人たちとの共有で、ルームシェア、ハウスシェアの形でした。

到着最初の1日は、初めての土地、初めての仕事、うまくできるか心配で少し心細い気持ちにもなりましたが、同室になった人が年も近く、趣味もあったのですぐにとても仲良くなり、休日は一緒に近隣の温泉に行ったりと楽しい時間を過ごしました。

島にはコンビニなどがなかったのですが、ある時私が体調を崩し死んだように朽ち果てていた時、彼女がわざわざ出かけていろいろと差し入れを買ってきてくれて…今でもとても感謝しています。

 とはいえ、住み込みの仕事は四六時中仕事の人と一緒にいることになるので、精神的に大変な部分もありました。

特に旅館の仕事は朝と夕方~夜と、休憩こそ挟みますが時間が長く、寮も職場の近隣で1日中仕事のような気分です。

たまの休日で日中外出しても、帰り道には「職場に帰る…」という気分になって、あまり帰宅がほっとするものではなかったのが正直なところです。

家が先輩と一緒になった人などは、やはり気疲れがとれないとも言っていました。

 とはいえ全体的にはせっかく東京から離れて地方まで来たということで、数少ない休日を使って少し足を延ばして近隣の名所に行ったり充実した日を過ごしました。

もっとも、なかなか職場の仲間内で休みを合わせるのが難しいので、一人遊びができないと手持無沙汰になってしまうかもしれません。

他にメリットとしては、住居と食事の提供があるので、お金もたまりやすかったです。

 どんな理由で、どんな目的で住み込みの仕事をするのか、住み込みでどんな仕事をするのかで経験や感じることは大きく変わってくると思います。

住み込み仕事をする上で1番大切なのは、仕事とプライベートの時間の心理的な切り替えをしっかりすることだと思います。

先に書いたように、どうしても「ずーっと微妙に仕事モード」な感じがしてしまうので、心の底から落ち着ける時間というのが普通の仕事に比べて取りにくいです。

休日は積極的に外出する、本音で話せる仲間を見つけるなどできると、バランスを取りながら働けるのではないでしょうか。

24歳男、災害現場での出張寮生活

私は、1人の子供と妻と3人で暮らしている既婚者です。

数年前に私は短期ですが出張で、寮住まいの仕事をしていました。

現場関係の仕事で、災害があって主に解体作業をする仕事でした。

結構高単価な仕事だったのでそれだけの理由で選びました。

元々、建設業業界で働いているので解体作業自体は全然苦痛ではありませんでした。

寮の部屋は、2人部屋でした。

正直1人部屋が良かったです。

先ほども言うたとおり、日中の仕事については全然苦痛ではありませんでした。

ですが、2人部屋の寮生活が少し嫌でした。

なぜかと言うと、さほど交友関係が良い人ではなかったので特に会話することもなく、自分よりも年上の人だったので気を使いながら生活していたからです。

身の回りの掃除なども行い、洗濯もしました。

自炊はしませんでしたけど。

仕事が終わってゆっくりしたいのに他人と過ごすのは僕にとってはストレスでした。

夜中は、その人のいびきうるさくて正直イライラしていました。

そのせいか就寝が遅くなり朝方起きるのがつらくなりその人にたたき起こされることもしばしばありました。

恐らく、1年以上その生活が続いていたら鬱になっていたかもしれません。

寮周辺も、結構田舎で特に遊びに行くような場所もなく休日もほとんど寮の中で生活していました。

相部屋の人もすることがないので、ほとんど休日もほとんど一緒に過ごしました。

ですので全然休日が楽しみでもありませんでした。

早く帰りたいとホームシック的な感じでした。

高単価なので、辞めずに寮生活を続けましたが、短期でなかったら単価が良くても辞めていました。

多分。

ですので今後は1人部屋の住まいのところに行きたいです。

高単価でも2人部屋だと次は行きたくないですね。

寮生活の仕事をしようとしている方は、なるべくなら1人部屋かどうか確認して1人部屋を選んだ方が良いと思います。

誰でも多少なりともストレスが溜まっていくものだと思いますからね。

超短期なら、2人部屋でも我慢できる範囲かなっと個人的には思います。

44歳、女性、出費が少ないので寮のある仕事を選んでいます

現在44歳の女性です。

20代の頃から何度も寮付きの仕事を選んで働き、
現在も住み込みの寮に住み込んで働いている、フリーターです。

初めて寮のある住み込みの仕事を選んだのは、23歳のときで、レタス農家の仕事でした。

若い頃からこのような仕事を選んだのは、実家を離れたかったこと、一般企業で働く自信がなかったこと、一人暮らしに必要な家賃や光熱費がかからないこと、食事も提供してくれたことが主な動機でした。

住み込みの仕事は2、3ヶ月~半年程度の短期の仕事がほとんどなので、その任期を終えた後はしばらく仕事をしないで旅行などをして休暇を取り、また他の住み込みの仕事を取り組むということを繰り返してきました。

現在も続けているのは、一人暮らしするのに比べてやはり出費が格段に少ないことが最大のメリットに感じるからです。

この住み込みの仕事を始めた当初から現在も、ちゃんとした一企業で働く正社員の社会人として生きてこなかったことに対する後ろめたさを時々感じています。

人との関わりが苦手で、どうしても長期間一定の職場で働くことが困難でした。

ちゃんとした社会人ではなく、フリーターとして生きてきたことに関しては、人と関わりをこと避けたり、社会性をあまり身につけられなかったことが、少し後悔をしています。

もし、住み込みの仕事を選ぼうとしている人がいるならば、私がアドバイスできることは、
「このような形態の仕事にはまり過ぎないほうが良い」ということです。

私は正直、この生活が楽で抜け出せないのが本心です。

住み込みの仕事は短期間である程度のまとまった収入が得られます。

条件の良いところだと、寮費、光熱費、食事、すべてが無料というところもあるので、その便利さがクセになり、その生活から抜け出せなくなる可能性があるからです。

何か他に叶えたい夢や仕事があって、住み込みの仕事はお金を貯める為の一時的なものだと割り切っているならば、それがベストだと言えます。

ただ、メリットだけでなく、デメリットももちろんあります。

期間中はその土地から離れることが難しいこと、工場の仕事はきつい仕事が多いこと、などが挙げられます。

仕事の内容が自分には合っているのかよく見極めてから選ぶことをおすすめします。

40代 女 はじめての寮生活は散々だった

私は現在40代の女性です。

私は子供の頃からなりたい職業や憧れの仕事などなくせっかく希望通りの進学校に入学出来たのに
進学を諦めざるを得ない状況に陥っていました。

高校三年生になって慌てて就職先を探す私には、まず何処に行くか?が先でした。

どんな仕事か?は二の次で知らない土地に住む事に不安があったからです。

就職組はとっくに就職先を決めている中で私は夏休みも返上で仕事探しをする事になりました。

進学コースにいた私は誰も相談にのってくれる先生もおらず
自力で探すしかなかったんです。

そんな中、新しい求人が追加されたというので見に行って見ると
寮付きで手取りの給料が高額の仕事がありました。

寮に住む予定の同級生も複数いましたが、みんな2人部屋とか4人部屋。

私は他人と同じ部屋は無理だと感じていたので一人部屋の寮に飛びつきました。

しかも新築でエレベーター付き、家具もついてるんです。

即決して先生にお願いしました。

面接を得て就職したのは地方都市。

ホテルの仕事でしたが引っ越し当日私が目にした建物はビジネスホテルのような寮です。

勤務先のホテルからも徒歩5分。

ホテルは老舗だけあって、素敵な内装でした。

男子寮は離れた所にあったそうですが女子寮のような建物とは比較にならないほど
粗末な建物だったと聞きました。

研修も終わり、実務に入った私たちは
寮生活の厳しさを痛感する羽目になりました。

同期だけでワンフロアに集められたのが良かったと思ったのは最初だけで
勤務時間がバラバラなのに朝から晩まで煩いし、洗面所やトイレの使い方が汚いんです。

掃除当番は持ち回りだったのですが、ルールを守る人は数人だけ。

仕方なく私が掃除をしていました。

寮長も厳しい人で門限に一秒でも遅れたら入れてもらえない。

目覚まし時計を止め忘れても怒られる。

階下にいる先輩からうるさいと怒鳴られたり、棒で床をつついてきたりもする。

共同の洗濯室や台所も先輩が優先されるとかで次第に使わなくなりました。

寮生活に我慢できずに私は退社しましたが、向いている人にとっては快適だと思います。

自分の性格と比較してから決めるといいかもしれないですね。

32歳男性 同室の作業員のいびき&酒臭さに‥我慢の限界が来て‥

初めまして都内在住の男性です、私が経験した寮住まいでの仕事の体験談や感想をこの場をお借りしお話しさせて頂きたいと思います、宜しければ最後までお付き合い下さい。

私が寮住まいをしながら仕事をしていたのは2008年の頃でした、何故私が寮に入って仕事をする事になったかというと単に生活費を安く抑えられ貯蓄が出来そうだからという理由でした、なので私は寮完備の求人を探して、神奈川県内にある建設会社で働く事になりました。

しかし、私は自分の考えやリサーチ不足にこの後後悔する事になりました‥、私は寮に入る為に荷物をまとめて実家から神奈川県内にある建設会社に向かいました、会社に着くと社長さんと数人の社員さんが迎えてくれ私を寮へと案内してくれました、会社から徒歩で約5分の場所に寮はありました、外から見た寮の外観は普通のどこにでもありそうな集合住宅みたいな建物でした。

しかし良く見ると外側には各部屋の玄関はありませんでした‥私はどういう造りなの?と首をかしげながらも中に入りました、すると各部屋の玄関は中の廊下側についていました、要するにこの建物事態の玄関は大きい扉ひとつだけで、各部屋の玄関は扉から入ると廊下沿いについているという事です。

そして私は寮に入ると社員の方から食堂や風呂場やトイレや洗濯機や乾燥機がある洗濯場を案内されました、しかし私はこの時‥えっ!もしかして飯も風呂もトイレも洗濯までも全て他の作業員と共同なの?と思いました‥、そんな事を思いながら次は部屋へと案内されました。

社員の方が私に、それじゃ今日からここの部屋で暮らしてね!と笑顔で言ってきたのは良いのですが‥、何故か荷物が置いてあり布団まで敷いてありました、というかこの部屋絶対誰か住んでるでしょ‥という生活感丸出しの雰囲気でした‥ちなみに部屋は10畳ぐらいの広さでした。

私はさすがに社員の方に訪ねました、あの~‥一人部屋ですよね‥?と、すると社員の方は私に言いました、イヤ‥まだ空いてる部屋が無いからとりあえずここの部屋の作業員の方と一緒に住んでもらう事になっちゃうんだよね!と‥、私は一人部屋というのはリサーチ済みでしたのでこの時は本当にマジか‥勘弁してくれと思いました。

しかし社員の方は数日で一人部屋を用意するから少しだけ待ってね!と言ってきましたので、私はとりあえず我慢してこの部屋で暮らし始めました‥、しかし暮らし始めてから数日どころか数週間‥数ヶ月経っても一向に一人部屋を用意してくれません‥私は我慢出来ずに社長さんに言いました、一人部屋は用意してもらえないんですか?と。

すると‥社長さんは、う~ん‥まだ部屋が空きそうも無いからもう少し待ってもらえないか?と、私はこの時この会社はダメだと思いました‥しかも一緒の部屋で暮らしている中年の男性のいびきや酒臭さに私は我慢の限界でした、そしてこの日に私は会社を辞めると社長さんに伝えて実家に戻りました。

最後になりますが、こういう結果になった原因はやはり私のリサーチ不足だと思います、しっかり細かな部分まで調べておけば無駄な時間を過ごす事は無かったと思いますし、不快な思いもする事は無かったと思います、しかしこの日から現在まで年月が経ち、今では良い思い出であり良い経験かな‥とも思っています、以上で私の寮住まいでの仕事の体験談でした、最後までお付き合い下さいましてありがとうございました、それでは。

25歳男 転職で社員寮へ入寮する

初めまして。

もりんというものです。

現在27歳で大手企業にてエンジニアをしているものです。

入社し1年間は寮暮らしをしていたため、その紹介をさせて頂きます。

現在の会社には新卒ではなく、キャリア採用での入社でしたので寮でも知り合いが少なく、比較的孤立しやすい環境だったと思います。

唯一のメリットは風呂、トイレ以外は共有スペースだったため寮の方とお話しする機会があったことです。

入社し1週間がたったころ、まだ仕事や人間関係についてわからない頃に調理場にて、調理中にとある方から声をかけて頂きました。

「他に自炊している人少ないから、心強いわー」と一言。

そこからは、毎日のように調理場で会うようになり、会社の事、生活環境の事、色々教えて頂けました。

非常に心強く、私の新生活は充実したものになっていきました。

また、そのことから、調理場だけでなく洗濯場などでも他のいろんな方と会話するようになりました。

同じ部署の方も、寮内にいることも分かり仕事の事についてアドバイスをもらったり、一緒にスノーボードや釣りに出かけるようになっています。

寮というのは、社内にいる感覚になると毛嫌いする方もいらっしゃいますが、仲良くなればプライベートでも充実することが分かり、悪くないと思います。

人は気持ち次第でいくらでも生活環境が変えれるものだと実感しました。

そんな寮暮らしですが決して良いことだけではありません。

消防訓練や草むしりなどのイベントは嫌いでしたね。

特に消防訓練は朝の7時に放送が流れ、ロビーに出なければなりません。

休むことは可能ですが、個人で実施した報告書の提出はめんどくさいことこの上なかったです。

ですが、そういった情報は前述した調理場での会話で共有済みでしたので、寝坊することなく無事に乗り過ごす事ができました。

今では、転勤のためアパートで独り暮らしをしていますが、今でも連絡を取り合っており出張等で前の部署へ行った際には、飲み会などをしていい環境が築けています。

もし、新生活で寮生活がすることが気になっているのであれば、そんなに心配する事はないと思います。

逆に言えば同じ社内の人間ですので、変な人はいませんし、共有エリアがあればそこで挨拶から初めてみてください。

そこから得られる情報は、自分で一から探すものよりとても有意義な情報があります。

聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とも言います。

勇気を出して一言から言ってみましょう。

38歳、女、憧れの離島住まいの現実

私がしていたのはいわゆる「リゾートバイト」です。

海の綺麗な南の離島、仕事場はお洒落でこじんまりとしたホテル、これまたお洒落なカフェが併設されていて、空いた時間には近くのビーチでひと泳ぎ!住むところ完備!食事付き!……なーんて夢のようなバイト!
の、はずでした。

寮としてあてがわれたのは、古くてボロボロの元民宿だった建物の一室。

たったの4畳半。

トイレ、シャワー、洗面は共同。

ベランダもなく、洗濯物は廊下に干すしかない。

壁が薄くて隣の部屋でティッシュを引き抜く音がはっきり聞こえるほど。

部屋にいる時は毎日息を潜めていました。

唯一のメリットは窓から海が見えること。

それだけ。

仕事内容もハード過ぎて、海に泳ぎに行く元気も残りませんでした。

すぐ目の前なのに。

毎日毎日朝から夜中までホテルの掃除やお客さんのお出迎えやお見送り、カフェでの接客や調理、従業員の食事の支度まで……。

昼休みはカフェの中休みで2~3時間ありましたが、洗濯してちょっと休めばもう終わり。

すぐに夜営業の仕込みの時間。

ランチの片付けが長引けば、そのわずかな昼休みすら無くなってしまいます。

店で出すケーキも作らないといけない。

休憩時間が全然無い日が続くこともよくありした。

閉店時間を過ぎてもだらだらと居残るお客さんが憎く思えてくるほど。

夜は夜でお酒を出していたので23時閉店で、その後1~2時間かけて後片付けや掃除や発注をしていました。

1人で。

しかも夏場は稼ぎ時だからと、定休日はゼロでした。

朝から夜中まで働いで、休みゼロ。

毎日毎日、寮と店の往復。

目の前に海があるのに。

周りは南国への旅行を楽しんでいる人たちばかりなのに。

しかもそれだけ働いても固定給で、ある時労働時間を計算して時給を出してみたら200円程でした。

しかもそこから家賃と食費を抜かれて、手元に残るのはほんのわずか。

なにもかもが最初に聞いていた話とはかけ離れていました。

ですが、元々の部屋を引き払って来ていたので、そう気付いた時にはもう引き返せない状況でした。

19歳女 お金欲しさに県外でリゾバ

19歳の大学2年生女です。

実家暮らしで地元の大学に通っています。

私が寮生活をした期間は1ヶ月で、リゾートバイトのためでした。

大学の夏休みが2ヶ月もあり、時間を持て余すだろうという考えが1番の動機です。

親元を離れたく、一人暮らしをするためのお金を貯めたかったというのもあります。

地元を離れる時はすごくワクワクし、初めての寮生活を楽しみにしていました。

きっと充分するんだろうなーと。

しかし、寮に入り一日もたてばストレスMAXです。

テレビもねぇ。

ラジオもねぇ。

バイクもねぇ。

車もねぇ。

ガスもねぇ。

吉幾三の気持ちが身に染みて分かりました。

相部屋だったので、相手の言動がいちいち気に触ります。

自分のペースでお風呂もトイレも洗濯機も使えない、冷蔵庫は他の寮生のもので入れるスペースがない、とにかくストレスだらけでこんな思いはもう二度と経験ししたくないです。

何より腹が立ったのが、寮に4人もいるのにどうしてトイレが1つしかないのか?朝なんか神経研ぎ澄ませていました。

(汚い話ですみません。

)しかし、私が退寮する1週間前に全員が任期満了で地元に帰ったので、少しの寂しさはあったもののリラックス出来ました。

それでもテレビもラジオもwifiもガスもない生活はサバイバル同様です。

耐えきれずクロスワードを途中で買いひたすら解いていました笑 こんなにもしんどい日々でしたが気付きは多かったです。

自分の着た服を洗濯し、自分で料理を用意し片付ける。

毎日3食新鮮なものを食べ、車やバイクといった交通手段があることは幸せなことだと感じました。

火が無いものだから地元に帰ってちゃんとした料理を食べた時には感動しました。

なによりこの年齢でひもじい思いをしてよかったと思います。

人は苦しい環境に身を置かないと努力をしないんだと。

辛かったーという思いだけで終わらさず、数年後ストレスのない豊かな生活を送るために今努力しようと思いました。

寮生活をしようか悩んでいるのであればしてから悩んだ方がいいと思います。

辛かったらいつでもやめたらいいと思います。

成長という面ではプラスになります。

大学生女子 旅館の住み込みバイトでいじめられる

私が学生時代に経験した、住み込みのアルバイトについてお話しします。

経験したのは、いわゆるリゾートバイトと呼ばれるもの。

夏休みなど長期休暇の際、学生やフリーターが好んで取り組む、宿と食事つきのアルバイトです。

ご多分に漏れず、私も夏休みの2ヶ月を使って、愛媛県松山市にある道後温泉近くの旅館で住み込みのアルバイトを体験しました。

結論から話しましょう。

体力・気力ともに、想像の100倍辛いアルバイトでした。

今まで自分が経験した中で最も過酷なアルバイトだったといっても過言ではありません。

理由として第一にあげられるのが、まず同僚の人間性。

やはり学生やフリーターが多いのですが、中には「家賃も支払えないほど金銭的に困ってて」といった人も居ます。

理由はほとんどがギャンブルやブランド品購入といった、ちょっぴり困ったさん達。

やはり話が合わない人も多いし、人とのコミュニケーション能力も低い場合が多かったです。

おまけに、旅館の契約社員さん(主に仲居さん)の意地の悪さ。

これが一番辛かったことです。

察するにもともと水商売の方が多かったのでしょう。

仲居さんのほとんどが裏のスペースでタバコを吸い、若いアルバイトの女性にダメだしの嵐。

「その二部式ちょっと短すぎるね。

足首が見えすぎて下品なので5分で着替えてきてください」「接客業なんだからもうちょっと化粧くらいしたらどう」「食器はもっと熱いお湯で洗わないと乾きが遅いでしょうが」と、いちいち物の言い方がネチネチしており、3日目には精神的に参っていました。

が、唯一、たまたま同郷から参加していた女子学生と仲良くなり、「あまり真面目に取り合わないようにしよう!自分が辛くなるだけ!」と腹をくくり、ある程度は受け流すように努めました。

そうすると、なかなか図太い奴らだと察したのか、夏休みが終わるころには仲居さんともすっかりお友達に。

「暇なら来年も来なさいよ。

」と手作りのノリの佃煮をもらい、地元に帰りました。

結果、勉強になったし、楽しかった!
今度はお客さんとしてあの旅館に遊びに行ってみたいです。

24歳男 実家を離れ上京した際に社宅に

24歳、リフォームの営業会社に入社した際に地元の山口県を離れて東京の社宅に住み始めました。

部屋の間取りは3LDKで3人暮らし、個人の部屋はあるもののリビング・風呂・トイレ・洗面所は共用です。

初めての共同生活だったため、最初からかなり緊張しました。

いきなり他人と住むわけですから当然ですよね。

最初は不慣れでしたが、仕事を一緒にする仲間との共同生活、リビングで一緒にお酒を飲んだり、仕事について語り合ったりする時間は一人で暮らすよりはマシかもなと思う部分も多少なりともありました。

朝起きれなかったら同僚に起こしてもらえますし。

そこまでデメリットばかりじゃないなと感じました。

ただ、神経質な人と一緒に暮らすようになったら少し悪いかもしれません。

いちいち小さいことで文句言われたり・・・。

感覚が似ているような人と一緒に暮らすのは全然ありだと思います。

そこはもう運次第ですね。

私の場合は、30代の男性と20代の男性の同僚との3人暮らしでした。

幸いなことに2人とも人柄が非常によく、入社したての私にも非常に良くしてくれました。

特に30代男性が、非常に料理スキルが高く、毎晩のように手料理を振る舞ってくれました。

そこが私にとっては非常にラッキーだったと思っています。

もちろん食材費などはみんなで負担しておりました。

これから寮生活や社宅生活をする人にアドバイスをするとしたら、
まずは共同生活の掟である、「共同生活者に迷惑をかけないこと」を徹底してください。

共同生活者の方が、すぐに文句を言ってくれるタイプの人間だったらまだいいです。

何も言わず、あとから溜まったストレスを一気に発散するタイプだったら非常にめんどくさいです。

一緒に生活するわけですから、関係性に穴が開いてしまったら終わりです。

腹が立つことや相手を怒らせてしまうことも多々あるでしょう。

その時は自分が妥協して納得できるような心の広さも大切だと思います。

何かのアドバイスになれば幸いです。

よい生活をお送りください。

30歳男性、エンジニアとして工場にて部品を製造する

初めまして私はエンジニアをしています。

男性です。

住み込みのお仕事をしていた際の体験談のお話をします。

三菱電機の工場でのお仕事ではんだ付けをする仕事をしていた際のお話です。

当時、会社の寮に住み土日休みで平日の朝から夕方5時まではんだを付けるお仕事をしていたことがあります。

その時の心情としては、住む場所が提供され、敷地内にスーパーまであり至れり尽くせりだなあと感じてました。

ですが、働き始めてからはその考えが甘いことに気が付きました。

確かにスーパーや薬局などが敷地内にあるのは便利でしたが、敷地内から出る時間が限られているため、実質拘束されていたということです。

夕方の5時に仕事が終わりますのでどこにも遊びに行くことはできない仕事です。

ただ、土日は休みになりますのでその間で抱えることができるんですが、仕事が結構ハードでして遊びに行くくらいなら仕事の疲れをいやすためにゆっくりと寮で過ごすほうがましでした。

後悔していることとしては電気代ですとか水道代を向こうの会社が持ってくれて寮で過ごすとしても仕事の内容がハードである場合、寮で過ごしても心が休まりませんし、しんどいです。

量で過ごす場合、ほかにも人間関係があります。

完全に個室であってもマンションと変わらないような室内ですので騒音などもありますし、結局は人間付き合いがあります。

もし、私と同じようなエンジニア関係のお仕事で製造を主にする仕事で寮に入る場合、相当に覚悟が必要である場合が多いです。

個室にもかかわらず近所付き合いがあることや仕事が終わる時間が遅いのでどこにも行けないです。

唯一の休みは土日みたいに限られた休みを利用して出かけようとするんですが、たぶん、疲れ果てているため出かけようと思わなくなります。

量に入り働くということはそういうことで、疲れ果ててしまうということです。

精神が疲れ果ててしまったり、肉体がつかれたりしますのでそれなりの覚悟が必要です。

33歳男 雪山を毎日滑りたくて住込み山籠り

現在33歳の既婚男性です。

行動した経緯や時期は住み込み希望というよりもスキー場で冬季の間だけ山籠りがしたかったので、住み込みで寮費食費無料のバイトを探していたら住み込みでの仕事が見つかったのが理由です。

自分がスノーボードが大好きなので以前は毎週関東圏から長野・北陸・東北などに自家用車で行く生活をしていました。

ただこの往復で毎年冬季は交通費が馬鹿にならない額になっていたので、それなら雪山の近くで生活しようと思い住み込みを探すキッカケになりました。

住み込みの仕事は居酒屋だったので、仕事は夕方から深夜まで。

なので毎日朝から昼までは雪山を滑れる環境だったので横乗り大好き人間の自分としては最高環境でした。

一緒に働くスタッフも自分と一緒で毎日滑りたい人が多かったので滑り仲間も出来ましたね。

住み込みで仕事もしながらだったのでお金も入るし、寮費食費も無料だったので贅沢をしなければお金も貯まる環境だったので、
もっと早くから住み込みでの環境で滑れば良かったと思いました。

ただやっぱりデメリットもありました。

住み込みをする前は雪など降らない場所だったので、
毎日の寮周辺の雪掻きは一番大変でした。

慣れるまでは毎朝だったので滑りに行く前に体力が無くなってキツかったです。

大きな寮だと管理人がやってるので自分でする必要はないのですが、自分が住み込みしたところは自分達でする感じだったので、雪掻きをやらない人間とは結構ギクシャクにもなりましたね。

後は相部屋だったので、プライベートが全く無かった事もキツイ方にはキツいかもしれません。

自分が相部屋になった相方とは話も色々合ってたので不快にはならなかったのですが、住み込みでプライベートも欲しい方は絶対個室を選んだ方が良いですね。

これから住み込みで仕事したい方にアドバイスするのは
プライベートが欲しい方は必ず個室。

お金を貯めたい方は寮費食費無料のところ。

そして一番楽しいのは気が合う仲間と一緒に住み込みをすれば
大人になってからも新しい親友ができるチャンスもあるので
とりあえずやってみて楽しんでみて下さい。

サラリーマン転勤族 20代の独身寮

私は40代男性のサラリーマンです。

趣味はカメラをもってぶらぶら散歩やハイキングなどです。

・行動した経緯や時期
 20代のころに、転勤になって会社の寮に入りました。

男性寮で、共通のロビーと廊下となっている寮でした。

同じ年代の人が多く仲良くなって、朝まで麻雀などして楽しい記憶がありました。

 さすがに40代の今、男性独身寮に入るのはちょっと大変な気がしますが、20代のころは、ゲームをしたり、呑みにいったりと楽しんでいました。

 一番はまっていたのは、パチンコです。

寮の近くにあるパチンコやに休日は朝から行っておりました。

 当時は今と違って、一日で5万、10万と出玉が多かったので、かなり出入りの激しい打ち方をしていました。

今はまったくギャンブルはやりませんが、当時は、寮の仲間とかなり通っていました。

 そのころ貯金や投資などしていれば、今頃はもう少し資産があったかなぁとも思います。

 また、若い頃は時間がたっぷりありましので、いろいろな遊びができました。

お金を使うことばかりではなく、写真を撮ったり本を読んだりゆったりと過ごしたい今日この頃ですのが、あの当時の遊び方があったので落ち着いてきたのかと思います。

 若い頃は、会社の寮などあれば、仲間もいて楽しい時間が過ごせると思います。

部屋にいるときも会社にいるような感覚ですが、慣れると楽しいものです。

会社によっては、借り上げのアパートなどもありますね。

ウィークリーマンションにも入ったことがありますが、やっぱり壁が薄くてとなりや上下の部屋の音がきになりますね。

 お金、時間、住む場所、など若い時には自分で選べない状況もあるかと思います。

サラリーマンなど特に転勤族は、転勤した先で楽しみを見つけたり、お店をみつけたり、旅をしたりとその場所でとにかく楽しむことが、寮や住み込みではたらくコツかもしれません。

行ったことのない地方での生活も案外楽しいものかもしれません。

22歳男 実家に居づらくなり住み込みのアルバイトを始める

私が22歳の頃、住み込みのアルバイをやっていました。

障がい者施設の利用者の作業を監督、引率をする仕事です。

時給が850円、朝ごはんと昼ごはん付きで寮代として月3万円払っていました。

その頃、母親が再婚し、フリーターの私はなんとなく居づらくなっていました。

更に学生の弟や妹が4人もいて、物理的にもスペースがなく、住み込みで働ける仕事を探していました。

それまで、福祉の仕事に全く興味もなかったのですが、背に腹は代えられないと募集に応募しました。

私のいた施設は軽度の精神障害だったので、初心者の私でもなんとかやっていけました。

先輩たちも親切な人ばかりで、困ったことがあってもすぐに力になってくれていて、とても働きやすい職場でした。

作業は主に駅や公園、学校などの草刈りや清掃業務でした。

作業自体は難しくなかったのですが、利用者の人間関係の調整が難しかったです。

軽度の精神障害ということで、普通より我慢が効かないことが多く、ケンカになっていました。

とはいえ、難しい状況になる前に先輩たちが、アドバイスをくれたり、調整してくれたりしたので、どうにか問題にならずに済みました。

私は一人暮らしをするためにお金を貯めないといけなかったので、施設での仕事の後も、弁当屋でアルバイトを掛け持ちしていました。

もちろん賄いが付いていたので、弁当屋を選びました。

半年ほどすると、施設長から寮の寮母をやらないかと打診されました。

私の仕事ぶりを評価してくれたようです。

私はとても嬉しく感じました。

試行錯誤を繰り返しながら、どうにか仕事を円滑に行えるようになった頃でしたし、自分が認められたことが単純に嬉しかったのです。

更に、正直、掛け持ちがきつくなっていた頃でした。

寮母になったことで、寮代が免除され、掛け持ちもなくなったので、かなり楽になりました

施設自体が家族経営だったこともあり、施設長にはとても良くしてもらいました。

晩ごはんをご馳走になったり、飲みに連れて行ってもらったりと、本当に可愛がってもらいました。

また、地域の人たちを招いて夏祭りや餅つきなども行われました。

そういった行事を通じて知り合った人たちにも、良くしてもらい、その中の一人の経営するアパートを入居することができました。

そして、1年後施設長から正社員の打診を受け、快く引き受けました。

そして、昇格と同時にアパートでの一人暮らしを始め、住み込みのアルバイトは終了しました。

住み込みの場合、確かに完全に自由な自分の時間は無くなりますが、お金も貯まりますし、人に恵まれるとプラスの面も多くなります。

短期間でお金を貯めたい場合は、住み込みのアルバイトがおすすめです。

29歳男 上京してお金がないので寮暮らし 楽しかった思い出

 こんばんは。

僕は29歳の男性です。

職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕は高校卒業と同時に上京をした事があります。

自分の力を試してみたくて、新宿歌舞伎町に降り立ちました。

 「何かデカい事をやってやる!」と意気込んでおりました。

(若いってある意味怖いですよね。

笑)

 もちろんですが、お金がないので寮に入ろうと思っておりました。

すぐに夜のお店の門をたたき、寮暮らしを始めました。

 僕はホストクラブに面接に行き、ホストは向いていないと思ったので、店舗運営スタッフ及び事務員として勤務する事になりました。

 ただ店舗運営スタッフや事務員専用の寮はないということで、ホストの方々と暮らす事になりました。

 僕を含めて男4人での暮らしが始まりました。

 挨拶から始まり、色々とバカ話やら世間話を始めました。

すぐに仲良くなり、連絡先を交換。

 家事やらゴミ捨て、トイレ掃除、部屋の掃除等の分担を決めました。

 シャワーの順番等を決めたのも、懐かしく思えます。

(笑)

 仕事が始まる時は皆一緒に出勤して、仕事が終わってからは各自帰宅するという感じでした。

 弁当のおかずやらサラダ等を分け合って食べたりした事が懐かしいです・・・そして、恒例の枕投げ等をしてはしゃいだりしておりました。

 この時の心情としては、「若い時しかこんな暮らしはできない!これが俺の青春なんだな」と思いましたし、今ではとても懐かしく思える事ばかりです。

 正しく僕にとっては、青春であり毎日が修学旅行のような感覚でした。

 後悔していることは、これといってないのですが、もう少し待遇の良いお店に行けば、個人部屋という寮もあるらしいという事を他店のホストさんから聞いた事があります。

 よってもう少しお店を選ぶべきだったかな?とも思います。

 最後になりますがアドバイスとしては、寮暮らしを僕のように楽しめる人ならばいいのですが、見知らぬ人との共同生活はストレスを感じたり、警戒心を抱く人もかなり多いと思います。

 僕もやはりストレスを感じたり、警戒したり等は多少はありました。

 その辺も踏まえて、住み込みやら寮暮らしをするか、でなければ時間やお金に余裕があるならば、寮や住み込みをするにも個人部屋を用意してくれる企業やらお店を探すべきだと思います。

 因みにおまけ情報として、住み込みや寮暮らしになると払うお金としては家賃だけで、公共料金は0円という場合もあるのでこの辺も考慮した方が良いと思います。

25歳女 念願の分野に就職できずブラック企業の寮で1年半生活

東北地方在住の現在25歳の女性です。

高校卒業後は専門学校に進学したのと同時に一人暮らしをしています。

専門学校では学校の寮というか、学校と提携している学生マンションに住んでいたのですが、卒業と同時に学生マンションは出て行かないといけませんでした。

そのため、専門学校を卒業した後に住む場所を決めておかないとならないのですが、卒業1ヶ月前になっても就職先は決まらずに困り果てていた時に、寮のある会社の求人を見つけました。

その会社は工場でしたが、当時住んでいた市街地の学生マンションから3キロほど離れた場所でしたので、引っ越すといっても市内なのでそこまで離れてしまうこともありませんでした。

専門学校で学んだ分野を生かせる仕事がしたかったのが本音ですが、卒業が近かったので範囲を広げて仕事を探すことを決めたら、あっさりと仕事が決まりました。

専門学校を卒業したのは20歳の3月で、工場に入社したのは20歳の4月です。

役所の手続きや引越しなど大変なことも多かったのですが、4月からの進路が決定したことでとりあえず一安心しながら卒業できました。

しかし、重労働や残業の多さなどで精神的にも身体的にも体調を崩してしまって、22歳になろうとしていた頃に退職しましたが、退職後1ヶ月以内に寮を出ていかないとならないのは大変でしたし、退去時のハウスクリーニングの範囲で揉めてしまって法テラスを挟まないとならなかったのは大変でした。

泣き寝入りして大人しく払えばそこまでおおごとにならなかったのかもしれませんが、どう考えても老朽化で劣化した場所まで弁償を迫られて納得いかなかったので私としては時間がかかっても法テラスの弁護士を挟んでの相談はとてもためになりました。

寮に住んでいた頃は特に不満はありませんでしたが、退去が大変だったのでもう寮には住みたくないというのが本音です。

全ての会社の寮が悪いとは言いませんが、会社を辞めて寮を出るときのことがいまだにトラウマになっています。

皆さんにアドバイスをするならば、焦って就職することはお勧めできません。

焦っている学生を狙ったブラック企業に引っかかってしまうと心身ともにボロボロになってしまうからです。

散々な寮 40歳 男性 遊園地でのバイト

40歳の中年です。

昔の体験で恐縮ですが、お話したいと思います。

群馬県に住んでいた頃、丁度郵便ポストかなんかに入っていたと記憶していますが、ゴールデンウィークを中心にアルバイトの募集があり、温泉好きな事もあり、嬬恋村にある遊園地のアルバイトをする事になりました。

当時派遣社員だったこともあり、会社がゴールデンウィークに入ると仕事がなくなり、収入も減ってしまいます。

そこで丁度いいという事で、更に温泉もあるので応募しました。

仕事はすぐ採用されました。

初日に早速手続きを済ませます。

希望職種と寮の部屋割りなど、食事のとり方などを指導されます。

実はこのグループ。

ホテルの会社で、食事もそこまで歩かなければなりません。

寮費もタダなのですが、布団には虫が湧いていてとんでもない環境で、しかも4人のたこ部屋。

テレビはほとんど写らないし、コンビニもないのでホテルの売店が唯一のお店。

一体どういう所だと初日に嫌気がさしました。

部屋で一緒になった人とはすぐ仲良くなりました。

ここが一番よかったんではないでしょうか。

ポジションは全く違いますが、なんとなく気が合いました。

短い間ですから、仲良くしようという思考はもっとも一緒だと思います。

重要なのが、先に入っている先輩アルバイトです。

その人は数日で帰りましたが、何と言っても情報収集が必要です。

一体どんなことをやらされるのか?聞いている限りろくでもないと思いました。

えらい所にきたなとおもいつつ、アルバイトは順調に一週間やり遂げました。

一番良かった点はやはり温泉です。

ホテルの温泉なので、内容もしっかりしていました。

寮にいるとやる事がないので、休みの日に温泉に行く事にしました。

他の人は遊園地で無料で利用できるという事で、若い人は行っていたみたいですが、休みの日に職場を訪れたくないですね。

やはり温泉が一番です。

報酬は全部で45,000円程度だったと思います。

寮費や食費がタダなのはいいんですが、環境が最悪だったのでもう少し調べてから引き受けるべきでした

40代男 12年前の地獄の自動車工場寮生活

12,3年前にある自動車工場の期間工として働いた時にそこの自動車会社の寮生活を経験したことがあります。

その自動車工場で働こうと思った動機としては単純に稼ぎたかったということで契約社員として働きだしました。

会社の場所が自宅から遠いところだったので、会社の寮で寝泊まりさせていただき車で通勤するという経験をしたことがあります。

そこの寮生活での感想を一言で言うと辛かったです。

もうああいう生活はしたくないという感想です。

その時は、まだ若かったのと稼ぎたかったという思いから我慢できたのだと思います。

夏場から入寮して冬も過ごしたわけなのですが、夏は暑く、冬は寒かったです。

特に冬の寒さは非常につらかったです。

各部屋にオイルヒーターが設置されていたのですが全然暖かくなくいつも毛布にくるまっていました。

入寮されていた方はみなさん同じだったようで、個人で電気ヒーターを隠れて購入し使用していた方もいました。

お風呂場も非常に寒く、脱衣所、浴室等も寒くてお風呂の湯に浸かってないととてもじゃないけど我慢できない状態でした。

湯で温まったらその勢いで体を洗うのですが、洗い終わったころにはもう体が冷えていてすぐに湯に浸かりたいと思う環境でした。

なので混んでいるときには湯船のなかに人がいっぱいいて入れないという時もありました。

寮での生活で一つだけ良かったのは朝、夕と食事が用意され食べられるという事だったのですが、食事の時間が決まっており時間が過ぎてしまうと食べれなくなって残業とかすると食事の時間は過ぎてしまうので、そういう時はコンビニの弁当やカップラーメンなどを食べていました。

そういう事だったので洗面所のところがゴミをすてる場所になっていたのですが、カップ麺の食べ残りの?だっりが散乱しており非常に洗面所は不衛生でした。

寮を清掃してくださる方も専門にいたのですが、人が多いので夜には凄くゴミ置き場が荒れていたのを覚えています。

次の日まで清掃の方が来てくださるまで不衛生なままでした。

そして各部屋までの廊下は昼でも薄暗く不気味な感じさえしました。

部屋の壁も非常に薄くベニヤ板で仕切ったのか?と思うほど隣の部屋の些細な音も聞こえるぐらい壁は薄かったです。

そのような環境でしたので寮で生活している人が精神的に荒れてくるという気持ちも十分に理解できました。

寝泊まりできる場所なのにくつろげないのです。

そこに入寮されている方たちは遠方から色々な理由で稼ぎに来ているので我慢して寮生活をし仕事に通うという事をみんながされていました。

今となっては昔の思い出となっていますが、もう二度とああいう生活はしたくないです。

36歳 女 短期間の神社バイト

色々なバイトを転々としていた時の話です。

ごく短期間のアルバイトですが、お正月の神社の巫女のバイトをしたことがあります。

その神社は山の中にありましたので、お正月の期間は神社に泊まらせてもらいました。

他にもバイトできている子たちがいてわいわい楽しくご奉仕(神社では働くという表現は使わずにこう言います)することができました!!

普段は入ることのないばしょで、みんなでお布団を敷いて合宿みたいな感じで眠りました。

眠ったと言っても、大晦日は一番神社が忙しいときです。

交代で仮眠をとって夜中もご奉仕をさせていただきました。

あまり体験することのない体験をさせてもらったなーと思います。

真冬ですので、ものすごく寒かったのを覚えています…。

表に出ているときはものすごく寒いです。

水道も…洗面所の寒さはなかなか答えました。

その分、休憩時間に氏子さん達が用意してくださった温かい汁物とおにぎりがすごく身にしみて幸せな気持ちになりました。

お正月だけのバイトですので、その時限りでしたが、神社のなかもいろいろみることができて良かったです。

ただ、とまりこまなければならないということは、ものすごくものすごく忙しいということです!!!

短期間のバイトではありましたが、疲労度はすごかったです。

お布団に入ったらばたんキューという具合でした。

「体力勝負」そんな言葉がぴったりのお仕事であったと思います。

神社にあんなにたくさんお布団があるのも今考えると不思議ですね…。

毎年の巫女のバイト用のお布団なのでしょうか??
ざっと今思い出しても10人強はバイトがいたと思うのですが…。

すごくフカフカにしてあって有難かったです。

氏子さんの作ってくれるご飯のほかはお弁当みたいな感じでした。

お正月なので、おめでたい雰囲気の中でお仕事できたのがすごくよかったです^^

一緒にご奉仕していた子たちとはバイト代はどう使うか?で盛り上がりました。

時給としてはものすごく高いわけではないのですけどね。

49歳女若かりし気の頃の自分

現在49歳、介護士として働く事12年、高校生の息子1人を持つシングルマザーです。

私が20代後半に入った時に、仕事は楽しかったのですが、家に帰るのが嫌で、友達や職場の人の家を転々としていまいましたが、さすがにいつまでも迷惑かけられないと思い、仕事帰りにスナックでバイトを始めました。

時間は潰せて給料も貰えるから数ヶ月は良かったのですが、毎日睡眠時間4時間、本業は車の運転とかなりの肉体労働で身体が悲鳴を上げている事に気づきました。

その時にスナックではなく、クラブやキャバクラ等の指名バックがあるお店にいけばそれなりのお給料が貰えると思ったのです。

でも本業続けながら、繁華街でキャバ嬢していたら、職場の人や親戚や知人に会うかもしれないし、私の家は繁華街から車で約1時間半、考えると中々行動に移せませんでした。

お店が暇な時に、ママや女の子とお喋りをしてお客さんを待つという日が何日かあり、これでお給料を貰うのは申し訳なくなったのと、座っていると強い睡魔が襲ってきて、でも居眠りはできないと思うと体が震え始めもう限界だと思いお店を辞めました。

でも家には帰りたくない、今の自分も嫌で、まだ20代、独身、自由はあると考えた結果が県外で水商売をする事でした。

寮付きのお店って結構あるんですよね。

とりあえず、誰もこないであろう、名古屋に決めて、家電製品一式揃ってる寮があるお店を見つけ、バイトで貯めたお金を親に少し渡し、私は名古屋へ旅立ちました。

採用が決まったお店は名古屋の繁華街で寮はお店まで歩いて10分程度との事。

寮費は全て込みの毎日3000円でお給料から引くとの事。

ここなら交通費も掛からないし、衣装もある、節約すれば地元に帰る頃には沢山お金持って笑って帰ると心に誓いました。

連れて行かれたのは9階建マンション。

大通りに面した賑やかな場所にありました。

部屋を案内されたのですが、電化製品というのは小さな冷蔵庫と14インチのテレビと洗濯機、ガスコンロだけでした。

正直がっかりしたのと、これが現実だろうなと思いました。

初めてのユニットバス。

床をできるだけ濡らさないようにカーテンを閉めるも何とも言えない圧迫感と孤独感。

2日目からカーテンを閉めるのを辞めました。

そのお店で四国からきたばっかりの女の子と仲良くなり、その子も寮に入ってるとの事。

私は部屋を出るときは当たり前ですが電気は消していました。

ですが、その子は全部込みの寮費だからと電気は付け放し、水は使いたい放題よと言うのです。

言われたら確かに。

真っ暗な部屋にビクビクしながら入っていたので、次の日から私も実行しました。

1日3000円の1ヶ月で約90000円、部屋の作りは良くないけど、水道光熱費込みで場所も考えると妥当なか寮費かなと思いました。

半月位たった頃、元々置いてあったゴミ箱に小さな女の子と若いママが移ったプリクラが張ってある事に気付きました。

この親子はこの部屋でどんな思いで生活をしていたんだろうと、切なくなった事を覚えています。

カーテンも無く、ただ寝るだけの生活感の無い部屋。

孤独感しかありませんでした。

お店が休みの日も3000円引かれていると思うともったいないなと思い始めたのと常にお店に監視されている様な気がして1ヶ月位で寮を出て自分でアパーtを借りました。

かなり無謀な挑戦的な生活も今となれば良い思い出です。

今時の水商売の寮がどんな物かは分かりませんが、せめてラブホ位の家電製品は揃っていて欲しいものです。

18歳女性、高校卒業後にアパート寮がある会社に就職しました

私は商業高校に行きましたので、高校卒業後は大学に進学するのではなく、就職しようと思っていました。

そして高校には就職をサポートしてくれる先生が居たり、多くの求人情報が届いていましたので、その中から先生や両親に相談しながら、いくつかの会社の試験を受けました。

そして受かることが出来たのは名古屋にある大きな会社でした。

その会社の隣の敷地には会社の寮がありましたので、そこに住みながら働きました。

寮と言っても、実際には3LDKのアパートで、同じ部屋に3人の同じ会社の先輩たちと一緒に暮らしました。

一番下っ端の私と一つ上の先輩は同じ部屋を共有して荷物を置いたり、布団を横に敷いて寝なければなりませんでした。

先輩たちはみなさん優しい方ばかりだったのですが、会社の先輩ですからとても気を使いました。

でも会社のことや恋愛のことなど、色んなことを教えて貰って、とても役に立って良かったです。

そして同期の同僚たちとは毎日のように誰かの部屋に集まって、お菓子を食べたり、好きな音楽を聴きながら、色んな話をして楽しい時間を一緒に過ごすことが出来たお陰で、初めて親元を離れての暮らしでしたが、寂しい思いをすることはありませんでした。

仕事の合間のランチタイムにも、そのアパート寮に戻って先輩たちと一緒に軽いランチを作って食べましたし、夕食もみんなで一緒にご飯を作って食べていましたので、金銭的にも助かりました。

そんな住み心地の良い会社の寮に住むことが出来ていたお陰で、初めての仕事(事務)も頑張ることが出来ました。

またその仕事の上司や同僚の皆さんも優しい人が多くて、少しずつ仕事に慣れて行くことが出来て良かったです。

その会社と寮はちょっと田舎にありましたので、気楽に買い物に行くのは出来ませんでしたが、週末には同僚や先輩で車を持っている人に近くの駅まで乗せて貰って、電車で街へ買い物に行っていました。

初めての都会での生活は何をしても興味津々で、楽しく過ごすことが出来ました。

会社にアパート寮があったお陰で、同僚や先輩方とすぐに仲良くなれたので、寂しい思いをしなくて済んで、仕事も頑張ることが出来て、本当に良かったと思っています。

20歳の男子学生が伊豆のリゾートバイトをしに学生時代のひと夏を過ご

はじめまして、私千葉県在住の40歳ですこちらの体験談はかれこれ20年前の話です。

当時住んでいた東京の同級生からの誘いでした。

夏のリゾートバイトをやってみないかと言われ、静岡県南部にある伊豆地方に夏休みを利用して住み込みのバイトに行きました。

当時、学生の頃で夏休みを利用して東京の喧騒から離れ海の近くで仕事をしてみたいと思い、友人の誘いに乗っかってみました。

その仕事は私の友人の大学の同級生が先に住み込みのバイトを始めていると言う情報でした。

そして7月に入り私たちはリゾートバイト先に向かいました。

場所は下田エリアの白浜ビーチの近くでした。

伊豆の下田は私は初めて行くところでした。

海がとても綺麗で山もあり、夏のシーズンには海水浴客などで賑わっていました。

そして紹介先の住み込み寮に向かいました。

当時20代前半としたスタッフが男女7、8人ぐらいだと思います。

みんなそれぞれ関東近県からこのリゾートバイトをしに来ていたようでした。

ここの住み込み寮とリゾートバイトを運営する当時30歳位の男性に、これから私たちが住む部屋と仕事先などを説明してもらいました。

翌日から仕事をスタートしました。

内容は寮に隣接する宿泊客のガイドや、ビーチでの飲料販売、パラソル館などでした、白浜のビーチは連日、人で溢れかえっておりとても賑わっていました。

ただ環境的に不満だったのは、与えられた部屋の狭さとプライバシーのない環境でした。

ビーチサイドでのリゾートバイトなので仕方ない部分はあったと思います。

当時夏休みではありましたが、連日のお客さん、スタッフの賑わいなどが続き、勉強ができないのと部屋に冷房のついてない劣悪な環境に耐えられなかったの覚えています。

初めての経験だったので、東京を離れ遠方まで、夏の期間を犠牲にして伊豆まで来たことを少し後悔しつつも、20歳頃だった私は、これが最初で最後の夏のリゾートバイトだと割り切って仕事をしていました。

夏のシーズンは日本の様々なビーチサイドで、このようなリゾートバイトがたくさんあると思いますが、場所によっては当たり外れのある仕事だと思います。

これはあくまで私の主観ですが、若い頃にしかできない仕事だと思いますし、いろんな人との出会いもあって、その人にとっては貴重な体験だと思います。

55歳 男性 皿洗い、外国人のお客様へ英語で案内

私は、フィリピンに移住して間もなく丸6年経ちます。

こちらでは当時仕事をしていませんでした。

豚を飼ってました。

ただ、そんなに儲かるものではないので半年間出稼ぎに日本へ行ったのです。

フィリピンの田舎には日本人の仕事はありません。

まず、日本へ行っても住むところがないので「寮あり」「社宅あり」を探しました。

その時に初めてリゾートバイトなるものを知りました。

せっかくフィリピンに来たのに日本に帰って仕事なんて・・・。

でも背に腹は変えられません。

妻に行ってこいとも言えません。

私の人生の大きな経験がまた増えるなと思いながら飛行機に乗ったのを覚えてます。

場所は長野県のリゾートホテル。

裏方の仕事という以外は何も決まってませんでした。

布団の上げ下げなのか、皿洗いなのか、ゴミ出しとかなのか全く見当がつきませんでした。

50歳を超えていたので辛いだろうなとは思いました。

駅からの送迎バスで、お客様と一緒に乗りホテルへ。

配属されたのは下膳の部署。

皿洗いなどです。

制服を試着し渡され、同じ敷地内徒歩3分の場所の寮へ行きました。

3階建ての3階、約6畳のベッドの部屋。

まあまあ奇麗な部屋です。

近くて良かったのが本音です。

勤務時間は、当然ですがお客様の料理の内容や人数によって変わります。

基本は朝7時から11時。

夕方6時から10時でした。

7割位はこのシフトからは外れませんでした。

食事は1日2食、事前に申し込んで(確か前日に翌日分を記入する)1食200円の食券を買います。

食器は渡されました。

自分が辞めるまでは自分専用の食器です。

おぼんも食器も自分で洗って管理します。

バイキング形式のホテルです。

どうしても大目にお料理を出しますので余ってしまします。

それを私たちが頂くのです。

おいしいです。

ある日、ホテル内の通路で外国の方から英語で話しかけられました。

館内を迷ったようで、玄関はどちらかとの質問でしたので一緒に玄関までご案内しました。

それを事務方の上司が見ていて、外人のお客様が多い時には案内係もすることになりました。

大型車の運転免許も持っていたので、駅までの送迎でマイクロバスを運転する事もありました。

ホテルは幅広い年代の方が働いています。

大勢でお風呂に入るのは嫌な方。

昼間の休憩時間にすることを見つけれない方。

には厳しく感じるかもしれません。

私はとても快適でした。

36歳 男 好待遇アルバイト

私がまだ、18歳の時の旅館のアルバイトをしていた時の体験談になります。

自宅の部屋でクーラーをつけ、冷たいジュースを飲みながら8月の暑い夏に抵抗しながら優雅にゲームを楽しむ学生としての最後の夏休みを満喫している中、家の主人である父親は、この暑さの中、仕事に行って帰って来る頃は、見た目は仕事に行く時と変わらないが、どこか疲れた顔をしながら、今日の疲れを洗い流すために、風呂場に直行。

流石に自分も冷え冷えした部屋で満喫しているのもどこか申し訳なく、家の手伝いをする。

同時に、夏休みもあと半分、だいぶ飽き飽きした私は、久しぶりに友達に電話をする。

その友達は、アルバイトをしていて、タイミングよく休憩の最中でした。

忙しそうな声で私に対応する友達の横で、責任者だろうか、(金を稼ぎにここでバイトしてよ!って頼んで!人いなくて困ってるんだ!)その小さな声が伝わったおかげで、私の心の中で夏の半分はバイトをして稼ごうという気持ちになり、翌日電車に乗り、山奥の旅館に到着。

この旅館で7日の住み込みバイトが始まる。

教育係の人に、7日間お世話になる部屋を紹介してもらったが、なんと10畳くらいで畳の和室、普通にお客さんが泊まれるくらいの立派な部屋を紹介してくれた。

早速、仕事に取り掛かり、食後の片付け、皿洗い、部屋の掃除と大忙しで、毎回終わりが21時くらいで、部屋でのんびりくつろいでいた私にとっては、大変厳しい仕事でしたが、その代わり、先ほどの部屋にまかないとして出された本格的な旅館の料理が絶品でした。

はっきり言って賄いではなく、高級料理でした。

ただ、部屋が広すぎだので、寝る時は友達の部屋で一緒に寝ました。

始まりが6時からのスタートになります。

相変わらずの大忙しでしたが、7日間バイトに来たつもりが、本格的な旅館で泊まれた感も強く、疲れることなく、バイト代40000万円を握りしめて家に帰りました。

最初はこんな暑い日にアルバイトなんてと思っていましたが、思わぬ好待遇の7日間の住み込みの部屋と料理、又、山奥の夏の夜は大変涼しかったので、虫の鳴き声を聞きながら、楽しくはなかったが、こんなアルバイトもあるもんなんだなぁと思いながら社会人としての第一歩を踏み出しました。

あとあと、社会人1ヶ月後、あのバイトを思い出し、また行きたいなぁと思ったのが、すごく印象的でした。

22歳男、新卒で就職した会社の独身寮入居が会社の規則でした

現在50歳の会社員、男性です。

今回は、「住み込みや寮住まいの仕事の体験談」について報告します。

その経験をしたのは、私が大学を卒業後?に就職した実家の隣町にあるH製作所の子会社だったK電機に
就職したのがきっかけです。

(ちなみにK電機は、現在、親会社だったH製作所が株を売って、
ドイツの会社に買収されて、社名も外国名のMEDJと言う完全な外資系会社に変更しています。


そもそも私がK電機に就職した理由は、私がUターン希望を大学で所属していた研究室の教授に相談し、
その教授の紹介で就職しました。

(そのお世話になった教授も既に亡くなられました。


当時のK電機は、入社後、最低2年間は、会社の同僚や先輩たちとの親交を深めることを目的として、
独身寮への入居が原則的な規則となっていました。

私も実家からK電機までは30kmあり、電車にせよ
自家用車にせよ、通勤するのは片道で約1時間かかり、会社の寮に入れば、数分で通勤出来て好都合でしたので、喜んでその独身寮に入りました。

その後、結婚するまでの約5年間を独身寮で過ごしました。

K電機は昭和6年に、当時の大日本帝国が、海外に頼っていた零戦などの戦闘機の電装品(マグネトや
イグニッション等)を、国内で生産する事を目的に設立された約1000人弱の社員がいた古い体質の電装品メーカーでした。

入社当時は、工場や独身寮や家族の方々の社宅や社員の駐車場の他に、グランドや体育館やプールなどもあって、現在の3倍以上の敷地があり、会社の行事も春のお花見や歩け歩け(ウォークラリー)、ハイキング、夏の盆踊り大会、ソフトボールやバスケットボール、バレーなどのスポーツ大会、労働組合の青年部として近隣工場との交流なども盛んで、とってもイベントの多い昭和の雰囲気が漂う昔ながらの人情味がある会社でした。

そんな会社の独身寮で、20代の若かりし日々を親会社だったH製作所の技術研修を受けながら、日々、
技術研鑽できたので、今では、競合他社ですが、同じ職種で実家の直ぐ近くのT芝系外資企業に上手く
転職することも出来ました。

K電機の独身寮の生活は、20代の私の青春の全てでした。

いつも同僚4人
で、食事も大浴場もボーリングや飲み会も、何でも仲間はいつも一緒で、本当に楽しかった。

喧嘩もしたけど、直ぐに仲直りしたし、忘れられない日々です。

ただ、その後、リストラが来るのを察し、先に私は転職してしまったので、せっかく仲の良かった仲間達との別れは、残念で悲しかったです。

その独身寮はもう壊して、土地も売って、今では建売住宅になっています。

エピソードとしては、入居後3年目ぐらいの時、寮の中で盗難が多発したことがあり、その際に、最終的に警察が入り捜査した結果、実は寮長さんが犯人だったと言う珍事がありました。

笑えないけど笑える実話でした。

確かに寮長は目つきが怪しかったです。

悪事は人相に出ますね。

会社の独身寮に居た頃は、ただただ毎日、一生懸命に生きていて、苦しいことも多かったけど、最終的には、会社の皆んな仲良く、楽しかったことの方が多かったと記憶しています。

実は、私は酒癖が悪く、同じような酒癖の悪い同僚と、何度か殴り合いの喧嘩をして、周りの人々に迷惑をかけたことを後悔しています。

今では無理だけど、本当に、あの頃は若くて元気だったのだと思います。

でも、周りも、慣れていた幹事はあり、私も喧嘩した同僚も、それに甘えていた感は否めない。

寮生活は、最初は少し心配でしたが、生活してみれば、みんな同じ会社の仲間であり、慣れればとても
過ごしやすく、色々なことがありましたが、なかなか経験できない共同体のメンバーとの共同生活は、
今となっては良い経験になったと思っています。

皆さんも、そんな人生の転機となるチャンスがあれば、
あまりくよくよ心配せず、前へ進んで行けばよいと思います。

為せば成る、皆さんの幸運を祈ります。

30歳、男性、機械系の部品工場の寮生活をする

初めまして、私は現在、システムエンジニアの仕事をしています。

過去にですが住み込みで働くお仕事を経験しておりその経験談を語ります。

まず、そのお仕事ですが、今のシステムエンジニアのお仕事とは無関係のお仕事で、パソコンの内部の基盤を作るお仕事を住み込みでしていたことがあります。

そのお仕事に就いた理由ですが、単純にお給料が良く、住む場所として寮が提供されるということで働いたというわけです。

心情としては、仕事を始めた当初はまだ、このくらいの仕事量であればこなせるなあという風な感じでした。

ただ、慣れてきますと、パソコンの内部基盤の多くを取り付ける作業を任されるようになり仕事量が増えました。

でも、その仕事量を考慮してもお給料が良かったのでそのまま3年ほど続けていました。

ですが、3年を過ぎたあたりから段々と視力が低下しましてもはや仕事を続けることが不可能となり、仕事を辞めたということです。

後悔していることとしては、視力がだんだんと悪くなるということ自体認識しておらず、仕事をしていましたので健康管理そのものが難しい職場だったという認識がなかったことです。

その為、自分の体の不具合に気が付くのが遅れたということです。

また、寮で生活をしているんですが、よくよく考えてみれば寮で過ごす時間よりも会社で基盤を作っている時間のほうが長いので寮生活していた意味はなかったです。

ただ単に寝る場所を確保しただけみたいな感じです。

見ている人にアドバイスを送るとなると、何か機械系の部品を作成するお仕事は拘束時間が結構長いので実質寮に住むのが無料であっても意味がないです。

疲れて寝てしまうので電気代とかガス代みたいなものもあまり発生しないので寮が付属していて住む場所があるといっても自分にプラスになるとは限らないのです。

ですので、無料で寮に住み込みで働けますという条件であっても実質、寮で自宅のように過ごせるという意味ではなく、仕事から帰って寝る場所である程度に考えておくようにした方が良いでしょう。

23歳男 ファミレス勤務で男3人の共同生活を体験

以前、勤務していた会社での話です。

大学卒業と同時に私はファミリーレストランチェーンの会社に入社しました。

その会社は全国にファミリーレストランを展開しており、30歳までの社員は独身寮に住んで、そこから勤務をしていました。

独身寮とはいえ、民間のアパートを会社が借り上げ、そこに住むというスタイルでした。

私が入社した頃は、ちょうど家族用のアパートに複数で住む方式から単身者用アパートに切り替わっていた最中でしたが、私は2人の先輩社員と3LDKのアパートに住むことになりました。

初めての1人暮らしが3人暮らしということで、共同生活に不安がありましたが、思いの外楽しかったです。

仕事柄、長時間労働だったので、先輩たちも家にいることがほとんどなく、休みもバラバラだったので、家にいる時は、ほとんど1人でした。

たまに休みが一緒になると、ご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりしたので、ホームシックとは無縁の生活を送ることができました。

私は同居人に恵まれたせいか、私の初めての寮生活は、とにかく楽しかった思い出しかありません。

暇な時は遊んでもらいましたし、悩みがあれば、相談できました。

どこに行ってもほとんど奢ってもらっていましたので、とても助かりました。

勤務先での恋愛が、仕事に影響するので二の足を踏んでいた私に、先輩たちのお店の女の子を紹介してもらい、彼女も早々にできました。

3人での生活だったので、週替わりで掃除当番を決めていましたが、職業柄、全員掃除のプロなので、男所帯とは思えないほど、キレイでした。

そもそも他の人に迷惑をかけないようきれいに使う意識が高いので、それほど汚れておらず、掃除自体も簡単かつ楽チンでした。

何より心強かったのは、病気になった時でした。

仕事的には肉体労働で体が鍛えられて、あまり病気をしなかったのですが
、インフルエンザなどたまに罹っていました。

そういった時は、ご飯を差し入れしてもらったり、病院に連れて行ってもらったりと、本当に助かりました。

楽しい共同生活も3年目を迎える頃に、単身者アパートへの移動となり、終了しました。

1人でアパート暮らしを始めてしばらくは、あまりに寂しく、よく先輩のアパートに遊びに行っていました。

先輩も寂しかったらしく、快く迎えてくれました。

たった2年だけの共同生活でしたが、私にはとても良い思い出となりました。

会社を変わった今でも、2人の先輩とは良い関係を保っています。

30歳女 温泉宿でリゾートバイト

私は現在三十代の女性です。

10年ほど前に学校の友人の紹介で、夏休み限定の1ヶ月間リゾートバイトを紹介してもらいました。

そこは古くからある温泉街で人里離れた自然豊かで情緒溢れる雰囲気が人気を呼んでいる場所でした。

夏休みということで暑い中働かなければならないのかなと思っていましたが、行ってみてびっくり!自然の中は都会とは比べ物にならないほど涼しくて爽やかでとても気持ちよかったのです。

宿に着いて1日目はそこで一年ほど働いている先輩にいろいろなところに連れて行ってもらったり、部屋の案内をしたり、簡単な清掃や作業の補助など覚えることを一通り説明してもらいました。

結構たくさんのことを覚えなければならなかったので大変だなあと思ってメモを取っていました。

夕食はそこで働いている人たちで同じ机を囲んで家族のような感じでいただきました。

みんな本当に優しくて緊張している私にも沢山話しかけてくれ、嬉しかったのを覚えています。

来てくれたお祝いだと言って、明日も仕事があるのにみなさんビールを飲みまくっていました。

温泉宿ならではのお風呂もいただいて、長旅で疲れていたのでその日はぐっすり眠ることが出来ました。

次の日からも先輩たちに混ざって少しずつ仕事を覚えて行きました。

そのうち1人で担当の宿泊客を任されるようになり、お布団や御膳の上げ下げから観光案内、お会計の引き継ぎなどの業務も行いました。

お客さんからよく働いてくれるからとこっそりチップをいただくこともあり、その額にびっくりしてつい先輩に相談してしまったこともありました。

先輩は大笑いして「そんなもんだよ!もらっときな!」と言ってくれました。

一日中お宿にいて娯楽といえば夜のお酒くらいしかなかったのでお金を使うこともほとんどなく、1ヶ月働いてお給料をいただきましたがそれも予想以上の額でした。

地元に帰る日にはみんな泣いて見送ってくれました。

今私は結婚して子供もいて時間とお金に余裕がありませんが、いつか近い将来家族で訪れたいと思っています。

37歳 女性 会社の寮暮らしは続きませんでした

現在30代専業主婦です。

大学卒業後にある会社に勤めましたが、その時の福利厚生に単身寮がありました。

勤務地から実家はそう遠くありませんでしたが、寮費がとても安かったこと、早く親元から自立したかったこともあり、入寮を決めました。

男子寮はいかにも寮、といった風呂共同、食事は食堂で、部屋には最低限のベッド・机・クローゼットのみというスペックでしたが、女子寮は本当にただのアパートで外から見ればそれが寮だとは気づかないような建物でした。

きちんとエントランスにはオートロックもついており、トイレ・風呂・ミニキッチンも各部屋にあって、厳しい規則なようなものもなく、一人暮らしとほとんど変わらない暮らしができるようになっていました。

ただやはりそこはあくまで寮なので、建物には同じ会社の女性ばかりが暮らしています。

中には噂話が好きな人も結構な割合でいて、「誰それは昨日は何時頃まで帰ってこなかった」と翌日の会社で話題にされたり、「誰それの部屋からこんな物音が」とか「こんなごみを出していた」だとかとにかく際限なく話のネタにされることには閉口しました。

粗大ごみでも出そうものなら「もったいない」とか「私の友人の誰それが欲しがっていたのだから先に声をかけてくれればよかった」だとか余計なことばかり言われます。

人間というのはこんなにも他人のことに興味があるのかと驚き、そしてうんざりしました。

寮費は本当に安く、貯金するためと割り切って暮らし続けてもよかったのですが、結局半年ほどで退寮しました。

その退寮についても根も葉もないことをあれこれ言われたのは言うまでもありません。

男性寮の話を聞くと、みんなで大きな風呂に入るのが楽しいだとか、朝起こしてもらえるから遅刻の心配がなくていいだとか、夜同期の部屋に遊びにいってあーだこーだとかとても楽しそうな様子でうらやましかったです。

きっと社宅というところにも同じような悩みを持つ人もいるのだろうと思い、結婚する際は相手に「勤めている会社に社宅はあるのか。

できればこの先いかなる事情があろうとも社宅には入りたくない」という旨を伝えました。

友人にも寮や社宅に入っている人がいますが、みな口をそろえて「お金のため。

それ以外にいいことは一つもない」と言っています。

48歳女 学生時代の旅館住み込みアルバイト

現在は40代の主婦です。

これは私が大学生の時に、旅館に住み込みでアルバイトに行った体験談です。

夏休みの期間のみ、住み込みでの旅館の仕事の募集がありました。

当時、私は家が厳しかったこともあり、夏休みの間だけでも家を出たいと願っていました。

またちょうどその期間だけ思いっきり働いてまとまったお金を稼ぎたいとも思っていました。

思い立ったが吉日、旅館に申し込みの電話をしたら、すぐに来て欲しいとのことでした。

すぐにと言っても、自宅からは半日以上はかかる距離がありました。

日本海に面した田舎の旅館なのです。

それでも、ボストンバッグに衣類や必需品をまとめ、母親に旅館に住み込みバイトに行くことを告げて出発しました。

大きな最寄り駅までは良かったのですが、そこからが大変でした。

2両編成いや1両だったかもしれません。

ローカル列車は2時間待たないとやってこないのです。

やっとのことで、旅館にたどり着いたら、とても快く受け入れてくださり、歓迎されました。

何故かと言うと、女子トイレも清掃できる女子のバイトが私だけだったからです。

他は男子大学生と男子高校生でした。

バイト仲間の男の子たちは、こんな辺鄙なところに女子がなぜバイトに来たのか不思議がっていました。

それもそのはず、男の子たちは安い日給だったのです。

女子のバイトになかなか応募がなく、日給を大幅にアップしたところに私が応募してきたという訳です。

私の日給が高いことは他のバイトには内緒にしてくれとオーナーに念押しされました。

旅館の仕事は毎日が楽しかったです。

朝は大広間にお客さんの朝食を準備し、後片付け。

布団やシーツの片付けのほか部屋掃除。

昼間は休憩時間が多く、夜は部屋食なので食事を配膳したり、下げたり、布団を敷いたりと言った感じです。

豪華な活け造りは見ているだけで楽しめました。

オーナーの一家も良い方たちでバイトを可愛がってくれました。

お客さんとの会話も楽しくたくさんの思い出ができました。

ひとつ、注意して欲しいことがあります。

住む場所です。

私に与えられた住処は旅館から少し離れた一軒家でした。

ある時、田舎の不良集団に押しかけられとても怖い思いをしました。

その時、たまたまバイト仲間がいたので対応して追い払ってもらえました。

それ以来、旅館内の空いている客室に住み込みさせてもらえました。

慣れない場所での住処には安全かどうかくれぐれも注意するようにしてください。

29歳男 ホテルで住込みで宴会の準備や片付けの仕事

私は29歳男、当時はサラリーマンをしていました。

行動したきっかけとなったのは、ある冬の早朝に営業車で遠く離れた営業先に向かう途中で交通事故にあいました。

その時の事故がきっかけで医師にPTSDと診断されました。

休職をとっていて大分回復はしていたのですが、医師からは似たような職種は当分控えるようにと言われました。

休職中ゆっくり考える時間もあり、会社への不満も大きかった事や海外に住んでみたいと思っていた事もあり思い切って退職する事にしました。

そこで色々と調べて留学を手配してくれる会社が、留学費用を稼ぐために住み込みのバイトを紹介してくれて留学後の事も面倒みて頂けるところがあったのでそこにお願いする事にしました。

住み込みで始めたホテルの仕事は裏方で宴会の準備、片付けをするものでした。

今までは営業職や施工管理、学生時代はスタジアムで警備の仕事などをしていたため、初めての事ばかりで戸惑う事ばかりでした。

ただ留学費用が貯まるまでの3ヶ月と期間が決まっていたという事もあり早く仕事を覚えて楽しむ事もできました。

後悔している事は、第1希望の勤務地が決まりそうだったのが直前でダメになって急いで違うところを決めた事でした。

他の勤務地や色々あった職種をみてもよくわからなかったので、ある程度の条件を言って後はお任せで決めました。

その時は全部が初めての事だし期間も短いのだから楽しめるかなと思っていました。

任された仕事は楽しんでこなす事もできていたのですが、他の仕事の様子も観察していると面白そうだなと感じるものも多かったので少し後悔しました。

ただ住込みでバイトをして、今までと全く違う環境で仕事ができたのは良い経験でした。

よく自分を変える一番の方法は環境を変える事だと聞きますが、その通りだと思いました。

仕事を辞めて、住込みでバイトして、留学してと、決断してから次々と自分に変化が起きました。

留学後も当時の勢いでとりあえず行動してなりたいようになるように行動できているのはあの時の経験があったからでした。

24歳男 お金を稼ぐ為期間工に

今から3年前の24歳の時、初めて寮に入って生活をしました。

大学生の頃ギャンブルにはまってしまい、多額の借金を抱えていました。

就職先もブラックで200時間残業、残業代なしの会社で疲弊するだけの毎日。

それではなかなか借金も返済できないので、寮付きの仕事を探し期間工の仕事にたどり着きました。

それまでは工場の仕事を見下していたし、自分に向いていないとは思っていましたが、好条件だったので一念発起して転職しました。

細かい仕事内容は省きますが、自動車のボディーに塗装する係に配属され、体への負担は大きかったけど周りの人に支えられながら続けることができました。

そして肝心の寮ですが、ボロボロで部屋も4畳ほどしかなく大変でした。

寮はいくつかあり、どこに入るかはランダムだったのですが1番のハズレ寮です。

風呂トイレ洗面所全て共同で、汚れている時が多いので、人によってはかなりのストレスになると思います。

隣の部屋の音も、廊下の音も結構聞こえてくるので神経質な人だと寝るのも難しいのではないかと思いました。

一週間交代で日勤と夜勤を繰り返すので、体調を崩しやすくなり鬱っぽくもなりました。

自分は共同生活大丈夫だと思っている人も、思いがけずストレスになっている事もあるので気をつけて下さい。

後悔している事はもっと寮の人たちと話せば良かったという事です。

というのも、奇声をあげる人が多かったので周りとの接触は極力控えていましたが、実際話してみたらみんないい人だったんです。

出身地が一緒とか好きなテレビ番組が一緒など共通する話題もたくさんあり、一人で静かに生活している時よりも楽しく毎日を過ごせました。

その後は寮を強制的に変えられ、ホテルみたいなところに入りました。

風呂トイレも部屋についていて快適だったのですが、部屋から出る必要もなくなり他の人と接触する機会も無くなったのでそれはそれで寂しかったです。

寮付きの仕事を考えている人は、それが個室寮なのかどうかはちゃんと確認しましょう。

やはり自分一人の時間は必要ですから。

それと当たり前ですがお金の貸し借りはしない方がいいです。

貸した月に退寮して連絡が取れない事もざらにあるみたいです(期間工の場合は特に)。

ダラダラと書いてしまいましたが、何かの参考になれば!

28際男 大学時代にペンションで住み込みバイト

私は20代後半男、会社員です。

大学生の頃にスノーボードを極めたかったのと、住み込みのバイトを体験してみたく、真冬にゲレンデ近くのペンションで3週間住み込みのバイトをしました。

ペンションでは、私以外の他に7人の住み込みバイトが来ていて、そのうち5人は私と同じ大学生でした。

若かったのもあり、皆すぐに仲良くなって一緒にスノーボードをしたりするまでになりその点楽しかったです。

仕事の内容は、朝食、昼食、夕食の準備、清掃、ベッドメイキング、雪かきなど様々なことをローテーションで行っていました。

住み込みと言うことで、朝は6時くらいから夜は10時くらいまで働きました。

(昼休憩はあります。

)一番大変なのが雪かきの作業でした。

交代制で2人で行っていましたが、とにかく大きなペンションなのでとても時間がかかるのと重労働で、夕食の準備の際にはくたくたになってしまっていました。

この作業がきつすぎて、7人のうちの女性2人が1週間で帰ってしまいました。

休みも週1日しかもらえないので、スノーボードを極める目的で来た私にとっては地獄でした。

住み込みをして良かった点としては、宿泊施設での住み込みなので、一般の人が泊まる部屋と同じタイプの部屋に寝泊まりできたことです。

勿論、一人部屋で、毎日ホテルに泊まっているような感覚がとても良かったです。

また、温泉もついているので毎日入りたい放題、贅沢でした。

逆にあまり良くなかった点は、食事をあまりとれなかったところです。

基本的にバイトにまわってくるのは、お客様に出した料理の残り物です。

この残り物を7人でわけなければいけないので、いつもお腹が満たされていない感覚でした。

もう1点、夜の外出が制限されていたことです。

個人的には、ナイターのゲレンデに滑りに行ったり、コンビニに行ったりという自由がほしかったので、この制限は結構きつかったです。

振り返ってみると、住み込みの仕事は短期であればいいものかなと思いました。

どうしても普段の生活のように自由に行かない部分が出てくるのでストレスがたまってくるのもあります。

ただ、同じように住み込みで働きに来ている仲間とは仲良くなりやすいので、楽しく過ごせる部分もあると感じています。

52歳男性、出向で親会社関連の工場に飛ばされた

現在、52歳の家庭もちで地元で会社員をしています。

20代の頃、親の勧めで関東からUターンし地元の企業に再就職した時の話です。

当時はやりたい仕事が無く、親の言うままに地元の小さな会社に再就職しました。

主に親会社の設計した通信機器の基板製造と検査を行う会社でした。

僕の配属は、検査部門でした。

研修が終わるとすぐに隣の県の親会社の工場に出向させられました。

『せっかく地元を選んだのに又県外なの?』と思いましたが、仕事の内容は初心者なのでどこでも一緒だと思い、最初は『転職したので頑張るしかない』と思いました。

しかし当時、人見知りをする内気な性格で、寮の集団生活にどうしても慣れませんでした。

寮と言っても3LDKの古い一軒家に4~5人が一緒に生活をする状況でした。

僕は新人なので当然2人一部屋の相部屋でした。

そうなると生活パターが全て先輩に合わせなくてはいけなく、とても苦痛でした。

寝たい時に寝れれない。

眠くなくとも先輩が寝れば寝なきゃいけない。

寝たとしても、気を使ってと言うか気になって眠れず、睡眠不足で仕事にも影響が出る様な状態でした。

何よりも耐えられなかったのが、お風呂です。

古い民家だったのでシャワーが無く、湯船だけでした。

当然新人は一番最後になり、湯船には先輩の体から出た垢が浮いておりとても耐えられませんでした。

ただ、決していじめられていたわけではなく、逆にご飯を誘われたり仕事でもいろいろ面倒見てもらったりしていたので、個人の性格の問題だと思います。

何とか2か月は我慢しましたが、耐えられず『出向を中止してもらえないか』と上司に相談し、戻してもらいました。

今思うと、当時はやる気もなく親の言うままに転職をしてしまったのが、僕の最大の失敗でした。

もしかしたら、出向(共同生活)が無ければこんな事は思わなかったかもしれませんが。

『転職する時は、可能な限り情報を集めてじっくり検討してからではないと後悔するな』とつくづく感じました。

それは仕事環境だけでなく、給与体系や休日・その他の待遇、将来にわたって自分がこの仕事で生活を守れるのか?等を考えた方が良いかもしれません。

ただ、年を取ったからこそこんな事を思うのかもしれませんが。

32歳 安いし楽しかった寮生生活

初めまして、高卒30代(男性)です。

私は高校卒業後に大手製鉄企業に就職しまして、約7年間社員寮に住んで居ました。

今回はその時の体験談、特に社員寮のメリットデメリットや皆さんが特に気になる費用等につきまして書かせて頂きます。

まずいきなりですが費用!!

・家賃8000円/月 ※敷金等無。

・食事 毎食250円~400円 食事は予約制と言うより、何も言わなければ勝手に作られるシステムで、寮不在時には欠食届を出せば、払い戻し可。

・光熱費、水道代込み

・インターネット別

・NHK視聴料テレビが有れば払わなければならない。

以上、私の社員寮の簡単な紹介です。

入寮動機につきましては、なんとも家賃が安すぎると言う点です。

もちろん、入寮は強制では有りませんでした。

しかし、もし個人で物件を借りると、安い物件でも(福岡県内)飲食費等を含めると、10万円近くの出費になってしまい、月々の給料手取りはいくらですか? と、いう話になるわけです。

ここで、さらにメリットとデメリットについて書かせて頂きます。

*社員寮メリット*
・上記にありますが費用の節約。

・友達に毎日簡単に会える。

部屋で飲んだりしたり、思い付きでだれかを誘って、外出してました。

・最初の社員寮は風呂とトイレが共同でしたので、掃除の手間と
 清掃中以外はいつでも大きな風呂に入れました。

疲労回復にも
 とても良かったです。

・門番の人が居たので、セキュリティー面で安心。

・大きな寮だったので、タクシー等で道案内をしなくても良かった。

・引っ越し代は、会社が支給。

・なにか有った時はすぐに支え会える。

*社員寮デメリット(後悔した事)*
・一人部屋でしたが、プライバシーがほぼ無い。

・インフルエンザ等に集団感染した事が有る。

・トイレやごみ箱の前の部屋は臭い、害虫、音が気になる。

・寮から駐車場まで距離が有る。

・たまに隣人がうるさい。

・上階に部屋がある場合、毎日昇降がめんどくさい、意外に時間が掛かる。

・車がない場合、駅等から遠いと本当にめんどくさい。

以上、私の経験でした。

39歳男性 入寮する前のリサーチ不足に心から後悔‥

初めまして都内在住の男性です、私が寮住まいの仕事をしていた時の体験談を赤裸々にお話しさせて頂きたいと思います、宜しければ最後までお付き合い下さい。

私が寮住まいの仕事に就いていたのは2014年の時でした、職種は建設業の鳶職です、私が何故この職業に就き寮生活を送っていたかというと、派遣切りに合い契約社員やアルバイトの不安定な日常から抜け出したく、やむを得ず経験不問の仕事に飛び付いたからです。

私はこの鳶職の会社をハローワークで紹介され面接へ行きその日に採用されました、私はこの日まで住んでたアパートの家賃や光熱費を支払う事が困難になる程の生活状態でしたので会社に寮への入寮希望をしました。

すると会社側は部屋はあるからいつでも入寮出来るよ!と言ってくれ、私はその月いっぱいでアパートを退室して寮へと移り住みました、しかし入寮すると部屋は2人1部屋でした‥、ですが私はアパートは引き払ってしまいましたので仕方なく我慢して入寮しました。

入寮してわずか2日で私はストレスを感じ始めました、何故なら同室の男性との生活リズムが全く合わなかったからです‥この方は仕事が終わり寮に帰ってくると部屋で晩酌を始めます、しかし夜中の2時過ぎまでお酒を飲み‥酔っ払って突然大声を出したり‥床を拳で叩いたりと‥理解出来ない行動をするのです。

ちなみに翌日は大体決まって朝の5時30分起床ですから‥私の平均睡眠時間は同室の男性のおかげで3時間あるか無いかぐらいでした‥、私はハローワークで出ていた求人募集欄には個室完備と記載されていたので入社したのですが、記載されている事とは全く条件が違っていたので‥心の底から騙されたと感じました。

とはいえ寮なので家賃や光熱費は安く、家賃は2000円光熱費は3000円食費は無料で一ヶ月の寮費は5000円でした、私はこの格安の寮費に惑わされたのか‥結局この寮で2年間暮らしました、住めば都という言葉がありますが‥この言葉は嘘です!私は2年間同室の男性と暮らしましたが一切馴れる事はありませんでしたし、都だと感じた事も一切ありませんでしたから。

最後になりますが、その後結局この鳶職の仕事は辞めて都内某所にある印刷会社に社員として勤めて快適な環境で1人暮らしをしています、これから寮に入寮しようと考えている方はシッカリと寮の状態やら条件やらをリサーチしてから入寮して下さいね!、事前にリサーチしておけば私みたいに悲惨な寮暮らしは避けられますから。

以上で私が寮住まいの仕事をしていた時の体験談でした、最後までお付き合い下さりありがとうございました、それでは。

19歳女 貯金も思い出も沢山できたスキー場住み込みバイト

留学する旅費を稼ぐのと、単に興味のある仕事に挑戦したいと思って、19歳の頃に派遣で、スキー場の住み込みバイトをしたことがありました。

大きなスキー場だったので、同時期に雇っている派遣社員も沢山いました。

男子・女子それぞれ別の寮があり、シーズン期間中はそこでみんなでワイワイ過ごしました。

年齢層は当時の私くらいの若くて19歳~30代前半まで。

その中でも20代中盤くらいが多かったです。

寮の部屋は1人部屋というのはなく、だいたい2~4人で1部屋でした。

仕事が終わって寮に戻ると、隣の部屋の人が遊びに来たり、私も遊びに行ったり…。

毎日が修学旅行みたいな感じでした。

休日は滑りに行ったり、近くの街まで出かけたり。

私はもともとスキーが上手なほうではなかったのですが、周りはやっぱりスキー場に働きに来た人だけあって、プロを目指してる人やスキーやスノボが好きで毎年スキー場に働きに来てるくらいの達者な人ばっかりでした。

それがラッキーで、私も教えてもらってすこーしだけ上達できました。

まだまたですが。

スキー場の仕事内容は、レストラン・託児所・レンタルスタッフ・インフォメーション・リフトスタッフなどの部署があり、事前に自分のやりたい部署を選んで働きました。

私はレストランを選びました。

よく、一番大変な部署と言われていたのですが、その分やりがいも充実感もあって私はすごく楽しかったです。

それに、レストランのスタッフは月3千円くらいでレストラン内の食材が使えて賄いを食べられたので、”今日は何を作って食べようかな”と毎日考えられたのも幸せでした。

ピザを好きなメニューだけ4分の1ごとに盛ったり、揚げ林檎パイ包みを作ったり、ステーキの盛り合わせをアレンジしたり…。

まぁ、おかげで順調に肥えました。

笑。

そんな休憩時間の楽しみもありますが、お昼のピーク時は厨房内は戦場みたいでした。

レストラン内は満員電車並みに混み合い、注文も途切れることなく長い時は11時頃~15時頃まで。

作る方も食器を洗う方もレジもフル稼働で、間に合ってない所には急いでヘルプにも回ってました。

一日が終わったときは、へとへとで最初のうちは寮に帰ってすぐ寝ていました。

でも、そんだけ身体でおもいっきり働いてみんなで稼ぐことが、なにより充実感がありました。

それに忙しい中でもお客さんとの触れ合いや、美味しかったよ!などと声をかけて貰えたことも、また頑張ろうと思える力になっていました。

そして、3ヶ月強のシーズンで寮費も少なく出費も少なく、給料のほとんど貯金が出来き、なにより楽しい。

短い期間でしたが、最高の思い出になっています。

27歳女 人生の岐路、冬籠り

今ではフリーランスとして働く二児の母である私は、7年ほど前に北海道のスノーリゾートで住み込みのリゾートバイトを4ヶ月半しました。

今思えば、あれが人生最後の自由を謳歌した時間だった気がします。

多忙の中でも、とても自由で、孤独で、考える時間をたくさん作れた貴重な体験でした。

当時、新卒入社の会社を退職後、バックパッカーでヨーロッパ大陸を1年冒険してから帰国したばかりで、気分はヒッピー。

すぐに就職する気にもなれず冬の間はリゾートバイトをすることに決めました。

食事と寮費が掛からず、勤務時間外は自由にスノーボードができ、とても充実した楽しい毎日でした。

業務内容は、繁忙期に押し寄せるスノーリゾートのお客様の接客で毎日お祭り騒ぎ。

自分以外にも期間はそれぞれですが多くのリゾートバイトの人がいて、仲良くなる人もいました。

寮も広くはないですが個室だったので、非常に生活しやすかったのを覚えています。

すぐに就職する気になれず、冬籠りのような形で来た北海道は、町からも離れていて寮からバスで仕事場に行く日々。

それなりに将来に不安もあったので、考える時間がたくさんあったのは、結果的にとても良かったです。

他のフリーターともよく話をしましたが、私はバックパッカー帰りの為、外国人観光客の接客をする事も多く社員さんと話す機会が多かったのも有り難かったです。

終わりが見えてくる時期になると、契約社員にならないか、と声をかけてももらえ嬉しかったし、少し自信にもなりました。

日本に帰ってきて、自分の家の狭い部屋に篭ってしまわず、リゾートバイトで環境を変えて生活して本当に良かったです。

バイトが終わる頃には、スノーボードもかなり上達していたし、就職する決心ややりたいことも見えてきていました。

そこで出会った人と、その後連絡を取ることはあまりありませんでしたが、色々な年代の、色々な状況の人の話を聞けたのも将来を考える上で刺激的でした。

人生の次の一歩が踏み出せない、見えてこない時にリゾートバイトで冬籠りはおススメです。

40代女 20代で本職が長期休暇のときの仕事を求めてフェリーに乗船

40代の主婦です。

大学を卒業してすぐに学校の講師の仕事をしていたのですが、非常勤だったので長期休みは丸々休み、つまり無給になるということで、長期休みだけの仕事を探していました。

最初は期間が決められているリゾートバイトを探していたのですが、たまたま行ったフェリー乗り場で夏休み期間だけのレストランでの仕事の募集があったので応募しました。

面接を受け、船員手帳も発行してもらい、1隻に男女合わせて15人ぐらいのクルーが乗り込みました。

朝昼晩のレストラン開業時間プラス準備や片付けで前後30分ぐらいの仕事でした。

乗船前は仕事をして三食まかない付、仕事時間以外は自由時間ということ、海の上でのお仕事ということでワクワクしていたのですが、実際に仕事をし始めてからは大変なことがたくさんありました。

まず、仕事場は船上ということで、多かれ少なかれ常に揺れています。

私はすぐに慣れましたが、船酔いをする子は仕事どころではありませんでした。

海が荒れているときは尚更で、足を踏ん張りながら立っていることもありました。

それから生活時間が不規則になります。

朝の早番はとにかく起きるのがきつかったです。

揺れていても生活はできますが、なかなか眠れず、寝不足でした。

勤務時間外は自由で昼寝をしてもいいのですが、そもそも揺れているので眠れませんでした。

夜は夜で閉店した後は特にやることもないので、毎晩のようにみんなでデッキに出て飲み会をしたり、ゲームをしたりして遊んでいました。

船上なのでやることも限られてしまいます。

今思えばこの自由時間をもっと有効に使えば良かったと思います。

周りは学生でお小遣い稼ぎの感覚で来ていたのでしょうけれど、私は一応社会人だったので、このあり余った時間に資格取得の勉強などをしておけば良かったと思いました。

その後、何度が長期休みの度に船上で仕事をしましたが、このような後悔をしたのはきちんとした定職に就いてからのことです。

もし、これから住み込みの仕事を希望される方は、そこがどのような環境であるかを調べ、空いた時間をどう過ごすかということも考えてから応募することをお勧めします。

自分にとってプラスになるような経験ができると良いと思います。

37歳 女性 住み込み勤務体験

リゾートホテルで住み込みで働いたことがあります。

レストランのウェイトレスとして入社しました。

勤務体制はシフト制で、かなり自分の希望を考慮してもらえます。

ただ人の出入りが多いので急遽休みだった予定の日に入ってほしいと言われる事は多かったです。

ホテル内には4つのレストランがあったのですが、私はそのうちの2つを主に担当していました。

夜は予約客の組数によってどちらのレストランに勤務するか上司が決めます。

お客様が自分で調理する鉄板焼きか、コース料理かのどちらかだったので、鉄板焼きのレストランの際は主に調理前の食材を席まで運ぶのと、空になった食器を片付けること、コース料理のレストランではいくつかのテーブルを自分の担当テーブルとし、お客様の食事の進行状況を見ながら順番に厨房に指示を出し料理を運ぶと言うことをしていました。

それぞれのレストランで制服が違うため、その日の勤務に合わせて制服を着ていました。

ディナーだけではなく朝食時の仕事もあり、朝食はビュッフェなので料理の補充と食器の片付けがメインの仕事でした。

街中のホテルではなくリゾート地にぽつんとあるホテルだったため、ホテルの敷地内にある従業員専用の寮で暮らしていました。

部屋は相部屋で、おそらく昔は客室して使っていた部屋だったようで私は3人での相部屋でした。

部屋内には洗濯機等ないので、休みの日にランドリールームまで洗濯に行っていました。

制服もそこで自分で選択します。

朝食と夕食は従業員専用の食堂で自分で取ります。

仕事の日も休みの日も食堂が空いている時間内に行くとお弁当が用意されており、お弁当1つと、横に並べて置いてあるお味噌汁をいただけます。

お昼だけは別途料金を払って予約をしておかないと食べられないため節約のためにお昼ご飯を食べない人もいました。

料理はまずくは無いですが、勤務時間帯によってはかなり時間が経ってから食べたりもするのでたまにホテルのご飯が嫌になると、ホテル内のコンビニやカフェに行って自分で好きなものを買って食べていました。

25歳女性ワーキングホリデーでカナダの田舎に住み込み

3年前にカナダへワーキングホリデーに行きました。

その際に半年ほど、ロッキー山脈の麓にあるスキー場に一軒だけあるホテルで住み込みで働きました。

そこは、オリンピック選手などが練習にくるような広大なスキー場の敷地で、僻地にあり、街に買い物に出かけるにも車で2時間という、かなり不便な場所。

そのため、そこで働く多くの従業員は、ホテルが持つ寮で生活をしていました。

フィリピンやインド、オーストラリア、ドイツなど、カナダ以外の場所から同じくワーキングホリデーやワークビザを使って働きにきている人々が同じ寮に住み、働いていて、とても国際色豊な職場でした。

同じように住んで、働いているからこそ、顔なじみもどんどん増え、仕事中に訪ねたり、仕事後にパーティーをしたり、休日にはスキーやハイキングに出かけたりと、お互い家族から離れて密に生活をしている分、とても強いつながりができました。

その分、仕事とプライベートの時間のメリハリがあまりなかったことも事実です。

例えば、プライベートで何かマイナスなことがあったり、仕事での対立があったら、その険悪な雰囲気を持ち込まれてしまうのはあまりよくないと感じました。

何かマイナスなことがあっても、自分自身で乗り越えていかないと、いつまでも引きづられてしまう、そんな厳しさもありました。

そして、住み込みで働くという人々のほとんどは私も含めて、長期的にその場所で働くというわけではありません。

その時にお金を貯めたいからというのが大きな目的です。

住み込みで働くというのは、リゾート地であったり、何らかの理由で自宅からは通いづらいという問題があり、そのような働き方をしているのです。

商業施設から離れた場所で、食事付きであったり、家賃天引きや光熱費込みの条件が多いので、特に自分の生活していく上で、直接お金を払って出費する以外は特に節約を意識しなくても自然とお金が貯まっていくのです。

そのため、キャリアを積むという大きな目標を持つのは難しいですが、短期間での思い出を作りたい、そして貯金したいという若者には適した働き方だと感じました。

30歳男「リゾートホテル併設のプールで体験した住み込みバイトの話」

はじめまして、30代男です。

今回は、私が学生時代に行った夏のリゾートホテルのプール運営にかかわる業務を住み込みで2週間の短期バイトについてお話しさせていただければと思います。

学生時代、学生の間夏休みはとにかく働いてお金を稼ぐのが流行っていたというか、そういうのが一つの価値観となっていました。

私が友達と一緒に応募したのはプールが併設しているホテルのプールの監視業務のアルバイトです。

参加条件として、CPRの訓練を受けている事というものがありましたので早速消防局でCPR訓練講習を受けてきて応募しました。

特急に乗って3時間程度の場所にあるそのホテルは学生の時には絶対に泊まれないであろう高級感あふれるホテルでした。

今調べてみてもなかなかいい値段がします。

友達と話していたのですが、もしかするとその「ホテルの客室に泊まれるんじゃないか?」とか「温泉にもつかれるんじゃないか?」とか胸を高めながら行きました。

実際についてみると、学校の多目的室みたいななんもない部屋で8人から10人ぐらいが雑魚寝です。

一応クーラーはついていましたし、毛布や布団はありmしたので寝れないとかはなかったのですが、夜はいびきやらなにやらでぐっすりと寝ることはできませんでした。

1週間ぐらいすると本当に疲れがたまってきて、なんでこんな仕事応募したんだろうかと思うほど疲れていました。

業務内容は朝3時間、午後から3時間、後片付け・掃除など2時間の8時間勤務でした。

特に掃除が辛く汗だくになりながらデッキブラシでプールサイドを磨くというもので、もう二度とやりたくないなという印象です。

プールも海もそうですが、雷雨に弱く少しでも雷が鳴りだしたらプール内部・プールサイド関わらずお客さんを室内まで案内する必要があります。

これが本当に大変でした。

わざわざ旅行までしに来ている人たちですから、せっかくプールに入ろうと思ったのに浸かって数分で「雷雨が収まるまで入れません。

」なんて言われたら気分を悪くされるお客も多かったんですよね。

それで文句言われたりするとほかのお客さんの誘導ができず今度はそこの偉い人に怒られる。

なんかあったらとんでもないことになりますから仕方ないことではあるんですがほんとに板挟みでイライラしました。

2週間の間、日曜日に1日だけ休みがありました。

せっかくなんで観光でもしようかなーともはじめは考えていましたがそんな気力はまったくなく昼間で雑魚寝部屋でゴロゴロして昼から少しだけ近くの海に行ったぐらいです。

これから住み込みのアルバイトとかを考えている方がいたら業務内容や寝泊りする場所ぐらいは質問しておいた方がいいかもしれません。

結局2週間で15万ぐらい稼げました。

当時の最低賃金が800円そこそこだったので割といい方じゃないでしょうか。

2食付いていましたし!

でもすごいいい人生経験になったので一度は体験してみるのもいいかもしれません。

あと今回は友達と一緒に応募したのでそこまで孤独感は感じませんでしたが、一緒に働いている人とはあんまり業務連絡以外で話をしなかったので1人で応募するのはハードルが高いと思います。

中には気さくに話かけてくれる人もいましたが、年齢も全然違いますし友達になるとかそういうのはありません。

業務時間以外は自由時間だったので、ナンパとかに行く人もいました。

その人は夏の時期は毎回応募しているらしくうまいことやっているんだなという印象を受けました。

確かに食事と宿が確保できていればほとんどお金をかけずに夏のリゾート地にずっといれるわけですから。

次応募するときは(多分しないですが)お金以外にもどういうメリットがあるかとか、勤務時間以外どうするかとか考えてから応募してみる予定です。

(多分しないですが…(2回目))

公開日: 

PAGE TOP ↑