51人に聞いた!アパレルファッション業界でのお仕事・転職体験談

目次

好条件のアパレルメーカーで仕事をする方法!!

アパレルの求人は大きく分けて3種類あります。
一つ目はハローワークでの求人
二つ目は一般的な求人サイトでの求人
三つ目はアパレル求人・転職専門サイトでの求人
です。

このなかで条件がいいのは、アパレル求人・転職専門サイトでの求人です。

なぜなら基本的にハローワークの求人や一般的な求人サイトに、専門性の高い仕事を募集しても求人につながりにくく、またアパレルブランドというのは、ブランドイメージを大切にするため、出しても販売スタッフなどの求人しか出さない傾向にあります。

いっぽう三つ目のアパレル求人・転職専門サイトは、一般の人が見に来ませんので、ブランドイメージも崩しにくいです。

こういう特殊な事情があるので、アパレルでも特に専門職につきたいかたは、アパレル求人・転職専門サイト一択になります。

さてアパレル求人・転職専門サイトはいくつかあり、複数サイトに登録して比較されるほうがいいですが、『ファッショーネ』と『PARDO』は評判もよく登録されておくほうがいいと思います。

アパレルで理想どおりの仕事をするか、ブラック企業で擦り切れるかを、大きく左右するのは『働くアパレルメーカー選び』です。

『働くアパレルメーカー選び』だけにはくれぐれもご注意されてください。

36歳女性 続き服メーカーでの失敗や成功による経験談について

私は、30代中盤の女性でありますが、今現在縫製業界に従事しております。
従事している会社としましては、ツナギ服の縫製を実施する会社でありまして、私自身はパートとして勤務しておりますので、生産管理者、CAD、CAM等を用いてパターンを決定する社員の仕事ではなく、ひたすらミシンで縫製する仕事をメインにしております。

私がツナギ服を製造に携わって良かった内容としましては、とにかく縫製についての知識や技能を幅広く習得できた点であります。

一度困ったことにつきましては、私が全て流した仕掛かり品の続き服が縫製不良で業界用語でパンクと言う縫いハズレが大量に発生しまして、全てリッパーで他の工程の人も巻き込んで、バラスと言うことを経験しましたので、失敗が後工程の人に対してどれだけ迷惑をかけるか?

また、自分一人だけでの責任だけでは終わらないことを強く痛感しました。
ですので、失敗をすることにより、その職務についての責任感を更に得られると言う形でありました。

また一度縫製に失敗した繊維でありましても、リッパーでバラした後は綺麗にアイロンを当てて、再度縫い直すことができると言うことも勉強になりましたし、他の工程をフォローすることで、更に縫製について精通できると言う形になりました。

また長年勤務経験年数を重ねてきまして、社員さんからの信頼を得ましたら、続き服の新たなオリジナル製品の企画にも携わることができまして、試作品を試すような形で、試しぬいで全てのパーツを任せて頂いたりすることがありました。

このことから、どこの部署でどう言う縫い方が一番難しいか?と言う形で全体的な担当の中で非常に技術面で難しいポイント等も考慮することができることに繋がりましたので、今現在としましては、生産管理者までは行きませんが、パートリーダーのような形で全体の流れを見て、足りない場所に応援に回ったり、新人や中堅パートを補佐する所までのレベルに到達しております。

今後ともアパレル業界での生産者として、縫製の腕を磨いて行きたいと思っております。

60歳、女性、デザイナーズブランドのアパレルは感性を育てられ役職に

ジュニア時代から洋服が大好きでお洒落する事が楽しかった子供です、近所のスーパーに行こうか?と親に云われると、たかが田舎の近所のスーパーでも着替えた様な子供でした.

1日に数回、スタイリングを変える事もあった、大人になりグラフィックデザインの専門学校を卒業しましたが、学校の斡旋する企業に納得出来ず、自分で捜していましたが、卒業仕立ての経験もない人間が受かることは難しく就職難、そこでファッションも好きだった私は、バイトしながらグラフィックデザイン会社を捜そうと、デザイナーズブランドのアパレルのバイトをしたのが、アパレル業界の最初のきっかけでした。

その後もグラフィックの会社は見つからず、色々考えてデザインの仕事でなくても一流の世界的デザイナーのアパレルなら、こだわっていた感性を活かせるのではと、就職しました、好きなブランドでもあったし、アパレルは華やかさもある、好きな服を安く買えたりする!

素人のうちは外から見るとそんなイメージですよね?でも好きな服が安く買える訳は、着て見せて売る事に繋がるから安く購入出来る訳で、そのシーズンの人気アイテムは、買えません。

お客様に人気商品が渡る為には、好きな服など買えません、どうしても欲しい場合はプロパーで買わなければならなかった、一番売れないワースト商品を着て、売る為に好きでもないテイストの服を店長の指示で買わされたりもします、販売だけではなく銀行員が1円足りなくても帰れない様に、月末は閉店してから棚卸しがあり、数字があわなければ、合う迄、帰れない、会議があれば休みの日でも本社へ行きます、事務処理も多く多店舗の売上げやデザインを、隣りの店へ行って聞いたり情報を集めて本社営業に報告したり事務処理に書いたりもします。

販売と事務職を両方してる様な感じでもあります、派手そうに見えてもとても大変は事が沢山ありました、百貨店に入ってる場合は周りのブランドスタッフさんや、百貨店さんとのコミュニケーション能力も必要です、ます百貨店さんのフロアー長に嫌われたら最悪です、常に会社の顔で立つのです。

お客様からはそのブランドイメージを壊さない様な電話の出方、常に見られているという意識、自分個人ではなく、会社の○○さんで立つのです、デザイナーズブランドは特にイメージが大切です。

お昼のランチに周りのスタッフに誘われてもブランドに合わないイメージのスタッフから声をかけられたら、店長から叱られた事もあります、1人で行きなさい!繋がって歩いてるその姿をもし、憧れを持ってる顧客様が見たらガッカリして、そのブランドイメージが壊れると教わりました、電話の声が元気であっても駄目です。

ブランドイメージに合わなければ、あえて、声をワントーン落としてでなさい低い声で!と教わりました、ブランドの販売は特に服を売るだけではなくブランドイメージも売るのです。

細かい部分まで徹底しています、しかし、真面目にがんばっていると、やがては、店長、イメージショップの路面店に立つ事も出来る様になります、路面店となれば来るお客様も変わります、あらゆる業界の有名な方、芸能人などが顧客になってくれる事もあり名指しでTVのコーディネートをスタジオに送ってほしいなど、刺激を受ける事も多く、他ブランドからのヘッドハンティングもありました。

1つの業界で1つ1つ積み重ねて行き、経験を摘む事で、販売職から、販売促進やビジュアルマーチャンダイザーへと昇進出来ます、女性でも最後はブランドの部長にもなりました、販売なんて!と思った時期もありますが、1つの事を長く続ければ、出世も大きくあります、大学を出た営業の男性を追い越して役職やブランドのクリエイティブディレクターにもなれます。

なので後悔などはないです、どんな職業でもいきなり良い配属やいきなり良い職種にありつけるなんて事はないのです、出来ればその業界が好きで、一生懸命頑張る、同じ職種で沢山の経験をする、1つ1つ枝を付けて行く努力をする、セミナーに参加したりと努力を重ねる、女性も役職に付く事が出来ると伝えたいです。

40代男、古着屋さんで働いてみて

40代のオジさんですが20代の頃に某古着屋さんで働いていた時の体験談です。
10代の頃からオシャレが大好きで学生の頃から地元のショップに通い詰め店員さんと仲良くさせていただいてました。

卒業後上京して普通の会社に就職したのですが、休日はショップ巡りをし毎週洋服を買って帰っていましたので給料はほとんど洋服代になっていました。

就職して3年ほどすると会社にも飽きてきて一度は自分もアパレルで働いてみたいとの思いが強くなり、たまたま見た求人誌に応募して思い切って転職しました。

私が就職した古着屋さんはオーナーご夫婦で経営されている家族経営の古着屋さんでしたが県内に2店舗ほど出店されていました。

初出勤の日、初日は挨拶程度の顔合わせだろうとスーツにネクタイで出勤したのですが、そこは個人経営の古着屋さんで出勤初日からお店に立ち接客してくれと言われました。
スーツにネクタイでお店に立つのも変だからとオーナーが就職祝いにお店の服を買ってくれて急遽お店に立ち1日目を終えました。

最初のうちは緊張してお客様にお声掛けするのも緊張していましたが、2日目に接客したお客様がお帰りの際、私に「また来るから僕のこと覚えておいてくださいね。
」と言われました。
そういったやりとりがお客様とできるようになるとお客様に声をかけたりするのもあまり苦にはなりませんでした。

しかし、私が勤めていた店舗は主にアメカジのビンテージ物を取り扱っていたので当然ながらマニアックなお客様も多いので、私も洋服が昔から好きだったもののそこまでの知識はまだなく、オーナーが営業時間前後によく勉強会をしてくださいました。

知識が身につくとさらに仕事が楽しくなり毎日が充実していたと思います。
しばらくしてオーナーから2店舗目の店長を任されるようになりました。

しかし、任された店舗の運営はあまりうまくいかずしばらくして退職することになりました。
今思えばあんなに良くしてくれたオーナーに何も恩返しすることもなく退職してしまったのは非常に心残りです。

ただ、古着屋さんで働いていた時は非常にやりがいもあり充実していたと思います

20歳女、希望だった仕事につけたが、思ったようにはいかなかった

これは20代で、やりたかったアパレルの仕事につくことが出来たときの事です。

某衣料品店で、仕事中出来ることになり、嬉しく思っていました。

働き出したきっかけは、たまたま衣料品店で、たくさんの募集があり、受かることが出来たことがきっかけです。

なかなか希望どおり働ける訳ではないなかで、衣料品と言うやりたかった仕事につくことが出来て本当にやる気に満ちていました。

しかし、自分が思っていたようにはいきませんでした。

仕事内容については、それほど不満なてんはありませんでした。

しかし、人間関係では不満なところばかりでした。

人間関係での不満はやはり仕事には付き物というか、よくあることだとは思います。

しかし、なんでもいろんな仕事を回されたり、やたらと依怙贔屓が激しかったりがあったので、仕事じたいは好きなことだったのですが、人間関係でのことで悩みは、つきませんでした。

やりたかった仕事につくことが出来てやる気に満ちていたし、やることも少しずつでも覚えていっていました。

しかし、人間関係での悩みで、仕事中もやる気になれないときがあったりしました。

せっかく、希望していた、アパレルの仕事につけたのにと不満な気持ちにもなったのも事実です。

全部が全部思い通りになるとは思っていませんでしたが、まだ若かったこともあり、我慢が足りなかったのかなと今なら思います。

年齢を重ねてきて、我慢をするところや、人間関係での悩みなどもそれなりに乗りきれるようになったと思います。

しかし、あのときには思い通りにいかないことに納得出来なかったりしていたように思います。

しかし、若くても我慢が出来たり、人間関係を上手く出来る人もいるので、自分が上手く対処出来なかっただけかなとも感じています。

それは、自分でも反省というか、後悔しているところです。

もっと上手く人間関係を円滑に出来たらせっかく好きな仕事につけたのに楽しんで仕事が出来たのになと思たりもします。

全部を我慢すればいいとは思いませんが、上手く対処できるようになるのも大事だなと思います。

37歳女 憧れのブランドで働いて、好きなだけではダメを痛感した

現在は専業主婦をしている私ですが10年ほど前、百貨店に入っている某レディースアパレルブランドのテナントで販売員として働いていました。

当時そのブランドが大好きで顧客として通っていたら店長さんにスカウト?されたことがキッカケでした。

華やかな世界に飛び込めた!しかも自分の大好きなブランド!と、当初は浮かれていましたが実際働いてみると好きなだけではやっていけないことに気付かされました…。

今シーズンの服はめちゃくちゃ可愛い!みたいな時は自分のテンションも上がっているので、顧客さんにがんがんオススメしたり新規のお客さまにもどんどん接客して売り上げを作れたのですが、今シーズンはあまり可愛くないな、ハズレだな…と思うときも売り上げは作っていかなければならないわけで…
可愛くないものを顧客さんにオススメするのは辛かったです。

自分もファンであり思い入れが強いだけに、顧客さんがこれはイマイチだな…とか思っているのも手に取るように分かってしまうので。

仕事は仕事と私情を挟まず接客できたら良かったのだろうし、むしろ自分が大好きなブランドだからこそ、パッとしない商品でも可愛いと思えるポイントを見つけてオススメしていけば良かったのだろうなぁと今なら思います。

アパレル販売員は一見すると華やかな世界です。

服が大好き!という人なら働いてみたいと一度は思いますよね。

でも現実は商品の品出しから始まって納品確認や値付けやディスプレイ…地味な作業がほとんどです。
一日中バックヤードにこもって、誰とも喋らず黙々と作業したりする事もありました。

百貨店勤務だったのでお盆もお正月もありません。

土日連続では休めず、土日休みの彼にぼやかれたこともありました。

このブランドが好き!服が好き!という気持ちだけでは苦しくなる瞬間もたくさんありますが、それ以上の何か…顧客さんとの信頼関係だったり自分自身の成長だったり…を見つけることができればきっと乗り越えていけると思いますよ!

29歳男 某大手衣料品チェーンでも働いてみてかなり勉強になりました

 こんにちは。
僕は29歳の男性です。
自分の職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕はこの間にもアパレルの記事を執筆させて頂きましたが、その時はとある紳士服ブランドで働いていた時の、エピソードを書かせて頂きました。

 今日はその紳士服ブランドを一旦休職をして、働いた某大手衣料品チェーン(カジュアル)でのエピソードを書いていきたいと思います。

 なぜ僕がその某大手衣料品チェーン(カジュアル)で働いたのか?というと、「紳士服(スーツ)も好きだけど、カジュアルな服も興味があるな!」という事で働きだしました。

 知人に某大手衣料品チェーン(カジュアル)で働いていた人がおりましたので、そのツテを頼りました。

 そして、もっともっと服に対して見分を広めたい!とも考えたのです。

 現実とのギャップとか働いて心境の変化はあったか?についてですが、ギャップはありました!(笑)

 やはり「紳士服を扱っている者」からすると「カジュアルな服は取り扱うには楽なんだろうな」や「少々ラフでいいんだろう」と思っておりました。

 ところが、カジュアルな服も、かなりデリケートであり、取り扱いに注意しなくてはいけないものがあったり、洗濯も「手洗いじゃないとだめ」という服もありました。

 これは僕にとっては、かなりのギャップとなりました。
「カジュアルな服も紳士服同様に大切に扱わないといけない」という事を、身を持って感じましたし、本当に勉強になりました。

 この時の心情としては、「服というものはかなり奥が深い」と思いましたし、感じました。

 よってもっともっと「服について知りたく」なり、「勉強しよう!」と思うようになりました。

 自分の浅い知識が恥ずかしくなったのも事実です。
(汗)

 後悔していることといえば、もっともっとカジュアルな服に触れてカジュアルなファッションを楽しみたかったです。

 しかしながらツテで働きだしたので、働ける期間が決まっており、カジュアルな服に触れる事が出来たのは限られた時間の中だけでした。

 最後になりますが、見ている人にアドバイスがあるならば、「本当に服が好きならば、とことん追求してこだわるべき」です。

  その「1つ」を極める事で、「何があっても揺るがないファッション」を確立する事が、とても大切だと思いました。

 それが自分のプライベートなファッションにも表れるし、メンタル面にも絶対に反映されます。

 これはプライベートにもビジネスにも役立つと思いますので、皆さんの頭の片隅にこの言葉が残ってくれたら幸いと思います。

37歳女 学生時代楽しくアルバイトができました

地方に住む30代女性です。

学生時代の3年間、某大手衣料品チェーン店でアルバイトをしていました。

地元では時給が高かったことと、家が近かったこと、学業優先のため、平日ではなく土日にしっかり8時間シフトに入れるので、働き始めました。

初めてのアルバイトだったので、右も左もわからなく困らせたと思います。
社員さんから指示をもらい、簡単な仕事から、段階を経て仕事を教えていただきました。
マニュアルがしっかりしており、社員さんも丁寧に仕事を教えて安心して働くことができました。
当時は、学生アルバイトが多いこともあり、入れ替えも多く、教育システムがしっかりしていて、これが普通かと思ってましたが、社会人として働き始めてから大手企業だからこそのシステムだったんだなと感じました。
地元のアパレルや小さな企業だとここまでしっかりしてないんだろうなと思います。

掃除、売り場の整理、レジ打ち、レジ締め、品出し、一通りやらせていただいたので、とてもいい経験でした。

「こんなお客様がいたらこうして」「こう言われたらこう対応するといいよ」など具体的に一貫性のあるアドバイスも先輩からもらえたので働きやすかったですし、友達もできました。

接客も慣れるまで、必死でしたが、お客様の立場に立って一生懸命対応すれば、喜んでいただけることも学びました。
初めて自分で働いたお金だったので、給料日は嬉しかった記憶があります。
どんなお客様でも気持ちよく買い物ができるように、必要なお手伝いは何か常に考えて行動することが必要になります。

憧れて入った現場ではなかったのですが、地味な裏での仕事も多いです。
社員さんは、本社とのやりとり、シフト作成、クレーム対応など、大変そうでした。

アパレルに限ったことではないですが、人の役に立つことはとても気持ちがいいです。

大手企業であれば、個性ないとか接客対応に自信がなくても、マニュアルや研修システムがしっかりしているので、働きやすいと思います。
流行の服に囲まれて仕事をするのは楽しいですし、お客様と対面するお仕事なので、やりがいも作れると思います。

29歳女 大好きな服に囲まれる生活にまた戻りたい

私は現在29歳で地方に住んでおり、最終学歴は高校卒業。
平凡な女性です。

高校卒業後はお菓子の製造をしていました。
そのうちに自分の中で疑問が出てきました。
お菓子は好きだけど、服は増えていってもどんどんオシャレから離れて行っている気がする。
このままでいいのでしょうか。

いままでの自分を思い返すと高校のころからバイト代で毎月服を買ってオシャレを楽しんでいたことを思い出しました。

新幹線が通っている駅まで車で30分かかるところに住んでいる地方の私。
朝は混雑で1時間以上の通勤になり、現実的ではないと思いつつ求人を探していたところ、地元のスーパー内のアパレルショップ(2階建てで食品・玩具・服飾品・家具・フードコートなどいろいろ入っている)が求人を出していることがわかり、直ぐに応募し即採用となり、退職しました。

実際に働いてみると、食品製造で我慢していたネイルやまつエクができ、黒色ロングの髪もやりたかった刈り上げ金髪ショートにして、服に合わせたメイクを楽しみ、毎日いろいろな服が入ってきて最初に目を通せる…とても楽しんでいました。

そのお店は毎月のノルマはなく、お正月商戦の福袋と単価の高いコート類のみにノルマがあり、たまにあるノルマはゲーム感覚で積極的に取り組めて楽しく過ごしました。

早番も遅番も平日休みもそれぞれにメリットがあるので苦になりませんでした。

勤務して1年が過ぎたころ、店長が裾上げを教えてくれて認められていることを実感できてうれしかったですし、生活にもタメになって充実していました。

アルバイトとして働いていて時給は850円だったのでとても薄給でした(涙)ある日、正社員を勧められましたが手取りで14万円…残業をしていることも知っていたのでお給料と見合わないと思いお断りをしました。

結果、お断りをしたことが自分の中で引っかかってしまい、退職をして7年ほどたちます。

その後、ずっと事務職をしていましたが、お客様と直接お話をして感謝されて、感謝していたアパレル職はとても魅力的で辞めるべきではなかったのかなと思います。

アラサーになって2児のママになり専業主婦になりましたが、もう一度アパレル業界に入りたいと求人をチェックする毎日です。

悩んでいる方がいたら、服が好き、オシャレが好き、人と話すのが好き、そんな方には本当におすすめの職種です。

26歳男 某帽子専門販売店で仕事。接客業と物販業の経験が積めた。

現在26歳、北海道でフリーランスとして仕事しています。

学生の頃に某帽子専門販売店でアルバイトとして働いた経験があります。

私は小学生の頃からファッションに興味があり、一度はアパレル業界で仕事してみたいと思い、学生の頃にアルバイトとして働いていました。

私が働いていた店舗は正社員の方を含め、パートの方や私と同じようなバイト学生もいました。

当初は正社員が多いという印象だったのですが、実際はパートやバイトで構成されており、正社員が2~3人いる程度だったことに驚きました。

まずは研修として接客業の基本であるお客様対応やレジ操作を2週間かけて学びました。

お客様対応やレジ操作以外にも、店舗で取り扱いしている商品や価格も同時に覚えるよう指示されます。

ファッション好きの方であれば簡単に覚えれると思うので不安になる必要はありません。

ある程度慣れていくと、一人でお客様対応やレジ操作するよう任されてきます。

最初の内は職場の先輩が見てくれていますが、2カ月目以降は一人で業務を遂行していく必要があります。

分からないことがあれば教えてくれるので必ずメモを取るようにしておくと良いです。

アパレル業界の一番面白いところは、ファッション好きの自分でも買いたいと思うような商品を販売している訳ですから、商品の魅力を伝えて購入して頂けるように接客していくと良いです。

売れれば店舗の売上になり、自分自身の接客能力を磨くことができるので一石二鳥になります。

セール期間や連休は比較的忙しいですが、平日や通常販売時より商品が売れるようになるので、販売したという遣り甲斐を実感することができます。

もちろん疲れることは避けられないですが、ファッション好きの方で将来独立される場合やアパレルメーカーで仕事される場合は良い経験になると思います。

現場の雰囲気や仕事を実感するのはとても大事なことです。

一方、アパレル業界は休みが少ない、残業が多い、ノルマがある等と言われていますが、全ての店舗がそういう訳ではないので注意が必要です。

私が働いていた某帽子専門販売店は休みも必要に応じて取得でき、残業やノルマは全くありませんでした。

ただ、店舗や会社によって事情が異なると思うので、実際に働いてみないと分からないこともあります。

私はとあるクレームトラブルを切っ掛けに、自ら責任を取る形で辞めましたが、潔く辞めたといっても正直なところ後悔しました。

今でも後悔していますが、同時に教訓として忘れないように心掛けています。

衣食住の「衣」を支える仕事なので、インフラとは言い難いですがそれに近いものがあります。

ファッション好きの方はもちろん、少しでも興味がある場合は、接客業と物販業の経験を積むことができるので挑戦してみると良いです。

40歳男、アパレルも大変厳しいお仕事でした。

私は今、現在40代男性でアパレルとして約2年間でしたが働いた経験がありました。
元々、洋服や靴などお洒落することに興味がありました。
ですので、日頃からお休みの日はお洒落して街へと出掛けるのが大好きでした。
そして、それがまた仕事となればどんなに幸せかと思い、以前に短かったですが、洋服屋さんで働いたことがありました。

最初は初めての経験ばかりだったので右も左も解らず本当に苦労しました。
朝の出勤も先輩や店長よりも早くに出社し、そして段取りの準備に取りかかっていました?また、逆に帰りは最後まで次の日の予定を考え帰宅したのを今でも良く覚えています。
正直、やはり趣味でお洒落することと、いざ仕事としてお洒落したり、またはそれを販売していくとなると非常に厳しいことばかりでした。

確かに洋服屋だけにあって、勿論ノルマーなどもあったのですが、他の営業職とは違って自分から売り込むことが出来ませんでした。

ですので、お客様が入ってきてからが勝負だと思い、毎日が必死でした。
俗に言うゴールデンラインとの目線は絶対のチャンスだと思い、私は積極的に販売にかかりました。

しかし、結果的にはどっちに転ぼうか 関係なかったのです。
逆に、反ってお客様によらない方が売れるときがありました。

お客様も人なので色々な人達がいるため、私と合えば勿論、洋服を買ってくれる人もいたのですが、中にはただの見物の人も多々いました。

また、ノルマーもあったのですが、本当に人に洋服を売るのは難しいとも思いました。
せっかくもうすぐ売れそうと言う時でも、他のお客様や買ってくれたお客様への対応で、接客できないことがありました。

私は先程も言いましたように、洋服やお洒落は好きですが、本当に販売側となると難しいことだらけで困ったり悩んだりしていました。

ノルマーと言うのももう少しこなせるかと思っていましたが、現実にはむずかしかったのでした。
しかし、これからもお洒落には気をつけます

50代女 子供服メーカーからの派遣でデパート勤務。

 はじめまして。
50代の女性です。

 私は、某大手子供服メーカーの採用により、大手デパートで働いていました。
子供服売り場は、いろいろなメーカーが工夫して、その時々の行事に合わせて、ディスプレイして競争していました。

 ブランド好きなお客様は、もちろん自分の好みのブランドに直進して、そのブランドだから買うという感じになりますが、そこまで決めていたに方は、やはりディスプレイに目をとめて、お店に入ってくださいます。
ですから、その時何が必要とされているか…あとはご覧になる方がどれくらいの年齢層か…など細かいことに配慮して、ディスプレイしていました。

 例えば、普段はご両親(特にお母様)がお洋服を選ばれることが多いですが、七五三の前になると、圧倒的におじいちゃまとおばあちゃま連れの方が多くなります。
それを意識して、売る側も、年配の方の知識に応えられるように勉強しなければならないし、伝統的なスタイルのものと、現代的なものの2種類を用意してお話しするなど工夫すると、買っていたいだけることが多いです。

 あくまでも、相手の言葉を否定しないで、しかし新しい情報もさりげなく伝えるなどしておかないといけなくて、洋服を売るというより、相手とのコミュニケーションをどうとるかが大切になります。
なぜなら、お子様の場合、特に小さければ自分の意志でこの服が良いと選ぶことは少なく(一部小さくてもこれは嫌、これがいいと自己主張する子はいますが…)、大人の気持ちが強く入ってくるからです。
普段の買い物は良いにしても、七五三のような伝統的な行事になると、どうしても親御さんとおじいちゃまおばあちゃまの意見が食い違ったりしますので、それを知識とコミュニケーション能力でうまくまとめなければならないのです。

 子供服だとマヌカンの役割は果たせないので、品よく感じよく何を聞いても答えてくれる…という信頼感を得て、お買い上げいただくことになります・
 デパート勤めの場合、自分のところの商品の知識はもちろんですが、他社のものにも目を配り、おきゃ様から他社のことを聞かれてもある程度は答えられるようにしておく必要があります。
結局は、自分のところの利益優先ではなく、お客様に親身に応対することにより、次は私どもの商品を買っていただける…というようにつながっていくからです。

 また、レジ担当の(デパートの社員)の方ともうまくコミュニケーションを取っておくとなにかと仕事がしやすでしょう。
デパートの地図も頭の中に入れておくと働きやすいですよ。
トイレの位置はよく聞かれます(笑)
 私は子供服でしたが、大人用でも紳士用でも、同じように配属先がデパートということはあると思うので、参考になればと思います。

 

25歳、女性、某アパレル販売員

数年前アルバイトで低価格が売りのアパレル販売員として働いていました。

当時は洋服が好きなだけで洋服に詳しいわけでもなく、経験もない私がアパレル業に就こうと思ったのは
どのショップに入っても販売員の方々はそれぞれのショップの洋服を身につけてお洒落でキラキラしていて素敵だなと感じ私もこんな風になりたいと思ったからです。

仕事が始まってみると実際毎日お洒落をする事が大変だとすぐに感じました。
化粧、身だしなみチェックは欠かせなくお客様からの目を常に気にしないとやっていけない世界だと痛感しました。

ですがそれがプラスにも働き美容に興味を持ち、体型維持や雑誌のチェックなど日々奮闘し頑張っていました。

私が勤務した店舗は売り上げも高くなくお客様も少なかったです。
毎日ゆっくりとした時間が流れる事が多く忙しいと感じることは少なかったです。
未経験で入りましたが仕事はゆっくり覚えられたのでその点は良かったと思いました。

ですが慣れてからは掃除や入荷作業が終わると時間を持て余す事があり、仕事を無理やり探したりお客様が来店するのを待っているなんて事がしばしば…。
来店したお客様に接客に付いても煙たがられる、けど今逃したら次のお客様はいつくるのだろうかとこんな気持ちが続きこんな状態でいいのかなと悩む事がありました。

そしてある日お店が閉店することを告げられ他店移動しないか?と声をかけて頂きましたが私の住んでいる場所からは遠くお断りしました。

閉店まではあっという間に時間が過ぎ、閉店セールが始まると今までお店に足を運ばないような客層の方がお店に来店し、洋服を次々購入していかれ、こんなに売れるのか!と毎日驚きそして忙しく閉店する最後の時間までバタバタでした。

沢山お客様に来て頂いた最後の時間は私にとって貴重でした。
あんなにゆっくり流れていた時間がこんなに早く過ぎるのかと、疲れはするもののやりきった!と言う気持ちを感じれました。
そして閉店するのを惜しんで下さった顧客様との出会いは今でも忘れられません。

当時は経験が浅く業務に慣れて終わってしまっていた私ですが、今思うともっと自分に出来たことはあったなと思う事が後悔していることです。

これから働く方へアドバイスがあるとしたら自分のお店だけではなく、他のブランドの店員さんの動きや情報を沢山取り入れると自分に足りない物がわかると思います。

28歳 女 いい経験になりました

私は20代後半の主婦です。
私がアパレルの仕事をしていたのは20代前半のことです。
都心のショッピングビルで某レディースブランドに1年ほど勤務していました。
もともと、アパレルスタッフ希望で面接を受けたわけではありませんでしたが、系列店舗の雑貨販売部のスタッフ面接を受けたところ、面接官の方に推薦していただき、アパレルの方で働くこととなりました。
まさか自分がアパレルで働くとは思ってなくて、正直なところ始めはすごく怖かったです。
販売員同士が売上を競ってギスギスしていそうなイメージがあり、続けられるか不安もありました。
働き出してから思ったのは、意外と人間関係は良好だということでした。

確かに売上記?の良い悪いはみんなが見れる状態にしてありましたが、かといってギスギスしている訳ではなくチームプレーで頑張っているといった雰囲気がありました。
スタッフの半分はアパレル経験者ということもあり、接客やコーディネートのコツなどをたくさん教えてもらえたので、すごく心強かったです。

自分が着せたマネキンや、私が着ている服を着て、「あれが欲しい!」と言ってもらえた時は本当に嬉しくて、もっと頑張ろうという気持ちになりました。
逆に、アパレルが大変だと思ったところは、店頭で着る服をたくさん買うことになるので、そのぶん出費がかさむというところです。

社割はありますが、在庫がなくなり売り切れてしまうとその服は着られないので、またすぐに買いなおさなければなりませんでした。
それに加えて、身だしなみとして、美容院やネイルサロンへ通ったりしていたので、働いているのにお金が飛んで行くといった現象が起きていました。

当時、私は一人暮らしをしていたのでそれがとても痛い出費となり、違う仕事を探すことにしました。
でも、おしゃれをすることが仕事の一部であるアパレルは、服や美容が大好きでおしゃれが大好きな人にとってはとても楽しい仕事だと思います。

32歳男先を見通して日々仕事をしています。

スポーツアパレル専業のメーカーで働いています。

前職はスポーツ量販店で働いていました。

店舗で物が売れなくなっている状況を目の当たりにし、「販売業」の未来は明るくないことを感じました。

他人が作ったものを売るのではなく、自分で作る能力があることが重要だと思い、アパレル製造メーカーへ転職しました。

アパレルメーカーへ転職したものの、自分の仕事は直営店での販売業務でした。

ただ、他メーカーのものを売るのではなく、自分が案を出したものが出来上がってくる工程、それを販売しお客様が喜んでくれる姿は今までのそれとは違うやりがいがありました。

既存の商品のいいとろこを無理にでも探して販売していくよりも、ダイレクトに必要とされているものを作り販売していくことへ将来の可能性も感じました。

ただ不満のあります。
業務自体ではなく、会社の福利厚生やシステムの問題があります。

かつては大企業と言われるような会社に勤めていました。
やはり大企業と言われるだけあって、もちろんサービス残業はあったものの最低限の福利厚生はしっかりとしていました。
今勤めている会社は中小の小さい会社です。
会社自体も現社長が1代で作り上げてきたもの。
評価システムや福利厚生が雑で、そういう管理はないに等しいです。

一口にアパレル業といっても、自分の会社の場合、製造業務を担う「本社」と、販売業務を担う「店舗」があります。
企画・製造卸業と販売は仕事内容がまったく違います。
アパレルに関連していても仕事内容を見極めることが重要です。

また「昇進」があるかどうかも重要なポイントです。

販売員・店長・バイヤーなどと昇進していければよいですが、そういうシステムがないといつまでも店舗で販売業をすることになります。
はっきりいっては販売業の賃金は低いです。
その最前線である店舗営業の人員は特に待遇が悪いです。
若い頃はなんとかなるかもしれませんが、30代・40代になってくるとつぶしがきかなくなってきます。

販売が好きで、お客様とお話しすることが好きで一生やっていたいというのなら別ですが、そうでないなら先を見通しておいた方が良いです。

20代女性 アパレルのつらさ

20代、女性、現在は会社員です。
今の会社の前にアパレルで勤務していました。
女性ものアパレル某大手衣料品チェーンで勤務していました。
働いたきっかけは単純に洋服が大好きだったからです。
特に働いたチェーン店の洋服はいつも着ていました。
よく店舗にお客さんとして買い物に行っているときは、店員さんもとてもかわいくてやさしい方ばかりだと思っていました。
私もこんな風に楽しく働きたいと思ったのがきっかけです。
面接して合格して、シフトせいの勤務でした。
働きだしてまず、常に新作を自分で購入しなければなりませんでした。
ある程度購入することはわかっていましたが、毎月毎月、購入し金銭的にかなりきつかったです。
また、店舗にたつときも他の先輩と洋服がかぶってはいけないので、いつも予備の服を持っていました。
くつも販売しているチェーン店でしたので、くつも購入していました。
また一番苦しかったのはノルマの達成です。
ノルマが毎月一人一人あたえられていて、なんとしてでもその数字をこなしていくという雰囲気でした。
朝礼では毎日昨日の実績が発表され、自分が獲得できていないととても気まずい雰囲気でした。
お客さんとして利用しているときは、きれいで、かわいいところしか見ていませんでしたので、アパレルの裏側をみて少しショックでした。
自分も本音ではないことをお客さんに言い、購入してもらう、というのは最初は慣れずつらかったです。
また、外からみれば店員どおし、仲良さそうにみえますが、中ではバチバチとしていることも多く、女だけの職場でしたので、悪口なども毎日耳にしていました。
アパレルで働きたいという人は多いでしょうしもちろん、とても働きやすい職場もあると思います。
大切なのはまず面接の時にどれくらいのノルマがあるのか、自分が購入すべき服は毎月どれくらいなのかを確認しておいた方が言いと思います。
そこまで給料が高くないのであれば毎月の出費がかなり辛くなると思います。

28才女性 楽しい経験でした

ファッションが好きで、以前アパレル直営店で数ヶ月働いた事があります。

前職を辞めて無職の時に、好きなブランドショップで従業員募集という案内が貼られていたので問い合わせてみました。

比較的すぐに決まって、すぐ働き始めました。

ギャップはなかったけれど、立ち仕事は思っていた以上に疲れました。

1日シフトで入ると、帰宅しても疲れて、休みの日は寝てばかりいました。

常に笑顔で接客することにも疲れたのだと思います。
家に帰るともう話したくない感じでした。

仕事としては、おすすめした服を買って下さるお客様がいると嬉しかったです。

シーズンのおすすめコーディネートをディスプレイすることも任せられ、自分ができる裁量があったのでやりがいもありました。

何よりお客様と好きなファッションの話をして盛り上がったりする時間が何より楽しかったです。

社員価格で服を購入できたので、大量に自分の服を買ってしまいました。

仕事上必要だったので、必要経費ですが、退職後は全く着る気になれない服ばかり買ってしまったことが後悔?です。

好きなデザインというよりも、シーズンのおすすめ服で派手めのものを選んでしまっていたので。

アパレルは棚卸し、在庫チェック、品出しなど、裏の仕事も結構あります。
どの業界でも同じですが、面に見えてる仕事は全体の半分くらいかもしれません。

あと、百貨店にテナント店で入っている場合は、その百貨店のルールや雰囲気が大きく関係します。
かなり細かな規約があります。

カードの取り扱い種類も多いので、慣れるまで時間がかなります。

あとは一緒に働くメンバーとの相性などもあり、気が合えば皆で一緒に楽しく働けると思います。

基本的にはファッションが好きで、人と接することが好きな人には向いている仕事なので、該当する人にはおすすめです。

22歳女憧れのアパレル会社、理想と現実のギャップに私は、、

はじめまして、ライターのbadoooと申します。
私は以前、某アパレル会社で服飾雑貨をデザインしておりました。
私がこの職種を選んだのは服飾系の専門学校に通っており卒業後の就職先として服飾関係のお仕事に就きたいと思っていたからです。
仕事をする前のこの仕事を始めるまでは自分から湧き上がるデザインを形にし、世に出し、自分のセンスを認められたいと思っておりました。
流行のキラキラした素敵なファッション、雑貨、カバン、、そのようなものに囲まれてお仕事する事がとても楽しみでした。
しかし、いざ仕事を始めてみると、まずは雑用から。

コピー、お茶出し、その会社は製造は中国でしたので、中国の方たちとのやり取り。
これがなかなか上手くいかずに手こずりました。
それと営業など。
私が思っている仕事なんて一ミリも出来ませんでした。
しかし、次第に頑張りを認められてデザインの仕事を少しずつさせてもらえるようになりました。
しかし、そこでも私は思って事と違う。
と思います。
確かにデザインはさせて頂きましたが、流行ばかりを追いかけてリサーチし、それに似せたものを作るばかり。

私は流行のものも好きですが、もっと新しいものを作りたかったのです。
試しに斬新なデザインを考えて提出してみても却下です。
今思えば斬新過ぎたかもしれませんが。

(笑)上司に相談するも、あなたは言われた通りに仕事していれば大丈夫だから。
と、言われました。
なんだかやる気が一気になくなってしまいました。

そこで私は一年半しか務めていない某アパレル会社を辞めてしまいました。
今思えば、石の上にも3年と言うことわざがある様に、せめて3年は誠実に一生懸命頑張って働いていれば何か違ったのかなと思います。

諦めるのが早かったと後悔しています。
退職後は全く別の仕事をしながらも趣味で革の小物雑貨を作ってたりして小規模ながらに販売もしていました。
私にはそれが合ってる様な気もしますが。

それはそれで楽しかったです。
仕事は仕事として、好きな事はプライベートで楽しみました。
当時はまだ私は若く、自己が強く、恥ずかしながら自分は凄いことをするんだと奢りもありました。
今アパレルで働くならもっと謙虚に働きたいなと思います。
(笑)でも、今は自分なりにもっと楽しいことを見つけることが出来たので結果オーライかなと思います。
読んで頂きありがとうございます。

34歳男性 ファストファッション店での経験

現在34歳の独身男性です。
29歳の時に世界的ファストファッションブランド店に6ヶ月間勤務しました。

働き出したきっかけは若い時から服が好きで服に携わる仕事がしたく高卒と同時に就職して11年働いた会社を退職してアパレル業界に転職しました。

お勧めした商品を購入して頂いた時はとても嬉しかったです。

思っていたよりも店頭に立っている時間が長く体力的には結構大変でした。
どういったコーディネートがいいのかなど日々トレンドを研究することは必須でありTVや雑誌他のお店をチェックしてリサーチしていました。

自分の好みだけでは成り立たずお客様に合わせた提案が必要でありました。
私はレディース部門を担当していましたが、女性にお勧めするのは平気でしたが試着室には入れないのでそこでの提案ができず女性スタッフに変わってもらったりと周りの方に負担をかけてしまいました。

お客様とはファッションの話よりも日常会話が多く様々な年代のお客様と会話ができました。

ほぼ貯金もなく転職したのであまり裕福な生活は送れませんでした。

私自身は、転職をしてみて後悔はありませんでした。
やはり自分で選んだ道なので自分の決断に責任を持ちたいこともありますが経験しないとわからないことが多々あるので私にとってアパレル業界での経験は立派な財産となりました。
私は次のステップに行くために転職しましたがアパレル在職中に次の仕事を決めアパレルをやめた次の日から別の職場で働き全く休まず新たな仕事に就きました。
辞めてから次の仕事を探すとなると次の職に就くまでの間の支出を貯金で賄わなければなりませんのでかなり難しいと思います。

また土日祝日は出社になることが多いと思います。
職場によっては配慮されているところもあるかもしれませんが独身の方などは土日祝日にシフトが配置されることが多いと思います。

とにかく服をたたむことが多くたたむのが苦手な方は嫌になるかもしれません。
売上が上がってないと店の商品を従業員が購入しなければないないことも職場によってはあります。

アパレル業界大半は収入面は恵まれてないのでお金のために働きたいではやっていけないと思います。
収入よりもやりたいことをやってみたい人は是非チャレンジしてみてください。
人生1回きりなのでやらない後悔はもったいないです。

33歳 女性 アパレルショップで働いて得たこと

30代女性です。

20代のころなので10年ほど前になりますが、飲食以外の接客業に携わってみたいと思い、某有名アパレルショップに応募しました。

かなりブラックだという噂が絶えない会社でしたが、当時住んでいた土地が田舎だったこともあり、勤務している人もそんなに厳しくないだろうと、軽々しい気持ちで応募、入社が決まりました。

しかし、働き出してみると動作の一つ一つに時間制限や細かい動きの指定があり、マニュアル通りに動くことをほぼ強制されていました、また、体育会系のノリなのか叱咤激励が飛ぶ場面が多く、インカム越しで怒られることや、小言を言われることがとても多かったです。
自分が仕事ができないからというのが大きな原因ですので、仕方ないことなのですが入社当初から、ある程度の完璧を求められる環境が初めてだったこともあり、困惑したことを覚えています。

レジに立つ際、フロアに立つ際にもちょっと気を抜いたり、忙しそうな顔になると「笑顔が足りていない」と注意されることも頻繁にありました。

また、商品のたたみ方や見せ方、新商品の知識やセール品のインプット等毎日覚えることが膨大だったため、勉強をしている時間も多かったように思います。

現在はアパレルとは関係のない仕事をしていますが、結果としてこの仕事を通して、
お客様の前に立つときに大切な意識や、商品を購入してもらうためにはどうすればいいのかを考えるスキルが磨かれたように思います。

商品の話をするだけでなく、店舗から出るまでいやな気持にさせないようにするには
きれいに商品が袋詰めされていることや、レジ対応を行っている人間までが姿勢よく笑顔で対応することが求められるということを意識して仕事をしておりましたので、接客について、より深く考えるきっかけになったように思っています。

また、一緒に働いていたスタッフ皆様もすごく厳しかったのですオンオフの切り替えがうまいのか、プライベートでは優しい方や親身にお話しを聞いてくださる方が多く、それだけ必死にならないといけない業務だったことが後になって分かりました。

普段ショップに行っても気づかないことが多いですが、商品を一つ探すことや常に同じ姿勢で接客できることというのが、どれほどの努力量のもとに成立しているのかを感じることができた貴重な体験でした。

49歳女 好きな仕事でしたが早期退職しました

アパレルの仕事を3年ほどしていました。
社会人になりたての頃です。
デパートに入っているテナントで環境は悪くありませんでしたが、販売員は立ち仕事なので足が棒のようになります。

会社の決まりで、上は白いブラウス下は膝下の黒いスカート、靴は少しヒールがあるパンプス着用でした。
アパレルの仕事というと宣伝の意味もあって会社で販売している服を着るものですが、その店はそういう決まりが一切なく服にかかる費用は助かりました。

10代後半から20代の女性が好みそうな服を主に販売していました。
高級ブランドではなくごく普通の服なので気軽に立ち寄るお客さんの数は多かったです。
常にお客さんが居る状態だったので暇をもてあますことはなかったのですが、接客している時間が長くその間ずっと立ちっぱなしで気を遣って疲れました。

アパレルの仕事を選んだ理由はファッションに興味があったから。
昔からオシャレが好きで服もアクセサリーも大好きです。
せっかく仕事に就くなら自分の好きな仕事を・・・ということで選んだのがアパレルの仕事でした。

やりがいはありましたがどれだけ服を売り上げても給料は増えません。
歩合制ではないですし私は正社員でしたから売り上げを出して当たり前で・・・。
とはいえ、給料はたいして多くなく給料日はいつもがっかり。
親元で生活していたので生活はなんとかなりましたが、アパレルの仕事だけでひとり暮らしは絶対に無理でした。

立ち仕事が好きな人は苦にならないと思います。
私は足がむくみやすかったし足が臭くなるのが嫌でした。
靴は何足か用意して履き替えていましたが緊張しやすく脚汗をかきやすくてその汗が臭うのです。
靴下なら汗を吸い取ってくれますがストッキングはダメです。

毎日好きな服に囲まれて仕事をするのは楽しかったけれど、足のむくみと給料の安さから退職。
迷いに迷いましたがボーナスも少なかったので辞めるなら早めがいいと結構あっさりと身を引きました。

29歳男 大好きな紳士服ブランドで働けたけど廃業してしまいました。

 おはようございます。
僕は29歳の男性です。
現在の職業としては、自営業(フリーランス)をしております。

 僕が何故その紳士服ブランドで働いたか?というと、その紳士服ブランドは、とある刑事ドラマで有名になったメーカーだったのです。

 1980年代の刑事ドラマで、とてもカッコイイ俳優さんが着用したことによって、一躍有名になった紳士服ブランドだったからです。

 特にスリーピーススーツが人気でしたし、ちょっとだけキワモノ系のデザインが多いスーツメーカーでした。

 僕も小さい頃からこのメーカーのスーツに憧れておりました。

 それで念願のスーツメーカーで働ける事に夢と希望を抱いておりました。

 現実とのギャップとか働いて心境の変化はあったか?という事ですが、特になかったように思います。

 むしろ毎日毎日、好きなスーツに触れて働けることと、好きなスーツを着用して働けていたので毎日充実した生活をしておりました。

 ただ、自分の好きなスーツのシリーズだけを展開する訳にもいかずに、今季今季で流行るものは絶対に展開しないといけない決まりがありました。

 それはもちろん、仕方のない事なのですが、中々受け入れるのに苦労した覚えはあります。

 この時の心情としては、「今季に流行るものを展開するのは当たり前だけど、もう少し「定番」を展開した方が利益になんのになぁ」と思っておりました。

 何故僕がここまで言えるか?というと、お客様から「えぇ?定番のストライプがないの?」や「おいおい!ダブルスーツが欲しいのにないのかよ・・・」やら「ダブルスーツがあってもこんな細見じゃないんだよなぁ。
ソフトスーツが欲しいのよ」等の声を頂戴していたのです。

 僕はこの旨を上司に報告しておりましたが、上司は中々受け入れてくれる事はしませんでした。

 後悔していることといえば、もう少し強く上司に意見具申するべきだったと思っております。

 そうすればもう少し、利益を上げる事が出来たのは確実です。

 最後になりますがアドバイスとしては、服が好きでアパレル業界で活躍されている方に、言いたいことがあります。

 それは「部下の意見をきちんと聞いてあげて」ください。
という事です。

 それと部下は「もう少し強く意見具申をするべき」です。
しかも何回も何回もです。

 意見具申しないと絶対に、「後悔」すると思います。
僕だって未だに後悔しております。

 ですが、今さら後悔しても「時すでに遅し」という状態なのです。
結局は、廃業してしまったのです。

 僕のようになってほしくないので、このアドバイスをさせて頂きました。

56歳女性、プレタの仕事は体力も感性も強くしてくれた。

56歳、2年前まで百貨店内の高級婦人服ブティックで働いていました。
アパレルとの出会いは、大学を卒業して、新卒採用されたアパレルメーカーが最初です。
その後、会社は変わりましたが、20年以上、アパレル業界にいました。

新入社員で入った会社、当時はバブル最盛期、今でもファッション業界といういだけで、華やかな印象を持たれますが、そのころの華やかさは、花の女子大生を経験した身でも驚くことばかりでした。

百貨店の婦人服の中でもトップクラスだった私のショップは、売り場面積も広く、スタッフも7、8人。
同期入社3人それぞれに先輩社員が教育係としてついて、日々の業務の指導はもちろん、私服の着こなしのアドバイスから、メイクの仕方、について付きっきりでお世話してもらいました。

きれいな洋服に囲まれて、快適な空間で過ごせて楽な仕事、だと思われがちです。
ショップで独立しているため、全ての事を自分たちで対応しないといけません。
セール前などは、大きなパッキンが50個以上、自分たちで台車に載せ、運んで、開けて。
力仕事も半端ないくらい多いです。
それを閉店後、開店前の限られた時間でやるために、おしゃべりする間もなく、ひたすら力作業にあけくれることも多かったです。

そんな時は、セール品で気に入ったものがあれば、1番にキープできるのが役得、でした。

セールの初日は、開店と同時に地響きをたててお客様が来店して、3時間くらい、何もできずに空のハンガーを持って居場所を確保するくらいしかできませんでした。
接客する必要もないけれど、1日終われば、何百万、1千万超える売り上げが上がって皆、気分良く閉店作業をしていました。

お客様も優雅な奥様がほとんどで、お菓子の差し入れも毎日のようにありましたし、一人の方の接客時間も、1、2時間は普通だったので、接客中の雑談、旅行の話や、人生の先輩としてのアドバイスをもらったり、皆さんがとても優しく、接してくださいました。

普通の会社勤めでは多分得られないであろう、人と人とのつながりを経験できたと思います。

ストレス解消に服を買いに来られる方、楽しい行事のために服を買いに来られる方、人それぞれですが、ショップを出られる時、お見送りの際は、ほとんどの方が、楽しそうな笑顔で帰って行かれます。
「いいお買い物ができました。
」と言われると、そこに至るまでの、わがままな希望や難しいリクエストに対応する苦労も全てクリアされて、充実感が得られました。

クレームを言われることも少なくはありませんでしたが、全てが勉強と思えれば、アパレルの仕事は、衣食住すべてに感性を学ばせてくれる仕事だと思います。

50歳、婦人服メーカーでの接客販売、ストレスも多いです。

大手百貨店内に出店している婦人服のメーカーで働いていました。
25歳の時に働き始めて、店舗は何度か変わっていますが、50歳の今もアルバイトで週数日、働いています。

販売の仕事には、何の資格も必要ありません。
特別なスキルもいらないうえ、常時人手不足で常に、どこかのメーカーやブランドが販売員の求人を出しています。

私も、これといった資格はなく、ただ、それまでも接客業に従事していたので、同じ「接客」だからと深く考えずに、この仕事を始めました。

私自身は洋服を購入する時は、本当に何かを買いたい時、必要な時で、暇つぶしに試着したりという事はしません。
が、実際に働いてみると、この暇つぶしや「冷やかし」が多い事に驚きました。

百貨店内の店舗には、それぞれに1日の予算が組まれています。
もちろん全日、達成できる訳ではありませんが、その予算を目指してスタッフは接客販売に従事しています。
1枚のスカートを購入するのに、2時間近く試着質を陣取って、散々あれこれ試着し、「じゃあ、お取り置きしておいて下さい」。
こうした方は、もう絶対に店にはやってきません。
2時間の暇つぶしをして帰って行っただけです。

この間に他にお客様に接客していたら、何か売れたかもしれないなと後悔します。

中でも一番辛かったのは、自分買いです。
お店や、一緒に働いている店長の人柄にもよりますが、「もう少しで予算達成できる」逆に「売り上げが悪すぎる」時は、自分で、その店の商品を購入しなければなりませんでした。

アパレルショップには洋服だけでなく、アクセサリーなども小物も置かれている店が多く「サイズが合わない」のであれば「小物」を買って、「予算に責任を持って」と言われます。

ある月は月収の3割を自分買いしていて、何のために働いたのだろうと、この仕事と職場を選んだ事を後悔しました。

販売は資格も必要なく基本的に誰でもできる仕事なので、入るのは簡単ですが、お客様は本当に我儘で自分勝手です。
ちょっとした事で百貨店の「お客様相談室」にクレームの電話を入れてきたりもします。
それ自体は仕事ですから仕方ないとしても、売上の責任まで自分のお金で取らなければならないという店舗もあるので、お店を決める時は、そうした事も事前に、しっかり確認しておくのが良いかと思います。

29歳女 自分がどうなりたいかを発信してキャリアアップしました

私は大学4年生のときに20代向けのレディースブランドを運営する会社に入社しました。

そのまま社員登用され、2年後に都内の店舗の店長になりました。

店長を1年半経験し、そのあとは本社で3年ほど営業職に従事しています。

自分の年齢とブランドがそぐわなくなったため、20代最後に退職し現在は別業界で働いています。

もともと洋服が好きだったので、大学に入ってすぐに学生OKのアパレルショップで働きました。

そこでは学生ということもあり、大きな仕事は任されていませんでした。

就職活動ではブライダル業界を中心に探していましたが、うまくいかず、別業界からの内定でした。

そこで働く自分のイメージができず悩んでいた中で、最後にここだけ受けてみようと好きなブランドをアルバイトで応募し、受かったため就職活動を辞めて
しっかり「仕事」としてアパレルに向き合うことにしました。

女性ばかりの職場なので、ギスギスしていたり上下関係がはっきりしている怖いイメージを抱いていました。

実際に入ってみると、芯がはっきりしていたり気が強い人はいたもののみんながでお店の予算達成をするという目標があるのでチームワークの強い職場でした。

最初は自分だけ実績をつけて、販売からすぐにキャリアアップしたいと考えていましたが、いざ働いてみると後輩のマネジメントや顧客作り、ファッションビル担当者との関係構築や裏方作業など業務は幅広く、せっかく販売をやるならいつかは一つのお店を任せてほしいと思うようになりました。

せっかくアパレルに入ったのだからしっかりと評価してもらえるまでは続けようと思い、目標を「店長になること」に設定しました。

店長に昇進し、数年やったときに本社に異動したときも、そこでも「3年以内に~~~を達成する」と明確な目標を立てました。

周りの異動を見て焦ることももちろんありましたが、自分の目標に対してぶれていないかを常に確認していました。

面談などのタイミングで「店長になりたい」と話していたり、「店舗は後輩に任せたい」と、自分の考えは上長に共有してきました。
タイミングよく異動できたのは、発信してきたことと汲み取ってくれる会社だったからだと感じています。

店長時代に後悔していることが一つあります。

店長になったばかりの時に、うまく後輩のマネジメントができなかったことです。

店長の一言、行動ひとつでお店や仲間の雰囲気はガラっと変わります。

もう少し余裕を持って仕事に取り組んだり、うまくお店の仲間に頼ることができたら辞める子もいなかったし、お店の実績も変わっていたのではと思っています。

アパレルは、時代の流行を色濃く受けますが、しばらく働くと自分が慣れてルーティーンのような仕事になりがちです。

後輩ができたタイミングや自分がある程度の位置に入ってしまうと気が緩みます。

そこで明確な目標を作れるかどうかが分かれどころです。

どの仕事でもそうですが、なんとなくやってみるかとせっかくならここまではできるようにしたいと思うか、目標を立てているかで働き方は全然違います。

「自分がどうなりたいか」はぜひ組み立てて、面接や上長に話してみてください。

すぐに形にならなくても思いがけないタイミングで汲み取ってくれる可能性があります。

ブランドを出したいと話した社員が新ブランド事業部に異動になったり、店長になりたいと言った社員が副店長として異動することも少なくないです。

アパレルで働くならその先どうしたいか、どうなりたいかもぜひ考えてみてください。

20代女 接客業はスタッフ間の仲の良さで決まる。

わたしは革製品のバッグや小物を多く取り扱っているお店で働いたことのある20代前半の女子です。

もともと接客することや人と話をするこたが好きで、アパレル業界に入りました。
学生の頃はずっとカフェでバイトをしていたので職種は違うもののうまくこなせるし楽しいだろうと思っていました。
働き始めると、飲食の方がはるかに運動量も多く同じ労働時間時間でも疲労の具合が全く違うことを感じました。

もちろん長時間の立ち仕事のためアパレルもそれなりに疲れますが、わたしは個人的にもう少し早くこの職についていれば良かったと思いました。
しかし飲食店は皆食事をすることを目的で来店されますが、アパレルのお店ではふらっと立ち寄りウインドウショッピングをする方も多くいて、お店の単価もファストファッションなどに比べるとだいぶ高いためどんな方にもお声掛けをしなくてはいけないことが少し苦痛に感じ始めました。
感じの悪いお客さんなどだと少し嫌な気分になります。
わたしも目的がなくお店に入ったりして声をかけられたりする、もっとゆっくり見たいのになあと以前は思っていましたが、働く側になってから店員さんも仕事でやっているだと感じ始めました。
なのでそれからはプライベートで買い物に行く時などは逆にショッピングをゆっくり楽しむことができるようになりきになることやわからないことを店員さんに聞いてアドバイスを貰ったりと有意義な買い物ができるようになりました。

これから働こうとしている人にアドバイスをするとしたら、何より職場の雰囲気やスタッフ同士の人間関係がアパレル業界では大切だということです。
大きなショップでお客様の回転率も早いお店だと少し違うかも知れませんが、わたしのお店は比較的ゆったりとしていたため、そういうお店だとスタッフ間で過ごす時間が多くなります。
気持ちよく接客する上でも仲のいい職場だとすごくやりやすくなると思うので是非そこを一番に気にかけてもらえたら最高な職場になると思います。

27歳女、アパレルは意外と地味だった

幼い頃からスポーツが大好きだった私は、大学卒業後スポーツ用品関係の会社に就職しました。
初めは店舗に配属され、スポーツ用品にプラスしてスポーツウェアの販売を経験。
その後はスポーツ半分、カジュアルアパレル半分の店舗に配属になりました。
その店舗では、スポーツとライフスタイルのミックスされたような商品展開でした。

後者のカジュアルアパレルは、人気のアウトドアブランドが主。
ニーズが幅広かったため、客層は若者から年配の方まで多様でした。

また、店舗は大きな駅のすぐ近くにありました。
周りには居酒屋やバーも数件あったため、たまに酔っぱらいが入店してきたこともあります。

「酔っ払っていて3万円ほどのジャケットを買ったがその時のことをあまり覚えていない。
酔いが冷めると必要ないことがわかった。
返品してくれ。
」などどいうお客様がいたほどです。

アパレルを始め接客業をしていると、面白いお客様がたくさんいるのでとても楽しいです。
良いことではないかもしれませんが、癖の強いお客様や理不尽なお客様は裏であだ名をつけて呼んでいたこともあります(笑)そういう人に限って何度も来店されるんですよね。
イラっとする気持ちを同僚とおかしく吐き出せるなら、たまにはありだと思います。

アパレルで働いている方は皆さんそうだと思いますが、自分の顧客ができるととても嬉しいです。
名前で呼び合える関係になれ、服のことだけでなくお互いの近況を話したりして。
販売して予算をクリアすることはもちろん大事なのですが、私はお客様と繋がれることが楽しくて販売そっちのけでおしゃべりに花を咲かせてしまったことが何度もあります。

仕事自体は楽しかったのですが、表に立って販売するだけが仕事ではありません。
意外と地味な仕事も多く、バックヤードでひたすら商品整理をしたり店内のpopの作成、その他イベントの準備など黙々と作業することも珍しくはありませんでした。
小さな会社でしたので、全てをその店舗のスタッフでやらなければならなかったのです。
著名なブランドや大きな会社でない限り、意外と地味な仕事もたくさんあります。

私はそのような作業が嫌いではなかったので特に後悔はしていませんが、キラキラした世界だと思いきや実は・・・というギャップを感じる方はいらっしゃるかもしれません。

アパレルでの就職を考えている皆さんへのアドバイス。
アパレルは楽しいです。
努力すればするほど楽しく感じると思います。
人と話すのが好きな方は楽しめますが、数字に厳しいところではスタッフ間の競争によりギクシャクすることもあります。
大好きな服のブランドが嫌いになってしまったなんて話もたまに聞きますので、場所を選ぶ時は3番目くらいに好きな服のブランドのショップで働くのがいいと思います。

20歳の頃に働いた外資系アパレル

現在24歳のデザイナー業をしているものです。

外資系のアパレルブランドで販売・接客などをしていました。
なぜ外資系かというと英語が使えるからです。
もともとアパレルには興味があったのと、英語を流ようできる仕事で探していてたまたま求人で良さそうなところがあったので、3年ほど前ですが働いていました。
アパレルというとかなり華やかなイメージを持たれる方が多いと思います。
確かに、華やかです。
芸能人や有名なデザイナーがくるようなパーティーなどにも実は販売員でも招待されることがあります。
そのころは、私は下っ端の派遣社員だったので、連れて行ってはもらえませんでしたが正社員と店長はそう行ったパーティーにも行ったりしていました。
そして、店内はガラス張りですし、掃除も勿論行き届いているので店内はお洒落で、ピカピカです。
ただ、そう行った職場の掃除も自分たちの業務の一貫でした。
朝早くに出社して開店前に掃除や、その他雑務をし、ようやくお店が回転されます。
店内では、販売員なのでとても丁寧な立ち振る舞いをします。
それらの要因がおそらくアパレル業が華やかだと思われる原因だと感じますが、実際はかなり体力勝負な面が多いです。
裏には基本的に在庫などが保管されていますが、高い棚にぎっしりと収納された商品を管理し、把握しなければなりません。
スタッフ側の部屋は勿論お客に見せるものではないので、華やかさなんてものはないですし、まるで穴蔵や倉庫のようです。
そこで商品の管理や本部とのやり取りや他店との連絡や発注などのやり取りをしたりします。
正社員ではありませんでしたが、売り上げのシビアな話も店の人からされたりします。
が、接客方法などは基本的に教えてくれませんでした。
みて学べというか自主的にやってくださいというスタンスなところが多いです。
これはお店によるかもしれませんが、忙しいと人に教えたりするのがかなり手間なので、経験者がかなり優遇されます。
そういう面でも結構シビアです。

44歳、女性。人間関係に振り回されなければいい職場。

44歳、女性です。
働いていたのは某大手衣料品チェーン、1年間のアルバイトでした。

そこは当時、ブラック企業として各所で色々と叩かれており、アルバイトの募集に応募しようかどうしようかかなり悩んだのですが、経済的にWワークをしなければならなかった状況と、時給の高さ、そしてその店舗なら採用されやすそうだったので思い切って応募し、採用となりました。
今となってはそのお店で働けて良かったなと思っています。

某大手衣料品チェーン店なので、色々な条件は店舗によって大きく差があると思います。
一緒に働く社員や契約社員の人としての質も大きく関係してくると思うので一概には言えないと思うのですが、私が働いていた当時の店長さんが非常に良い人で、周りのパートさんやアルバイトも「その店長の為に頑張ろう」と一丸となって働いていました。

ただ、OJTが不親切だったなとも思います。
学生さんが多く働いていたのですが、私のような30代~40代の新しいバイトさんもいて、同じスピードでは仕事を憶えられなかったり、また、学生バイトのようにいい加減な仕事が出来なかったからこそ「要領が悪い」と注意されることが多々あり、だからと言って手を抜くとベテランのパートさんから注意されたり、と、勤めて一週間で辞めていく人もかなりいる状況でした。

私もWワークだったので、最終的には体力的にきつくなってきたので辞めました。
仕事が出来るようになり出してヘルプでシフトに急遽入って欲しいと言ってもらえるくらいにはなったので、給料的にはかなり貰えるようにもなったのですが、自分の時間が一切なくなってしまったのが辞める一因とはなりましたが、仕事のコツや同僚の相関図を覚えると、仕事自体に対して嫌な印象を持つことはありませんでした。

個人の問題になりますが、それでも、基本的には社員さんたちもアルバイトには感謝の気持ちを持って接してくれるので、人として「まともな人」社員が配属されている店舗であれば、アルバイトとしては働き甲斐のある職場だったと思います。

ただ、それ以上のランクを目指そうとするとかなり大変そうです。
仲良くなった契約社員さんに「あなたなら上のランクに挑戦するように店長から勧められると思うけど、アルバイトのままでいた方がいい。
」とアドバイスされましたから。

どんな仕事もそうですが、一番は関わる「人」に左右されるので、ある程度割り切って、自分がすべきことに一生懸命であれば楽しみが見つかると思います。

25歳 女性 安易に始めたアルバイトで結構大変でしたが学びの場とな

こんにちは。

5年ほど前にアパレル業界を経験しました、YUMEと申します。

私が働いていたのは、世界的にも有名な洋服メーカーです。

近所に店舗があったので、近距離通勤と比較的に高時給であることが主な志望理由でした。

私がアパレル業界に対して持っていたイメージは、華やかでファッションセンスが良い若いお姉さん・お兄さんが働いているイメージでした。

しかし、実際には重い段ボールを運んだり、商品棚移動などの重労働、商品陳列の工夫・整頓、売り上げノルマもかなりシビアに見られていたので、店舗に在籍している間は常にプレッシャーを感じていました。

出勤するたびにコーディネートのテーマを聞かれたり、新商品を自費購入(社員割あり)してコーディネートに取り入れるよう指示があったことは正直しんどかったですが、トレンドを取り入れつつも清潔感があって好感が持てるファッションコーディネートを学べたと、今になって感じています。

また、私が勤務していた会社はアルバイトでも社員とほぼ同じ新人研修があり、お客様対応の基準もしっかり定められていました。

20歳前の若者が家が「近くて高時給だから」と気軽に始めたアルバイトとしては結構厳しい環境でしたが、社会人としての基礎を身につけられたと思いまます。

アパレル業界だけでなく、すべての業界でそうだと思いますが、お店に関する事はすべて数字で管理されていることに驚きを覚えました。

例えば私が勤務していた会社ですと、各商品の目標売り上げ枚数が(去年の数字をもとに)設定されていて、毎月の目標売り上げ枚数も決められています。

その数字を各セクション(レディース・トップス、メンズ・パンツというように細かくセクションが分かれている)で管理します。

毎朝の朝礼で、各セクションが何を何枚売らなければいけないなどを共有し、店舗全体で共有して業務をします。

商品や経営状況の数字化には今は特に驚きはしませんが、当時はその徹底ぶりに驚き、みんなについていく事に必死でした。

大変失礼な言い方ではありますが、室内で涼しく洋服をたたんでコーディネートを考えるアルバイトと考えていた節があり、入社後大変後悔しました。

しかし、大変だった分学びも多く、自分の強みや好み、逆に弱みや苦手、修正すべき点などを知る機会となりました。

どんなお仕事も意識次第で自分自身を伸ばすことが可能だと思いますが、私にとってはアパレル業界で働いたことが初めて成「長しなければ」と感じる機会でした。

アパレル業界で働くということは、思っていた以上にシビアで厳しいことがたくさんあります。

しかし、それと同時に学びの機会が多くあります。

従業員同時の付き合い、先輩や上司から教わること、接客を通して得られる経験など、とても貴重な時間を過ごすことができると思います。

頑張ってください。

27歳女 憧れの古着&オリジナルブランドでの販売、EC業務

20代後半女性です。
音楽業界に居ましたが、他の業界も経験したいと思い入社5年を機に転職しました。

以前から好きでインスタグラムでフォローしたり、実際に買い物をしたことのある、ヴィンテージとオリジナルブランドを扱う会社が、丁度転職を考えていたタイミングで求人を出していたため応募しました。

EC業務全般を担当するスタッフの募集でしたが、小規模企業であることと人手不足のため、ふたを開けてみれば、商品の仕入れや店頭で接客業務を行うことも兼ねたかなりオールラウンドな業務内容でした。

中小企業に多い、いわゆるワンマンの家族経営の会社で、色々な面で理不尽を感じる場面がありました(セールや新作発売のスケジュールが直前に決定するなど、思いつきや行き当たりばったりに感じる部分が多い)。
よく言えば機動力がある、悪く言えば計画性がなく効率化もできず常にドタバタ劇の繰り返しで構造的に改善する人がいないといった感じです。

元々かなり自由な社風の大企業に在籍していたので、転職先の社風(全員野球で力を合わせて大変な仕事を乗り越える雰囲気)に最初は軍隊か!と抵抗を感じることも多々ありました。

数ヶ月の試用期間を終える直前は、社長や上司と話し合い、数ヶ月間外から来た人間として感じた会社の体制などに対する感想や意見を、不満も含めて伝えました。
正直続けるか迷っていたので、これで不採用となればそれはそれで良かったと思い、かなり遠慮なく話させてもらいました。

その結果何故か採用となり、今でもオールラウンダーとしてEC業務と店舗業務の兼任をしています。

自身の率直すぎる性格もあり、今では疑問に感じることについて都度話し合うことが出来たり、少しずつではありますが、改善していただりしています。

後悔している点としては、自分の選択ですので基本的にはありませんが、福利厚生が手厚くないのと、少人数のため休みが取りづらいのは、入ってから痛感させられた点ではあります。
これまで当たり前に与えられていたので、改めて給与面や福利厚生面は会社によりけりで、良いに越したことはない!というのは確実に言えることです。

アパレルへの転職は正直申し上げてさほど難しい事ではないと思います。
なぜなら慢性的に人手不足ですし、販売員の定着率はかなり低いので常にどこかしらの会社で募集をかけているからです。
また驚くほど待遇が良くなかったりもします。

その中で自分が満足できる仕事をできる、好きなものに囲まれて幸せを感じられる職場に出会えたらとても素晴らしいことだと思います。

27歳女 アパレルで得たもの

某有名レディースショップで店長をしていました、現在二十代後半の者です。

約7年の勤務後、紆余曲折あり現在は専業主婦として家庭に入っております。

楽しかったことも辛かったことも本当に様々ございましたが、結果的に自分を変える良いきっかけを頂けたのかと思っています。

ただ店長に就任してからの数年間は辛くなるほど自分自身との戦いでしたがそちらは後ほど。

アパレルへ入社したきっかけは純粋にファッションが好きだったから、この一択でした。

当時短大で就活をしていましたが中々良いご縁に恵まれず、そんなときにたまたま見つけたのが某有名アパレルの新卒採用ページでした。

絶対にここ!と決めていたわけではなかったですし、お給料や福利厚生を意識していたわけではないです。

他社のアパレルはわかりませんがトントン拍子で面接は進み、あっという間に内定を頂いたのを覚えています。

その後はインターン生として学生の間は店舗で働き、4月に新入社員となりました。

アパレルのイメージときくと、お洒落で煌びやか、みんな仲がよくて~、と思われる方も多いと思います。

実際私が働いてきた数店舗内であからさまに仲が悪いというのはありませんでした。

セール前は飲み会を行なったり、個人的に仲良くなったスタッフとは指定休を合わせてお出かけしたりと楽しめることも多かったです。

ただやはり私のいた世界は女の世界ですし、それに何といっても販売業に切ってきれないのが「売り上げ」です。

個人売りを必須としていたので、あの人にお客様を取られた!取ってない!などは日常茶飯事。

当時はまだペーペーだった私も必死になって売り上げを取る努力をしていたのが気にくわなかったのか、私の上司にお客様を取られた!と文句を言っていたスタッフもいるようです。

私が店長になってからは部下からの不満を回収し、それを無くしていくことも自身の業務となりました。

皆んなが円滑に業務をこなし、尚且つ売上を全員で取っていけるようにコミュニケーションをとらせる。

自身は不満も言わず(言えず)、いつでもみんなの味方といったスタンスで毎日仕事に挑んでいました。

元々自分自身がマイナス思考であるため常にポジティブでいる店長のポジションにしんどくなることが多かったです。

アルバイトさんからの文句やクレームをもらうこともあり、精神的にやられることもありました。

ただこうした経験が自身の器を大きくし、自身の悪い部分をコントロールするやり方を教えてくれたと今は感じています。

もしアパレルを目指そうと思っている方がこの文章を読んだら、「私にでも出来たんだからあなたでも大丈夫」と声を大にして言いたいです。

ファッションが好きならばそれだけでどの会社へ行っても大丈夫。

毎日大好きなものに囲まれているわけですからそれだけで気持ちは高まるものです。

アパレルなんて、とあまり良い印象を持たない世代の方もいますが、私はアパレルに勤務することで予想していなかった体験をたくさんしました。

実りあるものだったと感じています。

今は専業主婦なので外にでることはあまりありませんが、またいずれかは販売の世界に戻りたいと思っています。

まーもし一つやり直せるなら、お給料をもっと確認しておけばよかったなーと思いました笑。

以上です。

30歳女 転職してデザイナーズブランドでデザイナーをしています。

アパレルメーカーでレディースウェアのデザイナーをしています。
中学生頃、雑誌の影響でファッションに興味を持ち、高校卒業後に専門学校に入学、卒業しました。
現在デザイナー歴としては8年目、会社は2社目です。
学生の頃は、いわゆる衣装的で突飛、派手なデザインというよりは、自分が日常で着たいと思えるような、リアルクローズをデザインするのが夢で、専門学校卒業後は駅ビルやショッピングモール、百貨店に店舗を持つ、大手のアパレルメーカーに就職しました。
しかし、実際就職してみると大手ゆえの保守的な姿勢(世の中に流通した、いわゆる流行している商品、企画の焼き直し)や、意思決定までの時間が長く、デザイン決定1つにおいても沢山の人の承認を得なくてはならない点、何より1つのブランドにデザイナーが多く、そもそもデザインできる型数が少ない点が、デザイナーとしてはかなり退屈な会社でした。

今、振り返ると誰もが知っている大手企業の知名度という安心感はありましたが、特に給与が良いわけでもなく、あのままそこに留まっていれば、デザイナーとしての成長は止まっていたと思います。

結果、5年目の春に退社、現在のデザイナーズブランドの小さな会社に移りました。
現在の会社は規模が小さい分、沢山のデザインを任せてもらえ、デザイナーとしての力量をあげることができ、やりがいを感じています。

あまり知名度もない小さな会社ですが、給与も前職の大手企業よりキャリアアップ、といことで上げてもらえ、かなり満足しています。

不満な点としては、人手が少ない分、生産管理やチーフのアシスタント業務、展示会準備等、デザイン以外の業務がかなり多くなってしまったこと、また小規模の会社で売り上げが落ちると、先行きの不安が如実に感じられることです。

アパレル業界は現在、ラグジュアリーなゾーンと安価なゾーンの二極化が進み、中間ゾーンで活躍していた国内ブランドが淘汰されつつあり、需要と供給で言えば飽和状態です。
全体的には不景気と言われる厳しい業界で、在籍しているだけで業績や給与がアップしていくような、楽な業界ではありません。

もし、これからファッションやアパレルの世界に進もう、と考えていらっしゃる人がいたら、どういったこと(会社やブランドのやっていること)が自分に向いているか、また求めているか、また自分にとって魅力を感じるのか、よく自分自身を掘り下げ、やりがいを見出していかないと、なかなか厳しい世界だと思います。

現在は、個人でいろんな情報を発信しやすい世の中なので、企業やブランド属さなくてもやっていく方法もありますし、転職も当たり前の業界なので、1つのことにこだわらず、フレキシブルに動く、また興味があったら挑戦してみる、楽しそうだったら参加してみる、くらいの気持ちで動くのもありだと思います。

厳しいことや思った以上に地味で地道な面も多いですが、好きで楽しめれば、本当に良い業界だとも思いますよ。
ぜひ頑張ってみてください。

26歳女 他業種へ転職。離れることで嫌いになりかけたお洋服愛が復活

私は現在26歳、メーカー商社で営業職をしております。

学生時代からお洋服が好きでアパレル業界には憧れがあり、専門学校を卒業した後は迷うことなくアパレル販売員になりました。

20歳で就職した先はとあるメンズアパレルショップ。

髪色も服装も自由だし、とりあえず着せて褒めとけばみんな買うでしょ?的な甘っちょろい感覚で入社。

今となってはこの甘え腐った考えで入社した20歳の自分に説教したいくらいです。

メンズアパレルなのでスタッフもお客さんもみんな男性だらけ。
20歳の女子が入ってくればそりゃチヤホヤされます、最初は。

しかしいざ働いてみると当たり前のようにセクハラ、パワハラ、重くのしかかる数字へのプレッシャー。

毎日の12時間通し勤務、39度の熱があろうと休ませてもらえない。
重労働低賃金。

次第に心と体に不調が出始め、体調面では不眠や食欲不振、慢性的な胃炎になり、精神面では常に気分がどん底、死んでしまいたくなる衝動などこれまでの自分とは別人になっていきました。

大好きだったお洋服にも一切の興味も無くしました。

でもふと気がついたのです。

こんな状態になってまでやり続けたい仕事なのかと。

接客や販売は楽しかったけど心身ボロボロにしてまでする仕事ではないなと。

通常の状態だとそんな仕事は早く辞めればいいと思えますが人は追い込まれてくると視野が狭まり、目の前のことしか見えなくなってしまいます。

またやめたいという意思があっても慢性的に人手不足な業界でもあるので、店長など役職があったり、長く働いていると簡単には辞めさせてもらえなかったりします。

これを読んでいる方の中にもなんだかんだ理由をつけて辞めさせてもらえなかったり、辞めたところで何が出来るだろうと考えてしまって辞めたいのに辞められない方もいるかと思います。

私もその1人でした。

しかし今生きてるその人生は誰かのものでなくあなたのものです。

あなたがしたいようにするべきなのです。

アパレルのお仕事が出来るなら他のお仕事も出来ます。

アパレル時代の心身の不調は無くなり、お正月にのんびりできる喜び(アパレル時代はお正月など一切なかったので。。)を感じています。笑

アパレルのお仕事は素敵なお仕事だったなと今でも思います。
転職しても他業界でも大変なことはもちろんあります。

ただ今、キツイなあと限界を感じているのなら時には逃げることも必要だと思います。

今の人生はあなたのための人生です。

30代 女 人間性は売り上げにつながる

30代3児の母です。

10年前に結婚するまで、某有名ジュエリーブランドの展開するアパレル部でアパレル販売を4年間していました。

もちろんジュエリー販売部を希望していたのですが、配属先はアパレル部。
洋服、雑貨、ハンドバッグや小物を販売することに。

百貨店に店舗がある華やかなイメージのブランドですが、一日中、裏のストックで検品作業で終わる日も。
特にセール前は、数日連続で下っぱはストックにこもりがち。

店に立って接客して一点でも売り上げないと…という気持ちで自然と検品作業の手際も早くなりました。

人間関係は、ありがちな女の世界。

私は弱く、要領も悪くバカ正直だったので、周囲に飲み込まれて立場が悪くなることもありました。

店長含め、全員が20代女性の職場。

最初にお客に声かけした販売員が最後まで担当し、自分の売り上げになるシステム。

調子が良い時と悪い時、売り上げに波があるけれど、ある時、一つ上の先輩が常に売り上げナンバーワンをキープするように。
ちょうどその先輩がサブになった頃からで、責任感が増したんだと思った。

その先輩を観察し、自分も商品知識や百貨店内部の知識、責任ある言動、明るさ親切さ話しかけやすさを気をつけ、少しずつ自分に自信をつけることで売り上げも安定していった。

あと、仕事オンリーだけじゃなく、趣味やプライベートも充実させる努力も大切。
回りの店舗スタッフ、百貨店職員、お客さんとの会話もプライベートが充実していれば、弾むし広がる。

女の世界の人間関係は…
好意的で良い人もいれば、意地悪な人もいる。
どこにいってもそうかと思った。
回りにどんな人がいても、自分こういよう、と決めてしまわないと、飲み込まれる。

まずは周囲と仲良く助け合える環境を作っていく努力は絶対大切だということと、陰口は見ざる言わざる聞かざる、最終的に自分を守るのは自分ということを学んだ。

アパレル販売は本当に、努力次第で自分の人間性をどこまでも成長させられると思う。

30歳女 某大手衣料品チェーンの仕事で昇進を目指すようになった

オシャレが好きな30代で、若い頃からずっとオシャレを楽しんでいます。
洋服が好きなことがきっかけとなり、某大手衣料品チェーンで仕事を始めることになりました。
仕事をする前は、好きな洋服に囲まれて幸せな思いができると感じており、とてもワクワクしていたことを鮮明に覚えています。
しかし、実際に仕事を始めてからは、考えが少しずつ変わるようになりました。
というのも、働いてみると現実がわかり、仕事の大変さを感じるようになったからなのです。
例えば、オシャレな服にたくさん囲まれていたとしても、仕事をしている時にそれらの服が手に入るとは限りません。
お客さんたちにコーディネートを提案するだけであり、実際に可愛い洋服を手に入れられなかったことは非常に残念でした。
それに、お客さんたちが試着した後に、同じ服を何回も繰り返してたたむ作業がとても大変なのです。
すごくストレスを感じることも少なくありません。
また、店内は衣料品をたくさん扱っているために、埃が舞っていることも珍しくないのです。

長時間ずっと働いていると、疲れてしまうこともたくさんあります。
そのようなストレスを知った上で勤務をすることを決意すれば良かったと後悔しました。
しかし、文句ばっかり言っているとストレスが溜まってしまうので、同僚に相談に乗ってもらうようにすることもあります。

悩みを聞いてもらうことができるだけで、心が落ち着きます。
それに、再び仕事に対する情熱も持てるようになるので非常に助かっています。
今後はもっと知識や経験を身につけて仕事で昇進したいという夢があるので、しっかりと頑張っていくつもりです。

短期的に成果を出そうとせずに、長期的な視点を持って仕事に取り組むことができれば仕事に対して一喜一憂せずに済むのではないでしょうか。
周囲の人の意見に流されることなく、しっかりと自分のペースで歩んでいくことが大事であると肝に命じています。
興味があって始めた仕事なので、頑張りたいです。

42歳女 子供服のセレクトショップは楽しいけれど、作業は多い

 現在、私は百貨店に入っている子供服のセレクトショップでアルバイトとして働いています。

 これまでは主に婦人物のファッション雑貨(スカーフ、帽子、バッグ、靴など)を中心に仕事をしてきたので、同じファッションに関わる販売でも、アパレルよりは雑貨の方が向いていると思ってきました。
もともとはラッピングが好きで販売の世界に入り、次第にディズプレイやギフト提案なども得意になっていったので、転職するにあたってそれらを活かせる分野として子供服を選びました。

 過去には短期のお仕事で婦人服の販売もしたことがありますが、年々店頭でのお買い上げ、正規の値段でまとめ買いされるお客様は減っていると感じています。
百貨店や自分が欲しいと思えるようなブランドでは特に。

 その中で個人に課される売り上げ目標をいかに達成できるか。
それを考えた時に、自分に合っている現場だろうかと疑問を持ちました。
ファッションには興味があるけれど、婦人服という分野ではどうだろう…?と。

 そんな風に悩んでいるとき、求人サイトを見ていると、子供服での求人が増えてきていることに気づきました。
幼児教育の教室が年々増えていることでも分かるように、子供の数が減少している現代だからこそ、子供や孫のためにお金をかける大人が多いのだと思います。

 子供服の販売経験はない状態でしたが、この分野ならファッションコーディネイトだけでなく、自分の得意なギフト提案やラッピングも大いに活かせる!と思い、新店舗立ち上げのスタッフを募集していた今春から今の会社にお世話になることにしました。

 実際に働いてみて感じたことは、百貨店で、しかもセレクトショップだと、接客よりも何かしらの作業に追われることが多いという、販売員としては少し残念な状態にあることです。

 まず、各ショップごとにレジがあり、金銭管理に神経を使うところ。
更に、外商のお客様や株主さまの割引など、レジ操作のややこしい部分を、レジの研修も受けないままでいきなり本番を迎えるプレッシャーに日々さらされています。
後は、取引先の数だけ売り上げ報告や値下げの作業があるということ。
これは、自社ブランドのみの店舗に比べると、大変骨の折れる作業です。

 その一方、良かったと思えるのは、いろんなテイストの商品を扱っているため、お客様に提案できる商品の数も多く、接客が楽しくできるところ。
そして、個人の売り上げを厳しくチェックされるというのではなく、みんなで協力して、販売・レジ・検品などを行っていく会社の方針なので、スタッフ同士の仲が良く、人間関係でのストレスがないところです。

 アパレル販売とひとくちに言っても、いろんなジャンルがあります。
高級店からファストファッション、婦人・紳士、そして子供服まで、それぞれに特徴があり、求められることも違うと思います。
これからアパレルに挑戦しようと思われている方は、高級感あふれる場所で接客力で販売したいのか、ギフト提案やディスプレイを工夫して売り場を盛り上げたいのかなど、ご自分の目指すものや得意分野を今一度考えてみて、その上で方向性を絞っていかれたらいいのではないかと思います。

27歳の時に未経験で憧れのアパレルプレスへと転職。

新卒で大手セレクトショップに入社し、6年間販売員と店長として働いたのち、転職をして現在アパレルプレスをしております。

転職した理由は、もともとプレスになりたかったということもありますが、30代を目前としてこのまま接客のスキルのみでいいのか、と不安になったからというのが大きいです。
自分ではアパレルショップの店員はすごく素敵なお仕事だと思いますし、誇りを持っていましたが、単純にやりたいと思っていたことがこのままだとできずに終わってしまうのではないかと感じていました。
店長として表彰などもされるくらい頑張って働いていましたが、それも将来転職するときのネタのため、と思って頑張っていました。

モヤモヤしたまま5年ほどの時が流れ、たくさんの上司や先輩、同僚、後輩などが転職して去って行きました。
自分もこの仕事は十分頑張った、次のステップに行きたいと思い、思い切って転職エージェントや転職サイトなどにたくさん登録し、リサーチすることから始めました。

同じ会社で部署異動ということも考えましたが、店頭の販売員、しかも店長レベルの人員はなかなかマネージャーがそのポジションから離してくれず、また、セレクトショップという川下の仕事でなく川中、海外のブランドを扱う代理店のPRがしたいと思うようになったこともあり、そういう会社に狙いを定めていました。

プレスという仕事はとても特殊な仕事で、いわば専門職のようなものなので、なかなか未経験を雇ってくれる会社は無いとエージェントにも散々言われてきましたが、運よくご紹介いただいた会社さんと縁があり、無事念願のプレス職に就くことができました。

今は想像以上に大変なこともありますが、同じ会社でプレスとして4年めに突入しており、次のキャリアプランも検討し始めています。

人生は一回です。
どんなに周りに無理だと言われても、自分にやりきる意思があれば、いくらでも人生は変えられます。
未経験転職に迷っている方がいるとしたら、是非その一歩を踏み出してください。

38才女性、当時20前半でアパレルから事務に転職で結果的には満足!

現在、30代後半の女性です。

20代前半に、当時大好きだったアパレルブランドのフランチャイズ契約をしている会社に正社員として採用されました。

学生のころにそのブランドを知って通うようになり、店員さんもとても感じの良い方ばかりで、買い物の用事がなくても、近くに行けば顔を出すくらい頻繁に通い、就職活動はそこ一本に絞って、採用にこぎつけました。

しかし、あんなにやりたくて仕方がなかった仕事だったのに、好きなだけでは上手くいきませんでした。

売上げが伸びなかったのです。

顧客は、とても私を慕ってお店に通ってくれる人もいたのですが、私と話をしたいだけのようで、なかなか、お客さんをその気(買う気)にさせらせなかったためです。

やはり、売上げが伸びなかれば、そこに居にくいのは当たり前で、2年弱ほどで転職しました。

会社のみんなに何ヶ月もかけて、辞めるのを引き止められたのは本当に以外でしたが。

転職は、全く違うジャンルの事務系の仕事にしました。

土日祝休みで、制服もあるので、さほど衣類にお金がかからないため、それまで、貯めたくても全く貯められなかった貯金を始められるようになり、また、アパレル時代は給料が安すぎで、実家を出ることは考えられませんでしたが、転職後は、収入が1.4倍くらいに増えたので、一人暮らしも可能になりました。

アパレル業から離れ、冷静に、客観的に自分を見てみたら、服は大好きだったけど、ファッションセンスも接客センスも自分にはなかったんだなぁ。
と思いました。

向いていないことは、好きなだけではどうにもならないんだな、と実感しました。

上記にも書きましたが、以外にも、先輩も上司も、みんなが退職を引き止めてくれたので、もしかしたら、販売のコツを掴むのが遅かっただけで、もう少し頑張っていれば、芽が出たのかも知れなかったな、と思うこともありますが、収入や、生活スタイルの変化等、総合的に見ると、転職したことに後悔はありません。

今でもそのブランドは好きなので、たまに買い物をして、楽しくやっています。

41歳男、理想と現実のギャップに付いていけなく辞めました!

私は今、現在40代前半、男性会社員であります。
私は以前にアパレル関係で働いていたことがありました。
元々から私はオシャレすることが好きだったので、社会人になってから直ぐにでは無かったのですが、一時期働いていました。

髪型から上着、そしてパンツや靴、また細かく言えば靴下や冬ならマフラーと様々にオシャレすることが好きでした。
ですので、1度はアパレル関係で働いてみたいと思っていたのでした。

そして、幸いにも私がアパレル関係で仕事を探している時に、私の好きなブランドの求人募集があったのでした。
私は直ぐさま応募し返事を待ったのでした。
すると、しばらくして返事が来て そして面接したいと言われたのでした。

私は物凄く嬉しかったので、よりその面接には気合いを入れて望みました。
幸いにも中途採用と言うこともあり、何と私ともう一人だけの面接だったのです。
私はそのもう一人の人に負けないよう、まずは声をしっかり大きく出し、更にはしっかりと受け答えを成功さしたのでした。

すると、またしばらくして返事が返って来たのでした。
採用と言う通知が来たのです。
私はこの時ばかりは本当に嬉しくて、ついつい周りの人間に言いふらしたのでした。
そして、いよいよ仕事が始まり、私は緊張もしましたが、やりたい仕事でしたので本当に嬉しかったのを今でも鮮明に覚えています。

また、店長も面接の時にいたのですが、その人からもたくさんの仕事を教えて貰いました。
おかげさまで半年ほどで会社の仕事のながれを大体こなせるようになりました。
時には店長自ら私にアパレルについてを話してくれたりもしていました。
また、仕事が終わってからのミーティングは勿論のこと、時にはお酒をご馳走してくれたりもしました。
しかし、私はそんなアパレル関係の仕事を辞めることになったのでした。
最初は物凄くアパレル関係で働けることを喜んでいたのですが、しかし、現実は全然想像もしていなかったことが多々ありました。
そして、私は理想と現実のギャップについねいけなくて辞めました。

50代前半男、まだまだ修行中の身ではありますが

今現在は飲食店に勤務していますが、以前は長い間アパレルの仕事に勤めていました。

最初は販売から始まりしばらくして店長など責任職を経て、その後新事業の立ち上げでバイヤーなども経験しました。

やめる最後の時期はマイナーでしたが某ブランドの企画、デザインと、おそらくパタンナー以外の仕事はだいたいやった気がします。

同じ業種内で転職する場合は引き抜かれたりして上り調子な頃、自分の実力以上に周囲の期待はあったのかもしれません。

実際売り場ではそれなりに売上も伸びましたし、きっとそういう意味ではタイミングも良かったのでしょう。

今思うと少し勘違いしていた時期でもありましたね。

過大評価されているうちにさらに転職、あるブランドの立ち上げに参加しました。

小さい会社でしたが立ち上げてすぐに評判になり、結構売上は順調でした。

さらに勘違いしてしまうことになるんですが、なんだかんだで4年ぐらいは売上が伸びていきましたね。

5年目になって急に売上が急降下、大手取引先が仕入れをやめたことが原因でしたが、調子に乗った営業が嫌われたのも少なからずあったようです。

一気に下がった売上で改めて会社として方向性を見直す時期、40を過ぎてここから何ができるか自分なりに考えることにしました。

会社からはそのまま継続してとの要請はあったものの、新しいブランドには若い世代のスタッフがいますし、私自身作る物に対していろんな意味で限界を感じ始めていました。

好きが元で続けられた仕事でしたが、そういう気持ちが持てなくなってきていたんですね。

業界にいて現実的なものが苦痛になってきていたと言いますか。

少し時間をもらって出した結論はアパレルの仕事から転職、そうして今飲食の世界にいます。

今はまだ人並み以下、修行する立場が続いていますが、それでも自分の手で作る仕事は合っていると感じています。

幸い飲食の世界でも出会いはあって、腕の良い料理人と知り合うことができたりしますし、今度その人の下で勉強させてもらえることになりました。

スタッフのほとんどは私より年下ですが彼らから刺激を受けられるのはありがたいと思う今日この頃です。

アパレルはアパレルで面白みがあったのは事実ですが、どちらが合うかというと自分にはこちらなのかもしれません。

もうしばらくは謙虚に学ぼうと思います。

35歳 女性 転職により給料がだいぶ増えました。

35歳女性です。
アパレル経験7年目で、以前は学生しながらアルバイトで様々なブランドでの販売を経験してきました。
その時はアルバイトから派遣社員扱いでした。
アパレルではほとんど就職の形を取っている仲間は少なかったです。
アパレル自体の形態が派遣社員が多いと思います。

アパレルで派遣社員の場合将来が安定しないと感じ、しっかりと就職とした形を取ってくれる会社を探しました。
時期は夏頃でしたが中途採用なのでどの時期でもあまり関係はないかと思います。

とあるブランドが派遣社員ではなく正社員としての形態しかとらないと有名でした。
そちらからたまたまエージェントを通して面接のお話が入ってきました。
オンラインで面接のち就職、たまたま海外の働けるビザを持って居たことからアメリカの店舗で働くことになりました。

年収は400万円とアパレルでは高い方だと思います。
また交通費も払ってくれて居たのでとても優遇はよかったです。

アパレルでもやはり社員とした形を取ってくれる会社はあります。
その時のは以前よりも給料が上がるのでとても嬉しかったです。

私個人は後悔していることは基本的にないのですが、やはりアパレルなので働く店舗によって残業もあることと、この会社は移動が多いので、人によっては合わない可能性もあるかと思います。

アパレルは日本ブランド、アメリカブランドなど、本社が海外、日本によってとてもカラーが違います。
あなたがオープンな人なら海外ブランド、日本の会社形態に慣れているのなら日本ブランドを就職先として選ぶのをオススメします。
個人的には日本ブランドに就職しましたが、海外進出をしている会社なのでとても働きやすかったです。
転職する前にきちんと自分で情報を調べ、数ある就職先からいい会社をゲットしましょう。

20歳女性 初めてのアパレル業にて。

ハタチの頃に、某外資系のアパレルブランドの販売や接客のお仕事をしていたものです。
場所は六本木でした。

実は外資系のブランド、特にハイブランドはいじめがひどいようです。
私のいたお店では、店長が癖の強い方でした。

いちいち言い方がきつく、鼻につくような嫌な言い回しをする人で、新人はみんなそれに嫌気がさしたのかやめていきました。

私はそういったことにムカつきながらも、他人の影響で自分がしたい仕事をやめるのは癪なので、耐えていましたが、だんだんとこの業界のことがわかってきて最終的にはキャリア形成のためにやめました。

店長の年齢は知りませんが、おそらく40代後半くらいかと思います。
結婚はしていないようで、更年期なので日によって気分のムラが激しく、他のスタッフに八つ当たりをするような人です。

特に、若くておしゃれで可愛いタイプの子には嫉妬からなのか、特に気に入らないみたいであたりがいっそうきつい苦なりがちです。

以前は他のハイブランドにも勤めていたみたいですが、
その頃の話を聞くと、そのお店でもいじめがあったとか。

内容としては、新人に仕事を教えないとか無視をするだとか
そういった、呆れてしまうくらい幼稚で馬鹿げたことでした。

情けないな、と第一に感じました。

いい歳した大人が、他人に突っかかり、足を引っ張ろうとする様は醜いし、無意味で、あほらしく、はっきり言って無様です。

でも、そんな人たちが意外にも多いようです。

私はその時ハタチになったばかりで、大人でもあるけど、子供であった時間の方が長い、まだ経験や知識の浅い人間でした。

そんな私からすると、無条件で大人ってかっこいいなと思っていたものでした。
そんな幻想を見事にぶっ壊してくれましたね。

大人になろうがならまいが、駄目なヤツはいくらでもいるものだということを。

ああはなりたくないと思いましたし、でもそこから数年経った今、替わりに素敵だなと尊敬できる大人にも出会えました。

いい教訓になったと言い聞かせて、存在自体を早く忘れようと思います。

32才男 中堅企業に再就職。ファッションでの第二ステージで活動中!

小規模なファションブランドを運営するアパレル企業において、営業店舗の縮小により、希望退職を募られることになり、転職を決意しました。
ブランドの特徴やこだわりのなかに、セールスの深みを作りたいと思うようなファッション好きなタイプです。
穏やかで、ゆったりとした商品売り場の雰囲気が好きな性格なので、あまり希望退職などのぎすぎすしたところがとてもイヤになり、思い切って転職を望むことにしました。
新天地を求めることも、自分のファッションセンスを磨くための方策として、人生選択したわけです。
意外とファッションに思い入れが深いところが、周囲からも評価されています。
私の性格はこんな感じです。

自分が求められているところが、やはり職場として働くには、必要なことです。
転職後には、少し規模の大きめな中堅企業に就業しました。
穏やかで、ゆったりとした商品売り場の雰囲気はどこでも同じ感じであるとも思います。
ちがったことは、セールスにおける接客のマニュアルです。
かなり観点がちがっていたので、驚きでした。
このような体験から、転職して良かったと思っています。

ファッション業界で、服飾の知識などを積み上げていくなかで、私にとって、転職は必要なものであると思っています。
低迷している企業のなかで、解雇への取り組みを避けながら、生きていくことは、心があまりにもさびしい気がして、好きなファッション業界にいる気もしなくなってきます。
「よかった」というすがすがしい気持ちでいっぱいです。
好業績には好業績な理由があり、明るい職場の雰囲気が、生きていく意欲としても充実したものになります。

後悔していることは、ないことに等しいのですが、前職のファッションブランドが、「繁栄していたらな」とさびしく感じるところに何か少しだけ後悔のようなものを感じます。

転職において、どこの業界でも、うまく成功する秘訣は、実力であると思います。
転職までに実力を積み上げておかないと、安定的な人生の転機として、転職をうまくすることが難しい気もします。
それでも、転職するために、いくつも会社を探すことも必要であると思います。
自分にあった会社とは、どんなものかについても、よく考えておいてもよいかもしれません。
明るく楽しいライフスタイルを作り上げるためにも、ポジティブな思考でいることが大切に思います。

30歳女 アパレルから美容師アシスタントへ転職 無謀でした。

初めまして。
現在一児をもつシングルマザーです。

私は10代の頃から主にアパレル販売員として色々な店舗で働いていました。

直近は服飾雑貨を取り扱う個人店でした。

もともと服や小物が大好きで、
毎日自分の好きな物に囲まれてお仕事が出来ることを幸せに感じていました。

お客様にも恵まれ、接客の中から勉強させて頂くことも多かったです。

そんな中、離婚が決まり、将来のことを色々考えていた時に、
たまたま長年担当して下さっている美容院のオーナーの方から
正社員でアシスタントとして働かないか、と連絡がありました。

家庭の状況等も詳しく知っていて、オーナーさん自身も離婚予定だったので、
ずっと気に掛けて下さっていました。

ですが、まさか声を掛けられるとは夢にも思っていませんでした。

私は美容学校に通っていたことも一切ないし、
何しろ美容師になりたい!と思ったことすら無かったからです。

しばらく悩んで悩んで・・・
不安はものすごく大きなものでしたが、
アパレルの給料より少し良かったこと、育児との両立を応援してくれていること等
転職するメリットの方が大きい気がしました。

そして思いがけない転職。

働き始めた当初は全てが新しいことばかりで、
キラキラ輝いて見えました。

シャンプーやカラーの練習、薬剤を混ぜる作業等・・・
どれもこれも刺激的で早く覚えようと努力しました。

休みの融通も聞き、子どもの行事にもたくさん参加することが出来ました。

しかし、四ヶ月程が過ぎた頃から体調に異変が現れました。

頭痛、耳鳴り、耳が痛い、肩や腰が痛い、色んな人に悪口を言われている気がする、
酷い倦怠感等です・・・。

しばらくは市販の鎮痛剤を飲んでみましたが全く効き目はありませんでした。

内科や耳鼻科で検査もしましたが異常は見つからず。

「精神的なものですね。
」とだけ言われました。

そしてとうとう朝、身体が動かなくなり、仕事に行くことが出来なくなりました。

医師からの診断は「うつ」とのこと。

休職を余儀なくされました。

そこから抗うつ剤の治療が始まり、副作用に苦しむ日々が始まったのです。

数ヶ月休職させてもらいましたが、
いつ復帰できるか分からないのにこの状態を続けることに酷い罪悪感を感じ、ついには退職に至りました。

今後のことはまだ分からないし、
転職だけが原因かどうかも分かりません。

けれど後悔しているのは
「もっと自分の向き不向きを分析してから転職に踏み切れば良かったな」
ということです。

努力すれば大概のことはどうにかなるのかもしれない、
でも向いていないことを伸ばすより、向いていることを伸ばす方が確実に負担は小さいはず。

いきなり美容師、は私には無理がありました。

もし、思い切った転職を検討している人がいるなら、
もう一度自分としっかり向き合う時間を作ってほしいな、と思います。

そして、転職がどういう結果になったとしても、
「自分で決断したこと」を忘れないでほしいです。

そうすればきっと失敗してもまた新しい場所で頑張れる気がします。

22歳 女性 時給800円からアパレル派遣へ転職で貯金ができた!

こんにちは、りんご(22歳)です。

私は地元の高校を卒業後、憧れのギャル系ファッションのショップ店員となり華やかな毎日を過ごしていました。

周りはみんな綺麗で可愛い店員さんばかりで、メイクやファッションにとても刺激を受けていました。

ただ、ショップ店員はみなさんご存知の通り店頭で着用する商品を割安ではありますが頻繁に購入したり、指定のブランドコスメをシーズン毎に調達したり、ヘアーサロンやネイルサロン、脱毛サロン等、ショップ店員として綺麗な容姿でいる為にとてつもなくお金がかかるのです。

また、ショップ店員同士の交友関係もあり、飲み代や遊ぶお金で更に金欠に陥っていきます。

そんなこんなで副業でキャバクラで働く方も沢山いました。

大好きな仕事ではあるけど、このままじゃ生活が成り立たない…そう感じていた私はある日、アパレル派遣の広告を見つけます。

そこには時給1300円の文字!同じアパレルのお仕事なのにここまで違うのかと驚きました。
また求人票を見ると憧れのハイブランドや海外のインポートブランドも多数掲載されており、これはキャリアアップのチャンスかも知れないとワクワクしました。

早速、派遣会社にアポを取り、登録、面談の後、ファッションビルから百貨店ブランドへの転職が決まりました。

以前は低時給なうえ残業が当たり前、仕事への出費がとても多かったのですが、これが一転して高時給で残業も少なく金銭的にも時間的にも生活にかなりゆとりができました。

アパレル派遣に転職したことで、今まで全くできていなかった貯金が出来るようになったので、新しい趣味を初めてみたり、スキルを身に着けたり、一人暮らしの資金にしたり新しいことに挑戦できるようになりました。

これは人生の優先事項によって変わってきますが、私の場合はいくら好きなブランドでも、あまりに出費が多くリターンが少ないとモチベーションが続きません。

金銭的にも時間的にも余裕ができることで、今まで気づけなかったことに気づいたり、接客もよりきめ細やかで丁寧なものになっていくと思います。

もし今、過酷な労働環境にいる方は今一度、自分の人生を見直し、より良い未来の為に選択ができることを願っています。

今とは違う働き方もあることを忘れないでくださいね。

33歳 男 アパレル業界での現場に嫌気がさし、個人仕事へ転向

私は、新卒した頃から学校から直入と言う形でアパレル業界に勤務しておりました。

そのアパレル業界におきましては、非常に珍しいライダー仕様の続き服を製作する会社で、その縫製業界に入社して様々なことを経験する形になりました。

まず私が担当した部門としましては、延反と言う工程の記事をセットして、それを手動で伸ばして行き、細断パターンを決めると言う形でありました。

そこから、延反機で、裁断を実施して、様々なパーツを裁断していくと言う担当をしておりました。
そこでは、単調な作業で時間が経過して行くと言う形であったのですが、やはり民間ながらの苛烈な作業内容となり、昼間の休憩時間以外は一切休憩時間が無いと言う状況になっておりました。

そして、そこから数年が経過した頃に今度は、中国人の労働者が多い現場にて、作業着を縫製する現場での生産管理を担当することになりました。

生産管理では、様々なプロセスの工程であります、ポケット縫いや、オーバーロック加工や3本針での縫製等、あらゆる場面で、縫製を担当される中国人労働者の方のミシンの不具合による修理や調整等を担当する形で進めておりました。

よきせぬマシンのエラーや、頻繁に目飛びするミシンの調整から現場で起こる何から何までにつけて、しないといけない繁忙な状況ぶりから、生産管理を行えるような状況ではありませんでした。

一度ミシンが故障してしまえば、そこのラインが止まってしまう形になりますので、すぐに飛んで行き修理するのですが、今後は縫製者による縫製の失敗等で、こちらとしましても、すぐに現場に駆けつける形になり、対処している間にも、ノルマを達成できなくなる状況になり、上司から叱責されると言う日々が続きました。

このような状況から自分自身がいっぱいいっぱいとなり転職を決意することに決めました。
転職先に決めましたのがアパレル業界ではなくて、個人で気楽にできるトラック運転手での業界でありました。

30歳男 アパレルから営業へ転職 苦しい日々が続き1年で退職 

新卒で紳士服業界で働き、5年以上努めてきました。

転職理由は自分の評価が適正にされていないと感じた為です。

入社後に1年で一般社員から副店長にステップアップできましたが、紳士服業界が斜陽産業の中、店舗数が増えることもなく、店長に上がるのはなかなか難しい状況が続きました。

30歳を目前に私は転職するなら20代と言う情報もよく聞く中で転職を決意しました。

次のステージは自分がこれまで培ってきた、販売力とチームワークを生かせる職場を希望していました。

そして約半年で決まったのが、飲食店の広告営業でした。

転職前は自分の力に自信がありましたので、次の職場で働けるのが楽しみでした。

入社後営業と言う仕事については、実践あるのみでした。

顧客となりそうなリストの作成、テレアポ、資料作成、商談、広告webページ作成とその繰り返しでした。

実際に働いてみると勉強になることは、販売員時代以上にあり、人脈も広がりましたが、辛いことの方が多かったです。

一日の時間は限られている中で、行わなければならない事が多すぎました。

その中でもwebページの作成にはクライアントからのヒアリング、写真撮影、文章校正など非常に時間が掛かります。
また精神的に代金未収の催促は辛い仕事で、飲食店の経営者の方は本当に個性の強い方が多くやりとりが大変でした。

そんなこんなで、営業の仕事は1年しかもちませんでした。

挑戦したことに悔いはありません。
1度の人生ですので、やりたい事はやるべきだと今でも思っています。

アパレルの仕事は初めての仕事だったと言うこともありますが、仕事の基礎を作ることができた、とても良い仕事です。

世の中には本当にいろんな働き方があります。

これからのの時代はそれぞれ自由な生き方をする方が増えると思います。

一つの仕事を貫くプロフェッショナルも最高にかっこいい生き方ですし、様々な仕事を通して豊かな人生にするのも自分にとっても関わる全ての方のも素晴らしい生き方だと思います。

アパレル未経験から、ふたつのブランドを経験してわかったこと

現在は某大手コールセンターで会社員をしています。
アラサーです。

はじめて務めたアパレルショップは、22歳くらいの時です。
元々憧れはありましたが、「アパレルは精神的に厳しい」「本当にお洋服かそのブランドが好きでないと続かない」などなど、、よく耳にしていたので一歩踏み出せずにいました。

そのとき就ていた職もマンネリ化し、「このまま一生ここで働くのか、、?」と自問自答が続き、そんな中勢いに任せ退職。
すぐに転職先のショップを探しました。
運良く第一希望のブランドでアルバイト採用していただきアパレル人生がスタート。

やる気に満ち満ち溢れ、毎日が新鮮でした。
しかし、、お店のスタッフの雰囲気に付いていけず、早々にメンタルがやられて飛ぶように退職。
未経験での採用だったため、ひとつひとつの作業および接客を常に監視されていました。

お客様に声をかけれずにモタモタしていると、既存のスタッフから鋭い視線とあからさまな態度でキレられていました。

そのまままったく別の職種の仕事につき、また平凡な毎日を送っていました。
しかし25、6歳頃でしょうか。
その当時働いていた職場が、人間関係などは良好だったものの休みが極端に少なく月に4日ほど、シフト制だったため生活リズムもバラバラで心身ともに病んでしまいました。
泣く泣く退職し、療養を経て元に戻ってきた頃、またアパレルでの仕事に興味を持ちました。

以前働いたショップは、お洋服メインのファッションビル内の店舗でした。
次は異なるカテゴリで働きたいなと思い、探していたところ派遣でアクセサリーブランドを見つけました。
百貨店の中に入っているブランドで、デザインもとっても好み。
派遣のため時給も良く、何かトラブルがあっても派遣担当者へ相談ができると思い、派遣へ登録後面接し無事採用。

アイテムが本当に好みで、毎日見てるだけでも可愛かったです。
また、お洋服ブランドであれば、もちろんそのブランドのお洋服を着用することが多いと思いますが、アクセサリーブランドのためお洋服は基本なんでもOK(百貨店ブランドですがカジュアル路線でした)。
毎日同じアイテムをつけることもできました。

しかしここでも問題が、、。
一緒に働くスタッフでした。
店長を含め、みんな性格がきつくひとつでもミスするとその日はほとんど無視されるような店舗でした。
派遣担当へ相談するも、担当と店長が知り合いだったために話にならず。
強行突破で担当へ契約を終えることを伝えました。

そして現在に至るという感じです。

カテゴリの違う、ふたつのブランドで働いてみて分かったことはアパレルスタッフは性格のきつい方が多いと感じたことです。
もちろん仕事なので、ノルマや目標があります。
裏では別のスタッフの噂話もあり、自分のことを話されてるのではと毎日いらぬ不安を抱えていました。

また、ブランドのアイテムを揃える必要もあります。
社割があるとはいえ、毎日同じお洋服を着ることはできず店頭から外れた服は着用できなかったりもします(特にお洋服ブランド)。
少ないお給料で毎月お洋服を揃える必要があるため、本当にお洋服が好きブランドが好きでないと厳しい世界だなと感じました。

お洋服もおしゃれも大好きですが、わたしはお客さんとしてお店を訪れるのが一番だなと気づきました。

すべての店舗、ブランドが上記のようなところではないと思うので、不安だけどアパレルを経験したいという方は派遣での働き方から始めるのをお勧めします。
退職するときも、直雇用よりスムーズですし、直雇用よりも時給が高いことが多いです(笑)

今となってはいい経験ができたなあと、楽しく思えるようになりました。

23才女性 アパレルからの転職、人生を考える

現在23才のフリーランスで活動しているものです。
前職が外資系のアパレル販売員でした。
アメリカに語学留学していたこともあり、外国人客の多いアパレルの販売員として働いていた時のことがあります。
転職しようと思ったきっかけは、思ったよりも体力的にきついものがあり、なおかつ自分に積み重なる、実績なるものがつかないことが大きな要因でありました。

決して安くはないバッグひとつ(数万円~数十万円)のものを売る仕事でしたが、表の華やかなイメージとは裏腹に、一足裏に引っ込めば、倉庫からのピッキングや決算処理、事務的な処理、在庫管理など。

意外と体力勝負なところがあるのがファッション業界なのだと思います。

新作や次回作の商品がいち早くみれたり、社員割引で少し安く商品が購入できたりと、ファッションが好きな人には嬉しいこともたくさんありました。

芸能人や有名デザイナーがくるような華やかなファッションショーに出席するのも、正社員になり、顧客を持てば一般人でも可能です。
すいな人にはたまらないことだと思います。

楽しいこともやりがいもそれなりにある職業ではあったなと思いますが、転職しようと最終的に決定した理由は体力的な問題と、ファッションはプライベートでも好きに楽しめるから、仕事じゃなくてもいいなと思ってしまったことが大きなようかと思います。

職場の方達は、いい人ばかりで、環境的には悪くなかったと思います。
ただ、興味がそれてしまった自分にとっては、あまり華やかな世界観も魅力はかんじなくなってしまいました。

その後は、やはり自由度が高くて、何かしらのスキルが身につく仕事を、という目線で転職を考え始めました。

アパレルの仕事に限らずですが、必ずいい面もあれば悪い面もあります。
自分のライフスタイルに合っているかや、将来どんな風になっていたいかなど、学生の頃はあまりピンとこなかったのですが、今はそんなことをよく考えています。
色んな要素をよく考慮した上で決めてほしいです。

29歳男 給料は安くなりましたが、念願のメーカーへ入社。

 こんにちは。
僕は29歳の男性です。
今現在の職業は自営業(フリーランス)をしております。

 ですが若い頃はアパレルに勤務していたことがあります。
正直申しまして、スーツのメーカーの「テットオム」という会社に勤めておりました。

 ところが自分の好きなメーカーは、今は無き「メンズティノラス」というメーカーでした。
このスーツのメーカーは、あぶない刑事で柴田恭兵さんが着用していたことで有名なメーカーです。
アウトレイジビヨンドでも、加瀬亮さんが着用しておりましたね。

 ただ「テットオム」の方が給料が「10万円ほどいい」のです。
それで「テットオム」で勤務していたものの、中々モチベーションは上がりませんでした。

 むしろ毎日モチベーションは、下がるばかりでした。
「もう耐えられない!しんどい!」と思い、上司に相談した時に「そんなにティノラスが好きなら転職してみてもいいんじゃないかな?まだ若いし」という事で転職を決意しました。

 それで上司がわざわざティノラスへの、転職の手引きまでしてくれました。
これには本当に感動しました。

 そして、ティノラスでの面接をして見事に採用されて、晴れて「メンズティノラス」で勤務することになりました。
この時のうれしさやら感動やら、優越感は計り知れないものがありました。

 この時の感動は一生忘れることはないでしょう。

 転職してからの変化としては、スーツを着る事が楽しくなりましたし、何事にもモチベーションはかなり上がりました。
接客にも熱が入りました!(笑)

 このティノラスの「キワモノ系スーツ」が何ともそそります!今でもティノラスのファンです。
カッコいいわぁ・・・しかし。

 ただ給料は10万円ほど安くなりました。
(笑)でも後悔は全くありません。
むしろ「テットオム」の上司に、感謝しております。

 最後になりますが、僕からのアドバイスとしては、お金も大切だし、モチベーションも大切です。

 ですが「自分が本当に好きなもの」や「自分が本当に好きなこと」を仕事にする事を強くオススメします。

 そうでないとメンタル的にも病んでいきますし、モチベーションは下がるばかりなのです。

 「自分らしく働ける」ことでモチベーションは上がり、メンタル的にもポジティブになり、お金を稼げたら最高ですよね。

29歳男 アパレル業界のダメな所と良い所を知ることが出来た幸せ者

はじめまして、ファッションに興味があり大学卒業後某有名ファッションブランドに
就職してから現在に至るまでアパレル企業にて販売をしている29歳男性です。

大学卒業後から色々あり、アパレル業界内で4度転職をしています。

理由は会社都合によるものが多いです。
 では先ず転職理由から触れていきます。

新卒で入社したN社は、新店配属で人手が足りず休みもないような環境でした。

過労が原因で勤務中に気を失った事もありました。
会社はそれに対して笑うのみ。

何もしてくれないままでした。
にも関わらず評価はされませんでした。
 そして経費削減により解雇。

あこがれのD社にスカウトされ、転職するも1年で採算が取れていないから解雇を突き付けられました。

次に紹介で入ったB社も1年で採算が取れないから解雇を突き付けられ、あきらめかけた時に違う会社か
らスカウトされ今も働いています。

 正直言って転職してもアパレルの販売の仕事は扱いが雑です。
 同じ販売でも違う物を扱う分野にするか、館の運営側に転職する方が未来はあります。
 私は洋服や雑貨のプロダクトに興味があってそれを武器に働いてきましたし、評価されてきました。
 しかし、昨今の販売では教育とか人間を育てる分野が重要とか言われ本質を見失っています。
正直言ってやる意味がないです。
 他業種に転職すればと後悔しています。
しかし、人脈は広がりますし楽しいこともあります。
今年に入って関西から福岡へ異動し興味のない部署へ異動させられ辛いですが… 人脈は広がり、お付き合いさせていただける方にも出会えました。

辛いことも多い仕事ですが、好きで始めたなら… 何か得るものを探して、得てから転職をお勧めします。

私もそうしてから業界を去るかもしれません。
 色々な情報が飛び交っていますが、悪いことばかりでは
ありません。
 また他の業界と違い、転職をすることで給料がUPしたりする業界です。
繰り返し転職してしまう事も多いですが、気にせず行きましょう。

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